さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」からの転載です。
この記事を読んで、マッカーサー以下の連合国占領軍が、当時の白人支配の優越思想を持って、日本に来たのだということがよくわかります。アジアの国々を植民地とし、劣等民族としてのアジア人を植民地支配するのは、神から与えられた白人たちの権利、あるいは使命であると本気で思っていた彼らの考え方が露骨に出ています。
文明の最高峰にいる白人たちが、すべての生物を支配するように神から定められたとするキリスト教史観と、それとは別に、ダーウィンの進化論も白人優生思想を作り上げました。かれらは科学的にも、進化の最前線にいるのが白人だと考えました。白人こそ最も優秀な種であり、有色人種は劣った種族であると、さらに世の中は必然的に進化しており、過去より現在が必ずより優秀であるとする思想であり、やはり歴史の進化の最先端を言っているのが白人であり、有色人種はそれに比べて、白人たちが過去に通りすぎてきたずっと後ろの段階に低迷しているとする思想です。これらの思想が重なりあって、白人の優越思想となっていました。
こうした思想で、日本に乗り込んできた占領軍が、日本の文化を破壊し、自分たちの文明を押し付けることが正義であると思い、劣等民族を管理するように、日本の文化のもとに生み出された制度をすべて破棄して、憲法を始め新しい制度を押し付けたのです。更にはその新しい制度から、次第に革命が段階的に発生するようにという、占領軍に隠れたマルキストたちは画策しました。

歴史学者であり、高知大学名誉教授、新しい歴史教科書をつくる会副会長であります福地惇先生の貴重な小論文を掲載いたします。
マッカーサーの日本史認識
高知大学名誉教授 福地惇
勝ち誇って乗り込んで来た占領軍の最高司令官マッカーサー元帥の人となりの一端から述べたい。
彼の日本歴史や文化を見る眼差しは、欧米人の誤解に満ちた通俗的な理解の中でもかなりレベルの低い部類に属すると言わざるを得ない。
マッカーサーは最高司令官を罷免された後に回想記を世に問うたが、それは日本版と米国版とでは内容に相当の懸隔があるいわく付きのものである。戦後間もなく『マッカーサー回想記』(津島一夫訳)と題して朝日新聞社が刊行したが、中公ビブリオ文庫として復刻された。
余談だが、チャーチルの定評高い『第二次大戦回顧録』のひそみに倣ったのであろうか、大仰に『マッカーサー大戦回顧録』(上下二巻)と表題が改められていた。原題名は“Reminiscences”だから、直訳すれば「回想記」である。
マッカーサーはこう書きとめている。
「私たちは九十二年前の同胞ペリー提督に似た姿で東京に立っている。ペリー提督の目的は、日本に英知と進歩の時代をもたらし、世界の友情と貿易と通商に向かって孤立のベールを引き上げることであった。しかし、恐ろしいことに、それによって西欧の科学から得た知識は、弾圧と人間奴隷化の道具に利用され、迷信と武力に訴えることによって言論の自由、行動の自由、さらには思想の自由までが否定された」。現今の事態になぞらえれば、マッカーサーは明治政府の指導者を、まるでサダム・フセインの如く見ていたようである。
「(日 本の)実態は西欧諸国がすでに四世紀も前に脱ぎ捨てた封建社会に近いものであった。(中略)神人融合の政治形態は西欧社会では三千年の進歩の間にすっかり 信用されなくなったものだが、日本ではそれが存在していた。(中略)神人一体の天皇は絶対君主であって、(中略)アメリカ人の目から見れば、日本は近代国 家というよりは古代スパルタに近い存在であった」
「国民の中のほんの一部にしか過ぎない封建的な指導者たちが支配の座に座り、他の何千万という国民は進んだ意識を持つ者のわずかな例外を除いて伝統と伝説と神話と統制の完全な奴隷となった」
あ えて注釈を加える必要もないと私には思えるが、恐らくマッカーサーにとっては、日本の歴史に対する正確な知識はどうでもよいことだったのだろう。何となれ ば、米国の日本占領目的は、日本が発展性豊かな独立主権国家として再起することを極力抑えつけることにあったからだ。もちろん、最高司令官の占領統治目的 もそこにあり、目的追求に役立つ道具(宗教・歴史観・政治観でも南京大虐殺や真珠湾奇襲攻撃や捕虜虐待でも経済政策でも何でも)ならば、それをトコトン活 用するまでのことだったと言えよう。
歴 史の事実は全くといってよいほど軽視し、日本の支配者は本来的に侵略主義の天皇制軍国主義者であったとか、大東亜戦争は世界の平和を撹乱する邪悪な侵略戦 争だったとか、日本を悪者に仕上げて貶める説明であればそれでよかったのである。それゆえというべきか、マッカーサーの日本の歴史に対する認識は、日本共 産主義者集団=講座派(戦前、『日本資本主義発達史講座』を岩波書店から刊行してこの名が付いた)の日本歴史説明とそっくりなのである。
戦後、日本人の精神を「敗北主義イデオロギー」に染め上げるためにマッカーサーが駆使した主力部隊(講座派)は、1920〜30年代に国際共産主義運動の司令塔(コミンテルン)が指令してきた革命運動方針(二七テーゼや三二テーゼなど)を鵜呑みしてきたコミンテルン日本支部要員(日本共産党)である。
コ ミンテルン・テーゼを要約すれば、天皇制は半封建的絶対主義で人民を奴隷的に搾取・抑圧するブルジョア革命以前の時代遅れの支配体制であるから、人民大衆 は起ちあがって時代遅れの天皇制を打倒せよ、自らを解放せよ、というものだった。まさに日本共産党の檄文である。それを金科玉条と崇め奉った日本のマルク ス主義者たちは、祖国の麗しき歴史伝統を侮蔑し、否定して天皇制打倒を鼓吹した。
大 敗北を喫して精神的にも物質的にも打ちのめされ、厭戦気分に浸りきった日本国民の愛国心をここぞとばかりに壊滅させる作戦として、祖国を呪う共産主義者を 格好の工作要員として、“活用”したマッカーサーは、軍人であると同時に、まさに“詭道の達人”であったと言わねばなるまい。
占 領政治は陰で共産主義者を利したと私は見ている。占領軍の支援(資金援助等も含め)なしに、講座派があれほどの勢力を保って学界、言論界に跳梁跋扈し得た かどうか興味は尽きない。アメリカ自由主義の旗手を自認するマッカーサーは、日本の共産主義者を占領政治に駆使することで、<思想改造戦争>に目覚ましい 戦果を挙げたのである。我々はこれを、重大な負の遺産として受け止めねばならない。
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福地先生のこの論文のご指摘は戦後日本の立て直しのために知っておくべき事実であります。
特に太字で示したマッカーサーの歴史観は、戦後の日本に大きな影響を与えるものだと思えます。
階級闘争史観とは簡単に言えば、日本の戦争は“支配階級”であった「天皇制軍国主義者」が起こしたものであり、“被支配階級”である大多数の「日本国民」には責任がない、という善悪二元論です。
この時教わったのは、徳川封建制度の圧政であり、日本の大陸侵略と国内暗黒反動組織を最初につくり上げた西郷隆盛と山県有朋という悪人に対する憎しみを教わり、大正・昭和の日本の封建主義の圧政であったのです。
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