一枚懐紙

懐中の矢立墨筆、取り出でて

二十六枚目「ユースホステルの廊下」

2016-10-28 | 日記
杏花の村

 ユースホステルの仄暗い相部屋の小窓から、朝の光がドアの足元にスポットライトを当てるように斜めに射し込んでいた。「そぞろ寒気なり」そんな独り言が寝起きの彼の頭に浮かんだ。「出典はなんだ」と頭に問うたが応えはなかった。彼はゆうべ南国のバンコクから、三月の上海のこの宿にたどり着いたばかりだった。とりあえず身内に無事到着の知らせのメールをと部屋を出た。
 廊下の突きあたり、一階への階段のそばの公共スペースで、若い男女が立ったままハグし合っていた。彼らは出会いの歓びよりも、別れを惜しむ様子に見えた。女の足元に赤地のバックパックが、戯れる小動物の感じにショルダーを上にして寝っ転がっていた。男はアジア系のハンサムな顔立ちで、ブロンド髪の欧米系に見える女よりもずっと背が高かった。女をきつく抱きしめるその姿態はけっこうサマになっていた。
 一階ロビーにゲスト用のフリーのパソコン三台があった。あいにくふさがっていた。彼はフロアのソファで空くのを待った。そこにさきほどのアジア系ハンサム男がやってきて、「日本人ですか」と日本語で訊いてきた。「ええ、そうですが」と彼が頷くと、二十代後半に見える青年は向かいのソファに座った。日本人だった。首筋を覆うまでの長髪と、白のカッターシャツがよく似合っいた。
 青年は戦前の「上海租界」についてたいそう興味があるようだった。「列強の国々の支配」「治外法権」「アヘン戦争」「辛亥革命」──と租界時代のキーワードを、進軍ラッパのように熱くその口から吹いた。青年は五分ぐらいの熱弁の後、「笛吹けど踊らず」といった態の、相槌を打つだけの彼に見切りをつけ、つまらなさそうに席を離れて行った。そしてフロントで、英語の上手い受付の中国娘と楽しそうに長話をしていた。
 パソコンはなかなか空きそうになかった。彼は壁のゲスト同士の伝言板を読んだり、観光案内パンフレットの中の風光明媚な山水の写真、「チャイナ・イメージ」を観たりしながら待ち時間を過ごした。

 部屋には二段ベッドが二つあった。同室の二人はもう寝入っている様子だった。が、彼は昨晩とおなじですんなりとは寝付かれなかった。彼にとって初めての相部屋での宿泊だった。十二時近かった。彼は、昼間コンビニで買ったカップ麺を手にそっと部屋を出た。共同キッチンでカップにお湯を注ぎ、廊下の片隅にある二つの小さなテーブルに付いた椅子の一つに腰掛けた。先客がいた。欧米人らしいあご髭を生やし、白いTシャツによれよれのベージュのジャケットを重ねて着た中年の男が、ビンの色が緑の「青島ビール」を飲んでいた。「中国人か」と男が話しかけ、「いや、日本人だ」と彼がこたえると、なぜか男は少しがっかりした表情をした。
 彼は黙って麺を啜り、汁を飲んだ。男はその終わりを見計らっていたかのように、「チャイニーズ・ポエトリーは知ってるか」とまた彼に話しかけてきた。「一つ、二つは……、いや、まったく知らない」と彼は応えた。「そうか……、でも日本人も漢字を使うんだよな」と男は言って、空き椅子の上のペーパーバックを手に取り、ちょっと見てみろよ、といったふうに彼に手渡した。それは漢詩のアンソロジーだった。一群の漢字とその英訳が交互に羅列して載っていた。副詞や形容詞を多用した英語のパートは、男にはお国言葉の親しき語群ではあつても、彼にはほぼただの見知らぬ文字群にすぎなかった。
「で、あんたはどんなのが好きなのか」と彼は、男に本を返しながらおアイソで聞いた。男は、その反応や良し、とでも言うかのように、うんうんと二度ほど頷きニコリとした。そしてすばやくあるページを開けて彼に見せた。男のお気に入りは、「清明」というタイトルの、短句が四行の一首だった。もちろん彼には初見だったが、英語はともかく漢字の字面を追うだけでも一応の内容は解った。
〈春もさかりなるに、こうもシトシトと小雨がパラついたんじゃあ、うっとうしくて、旅人のわたしは酒でも飲まねばやりきれない。おいこの辺りに居酒屋はあるか、と牛飼いの少年に尋けば、あっちだよ、と指さすその向こうには、杏の花咲く村が〉
「ふーん、これがあんたのチャイナ・イメージなのか」と彼は男に言った。
「いやいや、こんなのはもう昔ばなし、映画の中だけのことさ」
「してみると、これはあんたのマインドの中の旅のイメージなんだな」
「うんうん、まあそうだな」と男はうれしそうに言った。そして、
「あんたのはどうなんだ。たとえば日本の歌なんかで言うと」と続けた。
 男はいわゆるオリエンタル趣味のガイジンだった。ならば「荒城の月」か「さくらさくら」がいいか、と彼はパッと思った。が、「春高楼の花の宴」とか「やよいの空は見わたす限り、かすみか雲か」とかは、とっさにも、また長考してさえ彼の頭には対訳英語は浮かんで来そうにない。彼はなによりこんな旅のシーンでガイジンを待たせるのが嫌だった。ネパールのカトマンズで同宿したドイツ人女性リタだけは、一句に一分かけてさえ「無理しなくてもいいから」と寛容な微笑みのうちに待ってくれたが──で、彼はすでにリタに話したフォークソングの歌詞(うろ覚えの部分訳)をもう一度ここでもくり返した。
〈わたしは行きたい。山羊にひかれて。思い出だけを道連れにして。何があるのか。そこには。しあわせ、それとも、ふしあわせ。何があるのか。山の向こうには〉
「ほーう、それがあんたの旅のイメージか」と男は言った。
「さしあたって言うならば」
「うーん、そうか。なんか考えさせられるじゃないか。何があるのか。ハッピー・オア・アンハッピー」と男はちょっとおどけたように言って、ビールの小瓶を手にしたが、それはもう空だった。男は浮かせた瓶を、音を立てないようにテーブルの上にそっと置き、それから黙った。男のその沈黙は、〈言〉というよりも即興演奏のための〈弦〉を、チューニングし直す〈間〉といった趣きがあった。ほどなく男は「ふふっ」と小さく笑って沈思黙考を解くと「いや、ひょっとすると、山の向こうのタウンには……」と含み笑いのまま言いかけた言葉を切った。「何があるのか」と彼は男にその先を促した。するとそれまで廊下の黒塗りの壁を見ていたアメリカ男は、おもむろに彼に向き直って、
「おれ好みのレディーが待ってる、ってこともありうるよな」と言って破顔一笑した。つられて彼も笑った。



2016/10/28
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