小説『雪花』全章

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小説『雪花』第三章-2節

2017-06-02 05:18:09 | Weblog
  二

十二月十日は、朝から冷たい雨が降っていた。音もなく、空気に絡まる細かい雨だった。
 夕方になると、雨が雪に変わって、ひらひらと舞い落ちてきた。
 その日、人出の多い陽(ヤン)明街(ミンジエ)に近い『沧(ツァン)浪(ラン)亭(ティン)』公園は人影が疎らで、はす向いの刺繍工芸品店では女店員が、窓ガラスの向こうで何やらぼやきながら窓の外を見やっていた。
 仕事を終えた凡雪は、そういった日常の光景を見るともなしに眺めやりながら、陽明街で自転車を走らせた。雪が風に煽られて、視界を遮るほど散らばっていた。凡雪は目を瞠って、家に向って走り続けた。
 家に着くと、凡雪は自転車を止めて家のドアを開けた。すると、父が椅子に座っていた。突然、目の前に父が現れて胸がドキドキした凡雪は、「お父さん」と小さい声で呼んだ。
 父は、すぐ椅子から立ち上がって、持っていた一枚の紙を、凡雪の手に渡した。
「雪、いい報せだぞ。母さんが、二年も減刑されたよ。今月の二十日に出られるんだ」
 父の声が部屋に強く響き渡った。凡雪は、すぐ通知を見って、息を潜めた。
『李(リー)亜(ヤ)萍(ピン)は思想改造期、積極的な態度を示したので、刑務当局で李亜萍に二年減刑、二十日釈放を決定す』
 薄茶色の紙に、太い文字が印刷されていた。全く想像もしていなかった凡雪は、まるで雲の上に昇ったような心地で、一瞬、不思議なほど身軽さを覚えた。
「よかったな。母さんが、出てきたら、お前たちと一緒に住めばいい。母さんの今後の仕事は、馬叔叔に頼んでみるよ」 
 父の言葉は微かに弾み、明るい表情を浮かべていた。部屋の空気が、一気に和んた。昔と変わらない父の表情を見た凡雪の心は、忽(たちま)ち熱くなり、目尻が少し濡れたように感じた。
 やがて、凡花が大学から帰って来た。姉妹一緒に改めて通知を確かめ、ようやく夢から覚めた。凡雪は昂(たかぶ)っていた胸を両手で押えて、腹(おなか)の底から喜びの声を上げた。
「お母さんは、すぐ自由になれるんだ!」
 凡花は口角(こうかく)を上げて、口を開けると、ハハハハと、豪快に笑った。
 凡雪は、そっと凡花に近づいて、顔を寄せた。凡花の瞳は、底が澄んで、碧海のように見えて、抱き締めた。
 凡雪は、ゆっくりと目を閉じて、小さく深呼吸した。微かな匂いが、鼻腔の中に入って、肺に沁みた。水を含んだ空気の匂いのようだが、懐かしい母の甘い匂いが感じられた。
 凡雪は眉を持ち上げて、大きく長く一息を吸った。雪は依然として降り続いていた。
 明りが点いた部屋で、凡雪はベッドに腰掛けて、布団の上で葡萄色の毛糸で黙々とマフラーを編んだ。しばらくして、毛糸を手繰り寄せた凡雪は、少し口を緩めた。
「白雪は紛紛秘かに来り、哀愁は濡れて去り不見」
 凡雪は何気なく一句を紡いだ。すると、部屋の生暖かい風が、ふわと、頬を浚った。
 凡雪は視線を上げて、部屋の隅々まで見回した。
「もうすぐ、お母さんと住める」と凡雪は呟いて、胸を少しだけ張って、マフラーを編み続けた。すると凡花が窓ガラスの外を見て、声を掛けてきた。
「雪が止んだみたい。姉(ジエ)は腕が良いね。お母さん、喜ぶわ!」
 すぐにベッドに寄ってきた凡花は、大きな声を張り上げた。
 凡雪は視線を上げずに「ええ、そうかしら」と即答した。
「姉さんの手編みだもの、喜ぶに決まってるわ。楽しみね。すぐお母さんに会えるし、もう直(じき)、春節だし」
 凡花の弾んだ声が、凡雪の耳に焼付いて離れなかった。
 時間がどんどん進み、部屋がぐっと冷え込んできた。凡雪は、やっと毛糸の最後を括って、マフラーを二回、丁寧に折畳んだ。
 ベッドから立ち上がり、軽い足取で窓際の机に近づいた。マフラーを机に置くと、ささっと灯を消して、布団に戻った。
 ひゅうーひゅうーと、外の風が唸り出した。風に巻き上げられた雪が、夜の闇の中で散らばっているだろう。凡雪は言葉を口走ってから、少し怖く感じた。
 だが、風音に、すぐ馴染んだ。何故か、母の前向さと情熱を含んでいるように感じた凡雪は、足先を伸ばして凡花の寝息に耳を澄ませながら、眠りに落ちた。

つづく
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