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生きること:過去と未来とエスペラントと

狐の嫁入り

2017-07-14 08:01:57 | エスペラント
 昨日はエスペラントが終わりいつもの食事処で昼食を取り駅に向かいました。グループはたった3人なのに昼食は二人で食べます。もう一人はお医者さんに塩分を取るなと云われましたと言って昼食を取るのをやめました。本当かどうか分かりません。一年ほど前から昼食時に飲んでいた薬を持ってくるのを忘れるようになり、そのうち忘れてきたことも忘れるようになっていました。私たちが彼女のことを心配してとやかく云うのが煩わしくなったのかと思い、いろいろ言うのをやめました。

 外にでると日差しがあり、青空も見えました。やけに蒸し暑いので‘一雨降ってくれると助かるのに!’と私。‘今夜には降るでしょう。’と友人。ところが突然霧雨に似た雨が降り出したのでした。昔こんな雨を狐の嫁入りと云ったものでした。

 バス停でバスを待っていると1時間ほど前に分かれた友人がやってきました。彼女の家は歩いて私の足では15分かかりませんが、坂道を上っており、また上るという起伏の多いところにあります。帰りにバスを使うと緩やかな下り坂です。最近ではその距離を彼女は30分以上かかって歩くというので、帰りはバスにしたらと勧めても、かたくなに拒んでいました。

 ‘今日、私もバスにする。’と彼女。乗車したら、‘誰も降りる人がいないと、○○(降車するバス停)で降りられないことがあるの。私のバス停教えて。’と云うことでした。バスを利用しなかったのはこのためだったのかもしれません。
 バス中の会話は今朝と同じことでした。

 老いるとはこういうことなのでしょう。まるで自分の未来を見ているような気になります。もしかしたらブログの中心話題が老いになって行くかもしれません。
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2 コメント

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話題の中心が老いになって当然 (verdavojeto)
2017-07-14 10:06:45
否応無しに老いるのだから当然でしょう。
でも、それ以外の事にも眼を向けたいですね。

大正琴の仲間の一人が初期の認知症と診断されました。大正琴を弾いたりするのは効果的だから続けなさい、とは言われたようですが、たまに頭が全く空っぽになった様な様子をしている事があり、むしろ不気味です。そうでない時は普段の彼女で、何事も無いように見えるのに。
行動ものろい事もあるのでしょうが、娘さんが何でもしてしまい彼女もそれを当てにしている様なので「頭も手も使わなきゃダメよ」と言うのですが、ニコニコ笑って「フンフン」しているだけ。

物忘れに関しては認知症には無関係に我々みんな忘れます。むしろ彼女が記憶している事があるので、我々、誰が認知症ヨ、と笑う事もあります。
認知症と言うのは忘れるだけの事ではない様ですね。頭の中が空っぽになる現象の時は、話しかけても反応のない表情しています。ザンビー現象とでも言うのかな?
その前は (glimi)
2017-07-14 15:23:21
1時間ほど目がちらちらすると云って寝ていました。外に出ようとすだけでも良いことと思っています。

 他の友人は右目と左目の映像が斜めに重なって見えるというのですが眼科で異常なし。ある眼科で慈恵医大を紹介されたら異常があったのは視神経ではなく脳内あちこち数か所で出血していたそうです。内科処置で出血個所を止め、バイパスを使って血流をおこしたら、酷い歪みは無くなったとのことでした。凄い技術の時代が到来しているのですね!
 治療をあきらめた人は負けという時代になりました。最後まで元気に生きたいですね。

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