小説『雪花』全章

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小説『雪花』第五章-7節

2017-07-15 14:31:10 | Weblog
 
   七

仁の瞳の中で、海の模様が波うっており、生きている神秘がそこにあるように感じられた凡雪は「お祖父様は、どんな方ですか?」と仁に訊ねてみた。
「祖父を知りたい? 今度にしますよ。また、雪さんに会えるから!」と仁は嬉しそうに凡雪を見つめた。
 凡雪も一口だけ食べて「薄味に見えるけど、味がしっかりと付いていますね。日本の料理は、どんな調味料で使っていますか?」と仁に興味深く訊いた。
「昆布とか鰹節のような出汁(だし)かな?」と仁は料理を吟味しながら、凡雪に答えた。
 その後、刺身や天ぷら、焼き物などが一品ずつ運ばれてきた。
 会話が途切れ、少し静かになった時、尺八の広がっていくような音色が聴こえてきた。
 尺八が持つ竹の音は、色々な音が混じった、幾層も重なり合った音に聴こえてくる。
 凡雪は、食事をしながら聴き耳を立てた。温かさと優しさに繋がっている音が、出汁(だし)のような、色々の味が含まれているようなイメージが感じられた。
 凡雪は、宇宙船にでも乗って空間の直中にいるような快い心地だった。
 ゆっくりと目を仁に向けると、仁は箸を置いて、凡雪を見詰めた。水が合う泉のように、愛おしい気持ちが互いに通じたようだった。
 速くなっていく鼓動を抑えようと、凡雪は目線を逸らした。
「雪さんの趣味は、聴いてもいいですか?」と仁は穏やかな声で、凡雪に訊ねた。
 凡雪は表情を緩めて「そうねぇ、読書とか、映画鑑賞くらいです」と返事した。
「映画ですか、今『紅高梁』が大ヒット中ですね。さっき、文化宮のガラス壁に貼られた宣伝ポスターを見たよ。感動的ですね! 手練れの画家に描かれたのでしょう」
 仁の声が耳の底に鳴り響いた。一瞬、凡雪の記憶の糸が、頭の芯からぴーんと引っ張り出され、陳の姿が脳裏を過った。
 でも、過去の記憶は色褪せてセピア色になった古い写真のようだった。陳の記憶が遠ざかりつつある事実に気づいた凡雪は、仁に向けて、引き締めた表情で肯った。その時、仁の凛々しい目元、逞しい鼻先が、凡雪の心を引っ張ったような強い力を、胸に感じた。
 凡雪は、少し冷めた汁物を一口、じっくり飲んだ。色々な味が含まれた出汁の旨味(うまみ)が、円やかに感じられ、「美味しいね」と小声で言葉を送った。
 仁は嬉しそうに笑みを返した。仁の笑みには、凡雪の瞳に焼き付くほど強い意志が見えた。某かの未来が前途に開けているように、暖かく感じられた。
 うっすらと漂ってきた海の匂いを嗅いだ凡雪は、二人だけの宇宙船に乗って遮断される壁もなく、静かに前へ進んでいるような感慨を味わっていた。
 食事を終えて外に出ると、一陣の風が凡雪の頬を浚った。
 その時、凡雪は、やっと宇宙船から出て、現実の世界に戻ったように感じた。浮き立っていた気持ちが、風で爽やかな気持ちに変わった事実に気づいた。
つづく
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