福島原発事故メディア・ウォッチ

福島原発事故のメディアによる報道を検証します。

関西広域連合の「大飯再稼働慎重派」の首長たちはどうして『容認』へと寝返ったのか?

2012-06-04 00:27:17 | 新聞
関西広域連合は30日の会合で、大飯原発再稼働を「実質的に容認する」声明を発表した。エエッー!橋本大阪市長、山田京都府知事、嘉田滋賀県知事あたりは会合の直前まで、『再稼働なしでもやれる仕組みを考えようというのが、あす(30日)の広域連合での一つの提案だ」と強調し』ていたはずだ。それが急転直下・青天の霹靂で民主党・原発ヤクザ政権のごり押しにみっともなく譲歩してしまうとは・・・。会合の裏でいったい何が起こったのか。だが、すこし考えてみると、この結末が急転でも、霹靂でもないことがわかる。『出来レース』ということばを使ったのは、東京新聞(資料)と、ARecoNote3だが、いろんな意味でこの観測が当たっている。当事者の知事をはじめ、それを露骨に暴露されるのがいやな人々がいろんなことを言って、事情をいっそうわかりにくくしている。こういう情報の電波妨害をしなくてはならないのが、昨日まで『公式に』原発マフィアを批判する立場にいた人であるのも、やっぱり出来レースの一部である。
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神戸新聞によれば、『慎重対応を求めてきた関西の首長らが一転、苦渋の選択をした背景』はこうである。再稼働実質容認を意味する関西広域連合の問題の「声明」は、連合長・井戸敏三兵庫県知事(自治省官僚出身)が、おそらくは経産官僚の作文に基づいて、準備し、『会合前日の29日午後、原案を各首長に伝達した』。しかし、この原案には、細野『(大臣の)説明を確認した』(注:大臣が来る前から『確認した』という原案が提示されている)、という文言があり、それに対して、

『松井一郎大阪府知事や橋下徹大阪市長が反発。30日午前の非公式協議では、山田啓二京都府知事や嘉田由紀子滋賀県知事も「政府との出来レースと受け取られかねない」などと慎重姿勢を示し、一時は公表を見送る可能性もあった』

問題の自治体首長さんたち御自身から『出来レース』という用語が用いられているところは、フロイト的に言えば隠された願望の表明と取れる。自分たちがこれからすることがなんであるか、彼らはあらかじめ分かっていたのだ。隠された願望は実現する、実現しなくては自己が崩壊する。マクベスのように、「どうせやらなくてはならないことなら、早くやってしまうに限る」。だから、出来レースはあたかも突然のことであるかのような体裁をとる。

『急展開したのは同日午後、その日の夜に再稼働を検討する関係閣僚会議が開かれるとの連絡が入ったためだ。「再稼働が決まる前に広域連合の見解を示すべき」との考えから、井戸連合長は4人を説得。政府の判断は「暫定的」、再稼働は「限定的なもの」との文言を加え、玉虫色の表現にすることで合意にこぎつけた。政府はこれを「一定の理解が得られた」と受け止めた』

この状況を嘉田知事は以下のように言い訳した。すなわち、絶対的な国家意思の表明(斎藤官房副長官、「もう決めます」)を前にして、

『それだったらばもうすべてゴーで行ってしまうよりは「暫定」「限定」という事の意思表示をする方が、府県民の意思を表現できるだろうという判断で、声明を出すことを、私自身は決めました』

悲しいかな、しょせんは田舎の3割自治体の現実を見据えて、何につけ国家の決定には逆らえない、『それだったら』もらえるものだけもらっとこう、という判断で『一皮むけたと評価されるか』(神戸新聞)。

住民の安全、原発再稼働の決定過程の正当性、つまり「安全性と必要性について納得のゆく説明がない限り、大飯再稼働は認められない」、と大見得を切って地元では、おおぎょうに『いまや「卒原発のジャンヌ・ダルク」と称されるほどの「時の人」だ』滋賀報知)なんて持ち上げられていた環境主義の市民派知事様の結末は、結局はこういうところに落ち着くのだ。しかしこれは、「裏切られた」なんて、ことさら大げさに驚くべきことではない。何主義だろうと何派だろうと、嘉田知事は「民主党県連の支持と連合滋賀の推薦」で当選した人だ。すでに滋賀県の民主党のドンにして、民主党の原発族の元締めの一人である川端達夫総務相は、嘉田知事に対して

『電気がない所に(企業は)来ない」と述べ、企業誘致や地元経済への影響も重視すべきだと注文した。・・・「企業が立地しようとする時に、県はハンディキャップを負う。四方八方目配りし、経済や生活を守ってほしい」と懸念を示し・・・嘉田知事が原発事故が起きれば琵琶湖が放射性物質に汚染される可能性があると言及していることについて「科学的根拠に基づかないと風評になるので、慎重な対応を」と求めた』

と、経済からプレッシャーをかけると同時に、環境派の売り、『関西の水がめ=琵琶湖を守れ』という嘉田知事のおはこをも、「風評被害」というキーワードでおとしめている。さらに、連合と言えば、東電労組の委員長が、裏切りものには「報いをこうむってもらう」と発言したのが29日で、これはもちろん連合滋賀の言いたいことでもある。民主党・労組という支持母体以外に、『地元経済界』からも圧力がかかっていたことも、生意気なおんな権力者の失態がうれしくてたまらない産経が報じている。

関西広域連合の首長たちの『変節』説明するのに、元経産省の脱北者官僚・古賀氏は

『関西電力がずーっと、各企業を回っている訳ですね、「この夏大変ですよ」と。そういう中で「計画停電もありますよ」という事もかなり言って歩いているので、企業の方は「何とか動かして下さい」という話になって、ま、首長さんによっては、もともと経済界のサポートで選挙を戦ってきているという人もいるので、そういう人はなかなか、経済界の声を無視するというわけにはいかないという事で追い込まれていった』

と指摘している。もっともな話だ。

もろもろの支持者からのおどしにさらされて、嘉田知事は、本当は、引き時=損切の時点、つまり政治家として『一皮むけたと評価される』タイミングを待っていたのではないか。それがわかっていたから、元自治省官僚の兵庫県知事や元経産省官僚の和歌山県知事が『政府の判断は「暫定的」、再稼働は「限定的なもの」との文言を加え』て、名誉ある撤退のアリバイを『玉虫色の表現』で用意してくれた。嘉田知事はここぞとそれにのったのではないのか。

3月末、保安院の官僚が滋賀県庁に来た時のことだ。抗議に滋賀県庁の車の入り口に集まった市民に向かって、官僚より前に県庁に着いた嘉田知事はわざわざ車の窓を開け、市民に向かって『がんばってください』と声をかけていたそうだ。『こちらが言うことを先に言われてしまった』と市民の一人は満足そうだった。また、滋賀県の県政モニターでは、なんと、8割の人が大飯原発再稼働に反対している。もし、嘉田知事が本気で原発再稼働に反対し、本気で卒原発なり、脱原発なりを実現する気があるのなら、彼女は政治生命をかけて、原発スイシンジャーの川端・民主党=連合滋賀と決別し、こうした反原発の市民を代表して、彼らとともに次の選挙を戦うべく意思表示し、準備すべきだったろう。もし仮にそれで次の選挙に負けても、むちゃくちゃな原発マフィアのファッショ体制に抵抗した実績は、新たな政治活動の始まりになる可能性もあったろう。しかし、嘉田知事はジャンヌダルクにはなれない。コミットメントがないからだ。原則よりも滋賀県知事の地位が大事だからだ。そういう知事なら、いざ福井の原発が事故を起こした時、経産省・文科省・厚労省・環境省の官僚と結託し、現福島県知事がしているように、国家意思の前に死が県民を犠牲にするだろう。琵琶湖の水が放射能汚染されても、飲料には支障がないと、環境学者として安全宣言するだろう。

地位の保持よりも、原則をつらぬくこと、それは政治的ジョーシキから見れば狂気のさた、政治的自殺行為で、悲しいかな、資金と組織票に未練のある政治家にできることではない。だからこそ、本家のジャンヌダルクの言動は、当時の人からは狂っているとみなされていた。そして彼女は結局は火刑に処された。今の日本なら、さしずめ桐生の女性市議のほうがこの呼び名にふさわしい。

嘉田知事がこの程度なら、兵庫や和歌山県知事と同様、中央の高級官僚出身の山田京都府知事の教科書通りの『変節』も出来レースという点ではまったく同じだ。山田知事はしきりに『「限定的な稼働」にこだわったと強調』し、『「決して再稼働を積極的に判断したわけではない。」と』言い訳に必死だ。しかし、この男とて、東大法学部から自治省の官僚出身、将来の『原子力規制庁による新しい安全基準が作られ』たときには、原発の『限定』『暫定的』再稼働が恒常化されることなど、官僚文法の文脈から当然だと知っているし、その時には、自分は、「遺憾の意」かなにかをおごそかに表明すればすむこともわかっている。嘉田・山田両知事のみっともない撤退ぶりを喜々として伝える産経新聞によれば、山田知事の『限定』『暫定』へのこだわりは、

『山田知事にとっては、このこだわりは、再稼働を認めないとする府北部の住民らの意向と再稼働を求める産業界の声を両立させるという目の前の危機を回避する“苦肉の策”だったといえる』

ということになる。利権・恐喝至上主義のヤクザ新聞だからこそ、彼らと同じ論理で動く政治家の動向を正直に伝えられるのかもしれない。

さて、嘉田・山田がこのざまでも、われらが橋下総統ならそんなことはない、と期待した方たちには、とんだ失望で、お気の毒様でした。橋下市長『「正直、負けたと言われても仕方がない」「反対し続けなかったことは反省している」と語』る始末だ。しかし、私は、橋下が嘉田・山田と同じだとはどうしても思えない。というのも、この橋下市長の変節について、たね蒔きジャーナルでは、

『近藤:橋下市長の一般のイメージではですね、そういう官僚とか企業の動きがあったとしても、むしろそういうものに対して強い力で立ち向かって行けるとあるいは、その経過を明らかにして、市民から共感を得るというのが持ち味であったのではないかと思うんですけれども、今回に限って言えば何故なんでしょう?それ以上に大きな力だったということなんでしょうか?』

近藤氏の言うとおり、橋下には、元官僚の兵庫・和歌山知事とガチンコで対立して、「そんな声明は認められない」、と、ここぞと大見得を切るチャンスもあった。その方が「愚かな大衆の人気を獲得するポピュリスト」としての政治利得が大きかったのではないか。こう考えてくると、関西広域連合での橋下の変節は、『「民主党政権を倒す」としていた自らの発言を撤回』読売)したことあいまって、嘉田・山田とは異なった事情があるのではないか、と疑わせる。それは、つまり、民主党との取引である。橋下が、威勢のいい大飯原発再稼働反対をとなえながら、数々の怪しい発言と行動をとっていたことは、この冬以来、何度も報道された。経産省の官僚や民主党幹部と密会もしていたらしい。

関西広域連合の会合のタイミングは、小沢・野田会談の日と一致する。政局、風雲急を告げるとき、なにか特においしい話が橋下に提示された可能性も、多々あるではないか。

さて、その橋下市長を、「大阪府市エネルギー戦略会議」のメンバーでもあり、今や再生エネルギーの時の人でもある飯田哲也氏がしきりに擁護している。飯田氏によれば、橋下は兵庫県知事たちに『後ろから弾を打たれ・・・抵抗ラインを一つ下げてですね、戦わざるをえなく』なった。というのも、『一部の知事が国の官僚と謀って、その曖昧な文書を受託をして、一方的に発表をしてしまったというだまし討ちのような状況』(この記述は上でみた神戸新聞の経過報告とだいぶ違う!)があり、『もう、ここまで嵌められてしまうとですね、容認と言わざるをえない』ところに追い込まれたのだという。もし、これがほんとだとすると、橋下もたいしたことないね、ということに落ち着く。橋下がヒットラーの足元にも及ばないことがわかって安心した、という人もいる。しかし、この辺の記述は、橋下の下で「大阪府市エネルギー戦略会議」のメンバーになっている飯田氏のヨイショを感じる。だから、たね蒔きジャーナルのキャスターも視聴者も、

『「なぜ橋下市長が容認したのか説明が全く無くて分からない」・・・「今までいろいろお話し頂きましたけれども、何となくすっきりしないんですけれども」・・・「「飯田さんのお話を聞けば聞くほど経産官僚とか関電に責任転嫁をしているようにしか理解できません」というような非常に厳しい声が届いているんですが』

という結果になる。あたりまえだ。財界のおどしや官僚の工作のほかに、『一部首長の方をあからさまに批判できないというところが、まあ、横の意識もある』とか、『一般に人にはわかりにくいバトルですけれども・・・地方の首長ができるギリギリの線であるという意味では、(橋下に)半ば同情せざるを得ない』とか、『橋下さんに直接かかった力学は直接聞いていない』とか、およそ再稼働反対の原則ではなく、地位と立場をかけた政治駆け引きのやりくりの複雑さ、不可解さ、不可知性を盾にして、結局、橋下の政治的擁護以外、何ひとつ言っていないからだ。

私は飯田哲也氏の著書も買って読んでいろいろなことを教わったし、氏の様々な場面での健闘に期待もしている。しかし、この橋下擁護は氏の再生エネルギーに関する原理原則的な考え・主張にも疑いの影を差すものだ。

一つだけはっきりしていることがある。それは、脱原発だろうとなんであろうと、政治家が私たちのために何かしてくれること考えることは幻想だということだ。何かが変わるとすれば、そして原発に関しては変えなければ私たちの命の問題だから、どうしても変えなければいけないのだが、それは、まず私たち、無名の「ミクロの民」(仙谷由人先生のありがたい表現です!)の圧倒的な声と態度と意思表示がまずあって、政治家はそれをたくみに取り込んで自分の地位・業績に利用するということだ。私たちにできることは、だから、彼らにだまされずに上手に利用されることで、彼らを利用することでしかない。政治的大志を抱いているスマート(「痩せてる」ではなく「かしこい」という意味だそうだ)なお歴々の中には、嘉田知事や飯田氏のような環境派・市民派もたくさんいる。彼らが堂々と私たちを代表しているかのように発言しふるまえるように、彼らがそれを自分たちの利益だと信じられるように、彼らが、権力や私たちにくだくだとわけのわからない言い訳をする必要も、その余地もないまでに、圧倒的に脱原発の発信と行動を盛り上げよう!

資料
安全軽視 無責任歩み寄り 政府・自治体
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2012053102000090.html
2012年5月31日 朝刊
 関西電力の大飯原発の再稼働問題は三十日、大きく動いた。これまで慎重姿勢だった関西広域連合などの地元自治体が軒並み柔軟姿勢を表明。呼応するように政府は野田佳彦首相と関係三閣僚との会合を開いた。再稼働を目指しながら決断を避けてきた政府。再稼働に同意して批判を受けるのも、反対して電力不足の責任を押しつけられるのも嫌う地元自治体。これまで距離があるように見えた両者が「猛暑前の再稼働」というタイムリミットを前に、出来レースだったかのように歩み寄った。 (城島建治)

 政府と福井県は昨年来、再稼働に向けて足並みをそろえてきた。政府関係者によると福井県側は、条件が整えば再稼働に同意する意向を政府に伝えていたという。これを受け政府は、四月中には再稼働を最終決定する構想だった。

 だが、歯車が狂う。脱原発の世論が高まる中、責任を背負わされるような形となった西川一誠知事が態度を硬化させたのだ。福井県としては「政府で決めてほしい」のが本音。西川知事は今月二十四日の会見で「政府の対応は遅すぎる。政府が確たる姿勢を示すことで問題は解決できる」と不満をあらわにした。

 政府側は「福井の同意なく再稼働すれば、政権に致命傷になる」(政府関係者)と判断。どちらが一義的な責任を取るかにらみ合いが続いていた。

 一方、大阪市の橋下徹市長をはじめとする関西広域連合の首長らは、再稼働に慎重な発言を続けた。細野豪志原発事故担当相が初めて広域連合の首長らに再稼働に向けて理解を求めた十九日には、慎重論や政府への批判が吹き荒れた。だが、三十日の二度目の会合は明らかに違った。連合長の井戸敏三兵庫県知事は会合後、記者団に「政府が出した判断は受け止める」と表明した。

 最大の理由は、七月二日から関電管内で始まる二〇一〇年夏比15%程度の節電要請期間が迫っているからだ。政府や関電が説明する通り「フル稼働には六週間かかる」なら今週中に決めなければ遅い。首長たちは計画停電などの事態になり市民生活に影響を出し、批判を受けたくない。これまで慎重論は唱えてきたが、再稼働せずに夏を迎えるのは避けたいという思いがのぞく。「猛暑前ありき」だ。

 首相は三十日夜の四者会合で「最終的に首相の責任で判断する」と、いつもよりクリアに「責任」を口にした。だが、首長の歩み寄りを受けてからの発言では、首相としての「責任」を果たしているとは言えない。

 政府と自治体。住民の安全を守るはずの存在が、ともに無責任体質をさらけだすような形で、再稼働が既成事実化しようとしている。
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