小説『雪花』全章

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小説『雪花』第二章-5節

2017-05-26 04:00:37 | Weblog
            五

昼食を済ませた凡雪と凡花の姉妹は、高楼に向って石造りの街道を歩いて行った。
 街道の横には、黒塗りの土壁の家があり、門の前に汚い襤褸服を着、煉瓦に腰を下して
いる老人が目に入った。目が狗(コウ)眼(イエン)(犬の目)のように、じっと、両姉妹を見詰める。
 老人は、ゴホン、ゴホン! と、唐突に咳払いした。次の老人は手でざっと鼻(ぴー)涕(ティ)(洟(はな)水を拭き取って、何気なく家の土壁に付けた。凡雪は、チラッと、壁を見た。
 鼻(ぴー)涕(ティ)と老人の生活と相まって、住環境は悪化の一途を辿っているように感じた。
 両姉妹は寒空の下を、急ぎ足で歩いた。二百メートルくらい歩き続けると、道が二本に分かれた。その時、左側の道に面した古い建物が、凡雪の視界に入ってきた。
 白壁が剥がれ落ちた右側に、鉄の看板が吊り下がっていた。『璃积民宿舎』だった。凡雪は「今晩は、璃积に泊まらなければ……」と呟いていた。
 凡雪の脳裏に、殻々となった鼠の死骸が、ふっと浮かんできた。慌てて凡花の腕に手を回した凡雪は、足を右側の急な坂道に向け、踏ん張って上がって行った。
 五分ほどで、灰色の塀で囲まれている刑務所の高楼が、目の前に現れた。
 ようやく辿り着くと、凡花が無表情で「ああ、着いた」と凡雪に声を掛けてきた。
 凡花の視線には、かつての明るさはなく、どこか冷たばかりで、まるで滴がぽつりと落ちたような暗い声だった。辺りは静まり返り、重い空気が流れた。
 正門の右塀には、『璃积女子刑務中隊』の看板が掛っている。内側には、銃を持った黄土色の軍服姿が一人、見えた。刑務警備兵のようだ。
 どっしりとした身体には、周りを威圧する存在感が漂っていた。
 凡雪は、ゆっくり大きく気空を吸った。身体を曲げずに、背筋を、すっと、伸ばした。
 地面は平だが、粒(つぶ)砂(すな)がずっしりと埋められ、前へ進むと、足下でザァ、ザァと音がする。
 凡雪は、横の凡花には聞き取れないほどの小声で「お母さんは、この中よ」と呟いた。
 その時、後ろからザァ、ザァ、ザァ、ザァ……の足音を耳にして、振り返って見た。
 すると、一列縦隊となった、十人くらいの若い女性が近づいて来た。皆が同じ青色の服を着、カゴを背負っていた。受刑者だった。
 その時、凡雪は、一人の受刑者と視線が合った。すでに違う世界で生き、違う誰かを愛おしく見つめているような瞳だった。
 列の最後尾には、一人の刑務女官が従いていた。色褪せた軍服を着て、髪を肩の辺りで揃えていた。額の下に見える厳格的な瞳は、世界中の光りを吸い込んでいくような、強い力が宿っている。
 受刑者たちは、凡雪と凡花の姉妹をじろじろと見回しながら、正門を潜って中に入った。まるで歪な形の、色褪せた一枚の青春映画のポスターを見たようで、凡雪は目を擦った。
 唐突に風が吹き荒れた。肌を刺す寒さに懸命に耐え、凡雪は声もなく、ただ立っていた。
 警戒しているような風音に、凡雪は、記憶が次々と凍り付いていったように感じた。
 だが、夕日が、身体に降り注いていると気づいた凡雪は、記憶がすぐ戻ってきた。ほんの少しの間に、覚束ない足どりを整えた。
 再び風が吹き荒れると、髪が乱れ、細かな砂が、服の上に降り落ちて来た。凡雪は髪を搔き上げながら、四周を見回した。
 門の脇の受付の窓口に気づいた凡雪は、一歩さっと前に進み、面会希望の意思を伝えた。
 窓の中の男の人は、黙って凡雪に視線を据(す)えたままで登録票を渡した。一枚の横書きの薄い紙だが、升目に印刷された文字が、濃く写されいた。凡雪はすぐ票を受け取り、名前と、面会相手の関係などを記入して、再び票を窓口の中へ差し入れた。
 男の人はチェックを済ませると、「二号室だ」と噤んでいた口を開いた。
 凡雪と凡花の姉妹は、正門に足を踏み入れた。凡雪は、右側にある鉄格子の門に目を凝らして、心に問い掛けた。
「受刑者たちは、皆、この中にいるんだろう」
 凍てつく空間の中を歩く凡雪は、遥か遠い異世界に足を踏み出したように感じた。
 土を塗り固めた壁に素焼きの瓦を載せた平屋が現れた。数軒が連なっていた。
 凡雪は『二号』に目を留め、ドアを押した。

つづく
 
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