ラクロス、時々エセ理系

大学でラクロスに出会い、以後大学生活の大部分をラクロスに費やす大学3年。毎日の練習から読書録まで。

「志望理由書」

2017-02-13 | エッセイ

 大学院入試。それは、巷では様々なうわさが飛び交う世界です。「大学入試より簡単だ」「大学によっては外部生を広く受け入れるところもあれば、外部生に対して閉鎖的なところもある」など、ネットで調べれば非常に多くの情報にありつけるかと思います。私もネットで検索したところ、関心を持った情報もあれば眉唾的な情報もありました。また、知り合いの大学院生に話を聞いたりもしました。その中で、特に大切だなと感じたことは、「大学院進学をする理由」だと感じました。今回は、志望理由がなぜ大切なのか、自分なりに考えてみたいと思います。


 そもそも、大学院入試において志望理由書(あるいは研究計画書)はどれくらい重要視されているのでしょうか。私が読んだある文献によると、合格を決める要素のおよそ7割がこの「志望理由書」や面接の出来なのだそう。確かに、大学院側もなんとなく進学を決めました、という怪しげな人間を受け入れようとは思わないでしょう。これは就活をする人たちだって共通するところでしょう。では、大学院側の具体的な意図は何なのでしょうか?


 その主たるところは、受験生がその大学院で何を学ぼうと考えているのかを知るということにあります。一見単純そうなことですが、実は受験生はここで自分が大学院で何がしたいのか効果的に語らなければならないという壁にぶつかります。どんな講義を受けて、どんな研究室でどんな研究を行っていくのか。そう考えた理由はなぜか。つまり、自分が大学院で研究を行うきっかけとなった問題意識を具体的に伝える必要があります。


 もちろん、その大学院が有名だから、就活に有利だからなど、本音はそういうところにあってもかまわないと思います。しかし、実際に入学して院生活が始まった時、難しい課題に直面したときにそれと正面から向き合えるかどうかは、おそらく自分が大学院で何を学び、将来何を仕事にするのかということが明確になっているかどうか、ということに大きく左右されるのでしょう。


 また、大学院を卒業した後のプランはどうでしょうか。現在のところ、日本の研究職は定員的に飽和状態にあり、新しく研究職に就こうとしてもそう簡単にはいかない状態にあるそうです。加えて、政府の政策により大学院の拡充が進められた結果、国民の高学歴が進み、大学院に進学することはもはや珍しいことではなくなりました。すなわち、大学院に進んだという事実だけでは他人との差別化は図れないということです。こうした理由から、大学院でどんな知識やスキルを獲得し、どんなキャリアを目指すのか具体的に検討しておかなければ大学院に進む意味はないのです。


 僕の友人の中には、「就活面倒だから院進むか()」と話す人がいました。彼がどんな考えを持ってそう言ったのかはわかりません。しかし、一つ言えることは、進学する理由が「就職に対するモラトリアム」であることは自分のキャリア形成にとってとても危険だろうな、ということです。なぜならば、自分の人生に対して何の責任も感じないような人間は困難にぶち当たったときに果たしてそれを乗り越えるだけの気概があるのか、甚だ疑問であるからです。「仕事とは、人生そのものだ」という言葉がありますが、後々後悔しないためにも、自分の人生に責任をもった上で自分の仕事が選択できるようにしたいものです。

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