※獠と香が、笹井重工の一件で、初めて出会ってから一週間ほどたった頃のお話。※
※秀幸は、香と獠の出会いに気づく前。※
プロローグ
---『おい、獠、やっぱり病院にいけ。』
---『平気さ。サンキュー、お礼に今度、女紹介するぜ♪』
・・・失礼な男だ・・・。
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Ver 槇村秀幸
オレは怪我の手当てはてなれている方だが、まさかこんな外科手術まがいの事をさせられるとは思わなかった。
---“槇ちゃん、急でワリイけど、ちょっとオレの部屋まで来てくんない?”---
夜明け近く、オレの携帯にかかってきた電話の主は、珍しく獠だった。オレからヤツに連絡する事はあっても、めったに獠から連絡が来る事はない。
おまけに、獠の声にいつもの覇気も無ければ、おちゃらけた様子もなく。それに、何故、こんな時間に・・・?
嫌な予感がして駆けつけてみれば。
獠は左肩から大量出血した状態で、ヤツの自室のベッドに横たわっている。シーツどころか、マットレスまで血液は浸み込んでいて、あきらかに重傷だ。
なのに、
『早かったな、槇ちゃん。・・早速だけど、その棚の下に、医療器具の入った箱あっから。』
そういって、首をわずかに傾けて視線で場所を示す。
そして、
『ワリイけど、ピンセット消毒して、肩にはまった弾取ってくんない?自分じゃうまくできなくてさ。』
オレに突然こんな要求をしてきた男は、ベッドの上で身じろぎ一つせず、そのまま目を閉じた。
獠の服を、箱の中に入っていた大きな裁ちばさみで切り開く。左肩に銃創が見えた。
獠の肩に埋まった弾は、血液で覆われて滑るうえに、筋肉に圧迫されてピンセットで取るのは至難だった。上手くいかず、麻酔もかけていない獠の傷口に、何度も焦ったピンセットが突っ込まれる。
なのに、獠は。
医療は素人のオレに、傷口をつっつかれているにも関わらず、少しも痛そうな所をみせない。それどころか、
『落ち着けよ、槇ちゃん。太い血管は外れているから。・・出血も弾ぬきゃ、じき、収まるさ。』
穏やかな声で、オレをフォローしてきやがる。
やっと弾が抜けた。ピンセットでそいつを膿盆に落とすと、カチリと嫌な金属音がする。
続けて消毒と傷の縫合の処置をしながら、獠の自己コントロールの完璧さに身震いするとともに、いたたまれない気持ちになった。
こんな我慢強さが、身に着くなんて。今まで、どんなキツイ生き方をしていたんだよ・・・、と・・・。
以前、弾丸の威力を抑える為に、獠は自分の掌を貫通させショックを吸収させた事があった。あのときは、ひどく傷口の手当てを痛がっていたのに。あれは芝居だったのか・・・?
本音の見えない男だ。
弾を抜き終わったあと、やはり病院に行くべきだと思った。
『獠、この辺りにはモグリでも、腕のいい医者はいるぞ?病院に行って来い。』
弾に付着していた血液を、テッシュで拭い、小さなビニール袋に入れながら獠を説得する。が、
『モグリ?ははッ、槇ちゃんの事か?』
相当な出血で、体にうまく力も入らないのだろう。口調は冗談めかしているものの、その声はどこか弱弱しい。
病院に行く気が少しでもあるなら、わざわざオレを呼ばない事は分かっていたから、説得はあきらめる。
朝焼けの日の光が部屋にこぼれ入ってきて、獠は眩しそうに右腕を上げると目の前にかざしていた。何か、考え事をしているように見える。
こんな怪我をしているというのに、獠の意識の先にあるのは、どうも自分の肩の傷ではなさそうで。事情がきになった。
『まったく、おまえは、こんな時まで冗談か? ・・・その怪我どうしたんだ、らしくないな。』
多くは語らない獠の話から推測すれば、どうも最近獠が殺した男の恋人が、獠に復讐しに来たとの事。・・・女には、手を上げない男とは思っていたが。
女の黒く燃え上がる復讐心を受け止め、よけられるはずの弾丸をワザと自分の体にあてにいくなんて。・・・優しいのか、バカなのか。
オレは質問を続ける。
『その女はどうした?』
再びこんな事があればまずい。獠は女に甘すぎる。
『薬で眠らせてきたよ。目が覚めたら、ゲイバーの中さ♪』
結局、その女が再び獠の前に現れる事はなかった。だが、獠の今までの血にまみれた生き方を考えれば、今後も似たような事態は起こり得るだろう。
オレは、思わずため息を吐いた。
『それより、槇ちゃん、そろそろ戻んなよ?五時半だ・・・。妹に黙って、ココ来たんだろ?もう起きちまうぜ?』
獠の存在は、妹の香に伏せている。日曜日の早朝に、オレが家にいない事に香をが気づくのは都合が悪かった。
『・・・ああ、帰るよ。無理するなよ、獠。』
『もっこりちゃんがお見舞いに来たら、モッコリを大サービスするけどな(笑)』
くだらない獠の冗談は、オレを帰宅させる為の手段だろう。これ以上、獠に話をさせて、体力を消耗させるわけにもいかず、オレはヤツのアパートを出た。
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Ver 槇村香
電話の着信音で、なんとなく目が覚めた。
それは兄の部屋から聞こえてきたけど、時刻はまだ明け方前だ。
はっきりアタシに言わないけど、アニキは警察を辞めて、冴羽という謎の男と妙な仕事をしている。きっと何かあったのに違いない。
アタシは着ていたパジャマを脱ぎ捨てると、ジーパンとトレーナーに着替える。
すぐに、アパートのスチール製の扉が閉まる音がした。アニキは外に出て行ったようだ。
アタシはサッとジャンパーを羽織ると、兄の後をこっそり追った。
行先は、アイツのアパートだった。でも、何故?
アニキは慌てている。乱暴にヤツのアパートの通用口のドアをあけると中に入っていった。
そして、暗いうちは気づかなかったけど・・・。
夜明けとともに、周囲が明るくなると、通用口のドアの取っ手や、扉に血液のようなものが付着したのが見える。
やがて、アパートから出てきたアニキは、丁寧に血痕を拭き取ると何食わぬ顔で自宅に戻ろうと歩き出した。
“いっけない、アタシも戻んなきゃ!”
勝手にアニキを尾行していたのがばれるのは、やっぱり、まずい。
考え事でもしているのか、のんびり歩く兄を背後に、アタシは急いで家に戻った。
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Ver 冴羽獠
槇村が帰っていったあと、オレはしばらくベッドでじっとしているしかなかった。いくら体力自慢のオレでも、これだけ出血すれば意識も少しは朦朧としてくる。
けれど、アイツを束縛するわけにはいかない。
アイツには、高校生の妹がいる。
今日は日曜日だし、多分、一緒に朝メシ食ったり、買い物なんかして、たった二人きりの兄妹は過ごすのだろう。
こんな怪我を負った事を、周辺に知られたくなくて槇村に処置をたんのだが、それだけで十分だ。
家族のいるアイツを、極力巻き込みたくない。
普通に、日曜日ってやつを楽しんでいればいいんだ・・・。
傷口がドクドクを鼓動を打つよう痛む。
とても眠れたものではないが、どうしようもない。
そのままベッド眼を閉じると、眠気ではない圧倒的な闇に引きずりこまれる。
大量の出血は、オレから意識を奪っていく。
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Ver 槇村香
『おはよう、香。』
何も知らないふりをして台所に入ってきたアタシに、朝食の味噌汁を作っていたアニキがいつもの笑顔で振りむいた。
『おはよう、アニキ。日曜日ってさ、朝はいいけど、午後から憂鬱だよね。』
アニキの分と、自分の分のご飯を、炊飯器からよそいながら、当たり障りない言葉をかける。こうしていると、明け方の出来事がウソのような、平和ないつもの槇村家の朝だ。
テレビでは、日曜日の朝ならではの報道番組が流れている。プロ野球や、政治・・・。アタシは退屈で仕方ないけど、アニキはこの番組をしょっちゅう見ていた。
アニキがお椀に、出来立ての味噌汁をついだ。
穏やかな表情は、早朝の出来事を微塵も感じさせない。でも、きっと、アニキのスラックスのポケットには、アイツの血液が付着したハンカチが入っているはずだ。
『どうした?香、なんかあったか?』
アニキのおしりのポケットを凝視していたアタシは我に返る。
危ない、危ない・・・、アタシは何も知りません、何も見ていません・・・。
『な、なんでもないよッ、てか、テレビ退屈!』
ワザとふてくされたフリした。
『香、お前ももう高校生なんだから、こういうテレビみたり、新聞読んだり、大事だぞ?少年ジャンプばかりじゃあなあ。』
のんびりと、たわいもない事を言いながら味噌汁に口をつけるアニキは、本当にいつも通りだ。
---ねえ、アニキ、獠どうしたの?あれ、獠の血だよね、怪我したのアイツ?---
聞けば、答えてくれるのだろうか。
気になって、箸が進まない。香ばしく焼かれた塩鮭を、箸でいじって細かくしていくだけで。なんか、口に運べない。
獠、あんた、どうなってんの?誰かそばにいるの?
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Ver 槇村秀幸
多分、香は何か気づいている。
今朝、オレが家を出払った事も。
必死でごまかしているけれど、香は思っている事がすぐに表情に現れるタチだ。オレもそんな香に気づいていないフリをするけれど、せっかくの日曜日の朝だというのに気まずい。
てか、なんで香、オレの尻を凝視する?まさか、ハンカチについた獠の血液、ポケットから染みて見えるわけじゃないよな。
でも、香に獠の存在をしっかり伝えるわけにもいかない。アイツは、その存在だけで危険すぎて・・・。
獠が眠らせてゲイバーに保護させた女の状況も気になる。様子を見に出かけたいが、ますます香の不信感をかうだろう。
まずいな。
香はさっきから、焼きシャケをつっついては、ちっとも食べていない。
・・・。
ヤバイ。
『ねえ、アニキ、』
な、なんだ、香。お前、何を言い出すんだ?
ポーカーフェイスの裏側は、冷や汗でべったりだ。
『アタシ、・・・』
頼むから、オレの杞憂であってくれ、香、お前に知られたくない世界なんだ・・・、今は、まだ、・・・。
『今日、絵梨子と映画見てきていい?スター・ウオーズの新作みたいんだあ。』
映画?映画の事を考えていたのか?・・香・・。
『いいなあ、スター・ウオーズか。何作目だ?』
オレは香に調子を合わせた。
やはり、なんか不自然ではあるが、今は香に合わせるしかない。それに、絵梨子クンと一緒に映画に行くなら、帰宅は早くても夕方だろうから、オレもその間は行動できる。
少し、多めに香に小遣いを渡した。香は単純に喜んでいる。
今のまま、頼むから、もう少し、今のまま。
可愛いオレだけの妹でいてくれ、香・・・。
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Ver 槇村香
アタシがついた嘘、アニキどう思ったかな。
今日は抜群に天気がいい。空は抜けるように青くて、雲一つなくて。すごく、爽やかな朝なのに。
映画を見に行ったはずのアタシは、何故か埃っぽい建物の中に忍び込んでいる。
幸い、ドアに鍵はかかってなくて、簡単に中に入る事ができた。
つい先週もお邪魔した(連れ込まれた?)、この部屋は、アイツのアジトだ。土足で出入りしているのか、床は砂がジャリジャリしている。椅子に、テーブル。日本的なものはおいてなくて、なんか海外みたいな生活空間だ。
ここ、凄く静かだ。もしかして、獠も不在なのかと思う。
でも、消毒薬の匂いが立ち込めていて。
アタシは、他の部屋をのぞいてアイツを探す。アイツはすぐに見つかった。
大きなベッドに横たわっている。だけど、あまりに静かすぎるので、恐る恐るアタシは近づいた。
“息、してる?(汗)”
してる。生きてる。
でも、顔色悪いし。なにより、包帯だらけの裸の上半身の下のシーツには、固まった血液で黒々と大きな染みがあった。
こんなひどい怪我をしているのに、こんな埃っぽい部屋で、一人ぼっちで寝てるなんて。
“アニキ、こいつ、放っといていいの!?”
こんなの見たら放っておけない。
怪我で熱があるのか、獠の額はうっすら汗でぬれていて。
勝手に悪いとは思ったけど、冷凍庫から氷をだして、風呂場から拝借した洗面器に水と一緒にいれた。そばにあったタオルで冷やそうと。でも、このタオルもあまり綺麗じゃない。・・・仕方ないか。
あまり衛生観念なさそうなヤツだし。
風呂場も水垢やカビで汚れている。
獠のベットの脇に、洗面器を置いて、タオルを浸して獠の額に置いた。
後は、掃除しながら様子を見よう。
それから、食べ物。
冷蔵庫、ビールしか入ってなかったし。
さっき、アニキに貰った小遣いで買い出ししよう。
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Ver 冴羽獠
ごとごと、ガタガタ、物音がする。でも、気配は穏やかで、危険は何も感じない。でも、この気配は槇ちゃんでもない。なんだ?
朦朧とする意識の淵から、ようやく俺は意識を取り戻した。相変わらず傷はドクドクと鈍痛が続き、炎症を起こした体は熱があるのを感じる。
そんな最悪なコンディションのなか、額になんか乗っかっていた。
“なんだ、これ?”
オレがいつも顔を洗うときに使っていたタオルが、水に浸されて乗っかっている。
こうしてみると、このタオル、汚ねえ。黄ばんでヤガル。オレにピッタリじゃね?と自嘲がこみ上げた。
でも、こんなオレのアジトに。誰なんだ?
体に力が入りずらくて、ベッドから起き上がるのがひどく難儀だ。
すると、部屋に向かってくる軽快な足音が聞こえてくる。
オレは、眼を閉じ、眠っているフリをした。
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Ver 槇村香
掃除道具を探したら、モップとデッキブラシ、あと大きな掃除機だけ出てきた。
まずは掃除機だけかけて、それから買い出しにいってこよう。
タオルは何枚か犠牲にして、雑巾にするとして、掃除道具はこんなもんか。
キッチンの調味料、塩とコショウとサラダ油しかないなんて、どういう生活なんだ?
調理器具も、ヤカン、フライパン、フライ返し、一本の包丁のみ。そして一組だけの、ナイフ、フォーク、スプーン。
皿は大きいのが一枚。マグカップだけは数個ある。
体格も行動も日本人離れしているヤツだけど、なんか、生活も変わっている。外国人みたいなヤツだ。
でも、なんか、放っておけない。なんでかな・・・?
買い出しから帰っても、獠は寝たままだった。
洗面器に氷を足して、額のタオルを浸し直した。ついでに汗もふいていやる。なんか、アタシ、看護婦みたいだ。
何故か、こんなのが嬉しくて思わず微笑んでしまう。こんな大男の世話が楽しいなんて。この閉ざされた部屋の中、静かに横たわるこの男は。
まるで、アタシだけの宝物ようだ。
粗野な言葉や行動とは裏腹に、眼を閉じて眠る獠は、くやしいけど魅力的なルックス。こんな、男、見たことない。
長身に逞しい筋肉に覆われた肢体。
鼻筋の通った鼻から、形の良い唇に続く顔は、きっちり左右対照で顔の輪郭の曲線は完璧だ。
そして、濃い眉毛の下の目元は、切れ長の瞳をほうふつとさせ・・・。
“でも、いつまでも見つめていてもね・・・。”
アタシは掃除の続きに取り掛かる。買ってきた洗剤で、散らかされた衣服やタオルを拾って洗濯機に投げ込んで同時に洗濯もする。
殺伐したテーブルには、インスタントコーヒーの瓶と、灰皿代わりの空の薄汚れた缶詰の缶。
そこに、あたしが買ってきたリンゴとオレンジ、卵と食パン、ピーナッツバターと、アスパラガスを置くと、急に色彩を取り戻したように明るくなった。
アイツの眼が覚めたら、フルーツを切ってやって、あとは目玉焼きとゆでたアスパラを出してやろう。ピーナッツバター、好きかな?トースターも無いから、バターよりいいかと思ったんだけど。
モップで床を拭きながら考える。
あとは、デッキブラシで風呂場の掃除だ。汚れがひどいので、普通の洗剤ではなく液体クレンザーを買ってきた。やりずらいけど、壁面のタイルもデッキブラシで磨いていく。
大分、綺麗とはいがたいけど、マシになったかな?
もう一度、獠の様子を見に行く事にした。
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Ver 槇村秀幸
『ハアイ♪ 槇ちゃん、久しぶりねえ❤』
獠がヤツを撃った女を保護した店に裏口から入ると、店主から熱烈な歓迎を受ける。肩に腕を回して、真っ赤な口紅が乗った厚い唇をオレの顔に近づけて来た。
『やめろ、ここに女がいるだろう?』
店主のオカマの、無駄に逞しい腕をよけながらオレは問う。
『いるけど、まだ寝てるわよ〜?獠ちゃんったら、どんだけ強い薬つかったのよ〜。』
クスクス笑う店主は、もともと傭兵をしていた男で(今はオカマだが。)、獠とは古い知り合いらしい。見た目の派手さと、男に迫る節操のなさは問題だが、裏の仕事に関しては抜群に信頼がおける人物だ。
店内に入ると、薄らあかるく明かりがついており、皮張りの派手な色をしたソファの上に、金髪の美しい白人の女が力なく横たわっている。
テーブルには、ワルサーP38。
大方、この女の死んだ恋人の愛銃だったんだろう。こんな銃で至近距離から撃たれたのに、獠は女をこの店まで運んだのかと思うと、思わず歯ぎしりがでた。
“獠、なんで、お前、もっと自分自身を見ないのか?下手したら、出血多量であの世行きだ。それに、いくらお前でも、この銃の衝撃に耐えきれるかカケだったはずだ・・・。”
獠は、オレの考えをはるかに凌駕するほど、腕がたち、そして優しすぎるヤツで。
誰かが、コイツをコントロールしないと、この男は、あっというまにこの世から消えてしまうかもしれない。
オレはそれが許せなかった。
せめて、獠が、自分の価値に気づくまでは。せめて、獠が自分を大切にできるようになるまで。
オレは・・・。
獠のパートナーを務める事を固く誓った。
--女は未だ目覚めないが、放ってもおけない。どうやら、オレはしばらくここにいる事になりそうだ。
--抜けるような青空の広がる日曜日。オレは、タバコと酒と香水の残り香がする薄暗いゲイバーの中で、この女の目覚めを待っている。
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Ver 槇村香
掃除に一区切りつけて、獠の部屋に行くと、アイツは目を閉じたままだった。
額の乗せていたタオルが大きくずれている。洗面器の冷水に浸しで絞ると、再び獠の額に乗せた。
相変わらず薄らと汗が獠の体を覆っている。首筋に手をあてて、様子をみたけど熱が高かった。
このままじゃ、まずいと思うけど、アタシでは獠を病院に運ぶこともできない。
“声をかけたら、起きるかな・・・?”
アタシは膝間ついて、静かに横たわる獠に近づくと、声をかけた。
『獠?ねえ、大丈夫?』
すると。
ゆっくりと、獠の眼が開いた。
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Ver 冴羽獠
寝たフリに気づいたワケじゃねえよな?
オレにかけられる女の声。この声、気配。・・・なんで、ここにいんだよ。槇ちゃんの妹じゃねえか!
オレは目覚めたフリして、ゆっくりを瞼を開けた。
『獠!』
すると、香がオレの顔を覗き込んできた。こんな体じゃ、どうしようもない。一体、香はなんだといいうんだ?またオレに、人生相談でもしにきたのか?
『・・・あんだ?お前、何故ここにいる?』
オレはワザと低い声を出した。 ここは、お前みたいなのが来ていい場所じゃないし、オレはお前が思うほど安全な人間じゃない。それを、伝えなければいけないと、ドスを利かせた。
でも、香は鈍感なのか、ちっとも意に介さねえ。
『どうでもいいじゃん!それに、玄関、鍵もかかってなかったよ?それより、具合どう?熱、高いじゃん!』
さっき、首筋にひやりと柔らかい手が触れたのは、オレの発熱具合を見ていたのか、と少しがっかりする自分に少し驚く。何を期待してんだ、オレは・・・。
香は、色気も何もないトレーナーにジーンズという出で立ちだが、高校生のクセにわりとふくよかな胸や、細いウエストがそそる女だ。ジーンズに隠れた小さ目の尻も、キュッと上がっていて いい。
先週、ここに来たときは、思いっきりオレを警戒していて男のフリしていたくせに、この無防備さはなんなんだ。
近すぎるだろーが。
そんなオレの下心に完全に無頓着な香は・・・。。
オレの額から、タオルを外すと、冷水に浸し直して、またオレの額に優しくおいてくれる。その時、近づいた香の指先はマニキュアなんて塗られていないのに、瑞々しい桜色。細い指先の華奢な爪は、面長で整った形をしている。
相棒の槇ちゃんの妹は、短い髪にボーイッシュな言葉使いで、なんだか男みたいだれど、実態は中々見つからないほどの極上もっこりちゃんだ。
どうせ出会うなら、せめて5年後くらいが良かった。流石に、今手をだしたら新宿の種馬が、ロリコンだったって事になっちまう。
おまけに、なんかいい匂いがする。石鹸か、シャンプーか?
香水以外の女の匂いなんて、ガキ以外は知らねえ。
にしても、こんなボロボロの体の状態なのに、香の観察しているオレって・・・。自分でも、あきれる女好きだ。
『獠?!』
返事もしないで香を観察していたら、香はこんなオレを真剣に心配しだした。柔らかい掌で、オレの頬をペタペタとたたくように触り、オレの意識がしっかりしているのか確認してきた。
本当に、兄妹そろって、なんてお人よしなのか。
香から与えられる優しい刺激に、ただでさえ少ないオレの血液が、股間に集まってくる。
でも、今は下心は封印するしかない。
『腹減った。』
便所にも行きたいが、真面目に尿瓶もってこられれそうで口に出すのはやめた。
『さっき、食べ物買ってきたんだ。持ってくるから待ってて。』
そういうと、香は部屋を出て行った。気のせいかもしれないが、体がさっきよりも軽い。肩の傷口の鈍痛は相変わらずだが、トイレに行くためにベッドからゆっくり降りる。大丈夫そうだ。
階下に降り、用を足して便所から出ると、キッチンの方から調理器具やガスを使っているような音がした。
それは、不思議と、どんな音楽よりも心が安らぐBGMのようで。
まだ多少ふらつくが、問題ない。
ベッドに食事を運ばせるなんて、病人みたいなマネは柄じゃねえし。
香と一緒のテーブルに座って、メシを食いたい。
でも、
こんな甘えは今日限りだ。
--可愛い香。
--お前は、オレの傍にいていい人間じゃない。
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Ver 槇村香
目玉焼きを焼きながら、ピーナッツサンドを作ってきたら獠がキッチンに入ってきた。
包帯から滲んだ血が痛々しくて、思わず獠を怒鳴ってしまう。
『なんで起きてくんだよ!!ベッド戻ってろよ!!』
傷が原因の炎症で熱も高い。無茶苦茶なヤツとは知っているけど、ひどい怪我を負っている時くらい、おとなしく病人らしくしてもらいたい。
『もう、大した事ねえよ。それより、コーヒーいれてくんね?そのインスタントで。』
獠はそういうと、テーブルに右手をついて体を支えながら椅子に座る。
確かに、ここにアタシが来たときより顔色はマシかもしれないけど、無理してるのは明らかだ。獠の髪の生え際は、汗でじっとり湿っているのが見て取れる。
だけど、アタシは従うしかなかった。
獠は、多分、アタシが何を言っても聞かない。
きっと、この男は、自分の思う通りにしか、行動しない。
でも、やっぱり心配で、小言が出る。なのに、獠は
---『おい、獠、やっぱり病院にいけ。』
---『平気さ。 今日はサンキュー、お礼に今度、女紹介するぜ♪』
女を紹介するって、男扱いかよ!!
マジ、失礼なヤツだ。
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Ver 冴羽獠
男扱いされた香がふてくされた。
でも、これでいい。
香だけは、女として見ちゃいけない。絶対に。
そろそろ、こいつ自宅に戻さないとな。
でも、もしかして槇ちゃん、あの女のトコか?
あの白人女は当分目え、冷まさないぜ?強い睡眠薬使ったからな。
もう少し、香はここに居させるか・・・。
--香・・・。--
--オレの無二の相棒、槇ちゃんの大事なお姫様。--
--そして、オレのシュガーボーイ。--
«完»