本日はシャーンディデーヴァという人が書かれた、
「入菩提行論」という仏典の一部をご紹介します

そのままだとちょっとかたいので、
こちらから自由訳を引用させて頂きました
ダライラマ14世が著書でもよく引用されるもので、
チベット仏教の大切な仏典のひとつです。
著者は8世紀頃の『大乗集菩薩論』を著した
シャーンティデーヴァと言われています。
全体では10章、計913の詩が書かれています。
今回ご紹介したいのは「怒り」について書かれている第6章

長いので、お時間のある時に読んでみて下さいね
自由訳 入菩提行論 第6章 安忍品
■怒りの破壊力を知る
1 怒り一つで長年の善行も将来の信頼も一瞬で破壊される。
2 怒り心頭に発したときにすでに打つ手はない。
3 一つの怒りだけで心が緊張し、苛立ち、安眠を妨げる。怒りを抱えたまま、心安らぐことはできない。
4 富と地位を与えてくれる人にでも一旦その人が怒れば殺しかねない。
5 怒りを抱えたままでは大切な人からも疎まれ、信頼を得ることができない。
6 一心に内なる敵「怒り」を打ち払うものは心の安らぎを得る。
■怒りの根源を知る
7 不公平な扱いを受けた時、期待を踏みにじられた時に怒りが心頭より発す。
怒りは苦悩と不満を燃料にして燃え広がり、相手と本人の心を同時に破壊する。
8 本当の敵は危害を加える者達ではなく、怒りに油を注ぐ執着と不満だ。
9 悪意から生じる憎悪は人を内側から食い殺し、人を利することが全くない。
10 対処の仕様があるなら思い煩うことはない。対処の仕様がないなら思い煩って何になる。
11 身内の福徳は喜ぶのに、同じ福徳が敵のものならなぜ喜べないのか。
■怒りの糧「苦難」への対応
12 苦難の要因は数限りがなく、安楽も多くの苦難の上に成り立っている。
この現実を前に、心よ、強くあれ。
13 人は誰でもそれぞれの苦難を抱えている。この苦難は私だけのものでないことを知り、乗越えて行こう。
14 小さな苦難を進んで受け入れることで大きな苦難も忍び易くなる。
15 耐え難い怒りもその構成要素の一つを取り除けば耐えれる怒りと変化する。
16 私はどんな境遇に落ちようとも平静さを守ろう。不満や苛立ちを抱いても事態は一層悪くなるのだから。
17 なぜ、私は世界が自分の思い通りになると考えてしまうのか。
18 苦難の原因を自分自身の内側に認めるならば、対応しきれない苦難などなくなる。
■苦の本質を知る
19 煩悩に流されると苦は隠され、煩悩に流されないと苦は現れてくる。
賢者は苦が増えることを平然と喜ぶ。
20 苦難に立ち向かうものは、苦難が増えた瞬間から減って行く。苦難を避ける者は、苦難が減った瞬間から増えて行く。
21 苦には慢心を退け、人を謙虚にする良い特性がある。また他者の苦しみを深く理解し、慈しみの心を生む特性もある。
22 机の角に体をぶつけても机には怒れない。相手が人間だとどうしてこんなに反応してしまうのか。
23 おいしいものを食べて喜べないのにどうして生きることを喜べようか。
24 大脳は心の一つの器官でしかない。大脳で心を制御しようとすれば苦難の原因となる。
25 一切の罪や過失は様々な要因から生じている。加害者だけに全ての責任を負わすのは理不尽ではないのか。
26 望むことが起こらないこと。望むことが起きること。この二つから憂いと苦難が生じる。起こるか起きないかは選択できないが、選択する我を消すならば憂いと苦難も消え去る。
■存在の真の姿を視る
27 相手がいなければ怒れない。自分がいなければ怒りもない。
28 怒りは受け止めなければ、湧き上がることもない。
29 これこそ正義だと握り締めていても、いつしかそれも色あせている。
30 懸命に守ろうとしている自我も長い視点で見るならば、他者の影響を受け知らぬ間に変化している。
31 私も相手も常に変化している。ある一瞬を捉えて相手に怒りを起すことは傲慢がなせる業ではないのか。
32 自分の外側に真理を求めても幻影を追いかけるにすぎない。
33 他人の中に怒りの原因を見るならば他人に翻弄されてその運命に服従するしかない。自分の中に怒りの原因を見るならば自分の心がけ次第で運命は好転して行く。
■危険回避の方法
34 気まぐれで向けられた悪意などヒョイとかわせば後に何も残さない。
35 加害者に悪意はなく、不注意や鈍感から行っている場合が多い。そのときはそれに気づいてもらえば十分だ。
36 煩悩に支配され、自分を愛するあまり、他者に危害を加え、自分を殺そうとする。
37 ただ変り行く自分も受け入れればいいだけだった。
38 苛立っているのは相手ではなく、自分自身の無知や愚かさではないのか。
39 既に加えられた危害は復讐しても一切減ることはない。
40 どしゃ降りの天気もいずれ晴れ渡るように荒れる心も澄み渡る日がくる。
41 本当の敵は相手が怒りを起した要因であって相手本人ではない。その要因の一つでも取り除くよう努める。
42 あらゆる行為には原因がある。今ここで加えられた危害もかつて私が誰かに行った行為に相違ない。
43 この私の姿は今まで積み上げてきた行為の結果なのだから、どんな境遇に落ちても平然と受け入れよう。
44 腫れ物に触れる人が悪いのか。腫れ物を作る自分が悪いのか。いずれにしても腫れ物がなければ痛むこともない。
45 自分の悪行を棚に上げて他人の悪行ばかり責めていないか。
46 私に悪行があるから目の前に悪人が現れる。
47 私がいなければ相手も私に怒ってはいない。少なくとも私にもその要因の一端はある。
48 反面教師は自分の身を害してまで悪しき見本を示してくれる掛替えのない存在ではないか。
49 反面教師の示してくれた悪しき見本で自分の苦難が避けれたのに、どうしてその恩人を疎むのか。
50 相手の悪行に対して慈しみの心で迎えるならば、悪を善に変えて相手と相手の未来の被害者を救うこともできる。
51 相手の愚かさに憎しみをもって迎えるならば自分の過去の悪行に勢いをつけさせることになる。
■侮辱や軽蔑への対処
52 大切な人の不注意で体を傷つけられても心は傷つかない。同様に本来は言葉で心は傷つかない。
煩悩が心を苦しめている。
53 いわれない屈辱や軽蔑など律した心を持ってピンと跳ね返しておけば良い。
54 いわれのない侮辱や軽蔑を受けても私の福徳は一切破壊されない。
55 過去の功績や利益にこだわってもそれはすでに過去のものだ。今の私のものではない。
■執着を弱める
56 少しの富を求めて邪な行為を行っては、乱れた心が根付いてしまう。
57 富と権力を追い求める道は競争と略奪の道となる。
58 徳と誠実を行う道は協調と思いやりの道となる。
59 どんなに富や権力を持った人でも、いつかは全てを捨てて旅立たなければならない。
60 富や権力は善行を行い福徳を重ねてきた結果だ。単に富や権力を欲望の対象とすれば、欲望に執着するだけになる。
61 人生の意義や目的が自分を深く苦しめるならばそれにどれだけの価値があるのか。
62 信頼を失うという理由で自分に向けられた中傷に反撃すると言うならば、他人に向けられた中傷はなぜ見逃すのか。
63 他人の不正を見て怒りをあらわにする人がいる。どうしてその思慮のなさに怒ることがないのか。大儀の旗の下に我執を隠そうとしている。
■大切なものを守る
64 聖なるものは傷つけられることはない。
65 大切な人が被害を受けて反撃にでれば一瞬の尊敬は得られても、無限の争いのもととなる。
66 大切な人が危害を受けた時、加害者が危害を加える要因の一つでも弱めるよう努める。
67 愚かさゆえに危害を加える者に愚かさをもって反撃しようとするのか。
68 加害者の姿は過去の私の姿となんら変わらない。
69 どんな正義があろうとも他人を中傷したり侮辱すれば、その報いは必ず自分に振り返ってくる。
■執着する愚かさ
70 こんなに執着や不満を抱えこんでしまっては、小さな種火にも逃げ回ることになる。
71 怒りは多すぎる執着、苦悩、高慢さを整理するように暗示してくれている。
72 望みが多ければ苦悩も多くなる。理想が高ければ怒りも激しくなる。何のための望みや理想なのか。
73 怒りはよき心を破壊してしまうのだから、この執着を少し切り離すのは利にかなっている。
74 自分で自分の苦しみを苦しんでも自分を利することはほとんどない。
75 進んで他人の苦しみを受け入れるならば自分を利することも多い。
■嫉妬を断つ
76 大切な人が称賛を受ければ喜びとなるように、敵が称賛を受けてもその徳をもって喜びとする。
77 善人は他人の福徳をもって自らの喜びとし、他人にその福徳を与える。 悪人は他人の悪徳をもって自らをさいなみ、他人にその悪徳を与える。
78 嫉妬はあろうことか他人の福徳をもって自らを苛み、他人にその悪徳を与える。
79 自分が称賛されると他人の幸福までも願い、他人が称賛されると自分の福徳までもさいなむ。
80 自分を害するだけなのに、いつの間にか他人が積んだ善を悲しんでいる。
81 嫉妬心は他人と自分を比べて優劣に執着する心が作り出し、他人の善を悪にかえる。
82 他人が幸せを得たことで、私の嫉妬に火をつけて、乱れた心に嵐を巻き起こす。
83 嫉妬心を追い出して、相手を称賛するならば、相手も自分も徳を積むことになる。
84 敵が私を称賛してくれるならは敵は敵でなくなる。
85 富や権力そのものは悪ではない。富や権力を盾に乱れた心を撒き散らせば、それが悪になる。
86 嫉妬という悪行を棚に上げて福徳を積んで富や権力を持ったものと張り合うつもりなのか。
87 いくら嫉妬しても相手の福徳は変化しないばかりか、自分の福徳を減らしてしまう。
88 嫉妬する相手の失敗や苦しみを喜んでいては獣以下になってしまう。
89 煩悩が仕掛ける釣針は鋭く巧妙で罠に落ちても気付かない。 嫉妬心はその罠に落ちていることを教える。
■名誉と称賛
90 自らの福徳を誇っても寿命は延びない。他人の尊敬を集めても功徳は満ちない。賞賛を浴びても、酒を浴びせられているのと変わらない。
91 名誉と称賛でほろ酔い気分となり、自惚れを引き起し、他人を軽んじ、またしても転落してしまう。
92 名誉や称賛に酔いしれて財産や命さえ投げ捨てようとする。泥酔しなければ命と誉め言葉の交換はできない。
93 名声や称賛を求め世間を掻き乱すは他人に愚心を注ぎこみ、善きものを破壊する。
94 賞賛はただ賞賛する人の清き心だ。私はそれを勝手に受け止めて自分を変質してしまう。
95 相手の期待が随分と低いものだったから誉めてくれたのではないのか。
96 相手の期待が随分と高いものだったから苦言となったのではないのか。
97 名誉や称賛によって私の本質は変わらない。ただほろ酔い気分が忘れられない。
98 称賛によりうぬぼれが生じ、中傷により欠点が乗越えられる。それなのに中傷する者に怒りを向けてしまう。
99 称賛を真正面で受け止めて、慢心をおこし、他人の嫉妬もかい、またも煩悩に引きずられて行く。
100 私をけなす者は将来の混乱や苦難を事前に察知して救いの手となってくれる。
101 苦言を言って苦難の入口から追い返してくれる人に感謝もせず、わき道を探して苦しみの中に落ちて行く。
102 足るを知る努力こそ苦難や執着を退ける最良で最短の道となる。
103 自分を許すことができれば他人を許すことは簡単なことだ。
104 危害を加える人がいて初めて障害を乗越える経験が積める。加害者を避ければ大切な経験も逃げて行く。
105 いままで受けてきた恩恵はどこでも誰にでもその恩が返せる。加害者はわざとその機会を作ってくれている。
106 ほとんどの者が無知や不注意で人を傷つける。無知や不注意など誰でも行っていることではないか。
107 理不尽な怒りなど滅多に出会えない。その時は心を磨く好機と捉えて歓迎する。
108 加害者の危害で苦難を乗越えたのだから、その益を最初に加害者に返すのが道理ではないのか。
109 乱れた心に乱れた心を注ぐより、律した心で思いやりを注ぐなら自然と結果は好転する。
110 外科医が病を治療するため身体に傷をつけるように、加害者は執着や苦難を治療するために危害を加える。
111 相手の些細な不注意が心に刺さるようでは、乱れた心が勢いよく回っている証拠となる。
■他人への敬意
112 私の健康も富も友情も他者の努力があって始めて実ったもの。私一人のものではない。
113 尊敬する人も危害をくわえる人も執着や苦悩を克服する機会を与えてくれる点では等しい。
114 共に喜んでくれる人がいれば喜びは倍増し、共に悲しんでくれる人がいれば悲しみは半減する。
115 人は何も持たず生まれてくる。今ある富も福徳も他者から授かったものだから他者に返すのが道理ではないか。
116 感謝する気持ちが喜びのもとになる。
117 他者を粗末に扱ったから他者からも粗末に扱われる。
118 毎日、他の生命をいただくことでわが身を保っている。
119 善行は他人に向けなければ善行にならない。
120 冷静な対処をしてみれば加害者もまた被害者の一人であることがよくわかる。
121 先人の努力でこの平和がもたらされたのに、私は怒りをおこしてそれを乱れた世に変える。
122 苦難を抱えこむ人は自然と周囲に苦難を撒き散らし、苦難をはね返す人は自然と周りを和ませる。
123 全身を煩悩の炎で焼かれているので喜びも福徳も宿らない。
124 心より悔い改めることをせずに、また同じあやまちを繰り返している。
125 私はどんな境遇に落ちようとも、自分だけの因果を背負い漸進して行こう。
126 相手を人間としてではなく、欲望の対象として見ていないか。
127 他者を癒すことが最大の癒しとなる。
128 この世につまらぬ者はいない。富や権力を慕う気持ちがつまらぬ者を作り出す。
129 もしも疑念や欲望をもって人に接するならば、それがどのような関係になるか予測できるというものだ。
130 あだなす者を傷つける者はいずれ大切な人をも傷つけることになる。
131 他者からただ与えられた福徳はもろいが、苦難を乗越えて獲得した福徳は堅固だ。
132 欲望の対象として得た福徳はもろいが、他者の益を考え獲得した福徳は堅固だ
133 他者の望みや苦難に注意を向け、それを助けるならば、喜びと福徳を同時に得る。
134 私の心にはどんな苦難でも克服し、至福へ至る無限の柔軟性が備わっている。


























































いかがでしたでしょうか?
私の中で何度もかみしめたい言葉がたくさんあり、
もしひとつでも皆さまの心に残るものがあれば嬉しいです
いつも来て下さる皆さま、
今日は出来る限りイライラしない一日にしましょうね

いつもありがとうございます

