Coucher de soleil

いつの頃からから夕暮れ時が好きになった。紫や橙の空色の下ほっとするひととき。とてもやわらかな時間。

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久しぶりの晴れ

2015年07月11日 | アート
長い雨の日が続き、久しぶりに晴れた。そして、その久しぶりの晴れを喜ぶ声が多くあった。洗濯物が干せて喜ぶ人、景色がきれいに見えて清々しい人など。そうそう、本当に晴れは有難い。
でも、現在の自分の身体の状態だと、曇りが有難く、雨だともっといい。光線治療をしているのと、太陽の紫外線が異常に持病の悪化と深く関連しているから。そんな最近の日々、普通は嫌がる雨が有難いとは、なんと、都合のよいこと、とかえってうれしくなってしまったりして。雨の日は、小さいころから好きだった。元来ひきこもりだから。
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Message for the gradueate students

2014年05月18日 | 
Let me write about the great message
Ms Black burn sent for her graduate students
at the NHK TV program "Anne and Hana" like a my favarite book quotaion.


My girls,
Grow old along with me,
The best is yet to be.
If some dedates later,
you look back on your time with us here
and you feel that these were the happiest days fo your life.
then, I must say your education will have been a failure.
Life must improve as it takes its course.
Your youth you spend in preparation
because the best things are never in the past but in the future.
I hope that your pursue life, and hold onto
your hope and your dream until the very end of the journey.

私の愛する生徒たちよ、
われとともに老いよ
最上なものはなお後に来たる。

今から何十年か後に
あなた方がこの学校生活を思い出して
あの時代が一番幸せだった、楽しかったと
心の底から感じるのなら
私はこの学校教育が失敗だったと言わざるをえません。

人生は進歩です。
若い時代は準備の時であり、
最上のものは過去にあるのではなく
将来にあります。
旅路の最後まで希望と理想を持ち続け
進んでいくものでありますように。

  
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でんでんむしのかなしみ

2013年05月11日 | アート
先日、GW中に会って話をした方との会話の中で、そういえば、美智子妃殿下が童話について語ったときのお話の中にあったね、でんでんむしの殻の中には、悲しみがつまっていた
という話をした。誰でもいろいろあるもので、それをどう耐えていくかということが大事なんだと。そういう話の中で、そういえば、美智子妃殿下のお話の中にあったね、と。
今日、ふと思い出して、調べてみた。悲しみを抱えたかたつむりがそのことを嘆いた。ほかのかたつむりにそれを言ったら、自分もそうだと。みんなそうなんだということを知り、嘆くのをやめたと。そう、誰だって殻の中にかなしみを抱えている。幸せそうに見える人も。他人ははたからみるとよく見えるものだ。また、他人から見たらわからないことを人は抱えているものだ。そういうことを、根底にもっていないと、健康に生きていけないのではと思ってしまう。そしてだからこそ、共感しあえたり、わかりあえたり、そういう気持ちを寄り添ってくれる人がいたりすると、ほんとうに救われるもだったりもする。その方とは年に数回会っておしゃべりをする。私にとっては、まったくタイプの違う、仕事のスタイルも違う、憧れの方だ。
しかし、わかりあえるものがあるようで、話をしだすととまらない。その方からGWの最後にもらったメッセージは、永久保存したくなるものだった。
そして、このGWは、自分の心の中にぽっかりと穴があいてしまうようなことがあった、というか自分でしてしまった。その穴を埋めることができるように、また修行がはじまった気がする。失敗してはじめてわかることもある。正しい心で向かっていけるように、しよう。
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レミゼラブル

2013年02月12日 | 映画
映画「レ・ミゼラブル」を観た。先週お会いした方々が、歌がいい、泣けてくる、その場でみな歌っているなど、口をそろえておっしゃっていたので、無償に観たくなって観に行った。
このタイミングで観ることができて、本当によかった。たぶん、自分の中の好きな映画の一つになった。歌も、歌だけでなくて、その中にある人間性や神との対話も。迷いが少し消えてきた。涙の後ろには、自由が、広い世界があるのだと思う。葛藤を繰り返して、神の御心に触れたとき、それに気づいたときに、きっと人は自由になれるのだろうなと思った。本当に、このタイミグで出会えたことが有難かった。
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冬野菜

2013年02月10日 | アート
先月、またちょっとこわれるかも、このままだと思った瞬間があった。仕事して帰って疲れた身体で意識がもうろうとしながら、やっぱり、ごはん食べたいと思って、料理をはじめた。堀口農園の土つきのかぶをさわって切り始めたら、それだけで、息を吹き返すような気持ちになった。冬野菜というのもいいものだ。野菜や夏、と思っていたけれど、この寒い時期の冷たい野菜も極上だと思う。そのかぶの香りとみずみずしさに惹きつけられて、塩もみにしてそのまま食べることにした。
本当においしかった。
友人がつくった野菜で調理できるなんて、幸せだと思う。
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生チョコづくり

2013年02月09日 | 料理
知り合いの方に誘っていただいて、生チョコレートづくりに参加した。朝から掃除、洗濯しながら、テレビでチョコレートづくりを科学的に解説する番組を放映していて、ほんとうにこの時期、この特集が多いなと感じる。年間の売上が伸びているのもチョコレートらしい。財布のひもが緩むのもこの時期でどこも商機を逃さない催しものをしているのだなと感じる。
そんなこともあってかもしれないけれど、今年は普段は興味のないバレンタインに関心がわいてくる。クリスマスと同じで、なんだか、よい雰囲気になってきたり、ハートフルな気持ちが高まってくることはやっぱり、よいことなんだなとも思う。

チョコづくりは、意外にも難しくあり、またシンプルだった。シンプルだからこそごまかしがきかなくて難しいのだろうけれど。
チョコレートは、カカオと生クリームとバターと水あめで作られている。そんなことも初めて知った。あの滑らかさとか光沢というのは、そういうものを上手に組み合わせたり、温度がとても大切だったりすることも。
そんなふうに考えると、温度、熱というのはなんだろう、物質をどんな状態にしているのだろうとか思ったりする。乳化という現象ももっと知りたくなってくる。
そんなチョコレートづくりだったが、完成品はちょっといびつになってしまった。
石畳風のチョコレート(バヴェオショコラ)をつくったけれど、普通は、お店で売られているのはとてもきれな正方形だけれど、私のはバラバラに・・。一緒に作っていた人には、“○○さんのは、汚い”と言われてしまった。
ほんとうにそうなのだけれど、やっぱり、その言葉にはちょっと傷ついてしまった。
苦い味もあじわったけれど、とにかく、チョコとバレンタインが身近になったこの2月。
家に帰って、近所の方で、胃を半分摘出してやわらかいものしか食べられないという方にも
食べていただくことができた。よかった。完成させられなかったもう一つのチョコレートも
仕事が終わったら完成させよう。

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先入観

2012年04月22日 | アート
例えば、セザンヌは言っている。「画家は、自らのうちで先入主の声をすっかりだまらせなくてはいけない」(「絶対の探求者」山梨俊夫編訳より)。もちろん画家だけの話ではない。ものを見るとき、人を見るとき、先入観ほど愛想のいい厄介者はない。これさえあれば見ずして見たような気になれるのだから。
日経春秋より(2012年4月20日)
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虚構の絵画

2012年02月12日 | アート
フェルメール光の王国展に行った。前知識もなく観に行った。なんだ、ソトコトがやっているんだ。。そして、さらに、入り口の展覧会の主旨のところでびっくりした。本物ではないんだ。。リクリエイトという技法で再現された絵画。後で思えば、世界に分散されてしまっているフェルメールの絵を一同に鑑賞するというのは無理な話で、だからこそ、福岡伸一の旅が意味を成すわけだが、そんなことも知らずに観に行ったので、最初は、驚いた。案の定、うすっぺらい。せまってくる感動のようなものももない。昨年パリでようやく、絵画を鑑賞する楽しみを自分なりに体得したと思っていたが、そういう画家が吹き込んだような魂を感じることもない。早々に帰りたくなったが、我慢して一つ一つを鑑賞することにした。「手紙を書く女と召使」のところで、少し見方が変わった。そう、これはあくまでも、37点しかないというフェルメールの全作品を時代を追って鑑賞し、フェルメールの技法なり追及しようとしたことをとらえることに意味があるのだと。絵画そのものを魅力を感じるのではなくて、絵画を勉強する場、美術学校のようだ。そう思ったら、少し前向きな気持ちになってきた。おそらく、この手法はパリでは、あるいは海外ではあまり受け入れられないのではと思うのだが、商業主義的な美術鑑賞が成り立つ日本ならではという気もしないでもないが、でも、まーこの虚構とも思えるような美術展の意味を感じることができたし、しばらく興味を失っていた福岡伸一の文献や彼が探究しようとしていることに新たな興味がわいてくる。“科学と芸術の間を遊泳”している彼の考えをもっと知りたい。その対象は、光の粒?。読んでみるかな、光の王国の本を・・。
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足元

2012年01月09日 | Weblog
manaoさんから借りていた、大事なバイブルを返すためにもう一度しっかり読む。貸してもらったときよりずっとずっと自然にすっと入ってくる。納得感。manaoさんの言いたかったことも、そして、この著者の意図も。こうして、わたしはまた一つ成長。「足元」「淡々と生きる」。ブッククオーテーションしておきたい言葉。
・笑顔は笑顔を生み出す。
・「知恵」は、全体を見渡した大局観。「知識」はバラバラに偏在する断片、局所
・柔軟性は強さ
・自分の形に固執せずおかれた環境に合わせて自分を変化させたくましく生きる
・「役割」「なすべきこと」「使命感」
人の本だから読みながら、鉛筆で落書きできないのが残念だけれど、自分の本だったら書きまくってしまう・・。
本を読みながら考えるのは、桂花と病院で別れるときの最後の目。そして、その生き方から何を感じ、私はどう生きているのかということ。また背筋がぴっと張る。
次は、エンデか・・。
医療のバイブルをお借りしたので、今度はエネルギーのバイブルをお貸しいたします。ご興味あれば。
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二つの映画

2010年07月31日 | 映画
先日、二つの映画を同じ日に観た。
借り暮らしのアリエッティとビューティフルアイランズ。

アリエッティは、ほぼ満杯だった。
ポップコーンとコーラを買って映画館に入った。
ほぼ事前情報なく、絵がかわいいから観てみたいそんな感覚的な理由だった。
観終わったあと、自分の中の心理状況を回想してみて、この映画の中での“角砂糖”の存在の大きさに気づいた。

角砂糖は、わたしにとってはいらないものであって、それどころか、少し邪魔なものだ。
コーヒーや紅茶に砂糖を入れることはほぼないし、白砂糖は身体にあまりよくない気がしているし、そして、特に砂糖の中でも、“角砂糖”というのは古臭くて、レトロ風の喫茶店でたまに見るようなものである。
そんな角砂糖が、アリエッティの暮らしの中では、とても大切なもので輝いて見えた。
彼らにとって貴重なものなのだ。私たちの世界からは大きさも違う。何倍くらいだろう?30cm四方くらいだろうか?そして、入手するためには、命がけの“狩り”をしなくてはいけない。
狩り?、この言葉にも少し驚いたが。
角砂糖ともうひとつ、ティッシュペーパーも類似の存在であったが、どちらも何十年か前はとても貴重なものであったが、いまとなってはあふれかえっているものである。
戦時中は、砂糖が貴重で、砂糖を子どもになめさせたと聞いたこともある。
スタジオジブリは、わたしたちや子どもたちに、角砂糖やティッシュペーパーをモチーフに伝えたいことがあったのではないか?
環境系の仕事をする私にとっても、この映画のその意味するところは、魅力的だった。

そして、その後、ビューティフルアイランズを観た。
時間帯もあってか、人の数はまばらだった。
なんか雰囲気的にも、水を持ち込むだけにした。

こちらは、仕事的な興味もあって積極的に観ることにしたが、最初に“監督からのメッセージ”というのが配られて、それがとても新鮮であり、これから観る映画を一気に身近なものにしてくれた。
メッセージによると音楽もナレーションもないという。
少し驚いた。
映画として成り立つのだろうか。
この存在を教えてくれたYちゃんが、環境映画っておもしろいの観たことがないからこの映画観てみたいんだーと言っていた。

観終わって、様々なことを感じた。
これはいわゆる映画というよりも、事実を伝える映像だった。
確かにおもしろみというのはないけれど、それとはまったっく違う事実の世界を
みせてくれた。
南の島と都会とそして、北の国。地球のそんな地域のまったく違う各地で起こっている気候変動の影響。

確実に少しずついま自然環境が変わってきている。
それを実感し危機感をもつことができるのは、多くの場合、日々の暮らしと自然環境による恩恵が非常に近い場合だと思う。わたしたち都会の人間には、気候の変化は感じるが暮らしへの影響というのはほとんど感じることができない。
食べ物もあるし飲み物もあるし、暮らすところも変わらない。
だから、どうしても人ごとにならざるを得ないし、なにか行動しようという動機付けに乏しい。

ビューティフルアイランズはそんな私たちに対して、日々の暮らしや私たちの寄って立つこの基盤がいま変わり始めているのだよということを教えてくれる。

アラスカでアザラシの狩りをしてそれを解体するシーンは衝撃的だった。
ツバルで豚を解体するシーンも。

でも、そうして生きているのがこの世界である。
こういうことを言葉にすると押し付けがましくなるし、言葉で学ぶものではないのだが、この感覚が欠落してしまっている
わたしたちの“きれいな生活”が実は、長い目で見たときには怖いことではないかという気になってくる。


見えない世界や他者に思いを馳せる機会というのが、日頃の生活ではとても難しいのだが、
そういう機会をつくっていくことをがやはり大切だと思う。
それは、思い返せば、学生時代からの仲間たちとずっとしてきたことだし、いまやろうと
していることも結局はそういうことかなと思う。

二つの映画は、やはり運命的に出会うことができたと思う。






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