『信宏、ブラインドきっちりおろして!!』
『あ〜、隙間! 信宏の部屋のカーテン、リビングに張って〜!!』
『え〜と、香媽媽の服・・・、う・・・、防虫剤のにおい・・・、洗っておちるかな〜??』
今は、明け方前の冴羽アパート。
こんな時間にも関わらず、徹夜でも元気な香瑩と信宏の二人は奮闘していた。
洗濯機も掃除機もフル稼働で。
洗濯機では、かつて香が着ていた服や下着が香瑩によって洗いなおされている。
信宏は、香瑩の滅茶苦茶な指示に混乱し、てんてこ舞いしながらも、何とか対処していく。掃除は彼の得意分野で、掃除機担当は彼だ。
そんな信宏に、香瑩は気が付いた事を全く遠慮なしにポンポンとオーダーする。信宏は、とりあえず、日光の問題があるので、キャッツの自分の部屋のカーテンを外してココに持って来ようと出かけていこうとした。
『あ!信宏!』
香瑩は、冴羽アパートを出ようと窓を開けた信宏に気づいて声を上げる。因みに信宏は面倒くさいので玄関ではなく、窓から出ようとしている。まだ外は暗く、人の目もない。今日は行儀よりも時間が優先なのだ。
『キャッツのコーヒー豆、分けてもらってきて!』
『オッケー、香瑩、ついでにサイフォンも一基、借りてきてやるよ!』
香瑩が、香の為に飲みなれたキャッツの珈琲を用意したいのだと悟って、気をきかせてサイフォンまで調達する事にする。信宏だって、香の帰還が嬉しくて浮き足立っているけど、ココは香瑩に己の点を稼ぐ見せ場でもあるのだ。
『あ!信宏!』
そんな信宏の気持ちをしってか知らずか・・・、香瑩は本当に彼には遠慮をしない。
『水も!!』
『水う〜???』
『あはッ、ミネラルウオーター切れちゃって。コンビニで買ってきて(^_^;)』
まあ、水なら香も入用だが・・・。なんだか、関係無い、かさばり系のお使いまで増えそうな気配である。
『わわったよ・・・(汗)、んじゃ、行ってくるから。』
カーテン、コーヒー豆、サイフォン、ミネラルウオーター・・・。だんだん荷物が増えてゆく。
このままだと、トイレットペーパーや洗剤まで頼まれそうなので、とっとと出ようと窓枠に手をかけた。
『あ!信宏!』
そんな信宏の心配をぶっちぎり、また香瑩は声をかける。今度は何を言い渡されるのかと思いつつ、信宏がコワゴワ後ろを振り向くと、
『気を付けてね!』
香瑩は、彼に向かって笑顔でそんな事言う。信宏は、思いがけない香瑩の優しい一言に嬉しくて心がトキメいた。
しかし、
『サイフォン、割らないようにね!アルコールランプも忘れないで!』
信宏はずっこけそうになりながら、ようやく冴羽アパートを出た。歩道に、“トンッ”と軽々と着地すると、キャッツに向かって走り出す。
今、獠と香を乗せたファルコンのランクルが、慎重にゆっくりとここへ向かっている。
多分、八年ぶりの新宿の夜景を香に見せながら走っているので、到着はもう少し遅くなるだろう。
香を驚かせない為に、香瑩と信宏は、獠の妹・弟分で、獠の為に香の世話を買ってでたという事にしている。さすがに、28歳の香に23歳の娘の香瑩じゃ混乱するだろうから。
・・・でも・・・
信宏は思う。
50歳近い冴羽獠を、香がすんなり受け入れたように、23歳の香瑩も受け入れるのではないかと。
槇村香。
彼女には、何故か計り知れない懐の広さと、愛情の深さを感じるのだ。
きっと、人を愛するのに垣根の無い人だと。
じき、夜が明ける。
信宏は暗闇とネオンに彩られた新宿をひた走って行った。
«完»