小説『雪花』全章

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小説『雪花』第六章-5節

2017-08-10 12:11:09 | Weblog
         五

  一陣の風が上から流れて真中に溶けていった。遠くから異国の土の匂いが漂っているような気がして、凡雪は、身体の底から熱い力がじわじわと湧き上がってくるのを感じた。
 天の雲でも渡るような心地で、凡雪は一歩ずつ、駆け寄った。凡雪は、緊張感を味わいながら電話機を取り、番号を回した。
 すると「雪さんでしょう!」と、仁の弾けた肉声が聴こえた。
 愛おしい感情が胸の底から湧き上がった。心臓が激しく鼓動を打った。
 凡雪の言葉が、胸から喉へ、喉から口へ小さく細く「……はい」と出てきた。
「雪さんに会いたいよ」と仁の小さな呼気の音が聴こえてきた。
 仁の声が甘くて優しいのに、凡雪は、ちくりと切なさを感じた。凡雪は、何かを耐えているように、じーっと押し黙っていた。
「雪さん、元気がないね、どうした?」と、仁の囁いた声が凡雪の心を潤わせた。
 凡雪の目から涙が流れて、唇に留まった。凡雪は、そっと嘗めた。何故か、蜜の味を感じた。凡雪の脳裏を、十日前に夢の中で初老の家に辿り着いた時の、甘い蜜の香が掠めた。
 凡雪は「仁さんの、お祖(じ)父(い)様は中国に住んでいますか?」と訊いてみた。
 仁は、ぽつっと笑って、すぐには返事しなかった。
「雪さん、当ててみて」
 その時、凡雪の脳裏に、初老の幻影が朧げに浮かんできた。
「そうね、蘇州の、何処で住んでいるでしょう」と答えた。
 すると「当たり! そうですよ」と、仁の喜んだ声が凡雪の鼓膜を擽った。
 凡雪は静かに呼吸しながら、ゆっくりと胸を張って「仁のお祖父様に、会ってもいいですか?」とお願いを出した。
「ああ~嬉しいな! 祖父は、きっと、喜ぶよ」
 仁の微かな昂ぶった声が、凡雪の耳元に伝わってきた。
 電話で仁から祖父の住所を聴いた凡雪は、口元を綻ばした。 
 直後に、郵便局から一歩さっと走り出た凡雪は、ふと頭上から初老の模糊とした幻声が舞い降りてきたような気がした。
『恋することは、自分を愛することと、人を愛することなんだ』
 声が、夜の空の中に溶け込んで、少しずつ消えていた。
 凡雪は街を歩きながら、頭を上げた。
 天空には浩々と光を放つ月が昇っている。凡雪は、湿り気のある空気を吸いながら、天辺(てっぺん)の向こうの、麗しい湖面や連綿と続く茶畑を、こまごまと想像した。
 凡雪は、遠くを眺めて「仁の祖父はどんな人だろう」と呟いてみた。
 緑陰から来た涼やかな風が、凡雪の肌を接触して撫でた。薄暗い空は、すぽっと薄紅の線を引いたように、美しく見えた。
 凡雪は眉を上げ、賛嘆した。凡雪は無性に、仁の祖父に会いたい心情が、胸の中から込み上がってくるのを感じた。
つづく
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