オウム
テレビ NHKスペシャル
さっき銭湯に行って、いろいろな感想が頭の中に出てきたのだけれど、別のことがあって忘れてしまった。
別のことというのは、まあ、ここには書かない。
ただ、僕にも経験があるが、中国いや上海に長く住んでいる人というのは、独特なものを持っているということだ。
日本の感覚とずれてくる。
すぐ日本人は、と言いたくなり、いやどうも・・・
中国いや上海か、のプレッシャーというのはある。
住んでいると日常的にいろいろなことに遭遇する。いや考えないと大丈夫なのだろうが、敏感になると、いろいろなことが気に障ってくる。
これは外国人が日本で生活し、長くなり、カネがないとそうなると思う。
カネの多寡、いや、カネがあったらあったでどうかわからない。
日本の外国人でカネがある人というのは、中国あるいは上海で金がある外国人、というのとはまた違ってくるから、意味合いが異なるが。
・さて、中国がバブルかどうかは知らないが、高度成長期だというのは多分言えると思う。
そろそろ成長が鈍ってきているようだが。
では、日本のバブル期というのはどういう雰囲気だったか?
僕は不幸か幸か、80年代後半は中学生くらいだし、実はよくわからない。
オウム事件の発端は88年くらいだったそうだ。
麻原は32歳で88年にヨガサークルを作ったと言っていたように思う。
95年、39歳で地下鉄サリン事件で捕まる。
95年当時、僕は大学生だったからたくさん報道があったはずだし、記憶にあっていいはずなのだが、ほとんどない。
そのころテレビも新聞も読まなかった。
テレビはくだらないと思ったし、新聞は面白みがないと思った。
今は違う。毎日ニュースを少しは見るし、新聞も読む。
変わったのは、今はインターネットがあるということ。
メディアは変わったと思う。
さて、メディアが変わる前の話。ネットが出てくる前の話。
90年代初頭の高校のころは、トレンディードラマを見た。見させられた。
ほとんど何の中身もない、ただの雰囲気だけのものだった。
あの頃僕の少し上の世代の人たちは大学でどうだったのだろう。
一方で左翼はまだまあ強かったかもしれない。
でも大部分の人たちはただ雰囲気だけの中、生きていて、真摯に生きることを考える若い人はどこに行き場があったのだろう?
オウムはそういう人たちを捉えたらしい。
僕が大学に入ったころもそういう雰囲気中心の感じはあって、それに乗っかるか、それから外れるか、大変悩んだ。
幸い、いい先生に巡り会うことができて、いいナビゲーターになっていただき、悪くない道へ導いていただいたものだと思う。
しっかりとモノを考えれば、孤独でも、モノを考えている人はいるし、そういう世界があるし、見えてくるものだとわかった。
(そういえばこのあいだ、僕とはまったくレベルが違うけれども、中島さんという僕と同世代の学者が彼の大学時代を振り返った(吉本隆明についてだったと思う)文章を読んだ。少し雰囲気が似ているものを感じた。彼はたぶんエリートで僕はノンエリートという違いはあるけど。)
・オウムの麻原は大きなことを言った。言って、逃げられなくなった。でも卑怯なことに逃げた。
警察がサティアンに入ったとき、麻原は隠れ部屋に980万円を抱えて丸くなっていたという。
サティアンに入っていったときのことは覚えている。テレビを見た。
当時テレビを滅多に見なかった。物質文明に犯されたくなかった。努めて避けた。深く自分や文学や宗教や哲学や心理学や音楽や絵画や映画に沈潜したかった。図書館にずいぶんいた。できればこの世と時代から離れたかった。
お世話になった先生の弟子で先輩にあたる人が、「先生は歴史と語学だ」と言っていた、とまた聞きして、そちらも勉強した。それがよかった。それは現代との接点だった。
同世代は軽薄だと思った。努めて付き合いたくなかった。
・麻原も若者に訴える力は持っていたように感じる。
世の中への否定、という反社会性、反体制性は間違っていたとはいえない。
だが、他のやり方があった。麻原にはなかったのか。
・今日NHKスペシャルを見ていて知ったのは、地下鉄サリン事件は、警察が上九一色(あれこう書くんだっけ?)村のサティアンに捜索に入る二日前だった、という事実だ。
これは明らかに警察のミスだし、それが教団を追い詰めていたのなら、知らせたメディアのミスではないか。
・とにかくあのころまでのテレビはひどかった。新聞は読んでいなかったが、新聞もそういいものではなかったのではないか。
というのは後知恵だが。
世紀末の雰囲気、というのはどうか?
僕に限って言えばあった。
環境問題その他。
というか、歴史問題もそうだが、日本は滅びてしまえ、という気持ちがあった。
今考えるとおかしなことだが、変な反ナショナリズム的雰囲気も一方であったのだと思う。
・インターネット、これでメディアは変わった。これは二〇〇一年頃から、顕著なのは二〇〇五年頃からか。
ホリエモン登場もそうだが。
なんだかいろいろなことを思い出させる番組だった。
98年に僕は日本を脱出した。
とにかく日本のある種の雰囲気が嫌だった。「汚染」されたくなかった。これもある種のマインドコントロールだったと思う。自分が自分にかけた。
中国には嫌になるまでいた。
2001年に日本に帰ってきた。
この10年、あるいは15年(20年、というとさすがに僕には実体験としてはよくわからない)、日本の民主化はなんだかんだ言ってずいぶん進んだ。卑屈も背伸びもしなくてよくなり、メディアも謙虚になり、大人も・・・