----いつまでも、そんな日々が続けばいいと願っていた----
槇村秀幸の助は、頭を抱えていた。
香姫の美しさは最近特に評判で、あちらこちらから縁談の話が来ている。勿論、槇村家は自分が継ぐのだから香は良き縁を選んでゆくゆく嫁がせる心づもりでいる。
それに、冴羽家次男、リョウの助が香に思いを寄せている事も知っている。できる事なら気心の知れた先に香をとつがせたかった。
しかし。
それは、昼の事。
『秀幸の助様、江戸城の使いと名乗る者が参っております。書簡を携えているとの事ですが・・・。』
使用人が困ったように秀幸の部屋に来た。無理もない話で。
槇村家は名門とはいえ、とても小さな武家だ。それが、江戸城じきじきなど、穏やかではない。
嫌な予感がしたが、拒絶できない。仕方なく、秀幸は江戸城の使いから書簡を受け取り、一読するが・・・。
そこは、“香姫を側室候補として大奥へ参上させよ”と書いてある。
震える手でなんとか書簡を箱に戻した。
この申し出を断れば、槇村家はとり潰確実であるが、少年のように無邪気に竹刀を振り回す香を大奥へ入れるのは唯、不安でしかない。
それに、大奥に入れてしまえば、この先二度と会うことも適わないかもしれないのだ。
大奥の使者は、また来るとき迄に返答するよう申し渡すと、槇村家を辞していった。
苦悩する秀幸の助を、妻の冴子も心を痛めながらそっと見つめる。その冴子のおなかには、もうすぐ生まれる赤子が宿っていた。
«続»