炭やきは地球を救う

脱サラして10年。炭やき・木こり・木挽きを生業としています。

腹立たしいこと

2016-10-17 | 日記
今日、腹立たしいことがあった。僕の仕事場(製材所)に見学に来た人の中に、製材所へ来るとわかっていながら草履履いて来た奴がいた。いかにも意識高い系。先輩である僕に挨拶も無い。刃物や動力を使う仕事場に、草履履きで来るというのは、仕事をなめているし、僕のこともバカにしている。以前、岐阜から窯へ来た奴もそうだった。ユニックを使う現場だとわかっていながら、草履履き。何か考えがあって草履履きしているのかどうか、僕にはどうでもいいけど、少なくとも職人が身体張って真剣に仕事している場所へ来るのに、あの態度と草履履きは許さない。二人とも僕の関係する場所には出入り禁止。どちらにも、ハッキリ言った。ただ、理由は話していない。話す気もしない。とにかく出て行ってほしかった。口先ではキレイ事言ってるけど、何も伴っていない。残念な奴らです。今朝書いた、自意識過剰の正義の味方君たち。
同じようなことで、針葉樹を伐ってそこに広葉樹を植えるワークショップをする奴がいると聞いた。思い上がりもいい加減にしろと言いたい。また人工林を作るのか?植えたらその木が育つ間、何世代にも渡って面倒を見る覚悟があるのだろうか?山は命の源。木こりをして、炭をやく僕は誰よりも広葉樹が欲しい。だけど、絶対に植えない。大地の恵みだと知っているから。実生の天然林こそが本来の森林だって思うから。
環境のために、山に広葉樹を植える?その山の外から苗木を運んで?そんなでたらめ、無知だけでは済まない。
山に木を植えるというのは、その山に対する遺伝子操作なんだ。自分の持ち山に、スギやヒノキを植えて林業を成り立たせたいと思い、植えるのはいい。税金を払ってる所有者だから。何世代にも渡って、責任を負いながら山と付き合ってゆくのだから。
人の山で、環境のためとか言いながら、水源地に広葉樹を植えましょうって活動している奴らがいる。正義の味方面して・・・本当に愚かだ。
子孫や流域のことを考えて、森林を何とかしたいなら、人が植えた木を伐り、適度に間伐をしたら後は母なる地球に委ねるしかないんだ。無知にもほどがある。
林床には、何十年も前の埋土種子が埋まっている。光を入れたら、あとは見守るだけなんだ。僕は仕事で間伐もする。間伐の成果は、自分の目で見ることは無い。そんなこと、とっくに覚悟している。僕の仕事は、僕が死んでから何十年先にしか結果が出ないことを知ってる。
補助金を獲り、年度末までに成果や結果を出さないと次年度の補助金が減るから、すぐに結果を出したがる。
草履履きで人の仕事場へ来て、ヘラヘラしている奴らと、自分の成果を自慢したいだけの活動家とは同じだ。
補助金が悪いと言ってる訳ではない。僕だって恩恵に預かっているし、使い方を間違わなければいい。
机の上や、ネット上でカッコイイこと言って、世の中を変えるとか、世直しとか言ってる胡散臭い奴ら。仲良しクラブで生ぬるく傷口舐めあってる気持ち悪いやつら。
少なくとも、僕は地べたを這いずり回って、泥だらけになっても自分の信じることを貫きたいと思っているし、それはたった独りになっても変わらない。
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