GLASSONION 高田馬場 "The Butterfly Dream…終わりのない風景を探して…

最初の誤差が小さくても、時間の経過やその組み合わせで、大きな渦となる。どんな未来が訪れるのか誰にも判らない…(╹◡╹)

僕の堕落論‼︎

2016-10-11 | GLASSの日記 "I'll Follow The Sun"




(╹◡╹)

秋めいてきました。

これから、一気に、秋は深まることでしょう。

先月から、晴れ間をほとんど見ない、そんな、今年の秋空模様。

気がついたら、10月になってた。

そんな気がします。

毎年、時間が加速してるみたいで、恐ろしいです。

(-.-;)y-~~~

春から夏へと、季節は舞い上がり、やがて、季節は、ゆっくり降りてくる。

それが本来の、秋なのですが…

この温暖化は、地球の生理なのか、それとも、人間の仕業なのか…


秋と言うと、昔から、僕のイメージは、吉祥寺なんです。

夏が、昔から、僕のイメージが、早稲田通りであるようにです。

別に、その意味も、理由も、全くありません。

ところが、今じゃ、そんな懐かしい風景に出会うこともなくなりました。



そして、秋は、いつからか、考えることをする、季節となりました。

そして、この10月は、長年、親しくして頂いたお客さん
の三回忌です。

早いですね。
時の流れは、待ってくれません。


一昨年の10月は、なんと、二人もの、長年、親しくして頂いたお客さんが、亡くなると言う、とてつもない10月でした。


そして、一昨年のこの10月は、客を超えた、長い付き合いの、ある意味、僕の肉親みたいな、親しいお客さんの、めでたい結婚式もありました。
今彼は、地元の大阪で、暮らしています。

僕が、GLASSONIONを語る時に、必ず、登場させる人です。

その結婚式前夜、お客さんが、危篤状態にはいったと、あるお客さん伝いに、知りました。

帰り道、夜空に向かい、穏やかにあらんことを、ただ、穏やかであるように、それだけを祈りました。

ある日、僕の故郷の隣町の出身だと知り、さらに、身近に感じる、お客さんとなりました。
何とも不思議なご縁の、お客さんでした。

そんな縁もあり、いつも、店を、僕を、優しく見守るように、応援してくれたお客さんでした。

そんなお客さんの危篤の一報が、肉親のように親しいお客さんの結婚式の前夜に届いたのでした。


翌朝、大阪へ向かう車中、自分が、人生と言う、天秤の真ん中にいることを、ふと感じました。

おりしも、これから、大型台風が大阪へ直撃との、天気予報の最中でした。
雨足が次第に強くなり、大阪へ向かう新幹線の行く手を阻むかのようでした。

ところが、不思議なことに、大阪を降りると、暴風雨どころか、雨も風も止み、日もささんばかりに、穏やかでした。

式はとどこおりなく…、そして、披露宴もまた、めでたく、めでたい、宴でした。
そこにいる誰もが、優しい笑顔に、満ち溢れていました。

人生なんてのは、この表裏の中で、誰もが、暮らしているのだと思いました。


涙には、幸せの涙、悲しみの涙、喜びの涙、悔しい涙があって、この空の下に、それは、同時に存在しているとのなのだと、その不思議を思いました。

そして、その不思議が、どうにも、ぼくには、折り合いがつけられず、涙が溢れて、止まらなくなってしまったのでした。

1人の、僕の親しい人は、今までの、全ての労が報われ、天までもが、彼を祝福しました。

そして、もう1人の、僕の親しい人は、今まさに、天に召されようとしている。


みんな、報われたのか、みんな、報われたのか、そして、あらゆる全ての労は、誰もが、ねぎなわれるのか…

幸あれ、幸あれ、僕は、心の中で、何度も叫びました。

ちょうど、2011年の3月を、まさに、日本人の誰もが、そう祈ったようにです。


一昨年の10月とは、僕には、生涯忘れようのない、感慨深い10月となりました。


忌野清志郎ならば、それをどう歌にするのだろう。

ジョンならば、彼のどんなメロディを奏でてくれるのだろう。

そんなことを、今も考えます。




今年も、世界中に存在する、戦争、紛争で、多くの犠牲者が今も続いています。

その数は、自然災害での、犠牲者の比ではありません。

戦争、紛争の最中に生きる人々は、降りかかった運命と、命と引き換えの表裏の選択を、今日も、余儀なくされています。

そして、僕の周囲には、たまたま降りかかった運命と、堂々と勝負している親しい人が、幾人もいることを、僕は、知っています。

命は、限りなく愛おしいもの。

だから、太古より、命の行方を、ずっと探し続けているのでしょう。




一昨日、僕は、僕よりも、ひと回りも離れた、煩悩に苦しむ聖職者を、説教してしまいました。

それは、僕のエゴでした。

みんなやってることを、俺も同じようにやってるだけなのに、なぜ、俺だけを、みんな、責めるんだ。

そう言い放つ、聖職者を、思わず、叱咤してしまったのは、いつもなら、馬耳東風してみせるはずが、今月だけは、それができなかっただけの理由でした。

何をそんなにムキになり、彼を責める理由が、僕のどこにあると言うのか。

遠藤周作の問いかける、主人公キチジローよりも、もっと彼は、自分に迷い、自分に苦しんでいるに、違いないことを、僕は、気づいてるはずなのにです。

だから、反省しています。

僕の10月は、神聖な月となっていたようです。

だから僕には、聖職者としての、彼の、目に余る暴言を、今月だけは、息苦しく感じたのでしょう。

この月ばかりは、どうか、堕落から、目を逸らしたい自分がいたから…、目の前の堕落を否定したくなったのでしょう。

僕らは、愛おしい者への、架け橋を、聖職者に託す以外、術がないのを、どうか、彼にわかって欲しい。

今月だけは、そう、言いたかったのでしょう。

この月ばかりは、堕落論を、したくなかったのでしょう。

自分の堕落を棚に上げても、今月だけは、どこにも堕落は見ていないと、信じたいのでしょう。

結局、僕のエゴです。


人に宿る善悪の行方に、天国も、地獄もない。


ただ、空があるだけ…。


10月9日は、ジョンの、誕生日でした。


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