不動の動

洞察しましょう――(観相学的)断章(フラグメント)。。う〜ん、、洞察には至らない印象を書き留めるメモ、いや落書きかな。

扶養

2012-05-29 | Weblog
親の扶養と言うとき、子が親を扶養するのか、親が子を扶養するのか。

中国語ではそれを分ける、というのを聞いたことがあるが、分けられていない、とも聞く。

友人から送られてきたアピール文を帰宅したらここに転載しようと思うが、思い出したことがある。

社会保障を扱う役所で働いた縁で、この問題に立ち止まるのだが、かつて厚生省が残留孤児を国費で帰国させる際、親族の扶養を条件にしていたことがあった。
国費で交通費等は出すが、日本での永住生活は親族が保証人とならない限り認められなかったため、永住できず、当時政府が行った一時帰国のみで、そのまま帰りたくとも帰れない、という人が続出した。

もちろん、自分の親族がわかっている孤児や婦人は日本に自力で帰って来さえすれば、法律上はなんとかなるとはいえたが、生活上の保障がなければもちろん二の足を踏む。

もともと、戦争と戦後の混乱で残され(多くの人は捨てられ)、その後の台湾との国交により帰国が大幅に遅れたのであり、その人個人の責任ではない。

当時は日中で経済的格差が大きく、交通費もままならない。



帰国以前に、孤児だとわかっていても、親族が認めない、あるいは、名乗り出ない、ということもある。帰国したとしても親族は面倒を見たくないあるいは見れない、という人も多く、あ生活保護に頼らざるを得ない人も多かった。
08年にようやく生活保護とは違う支援システムができた。

こうしたことを見てきて思うのは、戸籍制度などの書類上の関係が時に生み出す非人間性だ。

残留孤児の場合、中国に残されたときに世話をしたのは養父母で血のつながりはない。

こうした例を見てくると人間は個で考えるのが基本だ、と思えてくるが、世の中には親子同体みたいな人もこれまた多くて、中国だってそうで、そういう人は親族のサポートを受けられない人の気持ちを無視しがちに思える。


まあ、生活保護に関しても、やはり急がば回れで、個々のサポートが大事で、心の通う支援が欠かせないと思う。よって、ケースワーカーを増やすことを考えてほしいと思う。もちろん、社会保障費はそれだけかかるだろうけど、抜け出す人も増えるだろう。

警察を増やすようにもとられがちで、実際監視者を増やすことになりかねないし、ベーシックインカム論では一律に金を渡せば途中の役人の経費をなくせると主張される。
また現状のケースワーカーには偏見を持って人にあたり嫌われる人も多いようだが、それでも現実に当たり、忙しくて個々のサポートをしっかりできないというのが本当のようだ。
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村営、民営の小水力発電所

2012-05-29 | Weblog
かつては日本の農山村のあちこちに、村営民営の小水力発電所があった。戦争中、電力は国家が管理し、戦後、地域独占の形で民営化された。
岐阜県でNPOの副理事をする平野彰秀さん
立派だ


・展望 時代を広く見渡し、自由に、公平に考えようとした。
分野をこえて根源を問い、自分の言葉で考える
「どんなことでも言葉にできる、という信念が僕にはあります」「音楽が聞こえてくるような文章を書きたい」吉田秀和さん
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メモ

2012-05-29 | Weblog
スプリンクラー

やっぱり東電の清水元社長は病気なのかなあ。
事故調は参考人招致を求めもしない。なぜか。病気なのだろう。
病気の社長をいただいた東電と、それを頼みにする他なかった国民は悲惨だ。


菅氏のこれまでの原発への姿勢の自己批判はなかなか立派だった。願わくはより多くの国会議員(引退した人も含め)がそうしてくれたなら…

・シェールガスへの期待、またアメリカ頼みか…枝野経産相

・野田氏 お会いする以上は、乾坤一擲です
うん、いいですね。
でも一期一会は余計。

・軽自動車規格を米国から守れ

・社説
吉田秀和さん 言葉への信頼


・死刑を維持する以上、目をそらすことは道理に合わない。
死刑執行、見たくないけど、そうさせている以上、見なきゃいけないんだろうな。
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立ち退き

2012-05-28 | Weblog
カンボジア開発 住民犠牲
強制退去
開発権には国外企業にも
朝日朝刊
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う〜ん

2012-05-28 | Weblog

 

NHK

中国 要人の訪日また取りやめ

5月27日 22時52分
 
28日から予定されていた中国の要人の訪日が急きょ取りやめになり、中国から亡命するなどして国外で暮らすウイグルの人たちの会議が、今月、東京で開かれたことや、尖閣諸島を巡る日本側の動きなどに反発する姿勢を示すねらいがあるものとみられています。

日本への訪問が取りやめとなったのは、中国共産党の胡耀邦元総書記の長男で中国の諮問機関である政治協商会議の委員を務めている胡徳平氏です。
胡氏は日中国交正常化40年に合わせて、みずからが中心となって制作を進めている日中友好の記念番組を日本側に紹介するために中国側の関係者らおよそ50人の一行の団長として28日から日本を訪れ、野田総理大臣を表敬訪問する予定にもなっていたということです。
関係者は胡氏の訪日の取りやめについて、「中国政府からの許可が下りていないため」だとしています。
中国の要人の訪日については、先週も中国軍の制服組トップの訪問が見送られています。
中国の李克強副首相は25日、鳩山元総理大臣との会談で、中国国外で暮らすウイグルの人たちで作る組織が、今月、東京で大会を開いたことに強い不快感を示しています。
このため、相次ぐ訪日の見送りは、このウイグルを巡る問題や、東京都の石原知事が都として購入する意向を表明した尖閣諸島を巡る動きなどに反発する姿勢を示すねらいがあるとみられています。

 

どこかの新聞で、(日経かな)、秋か冬かの全人代か何かで常任委員を決めるまでは、日本訪問で批判されるリスクを負いたくない、という説明を読んだけれども。

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超小型車

2012-05-28 | Weblog
政府検討中という。1〜2人乗り新車両制度 高齢者向け
読売朝一面

・円と人民元 直接交換
財務省中尾武彦財務官

・それにしても清武氏の問題、資料見たかではなくてその内容が問題なのではないかい。すり替えだなあ、巨人軍。
なぜ巨人だけ軍隊なんだろう?怖いね。
中日軍とはあまり聞いたことはない。

・慶大付属高校はアメリカにもあるのか。詐欺事件か。
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未解決事件縮小版

2012-05-27 | Weblog

を見た。
あれ?おかしいなあ、これでおわりか?
アメリカのテロ対策の話が出てこなかった。

不自然。直前でカットになったかな?

 

用事をすっぽかしてまで見たのに・・・

一つ友人をなくしてまで。

 

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2012-05-27 | Weblog
佐藤忠良の彫刻

石巻から北海道の炭坑町へ
おおきなかぶ
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再事故の不安消えず

2012-05-27 | Weblog

朝日朝刊

今また地震が起きたり津波が襲ったら…

・変わる塾

 

・社説 民間企業頑張れ

ドイツの脱原発―素早い行動が生む果実

 ドイツが脱原発の道に回帰して、間もなく1年になる。

 10年後の22年までに17基の原発をすべて閉鎖する。そんなゴールを見すえて、産業界や社会が一斉に動き、新たな雇用やビジネスが生まれている。

 政府の明確な目標と計画のもと、素早い行動で果実を手にする――。脱原発に向けて、日本が学ぶべきことは多い。

 ドイツの変化を象徴しているのは産業界の動きだ。

 電力大手のエーオンとRWEは、英国の原発建設計画からの撤退を決めた。すでに合弁会社を設立していたが、今後の建設費増や原発事業のリスクを重視した判断だ。政府の電力自由化策に応じて、ドイツ国内の送電線部門も切り離した。

 電機大手シーメンス社も、原子力事業から完全撤退した。新しい送配電システムや蓄電の研究開発、洋上風力発電所への投資を進め、「グリーン企業」への変身を図りつつある。そこに新たな収益源を期待しているからだろう。

 注目したいのは、風力や太陽光、バイオマスなどの自然エネルギー普及による経済効果だ。ドイツ政府の推計では、ものづくりから流通サービス業まで約38万人の雇用が生まれた。

 ビルや住宅の断熱性を向上させて、エネルギー効率の高い街をつくる取り組みも広がっている。節電や省エネが生活に無理なくとけ込み、経済も活性化する好循環がそこに見える。

 福島第一原発の事故を受け、古い原発を中心に8基の運転が停止された。この結果、原発の発電量は昨年、全体の10%台に下落した。逆に約20%まで増えた自然エネルギーの比率を、20年までに35%水準に引き上げるのが政府の目標だ。

 ただ、予想以上の変化の早さは混乱も生んでいる。太陽光発電の買い取り価格の引き下げはその一例だ。

 自然エネルギーによる発電を固定価格で電力会社に買い取らせる仕組みは、その普及を支えてきた。しかし投資が過熱し、電気料金を通じて消費者の負担増を招いたため、買い取り価格を2割以上引き下げる予定だ。

 自然エネルギーを着実に広げるには、発電コストの変化をきめ細かく把握し、買い取り価格を点検していく必要がある。今年7月から買い取り制度が本格スタートする日本にとっても、他山の石となろう。

 脱原発への確固たる目標に自然エネルギーへの支援策をうまく組みあわせて、経済や社会の活性化につなげる。日本に必要なのはそんな発想と行動だ。

 

これ賛成:

天声人語

2012年5月27日(日)付

 

 「美しさ」の尺度が今度こそ変わるかもしれない。世界的ファッション誌「ヴォーグ」が、やせすぎたモデルは使わないと宣言した。誌上にあふれる「偏った体形」に憧れ、過激なダイエットに走る読者がいるためだ▼「女性のボディーの理想を、より健康的なものにしたい」。ニューヨークの発行元は、モデル業界やデザイナーにも意識改革を呼びかけた。日本版はあす発売の7月号から、健康美を尊ぶ新方針で編集されている▼医療関係者や女性団体に促され、ファッション業界はこの種の自省を繰り返してきた。いよいよ大御所の決断である。影響力はさぞやと思うけれど、日本女性のやせ願望たるや、欧米以上らしい▼2010年の国民健康・栄養調査によると、20代の女性の29%がやせすぎだった。やせすぎとは、体格指数(BMI)が18.5に満たない体形をいう。背丈が160センチなら、体重47〜48キロあたりが境界だ。近頃の若い女性は、食糧難の終戦直後と比べても細めというからたまげる▼5〜17歳が対象の政府統計では、昨年度の女子の平均体重が全年齢で前年を下回った。1世紀を超す統計史上で例のない、先進諸国でもまれな現象だ。妊婦のスリム化もあって、新生児の目方までが減り続けている▼肥満は万病の元だが、やせすぎも総身をむしばむ。食べたいのに食べられず、太りたくても太れぬ人がいるのに、あえてガリガリを目指す修行はなんとも美しくない。「教本」が改まったところで考え直しませんか。

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ああ

2012-05-27 | Weblog

 

吉田秀和氏が死去 音楽評論家

 クラシック音楽評論の第一人者で、文化勲章受章者、水戸芸術館館長の吉田秀和(よしだ・ひでかず)氏が22日午後9時、急性心不全のため神奈川県鎌倉市の自宅で死去した。98歳。24日に密葬が執り行われた。

 東大仏文科卒。1946年、「音楽芸術」誌に「モーツァルト」を連載し、評論活動を開始。幅広い分野を精緻で豊かな表現で論じ、多くの作品を発表。その語り口の柔らかさと鮮やかさには定評があり、対象は美術や映画の分野にまで及んだ。75年に「吉田秀和全集」で大仏次郎賞を受賞。2006年に文化勲章を受章した。

2012/05/27 12:16   【共同通信】

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モンゴル

2012-05-27 | Weblog

ウランバートル 貧富の格差
ゲル地区

アジア・インサイト

 

・大辞泉によると、「射幸」とは「偶然に得られる成功や利益を当てにすること」であり、「射幸心」とは「まぐれ当たりによる利益を願う気持ち」とある。コンプガチャは・・・

 別の下請け会社の開発者は、「ゲーム開発会社から、課金回数が一定回を超えたら確率のテーブルを当たりやすい方に変更するという仕様にしてくれと言われた」と証言する。こうした確率操作について、グリーやDeNAは「事実ではない」とする。しかし、GREEやモバゲーで配信する数百の開発会社のすべてが本当にやっていないと断言できるのか。確認する術はない。

 仮にやっていたとして何が問題なのかと、あるゲーム開発会社の社長は憤る。

 「子どもは別として、大人は自己責任。楽しんで自ら課金する以上、それだけ価値のあるサービスということ。キャバクラや競馬で10万円使う人はいくらでもいるが、キャバクラやJRAは批難されない」。まさに、そこが今後の議論の焦点となりそうだ。

http://www.nikkei.com/article/DGXZZO41687870S2A520C1000000/

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続き

2012-05-27 | Weblog

オウム

テレビ NHKスペシャル

 

さっき銭湯に行って、いろいろな感想が頭の中に出てきたのだけれど、別のことがあって忘れてしまった。

 

別のことというのは、まあ、ここには書かない。

ただ、僕にも経験があるが、中国いや上海に長く住んでいる人というのは、独特なものを持っているということだ。

日本の感覚とずれてくる。

すぐ日本人は、と言いたくなり、いやどうも・・・

 

中国いや上海か、のプレッシャーというのはある。

住んでいると日常的にいろいろなことに遭遇する。いや考えないと大丈夫なのだろうが、敏感になると、いろいろなことが気に障ってくる。

これは外国人が日本で生活し、長くなり、カネがないとそうなると思う。

カネの多寡、いや、カネがあったらあったでどうかわからない。

日本の外国人でカネがある人というのは、中国あるいは上海で金がある外国人、というのとはまた違ってくるから、意味合いが異なるが。

 

・さて、中国がバブルかどうかは知らないが、高度成長期だというのは多分言えると思う。

そろそろ成長が鈍ってきているようだが。

では、日本のバブル期というのはどういう雰囲気だったか?

僕は不幸か幸か、80年代後半は中学生くらいだし、実はよくわからない。

オウム事件の発端は88年くらいだったそうだ。

麻原は32歳で88年にヨガサークルを作ったと言っていたように思う。

 

95年、39歳で地下鉄サリン事件で捕まる。

 

95年当時、僕は大学生だったからたくさん報道があったはずだし、記憶にあっていいはずなのだが、ほとんどない。

そのころテレビも新聞も読まなかった。

テレビはくだらないと思ったし、新聞は面白みがないと思った。

今は違う。毎日ニュースを少しは見るし、新聞も読む。

 

変わったのは、今はインターネットがあるということ。

 

メディアは変わったと思う。

 

さて、メディアが変わる前の話。ネットが出てくる前の話。

90年代初頭の高校のころは、トレンディードラマを見た。見させられた。

ほとんど何の中身もない、ただの雰囲気だけのものだった。

あの頃僕の少し上の世代の人たちは大学でどうだったのだろう。

一方で左翼はまだまあ強かったかもしれない。

でも大部分の人たちはただ雰囲気だけの中、生きていて、真摯に生きることを考える若い人はどこに行き場があったのだろう?

オウムはそういう人たちを捉えたらしい。

僕が大学に入ったころもそういう雰囲気中心の感じはあって、それに乗っかるか、それから外れるか、大変悩んだ。

幸い、いい先生に巡り会うことができて、いいナビゲーターになっていただき、悪くない道へ導いていただいたものだと思う。

しっかりとモノを考えれば、孤独でも、モノを考えている人はいるし、そういう世界があるし、見えてくるものだとわかった。

(そういえばこのあいだ、僕とはまったくレベルが違うけれども、中島さんという僕と同世代の学者が彼の大学時代を振り返った(吉本隆明についてだったと思う)文章を読んだ。少し雰囲気が似ているものを感じた。彼はたぶんエリートで僕はノンエリートという違いはあるけど。)

・オウムの麻原は大きなことを言った。言って、逃げられなくなった。でも卑怯なことに逃げた。

警察がサティアンに入ったとき、麻原は隠れ部屋に980万円を抱えて丸くなっていたという。

サティアンに入っていったときのことは覚えている。テレビを見た。

当時テレビを滅多に見なかった。物質文明に犯されたくなかった。努めて避けた。深く自分や文学や宗教や哲学や心理学や音楽や絵画や映画に沈潜したかった。図書館にずいぶんいた。できればこの世と時代から離れたかった。

お世話になった先生の弟子で先輩にあたる人が、「先生は歴史と語学だ」と言っていた、とまた聞きして、そちらも勉強した。それがよかった。それは現代との接点だった。

同世代は軽薄だと思った。努めて付き合いたくなかった。

 

・麻原も若者に訴える力は持っていたように感じる。

世の中への否定、という反社会性、反体制性は間違っていたとはいえない。

だが、他のやり方があった。麻原にはなかったのか。

 

・今日NHKスペシャルを見ていて知ったのは、地下鉄サリン事件は、警察が上九一色(あれこう書くんだっけ?)村のサティアンに捜索に入る二日前だった、という事実だ。

これは明らかに警察のミスだし、それが教団を追い詰めていたのなら、知らせたメディアのミスではないか。

 

・とにかくあのころまでのテレビはひどかった。新聞は読んでいなかったが、新聞もそういいものではなかったのではないか。

というのは後知恵だが。

世紀末の雰囲気、というのはどうか?

僕に限って言えばあった。

環境問題その他。

というか、歴史問題もそうだが、日本は滅びてしまえ、という気持ちがあった。

今考えるとおかしなことだが、変な反ナショナリズム的雰囲気も一方であったのだと思う。

・インターネット、これでメディアは変わった。これは二〇〇一年頃から、顕著なのは二〇〇五年頃からか。

ホリエモン登場もそうだが。

 

なんだかいろいろなことを思い出させる番組だった。

98年に僕は日本を脱出した。

とにかく日本のある種の雰囲気が嫌だった。「汚染」されたくなかった。これもある種のマインドコントロールだったと思う。自分が自分にかけた。

中国には嫌になるまでいた。

2001年に日本に帰ってきた。

 

この10年、あるいは15年(20年、というとさすがに僕には実体験としてはよくわからない)、日本の民主化はなんだかんだ言ってずいぶん進んだ。卑屈も背伸びもしなくてよくなり、メディアも謙虚になり、大人も・・・

 

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メモ

2012-05-27 | Weblog

zakuzakuというサイトから:

みのもんた“愛妻”が急死…「朝ズバッ!」2年ぶり休養は別れの旅に2012.05.23

 フリーアナウンサー、みのもんた(67)の妻でスタイリスト、御法川靖子(みのりかわ・やすこ)さんが22日午後4時48分、がんのため死去した。66歳だった。みのはTBS系「みのもんたの朝ズバッ!」の出演を終えて病院に駆け付け、最期を看取ったという。

 23日の「朝ズバッ!」では、スカイツリーを訪れた家族それぞれの絆を特集で紹介した際、みのは数秒間嗚咽し、スタジオが悲しみに包まれるシーンも。靖子さんのことは言及しなかったが、みののつらい心情をうかがわせた。番組終了後、「妻とは一心同体で一緒に番組作りをしてきたようなものですから、非常に残念です」とコメントを発表した。

 みのは今月7日から2週間の休暇をとり、「朝ズバッ!」では「2年ぶりの夏休みです」と説明していた。その間、夫婦で米ニューヨークに旅行していたという。

 みのは文化放送時代の1970年11月、26歳で当時24歳だった母校、立教大学の後輩、靖子さんと結婚。TBSに勤務する長男と、日本テレビ勤務の次男ら2男1女をもうけた。

 靖子さんは、みのが社長を務める水道メーター製造販売業「ニッコク」の専務取締役を務める一方、「朝ズバッ!」で多忙を極めるみののスタイリストを担当。91年には当時、司会の日本テレビ系「おもいッきりテレビ」でアシスタント役の女性との不倫騒動が浮上したが、報道陣に対し「そういうことは一切、知りません」と気丈に対応していた。

 みのが2006年に腰部脊柱管狭窄症(ようぶせきちゅうかんきょうさくしょう)で手術を受けるにあたり、献身的な看護で夫を支えた。

 葬儀・告別式は27日午前11時から神奈川県鎌倉市の自宅で。喪主はみのもんた(本名・御法川法男=みのりかわ・のりお)。

 

→ これ、今週のちょっと気になるニュースだった。ニュースとは言わないか。芸能ニュース。

超人的な働き方をする人だと思っていた。奥さんの内助の公(内助之功とかくのかな)があったのだろうと思っていた。

奥さんに合掌。

 

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メモ

2012-05-26 | Weblog

 

世界で「正義」振りかざすなと米国非難、中国の人権報告書
2012.05.26 Sat posted at: 14:26 JST


北京(CNN) 中国政府は25日、米国の人権状況に関する報告書を発表し、格差是正を要求する米ウォール街でのデモで多数の参加者が逮捕されたことなどを挙げ、米国は道徳、政治や法律の面で人権の正義を世界で振りかざすことが出来る国ではないと主張した。

米国務省は24日、中国の人権は一層悪化しているなどと非難する年次報告書を発表しており、中国の報告書公表はこれに反論する形ともなっている。

中国が毎年出す同報告書は、ウォール街でのデモ参加者の多くは警察の粗暴な対応の被害を受けたとも指摘。米国では愛国法などに基づきインターネットの監視を政府や治安当局に認め、安全保障に有害なコンテンツの閲覧が阻止されるなどネットの自由が大きく規制されているとも述べた。

その上で、報告書で示した米国内の惨たんたる人権状況はごく一部の例でしかないと付け加えた。

米国務省の2011年版の報告書は中国の人権状況について悪化の一途と批判。特に言論、集会や交際の自由が阻害され、治安当局は任意的、違法な殺害を実行しているともされるなどと主張した。中国だけなく、ミャンマー、シリア、バーレーン、北朝鮮、ベトナム、スリランカ、イラン、トルクメニスタンやウズベキスタンの人権状況も非難した。

米中間では最近、中国の著名な人権活動家、陳光誠氏が自宅軟禁から脱出して北京の米大使館に一時保護され、最終的に米国滞在が認められる外交問題が起きていた。
.

 

→ ウォール街のプロテスターたちが見たらどう思うかなあ。いくらオキュパイ運動で富裕層憎し、でも、中国大使館に駆け込む人はいないように思われるが・・・

 

 

 

・あれあれお気の毒。NHK

新潟駐在ロシア総領事 沢に転落死

5月26日 22時18分
 

新潟県に駐在するロシア総領事が26日夕方、阿賀野市のキャンプ場から崖下の沢に転落して死亡し、助けようとした副領事も転落してけがをしました。

26日午後4時半ごろ、新潟県阿賀野市今板で、外国人の男性2人がキャンプ場から崖下の沢に転落したという通報が消防にありました。
警察と消防が確認したところ、キャンプ場からおよそ30メートル下の沢に男性1人が倒れているのが見つかり、身元を調べたところ、死亡したのは新潟市にあるロシア総領事館のウラジーミル・プシュコフ総領事(55)と確認されました。
現場では、ロシア総領事館の副領事(41)も背中などにけがをしているのが見つかり、病院に運ばれて手当てを受けました。
警察によりますと、プシュコフ総領事は26日は休日で、総領事館の職員らと共にキャンプ場でボール遊びをしていて、転がったボールをとろうとして崖下の沢に転落し、助けようと後を追った副領事も転落したということです。
警察は、現場にいた総領事館の職員などから話を聞いて当時の状況を調べています。
亡くなったプシュコフ総領事は去年4月から新潟県に駐在していました。

 

亡くなった総領事はどんな仕事をしていてどんな考えを持っている人だったんだろう?

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すごい

2012-05-26 | Weblog

 

NHKスペシャル 未解決事件 File.02 オウム真理教「オウム真理教 17年目の真実」
ドラマ×ドキュメント殺人兵器と無差別テロサリン致死量3000万人▽なぜ暴走したのか?教祖・麻原の野望は?▽700本の極秘テープ麻原と幹部の衝撃密談“資本主義をつぶす”“教祖のため殺人を” ほか 萩原聖人 羽場裕一 冨樫真 豊原功補

 

明日も。

明日見たいけど、用事が・・・残念。

 

再放送で見なきゃ。

 

ということで、今日のは見終えた。

あれだけのテープが残されていた。

 

麻原と弟子たちの会話が興味深かった。もっと聞いてみたいと思った。

ドラマは元信者中心だから当然だと思うが、終盤、麻原の武装化の意志というのが早い段階から、ということが強調されていた。

たぶんこれはNHKの遺族、被害者への配慮で、少なくとも、テープの肉声からは説得力はなかった。

麻原はある程度、人を引っ張る力があったと思う。

 

友人のAさんが、連赤事件とオウム事件、ということをよく言っていて、僕はオウム事件についてもよくは知らなかったので、若干ピンと来ていたなかったのだが、世を変える、という心根と、その結果の醜悪な結果、その間には集団性がある。

でも個人でもそうではないかと思う。集団性、組織の問題にしてしまうのも片手落ちだと思う。

 

弟子たちは心底麻原が好きだったんだと思う。

麻原はその点、だらしなかった。若者たちの期待にあるところでは応え、それで取り巻きは増えたのだが、あの善意に燃えていただろう若者たちを醜悪な道に導いたのは情けないことだ。

 

答えを出す尊師、そこが魅力だったのだろうが、そこが落とし穴でもあった。

答えを出してしまうところに弱さを見た。なかなかの人物であれば、この世の不可解さ、不正などに関して、そう単純に答えは出さないだろう、共に悩むしかない問題もあるだろう。

今後もしああいったあるカリスマが現れた場合、自分たちは止められるか?

 

・村井という人は報道陣も前で暗殺されたという。これはびっくりした。そうだったか。

メディアと警察は咎められるべきではなかったか、と思う。

 

 

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