アメージング アマデウス

天才少年ウルフィは成長するにつれ、加速度的に能力を開発させて行きました。死後もなお驚異の進化は続いています。

華厳二稿 Ⅶ かぎろひ(終章)

2017-03-20 15:48:17 | 物語
そのⅦ かぎろひ

 奈良時代、人々は夜明けと共に起き、農民は野良へ、官吏は宮城へ向かっ
た。
 吉備真備は館から夜明けと共に東宮を目指した。皇太子に四書五経の講義を
する為だ。
 東の空が朝焼けで真っ赤に燃えていた。
 そのかぎろひを見ながら、皇太子阿部をいかに教育していくか考え込んでい
た。また、嫌な噂に頭を悩ませていた。
 東宮への回廊で橘諸兄と遭遇した。
「橘の大臣(おとど)」
 眞備の呼びかけで立ち止まる諸兄。
「眞備先生、何か?」
「妙な噂を聞きました。本当に決まったのですか?」
「ええ、参議の全員で決めました」
「いけません、それだけはいけません!」
 いつも冷静沈着な眞備が珍しくも語気を荒げていた。
「たかが小僧一人を追い払うだけです」
「たかが小僧? 野に放てば虎に成ります」
「太宰の小弐に何が出来ましょう」
「太宰の師は唯の飾り。小弐に赴任した弘嗣は、必ず九州を手の内に入れて大
軍を養います」
「まさか、朝廷に反乱するとでも」
 諸兄の顔が歪んでいた。
「朝廷に仇なすとは思えません。弘嗣殿は粗暴の嫌いは有りまするが、朝廷へ
の誠心を持っています。平城に留まらせ、南家を牽制させるのが、良策かと」
「最早取り消せぬ。勅諚が下りてしまった}
{恐れながら大臣、貴男様の罷免を要求して来ます。平城のもう一匹の虎が呼
応したらいかがなさるお積もりか」
 膝をついて頭を抱える諸兄、眞備の言葉で事の重大さを悟るが、時既に遅か
った。

 天平十年(738)十二月四日、従五位下・藤原朝臣弘嗣は太宰府の小弐に任じ
られた。
 その弘嗣を仲麻呂が訪れた。
「貴公は九州を纏めろ、俺は平城の藤原を固める」
「何を企んでいる。仲麻呂、俺は貴様には踊らされぬぞ」
 仲麻呂は橘諸兄政権を倒す事を弘嗣に仄めかしていたのだ。
 
その下旬、阿部皇太子は生駒の紫野で薬草を採取していた。冬の盛りのこの
時期、採取出来る薬草には限が有った。
 阿部は街道を見詰め続けていた。幼い頃、凜々しく颯爽としていた仲麻呂に
憧れ、恋をした。今は、何故か野卑と蔑んでいた弘嗣が恋しいのだ。

 平城から太宰府に行くには、三条大路を抜けて暗越街道から難波津、そして
難波津から船で九州に渡るのが通常である。
 弘嗣は必ずこの街道を通ると、夜明けからこうして待っていたのだ。

 昼過ぎに弘嗣一行が姿を現した。
 馬上の弘嗣は、紫野に佇む阿部に気が付かない。
「由利、弓を」
 由利から受け取った弓で鏑矢を虚空に放った。
 鏑矢の飛翔音でようやく阿部に気付く弘嗣、馬を走らせて近づいて来た。
「来ては成りませぬ。弘嗣殿来ては成りませぬ。来たら別れが辛くなります
る」
 阿倍の呟きは弘嗣まで届かなかった。
 阿部は大きく首を振って弘嗣を制止しようとすると、気付いたのか? 弘嗣
が馬を止めた。が、笑顔を浮かべて袖を振った。
 幾筋もの涙が阿倍の頬を伝った。
 雪が紫野に降ってきた。その雪は忽ちの内に視界を阻んだ。
 安部は更に涙する、何故か二度と弘嗣に逢えぬ気がしたからだ。

 太宰府に赴任した弘嗣は暫く温和しくしていた。が、眞備の予言通り大軍を
集めていた。

 弘嗣が遂に仲麻呂の罠にはまった。
 続日本紀に曰く。
 天平十二年(740)八月二十九日、太宰小弐・従五位下の藤原朝臣弘嗣が表を
奉り、時の政治の得失を指摘し、天地の災異の原因になっていると陳べ、僧正
の玄昉 法師と右衛士督・従五位上の下道朝臣眞備追放を言上した。
 弘嗣は玄昉を毛嫌いしていたが、眞備には一目置いていた、秘かに敬愛もし
ていた。只皇太子の師として安部の近くにいる事に嫉妬していたのだ。
 弘嗣の本心は橘諸兄の失脚にあった。が、子供のように只をこね、憤ってい
ただけで有った。

 更に、
 九月三日、弘嗣が兵を動かしたのを反乱とみなし、天皇は勅を下して、大野
朝臣東人を大将軍に任命して弘嗣征討軍を太宰府に発した。
 皮肉にも大野東人は、弘嗣の父・宇合の副官だった男であった。
 この人選の影に潜む物を誰も気が付かない。彼は仲麻呂と通じていた。い
や、眞備だけは見抜いていた。

 九月五日、東宮に、安部皇太子を囲んで、光明皇后、吉備真備、中衛府大将
高梓とが、弘嗣の乱について相談し合っていた。
「あの子は乱暴者ですが、朝廷に弓を引く等出来ない子です。只をこねている
だけ」と言いながら、皇后は梓の手を握った。
「弘嗣は梓、そなたの言うことなら聞いてくれる筈、中衛府を率いて太宰府に
行ってはくれまいか」
 安部は拝むようにして梓を見詰めた。
 眞備が意見を具申した。
「大野東人軍が弘嗣を捕獲したなら、必ずやその場で斬首するに違いありませ
ん。梓の大将、一刻を争いまする、直ぐにでも出立して下さい」
 皇后の手をそっと外した梓が平伏して言上奉った。
「臣高梓、恐みてお役を引き受け致します。明日にでも兵を発しまする」
 この時眞備は、弘嗣は乱暴者だが話せば分かる男と見ていた。梓と共に必ず
や朝廷の両輪になるとまで確信していた。

 翌日の深夜、梓の指揮する中衛府将兵二百が平城から北九州へと出征した。
 秘密を守る為に、深夜小人数に分けて平装での出発だった。
 朱雀門の楼から見送る、皇后と皇太子と由利。
 阿倍は梓に篤い信頼を持っていたので、必ず使命を果たしてくれると信じて
いたが、ふと不安が脳裏を過ぎり、弘嗣を見送った紫野を思い出した。
 あかねさす紫野行き標野(しめの)行き 野守は見ずや君が袖振る

 由利はまるでこの世の分かれみたいに、副官に任命された佐伯五郎を見詰め
続けた。言いようの無い不安で心が苛まされた。
 一日(ひとひ)こそ、人も待ちよき、長き日を、かくのみ待たば、有りかつま
しじ
 君が行き、日長くなりぬ、山たづの、迎へを行かむ、待つには待たじ
 二人の逢瀬で詠い舞った情景が由利の脳裏に蘇った。

 梓軍が二百しか居なかったのは、戦闘行為自体が目的で無かったからだ。
 だが、梓の本拠河内などで兵を募り、難波津では五千に成り、軍船で北九州
へと急行した。

 この年の暮れにかけて、北九州に東人と弘嗣軍と梓軍が互いを求めて徘徊し
た。
 いや、徘徊する謎の軍団がもう一つ有った。仲麻呂の密命を受けた壱岐軍が
弘嗣軍を擬して動いていた。この軍団の狙いは梓の命だけで有った。

 弘嗣は初めて世の中の恐ろしさを知った。式家の御曹司として育った甘えが
あった。朝廷に弓を引くなど一時なりとも無かったが、今は賊軍にされ、征討
軍が九州に向かっている。
「兄じゃ、是非も無い、もう後へは戻れぬ」
 弟綱手の言葉でようやく本気で兵を募り、近畿の藤原氏に檄文を送った。

 近畿の藤原氏は誰もが無視し、南家の豊成などは自らを幽閉し、災難から身
を守ろうとした。式家までもそれに習って災禍を避けようとした。
 仲麻呂だけは、天皇の近衛兵を指揮していた。豊成と仲麻呂を引き離し、仲
麻呂を厳しく監視するための、眞備の策だ。この近衛隊には、藤原氏に縁のあ
る者は一人たりとも加えていない。

 九月二十二日、官軍と弘嗣軍は戦端を開いたが、弘嗣軍は散々に打ち砕かれ
て敗走した。
 十月九日、弘嗣軍一万と官軍六千が板櫃川を挟んで対峙した。
 官軍の隼人達が河岸に出て、隼人言葉で弘嗣軍の隼人兵に投降を叫ぶと、弘
嗣軍の隼人隊は矢を射るのを止め、静まりかえった。
 官軍の将軍が二騎河岸に出て来て弘嗣を呼ばわった。
「弘嗣見参! 臆したか弘嗣」
 騎馬の弘嗣が一人で対岸に立った。
「勅使到来と承る! 誰の事であるか」
 官軍の二人がそれぞれに応えた。
「我こそは、内乃兵(うちのつわもの)衛門督佐伯大夫である」
「小童! 我が名を聞いて驚くな! 式部少輔阿倍大夫とは俺の事だ。分かっ
たか!」
「あい分かった」と下馬する弘嗣、丁寧に二度頭を下げた。
「臣弘嗣、恐みて申す。我らは朝廷に弓を引く者では有りません。朝廷に仇な
す二人を引き渡すように嘆願しているだけで御座る」
「小童良く聞け! ならば、どうして軍団を率いて押し寄せて来たのである
か!」
 弘嗣は佐伯大夫の大音声に悄然として騎乗の人と成り、軍の中に消えた。
 その様子を伺っていた弘嗣軍の兵士四五十人程が河に飛び込んで官軍に
投降した。
 この後、弘嗣とその軍団が姿を消した。

 その頃、梓軍も北九州に上陸して弘嗣軍を求めて東奔西走していてたが、そ
の行方がようとして分からなかった。
 十月二十日未明、遠賀川河口の梓軍の軍船に一人の兵士が泳いで来た。
 弘嗣の密使で有ると言う。
「中衛府大将が官軍に加わっている事を弘嗣将軍は知りません。証が欲しいと
言うておられます」
 梓の横に侍っていた佐伯五郎が口を挟んだ。
「その前に、弘嗣軍の証が欲しい」
 その兵士は黙って刀子を梓に献じた。
 松明に翳して確かめる梓。確かに刀子に藤の紋章が飾ってあった。弘嗣の紋
章に間違いなかった。
「この書状は、やんごとなきお方の文である。弘嗣殿に渡して頂きたい」
 文を押し頂いて懐に収める兵を独木舟が対岸に送った。
 夜が明けると、一人の将軍が対岸に佇み、太刀と鎧甲を皆脱ぎ捨て、梓に恭
しく礼を捧げた後に、平城の方角を望んだその将軍は匍匐礼で恭順を表した。
 独木舟に飛び乗った梓は対岸に向かった。
 十艘程の独木舟が後を追った。
 佐伯五郎は梓の傍らに立ち竦み、匍匐礼の弘嗣将軍を睨んでいた。
 水鳥が一斉に葦の茂みから飛び立った。
 かぎろひの創る逆光の為、梓軍は匍匐礼の将軍が笑っていたのを、不覚にも
見逃した。

 板櫃川の会戦に敗れて敗走した広嗣軍は新羅に逃れようとしたが、十月二十
三日捕らえられた。
 十一月一日、大野東人は広嗣と綱手の兄弟を唐津で、聖武天皇の勅(斬首せ
よとは命じていない)を無視して斬首してしまった。

 十一月十日、平城の朝は常にも増して赤くかぎろひていた。
 皇太子への講義の準備をしていた眞備の元に二つの悲報が届いた。梓と佐伯
五郎の戦死、そして弘嗣兄弟の処刑である。
「おのれ小童、朝廷の両輪と成るべき忠臣を罠にかけおった」
 膝を落として蹲る眞備は天地神明に誓った。「必ずや、この眞備が仲麻呂の
小童を撃ち砕いてみせましょう」
 よろよろと立ち上がった眞備は、気を静めると、皇太子の待つ室へと歩を踏
み出した。

 東宮の一室で、眞備を待つ皇太子と由利。この朝の講義予定の孟子を必死に
読んでいた。
 由利が孟子から視線を外して西の方角を望んだ。水鳥の騒ぐ音が聞こえた気
がしたからだ。
「五郎殿」
 呟く由利に、阿倍も顔を上げた。
「梓の大将はご無事なのでしょうか?」
 由利の本心は、勿論梓では無く五郎の無事だ。
「由利は心配しすぎです。きっと今頃は使命を果たして平城を目指して居りま
す」
 阿倍は父・聖武の勅令を知っていたから安心していた。
 弘嗣兄弟は平城で詮議にかけられ、さして重くない処罰を受ける物と堅く信
じいた。

 そこへ、眞備が青い顔で入って来た。
 驚く二人。
「先生、何か有ったのですか? まさか病では」
 眞備は今朝の悲報を今は言うまいと決意した。
 二人の前に正座した眞備は、居住まいを正して、微笑もうとしたが、顔が引
き攣っていた。
「今朝は、予定していた孟子ではなく、老子をお教えいたします」
 首を傾げる阿倍、老子の名を知らなかったからだ。
 由利は父・眞備が真に敬愛をしているのが老子だと知っていたので歓喜で眼
を輝かせた。
「急の事で、書を用意出来ませんでした。この眞備の言葉に心を傾けて、良く
聞き、良く覚えて下さい」
 固唾を飲んで眞備を見詰める二人。
 静かに口を開く眞備。
「すぐれた士は、武の心を持たない」
 二人とも、心で復唱した。
「すぐれた戦士は怒りの心を発しない。よく敵に勝つ者は、敵を相手にしな
い」
 阿倍皇太子は懸命に考えた。「眞備先生は何をわたくしに教えようとしてい
るのだろう?」
「良く人を使う者は、相手の下に出る。これを不争の徳と言う」
 阿倍はようやく気が付いた。やがて天皇になるこの身に、民をすべる心得を
諭しているのだと。
 東(ひむがし)のかぎろひは益々赤く燃え上がり、西に傾く月が、悲しみに沈
んだ。
「兵をあげて攻めあうとき、悲しみを知る者が勝利を収める」
華厳・完     作・GOROU

 参考文献 日本霊異記 続日本紀 万葉集
ジャンル:
小説
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