無事に帰宅できたので、いまさら告白です。
実は、島暮らしも残りわずかという5月28日に急に具合が悪くなってしまいました。
28日は爽やかな晴れでしたから、水を持ってぶらぶら出かけたのですが、帰る途中になんとなく変な感じがしたのです。
すると、帰宅直後頭がクラクラして、立っていられなくなりました。
そこからは、もう自分との闘い。救急車を呼ぼうかと何度も思いましたが、以前にもあったそのような症状。
多分血圧が一気に上がったのだと思いました。
来るときに、血圧計を持ってこようか迷ったのですが、大丈夫だと思って持ってこなかったのを後悔。
しかし、これまでは安静にして休めばすぐに元通りに戻ったので、今回も大丈夫だろうと思ってました。
でも、2日目の30日の朝になってもよくならないので、悩んだ挙句お友達になったT子さんにお願いして、車でお医者へ。
最後の最後についにどなたかのお世話になり、医者に行く羽目でした。
島の病院。正直あまり期待していなかったのですが、診察室に入った時、思いがけず若い先生が座っておられたので、ちょっと安心。
おじいちゃん先生が座っていると思い込んでおりましたので(笑)
私が初めてのお医者さんと会った時にいつもする「始めまして、ツルと申します。よろしくお願いします」という普通の挨拶。
これまでの経験で、この挨拶に対して笑顔で自分の名を名乗りかえしてくれた先生は、皆さん信頼できるよいお医者さんでした。
当たり前のことなのでしょうが、一人だけこの挨拶に一切答えなかった女医さんがおられて、案の定診察も物の言い方も偉そうで、その病院には二度と行きませんでした。
思う事が話せない先生にかかっても、意味がないから。
こっちは具合が悪いからお医者に行っているのですから。医者に行ってまで嫌な思いをすることはない。
話しやすい先生だと思い、手術からこれまでの経緯を大まかにお話して、レントゲン、心電図、血液検査を受けました。
結果。
何も異常なし。
自爆
笑っている場合ではないのですが、血圧はこれまで低すぎたのがめっちゃいい数字になってて、季節の変わり目の一時的な体調不良だったようなのです。
見慣れたレントゲンの自分の心臓も、以前検査した時よりも小さくなっていて、不整脈も一切なし。
もともと薬も飲んでないし、この時にも血圧の変動を毎日計っておくようにと言われただけでした。
それが、30日の事で、島を出る二日前。
具合悪くなる前日の27日にかめちゃん返しに行っておいたのも、絶妙なタイミングだったと思って、やっぱ、私は持ってるなあと医者に行った安心感もあってか、31日は朝から割と普通に戻っていて、1日から実家に寄って東京に帰ろうと思っておったのですが。
なんと31日の夕方に、またも超絶具合が悪くなってしまった。
安静にしておくしかないのですが、こんな事で明日フェリーに乗って、電車に乗って、バスに乗って実家に行けるんだろうか。
実家で具合を悪くして親兄弟に心配をかけるくらいなら、まっすぐ東京に帰ろう。
でも、東京まで自力で戻れるのだろうか・・・。
急きょ理由を付けて実家に行く事をキャンセルした後、ほとんど眠れない夜を過ごしました。
しかも、です。当日の朝はバタバタして時間がないので、布団はすでに発送していて、トライアルハウスの座布団の上で寝た(爆)
身体はいたいし、心臓はバクバクするし、あまりにも悲惨で、逆に笑ってしまいました。
私ってすごいよな。
かめちゃんは具合の悪くなる前日に返しに行ったし、立っていられないほど具合悪くても、三食作ってきちんと食べたし。
だてに、年を食わなかったって事だな。
T子さんがいてくれて、ありがたかったな。(ここだけは、彼女に申し訳なくて感謝しきれない部分ですが)
ほとんど眠れなかった夜が明ける頃、ケンケンと雉の声。眠っていたスズメたちが一斉にチュンチュン鳴きはじめました。
雉も小鳥も、どこでどんな風に眠っているのかなと思うと、ふと笑みが浮かびます。
カサコソと音を立てて、同居人のコウモリが仕事に出掛けた気配を感じ、起きて座るのが少し怖い私は寝たままカーテンを開けて空を見ました。
薄曇り。
移動日カンカン照りじゃなくてよかったな。昨日は少し雨も降ったようだけど、雨も落ちてないし、霧もなさそうだ。
せんべいサブトンの上でつらつら考える。
ストレスフリーに思えた一人暮らしでしたが、気づかないうちに気が張っていたのかな、とT子さんにも言われて、潜在意識を探ろうとする私。
思い当たる節は多少あったけど、この事も今後のために良い経験になったと思いました。
一人暮らしのきままさと、何かあった時、特に年を重ねてからの一人暮らしの不安。
それは、遅かれ早かれ現実となる可能性があるのですから。
こうして今ブログをかけている事に感謝するとともに、この事を書かないで「素晴らしい体験でした。めでたし」で終わらせたくなかったのが、つる姫的、と思っていただくと幸いです。
もちろん、結果的には素晴らしくて実りの多い二ヶ月でした。
今元気にこうしてご報告が出来る事が、ありがたいことなんです。
もちろん本当は、最後まで元気いっぱいで締めくくれたのが一番で、この事を書くかどうか非常に迷ったのは確かですが、人生楽ありゃ苦もあるのが当たり前で、人生で起こる事には必ず意味があると捉え、すべての出来事をギフトとして受け止める事。
それが、これからもつる姫的日々の過ごし方。
次の瞬間何が起こるかわからないから、悔いない時間を過ごそう。
さて、切り替えて明日からは島暮らしの総集編をお送りしますよう♪
最後の朝に写した大好きな矢車草♪
ちなみに、同じ名前のユキノシタ科の花があるそうですが、幼い頃母がこのはなをヤグルマソウと教えてくれたので、こう呼ばせてね。普通はヤグルマギクと呼ばれていますよ。
感謝をこめて
ずっと矢車草と呼んでました。
私も大好きな花。
以前ボルダーの隣人の庭にこれが咲いてるのを見かけ
驚きましたが、ちょっと違う種類だったみたい。
ご無事に帰宅されてよかった💛
寝なれた寝床で熟睡出来てますように!
そんなことがあったなんて!
もう大丈夫?お家に帰ったから安心だけど片付けものとかゆっくりしてね。
私も矢車草と言ってます。大好きです。
最後の日が座布団だったのと、二ヶ月間使っていた通販の布団の寝心地はいまいちだったので、快適に眠れてます(笑)
矢車草でいいんだと思います。一応調べたらそう書いてあったけど、ほとんどの人が矢車草って言います。
マリーアントワネットもこのんだ花だそうで、女性は好きな人が多いみたい。
あの色が何とも言えませんね。
まっすぐ東京へ・・・という天の采配でしょう。
身体もこころもほどいて、ゆっくりやすんでください。
大好きな花、皆様と同じく矢車草と呼んでいて、数年前に矢車菊だと知りました、でもやっぱ、矢車草、だよね。
啄木の歌の「友の恋歌矢車の花」、そしてピアフが歌った「空色の矢車菊」思い出しています。
もう大丈夫だからね。
何事もなく、が一番なんだけど、これもまたよい経験の一つだと思うようにした(笑)
矢車草は幼い頃から好きだった花。
野山で遊ぶ子どもたちをそっと見守ってくれてた花。
へんりえったさんも身体に気を付けてね。
天の采配、と思わずにはいられないタイミングで、あれが行ってすぐなら、全く違う思いだったでしょうね。
矢車草は、王様の棺の上に飾られたり、マリーアントワネットもこのんだという花。
あの色がいいのでしょうね。