夕刻のデイドリーマー

ナチュラルに……殊更な作為策謀に用は無し

デイドリームは

2017年07月13日 | 夢というもの
本人がそれにリアリティーを感じているならばその人にとっては単なるプランである。
他者がかってにデイドリーマーと呼んでいるに過ぎない。

人間界の厄介な面を言えば、リアリスト在ってのドリーマーでありドリーマー在ってのリアリストっていう関係だ。

お互い、対比出来る背景を持つことによってしか自分を際立たせる事は出来ない。反発や軋轢や憎悪などの感情を持ちながらも、その相対する対象在って初めて自分が活かされるという厄介な性格を持つ関係なのである。

デイドリームを見るのに、他者は関係無いけれど、総体的には渾然としながら一体的に調和する様に仕組まれてる。
リアリストと仲良く喧嘩する?しかないのである。

そんな事、怒りがエネルギーに転換出来た若き日々には気付かなかった。

生かし生かされる事を宿命付けられた人間社会……夢見る人の価値は夢を見ない人によって与えられるのである。

世の中がみんなドン・キホーテならばドン・キホーテには価値はない。
一方、皆がマキャベリーならばマキャベリーにも価値はない。

大切なのは自分の旗を掲げる事だ……。
安易な賛意など欲しがってはならない。
安易な同意ならばあなたである理由は必要ない。

夢見るも見ないも……答えは何時も自分の直感に在るのです……。
直感以外は、何時も他者の目線や動向、意向を考えている。詰まり自分にとって全くの無意味なもなのである……。
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