動物的な人間でいたい

深町エリのつぶやき 

近所の風景

2017年05月14日 | 日記

 移住して11目かな・・朝ちょっと歩いてみた 5分圏内のテリトリーを

 ここは奈良県の大和郡山市 金魚で有名

 電話ボックスに金魚がいる・・・なんで電話ボックスなんだろう?

 観光客が写真に撮っているようだけど 辺鄙な所にあるし 結構さびて・・

 どうなっているんだろうと 見る価値はありそうだが

 金魚の水槽にどうなんだろうか・・ 金魚をアピールする方法はまだありそうな気がする・・・

 金魚は元気に泳いでいるけど



 ここは郡山八幡神社 鎮座は室町時代か・・郡山城鎮護の八幡宮

 郡山の名前が確認できるのは1162年の東大寺文書 710年に平城京が出来る前から薬草園(現在の魚・塩町あたり)を起点に

 人が住み 村が形成される その後 筒井順慶が大和を統一して この地に郡山城を築き筒井から移り住んだ時本格的に城下町として

 整備され 順慶没後 豊臣秀吉の弟 秀長がさらに大きく郡山城を築き直し 城下町も拡大させた

 1588年には十三の町が出来上がり

 茶町 雑穀町 蘭町 綿町 豆腐町 紺屋町 材木町 職業により集まった町

 堺町 奈良町 今井町は商人の出身地ごとに集まった町

 魚塩町 本町 柳1~4丁目は郡山に古くから住んでいた人たちの町(私は柳4丁目辺り)

 秀長は 十三の町が出来た時 町の運営について制度を決めた

 この制度が 明治維新まで続く城下町運営の基礎となった「箱本十三町」

 十三の町は免税する代わりに 一か月の当番制の自治活動を行い 

 当番となった町は 特許状の入った「朱印箱」を置き「箱本」と染めた小籏を立て 城下町全体の「治安 消化 伝馬」の

 世話を行った


 歴史に弱い私も こうやって書くことによって分かったような気がする

 郡山八幡神社 老朽化が激しくて建て直すそうで

 今 見れて良かった! 家から1分ほどなので いっぱい見ておこう



 家の前の道 (私の家は映っていません)

 紀元二千六百年記念 って書いてあるけど 何の記念かな・・・

 車一台ぎりぎりで 車が来ると通り過ぎるまで避けなくてはならない

 風情があるのに 結構車が通る・・通らなければいいのに・・・


 
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