あんぬんつぃ ジャルディーノ

イタリアとイタリア語に関するちょっとした情報、旅行記です。

今月のメルマガ 2012年5月

2012-05-12 11:45:39 | お知らせ
みなさま、今日は。

季節が巡るのは早いもので、ついこの前までは寒い寒い、とこぼしていたのに、
すでに暦では立夏を迎えました。

春の移ろい易い陽気で雨も多く、日増しに鮮やかで力強さを感じさせる新緑に
目を見張る瞬間があります。

子供の頃は、外で遊べないの雨の日は嫌いでしたが、年を重ねたこともあるので
しょうか、新緑が生い茂る初夏から梅雨の時期をいとおしく感じるように
なってきました。

最近、花粉症の対策には日に当たることが良いという見解を目にしたことが
あります。特に3月から10月の昼前後の時間帯が良いようです。
肌が赤くならない程度の短い時間浴びるのが原則だそうです。
新緑の生み出す自然の息吹をいただきつつ、太陽の恵みを感じてみるのは
如何でしょうか?

< 目次 >

◇ 龍とドラゴン
◇ JIJI-Milano
◇ イタリア旅行記 北イタリア編

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◇ 龍とドラゴン ◇

龍とドラゴン、普通の日本人の意識では、日本語では龍、英語ではドラゴン、
意味においても、龍⇔ドラゴン、という単純な言葉の置き換えが成り立っている
ことでしょう。

しかしながら、龍とドラゴンは、全くの別物であるという記事を読んで
強く印象に残っていましたので、ふと思い出して少しこのテーマで書いてみたいと
思います。

特に名古屋は中日ドラゴンズの拠点。
また、観光業界においても、名古屋から北陸に抜けるルートを龍に見立てて、
開運のドラゴンルートという新たな魅力をアピールして観光客の誘致を
狙っているようです。

まずは、語源から。
龍には訓読みでは『たつ』で、これは『立つ、立ち昇る』から来ているという
説があります。

漢和辞典を引いてみると、龍はさすが別格なのか、部首索引でも16画の
『龍』という独立した分類を誇っています。
想像上の動物で、四霊(他に麒麟、鳳凰、霊亀)のひとつとされ、もっと詳しい
説明がされているものもあります。

漢和辞典では、この龍を使った熟語や諺が数多く掲載されており、王や天子を
示す言葉にも多く使われています。
縁起という観点から計れば、破格に、めでたく、有り難いものということに
なるでしょう。

しかしながら、欧米、もっと厳密に言えばキリスト教の社会において
ドラゴンは悪魔のシンボルなのです。

小学館の和伊辞典ではdrago, dragone(西洋のドラゴンは翼をもち火を吐く
悪の象徴)と記載されています。

聖書のヨハネの黙示録、第12章の中にこのような記述があります。
『天では戦いが起こった。ミカエルとその御使たちとが龍と戦ったのである』
『この巨大な龍、すなわち、悪魔とか、サタンとか呼ばれ、全世界を惑わす
年を経たへびは』

さらに13章の中に、『龍がその権威を獣に与えたので、人々は龍を拝み、
さらにその獣を拝んで、、、』そして13章はこのような結びです。
『思慮のある者は、獣の数字を解くがよい。、、、その数字は666である』
恐怖映画のオーメンを思い出してしまいます。

イタリア語のdragoという言葉では、ざっと探しただけでは、諺も、比喩表現も
ほとんど見つからないのも当然のことだと思いました。

横道にそれますが、イタリア語のdragoの語源はラテン語のdraco、さらに
さかのぼって、ギリシャ語のdrakonで、これはdrak、derkという『見る』
という言葉との関連性が示されています。

ドラゴンににらまれると全身が麻痺してしまうということが基にあるようです。
さらにこの言葉はさかのぼると、インドのサンスクリット語、darc、これも
ぎらぎらとした獰猛な目つきで『見る』というところに由来があるようです。

さて、龍の故郷がインドなのかどうかは謎として、同じくインド発祥の
仏教には、悪の神も仏陀に帰依して善なる神に転換したものがよくあります。
阿修羅、夜叉、鬼子母神なども仏陀の教えに従って、善なる働きをするように
なった神々です。

善悪を飲み込む度量のあるインドから、西に行って悪の化身として恐れられ
東に行って天の象徴として恐れられながらもあがめられた龍とは
一体どんなものなのでしょうか。

東洋思想の根幹をなす『易経』では龍は『天の働き、宇宙運行の働き』を示し、
易経の最初の卦である『乾』では国の政治を司る人物が龍に例えられています。
三国志にでてくる諸葛孔明も自らを『伏竜』と名乗っていました。

去年、日本を訪問されたブータンの国王は親日でいらっしゃったこともあり
訪問先で子供たちに語られた内容を印象強く覚えています。
国王は子供たちに『龍をみたことがありますか?』と訪ねられ、
ご自身は『龍を見たことがある』と語られました。

実は、僕も龍を見たことがあります。夢の中で、ですが。
金色の錦鯉のような色で、顔は僕の背丈ほどの大きさで、目は意外と優しくて
すこし可愛らしいような表情にも感じました。

あれから、僕の運命は『麻痺させられたのか』それとも『天に昇りつつある』のか
全くわかりませんが。

話をまとめたいと思います。
龍について共通にイメージを持つアジアを中心とした地域に人に、
『ドラゴンルートを旅して運気を上げよう!』と呼びかければ受けは良いでしょう。

でも、ヨハネの黙示録の恐ろしいイメージを持つ西洋の人に『ドラゴンの
道を観光しましょう』と呼びかけて、果たしてどんなイメージを持つのか、
心配な気もします。

もしかしたら、龍には別の訳語を当てはめて『スピリチャルな巨大な生命体』のような言葉を作り、
逆にドラゴンは『龍、竜』とは訳さずに『飛鬼』とか
『魔王蛇』などという日本語にした方が、誤解が無くてよいかも知れないです。

あるいは、自分の信念は『善』とそれに反するものは『悪』という、
対立的な二元論を乗り越えて、西洋と東洋が、『龍⇔ドラゴン』で互いを
理解容認しあえる深い心の結びつきのある社会を目指す方が、
険しくとも進み甲斐のある道かも知れません。

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◇ JIJI-Milano ◇

ジャルディーノの生徒さんで、フェデリーコと夫婦になり、ミラノで日本語を教えている明子さんからのお便りです。


こんにちは。みなさん、いかがお過ごしですか。

日本では大きな竜巻が発生して相当な被害をもたらしたとニュースで
知りました。その頃ミラノでは2日続けて雷を伴う雹(ひょう)が降り、
肌寒い日となりました。5月に雹が降るのは珍しいように思います。

そして今は恒例の"綿埃"が舞っています。町中白い綿状のものが舞い、路地
や庭、店舗の角に舞い降りて白い塊になったものは本当に綿埃のようです。
実際にはこの季節になると咲くある樹木の花の一部のようですが、どの木
なのか私はよく知りません。この時期にミラノへ来た人は、なんて埃だらけ
なんだと驚くかもしれませんが、そうではないのでご心配なさらぬよう。

さて、先月ジャンニさんという60歳の私のクラスの学生さんが日本から
帰り、授業にも戻ってきました。彼は、現在仕事をリタイアし、悠々自適な
生活を送っています。60歳にして新しいことにチャレンジするなんて、
とても勇気がいることでしょうし、忍耐もいることだと思います。未だに
デタラメなイタリア語でなんとかやり抜いている私には、コツコツと勉強を
続けているジャンニさんに本当に頭が下がる思いです。

授業中に早速、日本の印象について聞いてみました。1ヶ月まるっと一カ所に
滞在していたわけですから、じっくりと日本人の普通の生活を観察していた
はずです。

最初のコメントは「素晴らしい」の一言でした。何よりも印象的なのは、日本人
の秩序正しさだそうです。渋滞などあるものの、クラクションの音は一ヶ月の
滞在中一回きりしか耳にしなかったそうです。

私たちがそんなコメントを聞いても、「それがすごいこと?」と不思議な気持ち
になりますが、イタリアで生活してみればどういうことかよくわかります。特に、
ミラノ、ローマ、ナポリなど人口の集中した都市になればなるほど、渋滞も酷く、
運転マナーも悪くなります。マナーの悪い車に対してだけでなく、前の車が
ちょっとでも発進が遅ければ、後ろの車2、3台からクラクションを鳴らされる
ことでしょう。

街にゴミが落ちてなく、清潔で綺麗なことにも感心していました。これも私たちに
とっては全く当たり前のことなんですけどね。それと、人が親切なことも指摘して
いました。

何かよくわからなかったこと、不可思議なことはなかったか聞いてみました。

すると、若い女性はどうしてあんな歩き方をするのかと聞かれました。足が悪い人
が多いのかと思ったようです。

すぐにピンときました。10代から20代前半の女性のことかと思います。
つま先を内側に向けて、ふくらはぎを外に出すように立つ女性を時々見かけますが
それを続けているせいか、足がO型に曲がってしまっています。歩く時も背筋が
伸びず、曲がった足をカクカクと動かすように歩くので、こちらでは見慣れない
歩き方が思わず目を引くのと同時に、足が悪いのかと思ってしまうのでしょう。

日本人の女性は今でもヨーロッパの幾つかの国でもてはやされます。でも、この
歩き方には是非気をつけてください。他が綺麗でもギョっとされかねませんから。

あともう一つ、ジャンニさんが不思議に思ったことがあります。

これはとても意外なことでした。

「日本人の老人、男性の老人は一体何をたべているのか。あんな綺麗な老体は
見たことがない。」

というのです。

実はジャンニさんは、時々銭湯へ通ったそうです。そこで目にした日本人のお年寄り
の体つきがとても綺麗だと言うのです。これは、さすがになんともコメントのしよう
がありませんでした。老人の裸体など私は日本人のもイタリア人のも拝見したことが
ないですから。ただ、想像するに、太ってぶよぶよした人が日本にはあまりいない
でしょうから、老人にも関わらず引き締まったように見えるのかもしれません。

さて、今回は以上です。

来月から早い人はバカンスに出かけることでしょう。ミラノでは時期をずらして
早めに休みをとる人がいます。6月は旅行に最適な季節ですから、日本の方も
是非イタリア旅行を考えてみてください。

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◇ イタリア旅行記 北イタリア編 ◇

この旅行の時期は2007年の6月です

2日目 6月1日(金)Grado → Trieste → Gorizia → Udine → Grado
駆け抜けた国境に接する町々

この日はイタリアの東の果て、スロベニアとの国境まで旅するのが一つの
テーマでした。翌日には西のPadovaを経由して一気に北上する予定ですので、
プランとしては、可能ならば三つの町を回る、それが無理ならTriesteと
Goriziaの二ヶ所、それすら大変ならTriesteのみ、三つのパターンを
それぞれの場合の移動手段を念入りに調べての行動でした。
何かのトラブルに巻き込まれれば、すべて水の泡ですが、上手くいった場合でも
観光にどれ位の時間を充てられるのかを検討する必要がありました。

ホテルでの朝食からスタートです。食堂には僕と、ドイツ語を話す母子がいただけ
でした。ゲルマン系の文化圏に接しているからなのか、穀物のたっぷり入った
黒っぽいパン、ハムにチーズ、サクランボのジャムにクロワッサン、そして
カフェラッテで腹を満たしました。

時差の関係で、朝方はとても食欲旺盛です。特に忙しく動き回る一日だし
昼食をゆったりと取れる時間も見込めないので、たっぷりと頂きました。

歩いてバスターミナルに向かいます。潟に面した道を歩くと、何ともいえない
開放的な風情を感じて、改めてイタリアに来ている実感が湧きます。

Triesteまでは、電車で移動する計画でしたが、昨日バスセンターで運行図を
見て、バスの乗り継ぎでも行けると分かり、バスでの旅を選びました。
行きと帰りは別の経路、別の移動手段で旅を二重に楽しみたいという
欲張りな思いもあります。

Gradoを9時に出るUdine行きのバスに乗り、40分後にMonfalconeという
町で乗り換えて、10時半にTrieste到着の予定です。
バスに乗り込むときに運転手さんに『Triesteに行くので、Monfalconeで
乗換えですか?』とわざと尋ねます。
乗り換えの停留所を間違えないための布石でもあります。
気の回る運転手さんなら、降りる停留所にきたら声をかけてくれるし、
間違った場所で降りようとしたら、制止してくれるからです。
車内案内もなく、バス停の表示を読み取ることもほぼ不可能な状況で、
降りたい停留所でベルを鳴らさなければ停留所に停まることすらなく
通過してしまうことが普通だからです。

電車は時々遅れますが、単体で運行するバスは、道路の混雑さえなければ
ほぼ正確な時間で走ります。
バスセンターの運行表で、Monfalconeまで40分かかることが分かっていました
ので、走り出して30分ほどは、のんびりとバスの窓から見える景色を
心行くままに楽しめました。
湿地、畑、松林、海、素晴らしい景色が次々と展開してゆきます。
めまぐるしいほどに、変化に富んだ光景、自然と人が調和して作り出した
美の世界に酔いしれました。
ユネスコの世界遺産の『文化的景観』という表現にぴったりと当てはまる
ような情景です。

日本も浮世絵に描かれた光景は『文化的景観』と呼べるものが多いのでは
ないかと思います。今の日本は、僕にはどこか息が詰まるものが感じられます。

30分が過ぎて、街中にバスが入っていきます。ここからは少し緊張します。
ひとり女性が降りていった停留所があったので、違うことを承知で運転手さんに
わざと尋ねてみました。『もう少し先だよ』という答えが返ってきたので、
運転手さんの近くの席に座りなおしました。

降りる停留所が近くなった時に、後ろの婦人が僕の肩をたたいて、
『ここで降りるんだよ、Triesteへのバスは、道路を渡って反対側にあるからね』
と教えてくれました。
おばさんの助言が無ければ、無事にバスを降りられても、バス乗り場を
見つけられずにウロウロしたかも知れません、ありがたい限りです。
感謝の言葉を告げてバスを降りました。

Trieste方面のバス乗り場にも、何人か婦人がバスを待っていました。
挨拶代わりに『Trieste行きのバスはここで乗れますか?』と
尋ねてみました。
おばさんたちは、バスが来るたびに、『これは違う』『多分、次のバスだ』とか
話し掛けてくれます。
10分ほど待つと、ほぼ定時にバスが来ました。
無事に乗り込んで、あとは終点まで、景色を楽しむだけです。(続く)

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最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

ホームページがあります。どうぞご覧下さい。
『イタリア語スクール ジャルディーノ』で検索してください。

神奈川にあるジャルディーノの姉妹校もよろしくお願いします。
問い合わせ、ご意見は mailto:atsjnn@bea.hi-ho.ne.jp までお願いいたします。
次回は6月10日発行予定です。

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ジェルマーノのカフェ”マッジョーレ”

2012-05-05 11:30:57 | お知らせ
昨日、ジェルマーノのカフェに行ってきました。

ゴルゴンゾーラ(チーズ)とパンチェッタ(ベーコン)のホットサンドに対して
禁断症状が出たためです(大袈裟です。ただ食べたくなっただけ)

ゴルゴンゾーラもパンチェッタも日本で買えば、やや値の張る食材ですが
この日に頂いたパニーノは前回よりもチーズがたっぷりと入っていたような
気がしました。食べていると、こぼれて来そうなぐらいです。

話は変わりますが、前回に頂いた、『focaccia reale』は、
僕の推測どおりに『リアルなフォカッチャ』ではなく、『王さまのフォカッチャ』が
正解でした。

しかし、名前の由来に関しては
ジャルマーノが学生時代によく近くのお店で食べていたものの
名前をコピーしただけだそうで、分からず仕舞いです。

この日、ちょうど試作品があって食べさせてもらいました。
ニンジンのケーキ『torta di carote』です。
感想を聞かれましたが、『健康主義者の食べ物?』
『僕は好きだけど』とか何の参考になるコメントも伝えられませんでした。

本当は粉砂糖を振ってある(zucchero a velo)のが完成作品らしいのですが
忘れられたままの試食になりました。
他のお客さんに指摘をされて急いで砂糖を振っていましたが
僕のお皿はすでに空です。。。残念。

ケーキには紫色の甘いソースが添えられていました。
ブルーベリーのようだが、味が違う。。。
まさか、プルーンのエキスのはずもないし。。。

赤ワインで作ったシロップでした。
今度、このシロップの作り方を調べてみたいです。

ジェルマーノのお店、やっと緑色の可愛いテントがつきましたよ。
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今月のメルマガ 2012年4月

2012-04-12 18:52:30 | お知らせ
みなさま、今日は。

厳しい冬の後の、待ちわびた春。その春も嵐含みであったり、寒さも長引き
あたかも震災後の復興の厳しさの中にある私たちを試すかのような厳しさを
感じています。

そんな中にも、時期がくれば、ひたむきに開花をしてゆく桜などの花々の
姿に、心を和ませる美と将来への希望を感じさせる何かを見出そうとしています。

街には、新学期を迎えた学生や、爽やかさを感じさせる新入社員の姿を見かけ
明るい未来を一緒に開いてゆきたいと願っています


三月末に、名古屋の名演小劇場で、『昼下がり、ローマの恋』を見てきました。
ここ数回、鑑賞した映画は内容が重かったですが、今回はラブコメディー、
楽な気分で見られると思いましたが、やはり恋愛がテーマとなれば、
いくらコメディーとはいえ、切ない気持ちになる場面が多々ありました。

全3話からなっていますが、第2話が僕には一番楽しめました。
ありえない設定と、まず起こりえない状況というのが、完全なコメディーと
割り切って見られた理由だったかもしれません。
カルロ・ヴェルドーネの演技が一番気に入りました。
あとの二話は、ほんの少し、自分と重なり合うものも感じて、笑いだけでは
済みませんでした。

第3話が、おそらくこの映画のメインなのかもしれません。ロバートデニーロが
初めて、純粋なイタリア映画に出演したという点で。
彼はイタリア系の俳優ですが、今や世界のデニーロですから。
映画の所々で映し出されたローマの町並みがとても美しかったです。

気分転換にもお勧めできる映画ではないかと思います。


現在、春の新規受講者、ゴールデンウィーク中のレッスンの参加者を
募集しています。詳しくはホームページをご覧ください。

< 目次 >

◇ イタリアポップ
◇ JIJI-Milano
◇ イタリア旅行記 北イタリア編

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◇ イタリアポップ ◇

ここ三年ほどイタリア旅行にも行けないでいます。
通訳試験を受けることがあったこともあり、リスニングの練習で色んな教材の
CDなどを聞き続けていましたが、最近はイタリアのインターネッラジオを
録音して練習用に聞いています。

分かる部分もあれば、正直分からない部分も多くあり、納得できるレベルまでは
遠いなあという思いです。
パーソナリティの語りや、リスナーからのメッセージ、ニュースや天気予報、
交通状況など聞いていて飽きないのが嬉しいのですが、中でも楽しみの一つが
今イタリアでは流れているポップミュージックが聞けることです。

先月はサンレモ音楽祭の受賞曲を訳してみましたが、今月も声の調子と
曲のリズムが気に入った曲を訳しました。

男性シンガー、Gigi D’alessio と女性シンガー、Loredana Brete’ のデュエットで
『Respirare(息をする)』というタイトルです。

今回も所々意訳しています。

Fermati un momento (男)少し立ち止りなよ
Dimmelo chi sei      君が誰なのか教えてくれよ
Unica guerriera      孤高な女性戦士
Non ridi mai        決して笑わないんだね
Prova un po’ ad amare   少し愛して見なよ
E amati di piu’      そして、自分自身をもっと愛しなよ
Non e’ sempre uguale    変らないことなんて無いんだよ
Lui non c’e’ piu’      彼は、もういないのだから
E’ un passato da bruciare  燃やしてしまうべき過去さ
Torna ad essere di nuovo ancora tu もう一度、君自身に戻ってよ

Io non voglio amare  (女)私は愛したくないの
Solo liverta’        自由が欲しいだけ
Sono chiusa a chiave e ci restero’ 鍵をかけて閉じこもり、そこに居るわ
So di farmi male          私にとって良くないってことは知っている
Male non mi fa           (いや)私には悪いことではない
Voglio stare sola      一人っきりで居たいの 
Cosi’ mi va         そうしたい気分なの 
Non trovare piu’ parole   これ以上説得しないで
Sono un muro forte che non crollera’ 決して崩れることの無い強い壁なのよ

Re … re … respirare  (男、女)息を、息を、呼吸だよ
Ad occhi chiusi        目を閉じたままで
Prova a farlo anche tu     君も試してごらん
La mia ragione si fara’ sentire 僕の言うことが正しいって分かるだろうから
E’ cio’ che conta        これが大事なことさ 
Non c’e’ niente di piu’      それ以上のことは無いさ

Ci sei ma non ci sei    (男)分かるかな、いや分からないのかな  
Non cambio idea per davvero (女)本心から考えを変えることはないわ

Ragioni non ne hai  (男)君の言い分は通らないよ
Prova a soffrire anche tu (女)あなたも悩み苦しんでみたら良いわ

Perche’ star male? (男)どうして苦しんだままでいるの?
Bugiardi come la luna (女)月のような、嘘つきな人たち

Noi siamo ancora qua (男、女) 自分の考えのままでいるよ

Sono maledetta  (女)私はひどい女よ 
Questo si’ lo so    それは自分で分かっているわ
Forse per vendetta   きっと罰が当たったのよ
O forse no       そうではないかも知れないけど

E’ solo una prigione  (男)それでは囚人みたいじゃないか 
La tua falsa liberta’     君のいう自由は偽りさ
Apriti alla vita       心を開いて人生に向き合おうよ
Io sono qua         僕はそう信じている 

Siamo sole e temporale  (女)わたしたちは太陽と嵐みたいね
Saro’ vento che il tuo fuoco accendera’ (男)僕は風になって
                     君の心に火をつけるさ

この曲は『respirare』で動画検索でどうぞ

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◇ JIJI-Milano ◇

ジャルディーノの生徒さんで、フェデリーコと夫婦になり、ミラノで日本語を教えている明子さんからのお便りです。


花見の季節になりましたが、今週は見頃でしょうか。とても気になります。
というのも、パスクアの連休を利用して今週日本へ旅立った学生がいるから
です。

日本へたった一週間だけの旅行をするなんて、イタリア人にはとても珍しい
ことです。無理してでも日本の花見を体験したかったのでしょう。

さて、先月、イタリアRAI3局で放送された福島特集についてお伝えします、
と予告しました。私はBBCのような番組を期待していたのですが、半分はイタ
リアのエネルギー政策へと話が変わっていき特別目をみはるようなものでは
ありませんでした。

個人的にはBBCの「津波の子供達」やドイツの「フクシマの嘘」のほうを多く
の方に見てもらいたいと思っています。
http://www.youtube.com/watch?v=ODu7JrxINBs
http://www.youtube.com/watch?v=1uSoOrcqdmg


そこで、今回はイタリアの"レガ ノルド"という政党のスキャンダルについて
お話したいと思います。

89年末に発足したこの政党は近年ベルルスコーニ率いる政党と結びつき極右
政党の性格をおびただしくしていました。イデオロギーとして掲げている内容
で最もこの政党のカラーを示しているのが「北イタリア中心主義」です。

ラツィオ以南の地方を北イタリアが担っているため、重荷となる南伊地方を
北伊と切り離す地方分権を主張し続けているのです。これまでレガノルドは
ローマ政府やその他南部地方を泥棒呼ばわりしてきました。

ところが、今回、本当の泥棒はレガノルドの代表者ウンベルト・ボッシだった
ということが発覚しました。

彼は、政府からおりる政党への交付金を数年にわたり家族、親類、親近者に
私的に利用してきました。分かっていることだけでも、とてつもない金額に
のぼっており、今後の調査であとどれほどの使い込みが出てくるのか、また
どんな関連者が現れるのか気になります。

一例を挙げると、2003年に脳卒中で倒れた際の医療費、自宅の改築費、
ボッシの長男レンツォの3台の高級車と高校卒業資格、妻が経営する学校の
資金に100万ユーロ、ボッシ私設秘書のサルデーニャ別荘の建築費等々。

ちなみに、長男レンツォの高校卒業資格に99万ユーロと言われています。
彼は3度高校卒業試験に失敗しています。3度の失敗というのは他に例がない
ことだと思います。99万ユーロで買われた高校卒業資格というのは、イギ
リスの私学への留学費用です。3度もイタリアで不合格だったのに、イギリス
で取得できるなんて、普通では考えられませんから、恐らく通学すれば誰でも
卒業資格がとれるものなのでしょう。

レガノルドについてはWikipediaに日本語でも掲載されていますから、そちらを
読んでいただければどんな政党がわかります。その中に、「北部同盟(レガ
ノルドのこと)は北部経済を北部住民だけで分配し、北部の労働者の職を守る
ことを行動原理としてきた」とあります。

労働者の職を守るという文句には社会主義的な思想が感じられ、実際ボッシ
自身が自分は社会主義的な思想も持っていると述べていますが、政党の支持者
は労働者というより、事業者が多いように思われます。北イタリアの繁栄は
大企業はもとより、中小企業の発展にあるように思います。

労働者というと何か工業労働者を想像してしまいますが、実際は裕福な家族
経営主、中小企業主を指しているかと思います。

ですので、Wikipediaに続く、「ボッシ自身は『反国家主義者』で、『民衆の
負担にならない政府を望ましく考えている』と述べた。」とありますが、彼の
言う民衆が北部の住民であり、一般労働者のことというより自由業者の保護の
ように思われます。

私個人としては、「支持政党はレガノルドです」と言う人とは友達にはなり
たくないと思ってしまいます。しかし、こういった大スキャンダルの裏には
大抵、他にもっと大きな組織の隠蔽したい事実から目をそらすためではないか
とか、失職したボッシが何か虎を尾を踏んだのかもしれない等、別の要件が
あるからだと、疑い深く見てしまうのは日本の政治、企業スキャンダルの裏側
をこちらで傍観してきた癖かもしれません。


さて、今月17日〜22日は恒例のサローネ・デル・モービレです。円高の
影響で、すっかり減ってしまった日本人の渡航者が今年に入り急激にもりかえ
してきたように見受けます。

この期間、ミラノのホテルはどこも一杯で、しかも料金は通常の2倍近くに
跳ね上がるため滞在は難しいかもしれませんが、近郊のベルガモやパビアなど
でしたら1時間以内で来られるうえ、ミラノよりも若干ですが物価が安く
綺麗な街です。

もし、今から渡航をご計画の方はご参考ください。こちらにイベント情報など
があります。

http://www.cosmit.it/it/milano/eventi/eventi_2012

それでは、皆様、風の強い日には花粉対策とともに有害な粉塵にも気を配る
ようご注意ください。

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◇ イタリア旅行記 北イタリア編 ◇

この旅行の時期は2007年の6月です

一日目 5月31日(木)Roma → Venezia → Grado

ホテルでもらった地図には観光の見所も写真つきで掲載されています。
このGradoの町にも旧市街地があり、歴史的に古いものが残っているようです。

ホテルを単なる寝る場所だけに利用するのももったいない気もしますが、
まずは世界遺産を訪問することを第一に考え、すぐに出発しました。

先ほど到着したバスセンターに戻ると、あいにくバスは出たばかりでした。
次のバスまでは1時間半ほど待たなければなりません。
帰りのバスの時間を計算して、すこし強行スケジュールになりそうですが、
翌日にまわすことはせず、今日のうちに見てこようと決めました。
バスを待っている合間に、足早にGradoの町を散策しました。

まずは途中で見つけたジェラート屋で、ヨーグルトアイスにイチゴとレーズンが
入ったものを頂きました。久しぶりの本場のジェラート、感動の味でした。
レーズンも乾燥しきった硬いものではなく、しっとりと柔らかい甘味のある
ものでした。

旧市街まで10分ほどで到着、歴史ある教会を見ました。教会の地下から、
古代ローマ時代のモザイクが発見されて、一般に公開されています。
金をあしらった、まぶしいほどの立派なモザイクで、これは後ほど知った
ことですが、このGradoとAquileiaの二つの町を合わせて、歴史的遺跡地域と
認定されているようです。

古代ローマが衰退、滅亡した頃、ゲルマン民族が盛んに侵入を繰り返した時、
現地の人々が、もともとは離れ小島であったGradoに逃げ込んで作ったのが
この旧市街地です。
後にVeneziaの人が、同じように蛮族からの侵略を恐れて潟の湿地帯に逃げ込んで
今のVeneziaを作り上げた、その先駆けがこのGradoの歴史です。
いわばVeneziaのお兄さん、お姉さん分のような町なのです。

旧市街に派手さは無く、落ち着いた綺麗な所です。ここから海に向けて、
新たに開かれたリゾート地が続いています。
まだ夏のバカンスには早かったので、砂浜には数えるほどの人しかいませんでした。
ボール遊びをしたり、足だけ海につかりながら散歩をしている親子がいます。
夏になれば、転じて人だかりが出来るのでしょう。大きなホテルが軒を並べている
ことからも想像が出来ます。

散歩後、やっとバスに乗り込みます。隣のAquileiaまで10分ほどです。
バスを降りてから一時間後には帰りのバスに乗らなければいけないので、
慌しい訪問になります。車窓から見えた観光案内所に直行し、
簡単な観光地図をもらいました。
この町の、メインの教会の地下に、古代ローマ全盛期のモザイクが
床一面にほぼ完全な姿で残っているのです。
北イタリアでは現存する最大規模のモザイクです。

ローマ帝国がキリスト教化する前の裁判所(集会所)=バジリカとして
使われていた建物の床のモザイクをイメージしてみてください。
その後、その床は埋められて、建物の基礎の上に教会が建てられて、
モザイクは再発見されるまで永い眠りについたのです。

教会の脇には鐘楼があります。好奇心に誘われて上ってみました。
Aquileiaは古代ローマの五大都市に数えられていた主要な町だったのです。
しかし、鐘楼から見える光景は、緑の畑や、草原の広がる田舎町です。
千数百年もの歴史が経てば、これほどまでに変わりうるものなのですね。

この世界遺産は様々なサイトで紹介されています。ご興味のある方は
ぜひ画像をご覧になってください。

ホテルに戻ったのは7時頃で、7時半から夕食です。
ホテルのレストランに入ると、ウエイトレスさんがメニューを説明してくれました。
パスタ、メインを二種から選択、そしてデザートが付きます。
バカンス前のしかも平日の夜、客は僕一人です。
白ワインと水を頼み、パスタは一番シンプルなペペロンチーノ、この素朴さが
オリーブオイルとパスタの小麦の味を一番楽しめて好きです。
メインには鴨のオレンジソース風、ローストされた鴨に、さっぱりとした
オレンジソースがマッチしていて美味です。付け合せのポテトフライも
さくさくホクホクでご機嫌です。
デザートにはセミフレッドが出ました。食材的には安上がりのものばかりでしょうが、充分に満足できました。
そのまま部屋に上がり、気持ちよく別世界の人間になりました。(続く)

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最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

ホームページがあります。どうぞご覧下さい。
『イタリア語スクール ジャルディーノ』で検索してください。

神奈川にあるジャルディーノの姉妹校もよろしくお願いします。
問い合わせ、ご意見は mailto:atsjnn@bea.hi-ho.ne.jp までお願いいたします。
次回は5月10日発行予定です。

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王様のフォカッチャ?

2012-04-05 18:45:07 | お知らせ
久しぶりにジェルマーノのお店、カフェ・マッジョーレに行ってきました。
元気そうなジェルマーノの顔に一安心。

今日はメニューの中で見つけた新しいメニュー(僕にとって新しいということですが)
focaccia reale を頂きました。

柔らかめの可愛らしいパン、可愛らしいといっても色や形で
パン自体の大きさは結構あります。

中に挟んであるのは、スライスしたゆで卵、たまねぎ、レタス、マヨネーズと塩で味を調えてあります。

彼がイタリアで食べていたものはパンの表面に油が塗ってあり、さらに塩が振られていて
かなり塩気の強いものだそうですが、ここで出されているものは塩気を控えめにしてあるとの話。
でも、僕には塩気は充分すぎるほど利いていると感じられました。

このパニーノの名称ですが

focaccia は ラテン語の俗語に起源があり、火を指すfuocoから派生しています。
『火で焼いたもの』という感じでしょうか?
realeという形容詞には『現実の』という意味の単語と
もう一つ『王様の』という別の単語があります。

最初は、本物のフォカッチャという意味かと思っていましたが
ジェルマーノが、これは本物のフォカッチャではなく、パンの一種だという言葉に

????

という感じでしたが、良く考えたら『王様のフォカッチャ』という意味かも知れません。
次回、ジャルマーノに確認してみます。


何年か前に、イタリアでビスマルク風のピザというものを食べたことがあり、
それは、卵が載ったピザでした。

ドイツのビスマルクが卵が好物だったからです。


余談ですが、卵はコレステロール値の元凶のような学説がありますが、
僕は卵とコレステロールの数値の上下には関係が無く
卵はアミノ酸スコアーの高い、極めて優秀な食材だという説を信じています。


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今月のメルマガ 2012年3月

2012-03-10 11:28:53 | 今月のメルマガ
みなさま、今日は。

やっと春らしさを体感できるようになってきました。雨の日が多いですが、
一雨ごとに春が近づいてくると思えば、楽しい気持ちにもなれます。

昨年、ある思いがあって通訳案内士のイタリア語の試験を受け、なんとか
合格できました。
いつの日か東海地方に観光に来てくれるイタリア人に名所案内をしてみたいと
思っています。これからは、教室のレッスンを行いつつ、通訳や翻訳の仕事にも
取り組んで腕を磨きたいと願っています。

今月に入って、訃報がありました。インターネットラジオを聞いて知ったのですが
シンガーソングライターのLucio Dallaが梗塞で他界されました。
テキスト Qui Italia でも紹介されていて馴染みもあったし、空想に満ちた
歌が好きでアルバムも買いました。あの世でも素敵な歌声で夢を振りまいて
いることを祈っています。


現在、春の新規受講者、ゴールデンウィーク中のレッスンの参加者を
募集しています。詳しくはホームページをご覧ください。

< 目次 >

◇ サンレモ音楽祭
◇ JIJI-Milano
◇ イタリア旅行記 北イタリア編

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◇ サンレモ音楽祭 ◇

僕が子供の頃、イタリアの歌が多くカバーされて、テレビの歌番組で
人気歌手に歌われていた記憶があります。

カンツォーネという言葉の響きに、遠くの地中海の情熱に溢れる別世界の
イメージに重ね合わせていました。
大学でイタリア語を専攻し、今もイタリア語に関わった仕事をしているのも
ここに動機の源の一部があるような気もしています。

その頃は、テレビでも盛んにサンレモ音楽祭という言葉が聞かれていたような
思い出がありますが、情報が多くなった今は、むしろ記憶の片隅に
追いやられてしまっていたかのようでもあります。

3月の初旬、インターネットラジオで第62回サンレモ音楽祭の様子や
賞の選考に関しての予想などが話題作りをしている様子を注目していましたが、
今年はすでに62回目を迎えていたのですね。

サンレモ音楽祭そのものの歴史やついては割愛させていただいて、
こんかいは受賞曲を日本語約してみたいと思います。

歌手は27歳の女性、Emma Marrone という人で、曲名は
Non e’ l’infermo (直訳すれば、『地獄ではない』)

ユーチューブなどで歌手名を検索していただけば、受賞シーンや、歌っている
映像が見られると思います。

今回の訳に関して、少しばかり解釈に自信の無い箇所もありますが
思い切って意訳してみます。

国に裏切られて絶望しかけている男性の訴えと、それに対して希望を持つように
と言う呼びかけから出来ている歌ではないかと考えています。

Ho … dato la vita e il sangue per il mio paese
俺は命と血を祖国のために捧げた

e mi trovavo a non tirare a fine mese,
それなのに、生活さえままならない状況にいた

in mano a Dio le sue preghiere.
この手が握り締めるのは、神への祈りだけだ

Ho … giurato fede mentre diventavo padre
俺は父親になろうとする時に、国に忠誠を誓った

due guerre senza garanzia di ritornare,
生きて帰れる保障も無い二度の戦争へ行った

solo medaglie per l’onore.
得たものは名誉の勲章だけだ

Se qualcuno sente queste semplici parole,
もしも、誰かが俺の、この率直な言葉を耳にしているとしたら

parlo per tutte quelle povere persone che ancora credono nel bene …
未だに善を信じている気の毒な人への俺の声だ

Se tu hai coscienza guidi e credi nel paese
もしも、良心を持っていて、国を導き、国を信頼しているのならば

dimmi cosa devo fare per pagarmi da mangiare, per pagarmi dove stare,
俺がどうやって食べ物の支払いをし、住む場所のお金を払えばよいのか教えてくれ

dimmi che cosa devo fare.
どうしたら良いのか教えてくれよ

No, questo no, non e’ l’inferno
いいえ、それは違う。まだ希望はあるわ

ma non comprendo come’e’ possibile pensare che sia piu’ facile morire.
それなのに、死んだ方が楽だなんてどうして考えられるの?理解できないわ

No, non lo pretendo ma ho ancora il sogno che tu mi ascolti
ちがうわ、どうしても、とは言わないけど、あなたが私の話を聞いてくれるという夢を捨ててはいないわ

e non rimangano parole.
全てを語り尽くしたい

Ho … pensato a questo invito non per compassione
俺がこの招待を考えたのは哀れに思うからじゃない

ma per guardarla in faccia e farle assaporare un po’ di vino
e un poco di mangiare.
顔を合わせて、彼女にワインや食べ物を味わってもらいたかったからだ

Se sapesse che fatica ho fatto per parlare con mio figlio
息子を話し合うのにどれだけ苦労したか、彼女が分かってくれるならな。。

che a 30 anni teme il sogno di sposarsi e la natura di diventare padre.
息子は30歳になる、結婚の夢と父親になる当然の理に不安を抱いている

Se sapesse quanto sia difficile il pensiero che per un giorno di lavoro
c’e’ chi ha ancora piu’ diritti di chi ha creduto nel paese del futuro.
国の将来を信じた者が一日働いている間に、もっと多くの利権を持っている者が
いるのだなんて、どうして考えられるか?そのことを分かってくれたなら。。

No, questo no, non e’ l’inferno
いいえ、それは違う。まだ希望はあるわ

ma non comprendo come’e’ possibile pensare che sia piu’ facile morire.
それなのに、死んだ方が楽だなんてどうして考えられるの?理解できないわ

Io no, non lo pretendo ma ho ancora il sogno che tu mi ascolti
e non rimangano parole. Non rimangano parole …
ちがうわ、私はそう思わない。どうしても、とは言わないけど、あなたが私の話を聞いてくれるという夢を
捨ててはいないわ、全てを語り尽くしたい。
言葉を尽くして。

Come’e’ possibile pensare che sia piu’ facile morire.
死んだ方が楽だなんてどうして考えられるの?理解できないわ

Io no, non lo pretendo ma ho ancora il sogno che non rimangano parole.
Non rimangano parole, non rimangano parole.
ちがうわ、私はそう思わない。どうしても、とは言わないけど、あなたが私の話を聞いてくれるという夢を
捨ててはいないわ、全てを語り尽くしたい。
言葉を尽くして。

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◇ JIJI-Milano ◇

ジャルディーノの生徒さんで、フェデリーコと夫婦になり、ミラノで日本語を教えている明子さんからのお便りです。


ミラノは突然暖かくなり、2月の終わり頃には最高気温が17度に達し
ました。ほんの一週間前まではマイナス1度だったのに、毎年のことで慣れては
いますが、この極端さをついイタリア人の気質を重ねたくなります。

さて、この一ヶ月もいろいろなことがありました。

まず、ルオーチョ・ダッラが亡くなったことです。コンサートツアーの最中で、
スイスでのコンサートを終えた翌朝、心筋梗塞で亡くなりました。今月4日に
69歳を迎える直前のことでした。日本にもたくさんファンの方がいらした
ことでしょう。直前のサンレモ音楽祭にも特別出演していたので、本当に
突然のことでした。

それから、また豪華客船の事故です。インド洋沖で火災のため動力停止となり、
4日かけて近くのセイシェル島まで牽引されることになりました。動力が機能
しない4日間は食事も火をとおすことができず、空調も効かずかなりの不自由を
したかと思われます。

通常はこの程度の事故であれば、ニュースになることはないのですが、1月に
沈没事故をおこしたコンコルディア号と同じ会社の船ということで大きく
報道されました。

あと、私の目を引いたニュースといえば、イタリアの給料はヨーロッパの中で
最低を位置しているという統計結果でしょうか。

サラーリーマン、工員の年収は平均23,400ユーロで、ドイツ、オランダ、
ルクセンブルグのおよそ半分ほどです。イタリアの他に経済危機を懸念されて
いるスペインやギリシャ、アイルランドよりも低く、唯一イタリアの下に位置
しているのがポルトガルでした。

このニュースが伝わると、さっそくあるお笑い芸人がこんな指摘を
していました。

イタリア人サラリーマンの給料がドイツやオランダの半分ということと同時に
こんな一面もある。例えば、イタリアの警察庁長官の年収は621,000ユーロ
だが、アメリカのFBI長官は175,000ドル、つまりFBI長官の4倍以上なのだ。
これは、スペイン国王と同じだけもらっていることになる。

また、イタリアのガス会社E-NELの社長の年収は475,000ユーロで、これは
オバマ大統領の400,000ドルよりも多い。

お笑い芸人ですから、これらをまるでホラー映画のストーリーでも話すかの
ように面白おかしく語ってくれます。

話が少しずれますが、イタリア人のお笑いと日本人では性質がかなり
異なります。

イタリアでは風刺がお笑いの一番大きな役割のように思われます。ですので、
政治的な内容に触れることもかなりしばしばです。見ている方が恥ずかしくなる
ような馬鹿げたことはほとんどありません。ましてや、芸人同士で叩いたり、
痛いめにあっている人を笑い者にするなどということは全くありません。

だからといって、テレビ番組の質が高いというわけではありませんが、
日本よりは若干ましなように思います。

さて、これから夏にかけて野菜や果物が抜群に美味しくなり、どの市場で
買ってもはずれがなく買い物がしやすくなります。今月ミラノはコレクションの
ショーがあり、靴や鞄の見本市など、ファッションに関する催しも続きます。

それから今月25日には相撲興行があり、おそらくたくさんの人でにぎわうこと
と思われます。

その前に、明日は震災からちょうど一年がたち、イタリアでも特集番組が放送
されます。おそらく放送後一週間はインターネットで見られると思いますので、
ご興味のあるかたはどうぞご覧ください。

http://www.presadiretta.rai.it/dl/portali/site/puntata/ContentItem-76490560-af6a-4ed9-a525-48bfed8c8a98.html?homepage


放送内容については来月お知らせしたいと思います。

それでは、また来月。

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◇ イタリア旅行記 北イタリア編 ◇

この旅行の時期は2007年の6月です

一日目 5月31日(木)Roma → Venezia → Grado

空港を出たバスは30分ほどでMestreの駅に着きました。大急ぎでチケットを
購入し、滑り込みセーフという慌しさで12時36分発の電車に乗りました。
下車するCervignanoには13時45分に到着です。
料金は座席指定と合わせて12ユーロ、到着時間を前もって調べておいたので、
ゆったりとした気分で旅を楽しみました。
平日の昼間の電車、しかも指定席料金が必要だからか、まるで貸切電車のように
ガラガラでした。

電車は時間通りにCervignanoの駅に到着、小さな町の駅という雰囲気です。
駅の売店で聞いてみたところ、バスの切符の販売もしていて、発車時刻や
乗り場の情報もくれました。バス料金は2ユーロ10セント。
バス停で待つこと20分、Grado行きのバスがやってきました。
お客さんはそこそこ乗っています。これから二日間利用する可能性のある
移動手段です。車窓から見える光景を左右ともしっかりと記憶に焼き付ける
ようなつもりで目的地までの旅を続けました。

途中には今回の主要な訪問先の一つである世界遺産アクイレイアの教会も
目に入りました。バスが走り出して10分ほどすると、かつては離れ小島で
あったろうGradoを結ぶ橋の上をバスが走り抜けています。
橋といっても、ほぼ地面と同じ高さで、しかも欄干も高くありません。
車窓と海面の間を妨げるものが無いので、視界に映るものは一面に広がる
浅瀬の海(潟=ラグーナ)です。海の上をバスが走っているかのような
錯覚を覚えます。心地良い、感動的な光景でした。
橋を渡りきると終点のGradoのバスターミナルに到着です。

小奇麗なリゾート地という印象を受けました。
出発前にパソコンで打ち出した町の地図を手に歩き出します。
地図で見た印象では小さな町でしたが、歩いているとかなりの広さを
感じます。途中で何軒かお店で道案内を願いながらホテルにたどり着きました。
道すがら見かけた飲食店はどれも素敵で、きっと美味しいものを提供してくれる
のだろうと思いましたが、今回、食事はすべてホテルですることになっていて、
ワクワクしながら美味しい物探しが出来なかったのが少々残念でもあります。

この地域の人は、出会った限り、極めて親切でした。お店の人は、通りまで
出てきて道を教えてくれたり、簡単な地図を描いてくれた人もいたほどです。
地図を書いてもらった体験は、イタリアでは初めてでした。
ドイツ語での看板をあちらこちらで見かけます。観光客が多いのか、
あるいは別荘を持っている人が多いのかもしれません。
バスターミナルからホテルまでは徒歩で20分です。
あたりはホテルだらけです。夏場であったならば、さぞかしバカンスを楽しむ人で
賑わっていたことでしょう。
ホテルでチェックインをして、シャワーを浴びて、すぐに出かけました。
この二日間で行きたいところが山のようにあります。忙しいです。
ホテルでもらった観光地図は随分と役に立ちました。(続く)

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最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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『イタリア語スクール ジャルディーノ』で検索してください。

神奈川にあるジャルディーノの姉妹校もよろしくお願いします。
問い合わせ、ご意見は mailto:atsjnn@bea.hi-ho.ne.jp までお願いいたします。
次回は4月10日発行予定です。

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カフェ・マッジョーレにて

2012-03-06 15:18:11 | お知らせ
名古屋市千種のジェルマーノのカフェに行きました。

メニューが立派になっていたので驚きました。
イタリアのレストランででてくるような感じのメニューでした。

パニーノの中にいくつか地名から取ったものがあります。
カフェの名前の由来であるマッジョーレ湖にある
湖畔の風光明媚な町です。

今回はStresaというパニーノを堪能。

プロシュット(生ハム)、レタス、スライスした玉ねぎ
そしてグラーナ・パダーノというチーズです。

グラーナ・パダーノはイタリアでは良く食されているチーズで
チーズの王と呼ばれるパルミジャーノ・レッジャーノと同類のチーズです。

日本人の口には塩気が効いていて、堅めで、ぱさついたイメージを
もたれるかもしれませんが、
非常に栄養価が高く、消化にもすぐれていて
イタリアでは食事の締めに食されることもあります。

ハムとチーズの塩気に、スライスオニオン、サラダ菜、香ばしいパンが
良くマッチしていました。

満腹、満足。
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名古屋、千種駅近く、イタリア人のカフェ

2012-02-16 13:15:22 | お知らせ
ジェルマーノのお店で早めの昼食を頂きました。

今日はパンチェッタ(イタリアのベーコン)とゴルゴンゾーラのホットサンドです。

最初は反対意見もあってメニューには載っていなかったのですが
僕がぜひ食べたいと言ったから(なのかどうかは不明ですが。。)なのか
メニューに追加されていました。

ベーコンの柔らかな脂身と、ゴルゴンゾーラの風味のマッチが素晴らしい。
これは癖になります。

仕事前でなかったら、ワインも飲みたかった。。
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今月のメルマガ 2012年2月

2012-02-11 11:28:40 | お知らせ
イタリアあれこれマガジン”あんぬんつぃ” 第95号 

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みなさま、今日は。

やっと暦の上での春を迎えました。
暖冬になりそうとの長期予想を聞いていましたが、実際は気流の流れの影響の
ようですが、厳しい寒さが続いています。
日本のみではなく、ヨーロッパ、イタリアでも寒波が猛威を振るっているようです。
どうぞ皆さま、体調にはお気をつけください。

1月の末に、名古屋の名演小劇場で『ミラノ、愛に生きる』を鑑賞して来ました。
会社員時代、出張で最も長く滞在したのがミラノでしたから、あちらこちら歩いた
記憶があるのですが、映画の中で映し出された映像である『切り取られた部分的華』
の美しさには、再びじっくり、のんびりと町を歩いてみたいという思いが湧きました。

もろくも緊張状況の中に成り立っていた繁栄の象徴が音をたてて崩れてゆく姿と
対照的にに、命の躍動感と力強さを示した愛の力に自らの本質を見出した主人公の
女性の姿に、結末は予想できたのですが、この映画がどの場面で終りを迎えるのか
緊張しながら引き込まれて見ていました。

できるだけイタリア語の音声を追いながらも、字幕にも目をやって、時に
訳者のセンスを感じさせる日本語訳に感心する場面もありました。
ただ、映画を見終えての感想としては、日本語のタイトル『ミラノ、愛に生きる』
よりもイタリア語の本来のタイトル『Io sono l’amore』の方がしっくり来ると
思いました。だからと言って『私は愛です』のような訳をしても、また
別物になってしまう。難しいものですね。


また、名古屋市博物館で行われている『ヴェネツィア展』にも行ってまいりました。
ヴェネツィアには二回行きましたが、町歩きで終わってしまって、世界に誇れる
多くの美術館には一度も足を踏み入れたことが無く、今回の展示品を、興味もって
鑑賞しました。なかなかこれだけの規模の展示会は日本では行われないと思いますので、
是非、興味のある方はお出かけになることをお勧めします。
塩野七生さんの『海の都の物語』、結構大作ですが、読んでから行かれると
感動も増すことと思います。

現在、春の新規受講者を募集しています。
新しいクラスに関してはホームページをご覧ください。

< 目次 >

◇ イタリアのお祭りと伝統(続き)
◇ JIJI-Milano
◇ イタリア旅行記 北イタリア編

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◇ イタリアのお祭りと伝統(続き) ◇

前回は復活祭(Pasqua)について書きましたが、今回はシエナのパリオに
ついてです。
パリオとは刺繍を施した旗のことですが、イベントに於いての意味は
パリオ=聖母マリアの象徴、でもあります。

シエナでは町の中心のカンポ広場で7月と8月の二回、パリオのレースが
行われています。
鞍を付けない裸馬に旗手が乗り、広場を三周回って一位でゴールした馬が
勝者になります。
競馬との違いは、旗手が落ちても、馬が走りきればよいという点があります。
この馬はシエナを構成する17の地区の代表であり、馬のレースはどの地区が
聖母マリアの栄光に浴するかという名誉をかけた争いでもあるわけです。
イタリア語の教材で読んだ内容では、それはあくまでの伝説による起源ですが
聖母マリアが姿を現したという奇跡にあるそうです。

実際の学術的な推移は、中公新書から出ている、池上俊一教授の『シエナ』という
本に詳しく書かれていますが、中世からの様々な事情に結びついているようです。

僕が自分自身の無知を恥じたのも、パリオ=馬のレース、パリオ=シエナと
短絡的な知識であったのに対して、実際はスプマンティで有名なピエモンテ州の
アスティの町で9月に行われるパリオ(これも馬のレース)も非常に有名であり、
別の町々では、ロバのパリオ、ガチョウのパリオなどもあるそうなのです。
『Palio degli asini』『Palio delle oche』などで動画を検索していただけば
様子をみていただけると思います。

人の営みは限りなく多様で変化に富んだものであると実感しました。
これからも無知からの目覚めを貴重な体験として楽しんでいきたいと思います。

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◇ JIJI-Milano ◇

ジャルディーノの生徒さんで、フェデリーコと夫婦になり、ミラノで日本語を教えている明子さんからの
お便りです。

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こんにちは。いつも読んでくださってありがとうございます。

ミラノはここ数週間とても寒いです。夜はマイナス10度、日中の最高気温も
マイナス1度といったところでしょうか。ファッション性よりも防寒としての
帽子と手袋が欠かせません。

先月はコスタ・コンコルディアの沈没事故が大きなニュースとなりました。
もちろん日本でも話題になったかと思います。

事故から一週間ばかり経ったときのことですが、ある日本人のご婦人と話して
いて、私にこんなことを言いました。どんな言葉を使ったかは正確には覚えて
いませんが、おおよそこんな内容でした。

「あんな無責任で、多くの人命を損なうような事故をしたのに、どうして
すぐに逮捕しないのかわからない。自宅監禁だなんて、イタリア人は恥ずかしく
ないのかしら。外国人だってたくさん乗っていただろうに、世界に対して
示しがつかないんじゃないのかしら。」

ものすごい剣幕で怒っていました。話の対象はもちろん職場放棄して一目散に
逃げ出した船長のことです。

このご婦人があまりの勢いで怒っていたので、私は何も言わず同調することに
しました。相手がイタリア人なら議論して、反対意見を述べようが、相手の
間違いを指摘しようが特に問題になることもなく人間関係にひびが入るような
こともないでしょう。それが、自分より年上であっても、男性であってもです。

しかし、日本人となると私はかなり気をつかってしまいます。

イタリアの法律では、2つの条件が満たされれば、実刑の判決がでるまで留置所
に拘留されることはありません。この2つの条件というのは、逃亡する恐れが
ないことと、過去に犯罪歴がないことです。この船長は前科もなく逃亡の恐れも
ないことから自宅監禁となったのです。

今回の事故の検証には恐らくかなりの時間がかかると推測できます。というのは
船内に設置されていたいくつかのカメラや経過が録音されているはずのボックス
が損傷してしまっているからです。

それはともかく、さきほどの日本人のご婦人の意見ですが、これは日本の悪しき
風習にかなり洗脳されてしまっているな、と感じてしまいました。

日本では、逮捕率が99%という異常な数字になっています。そして、冤罪も
多く、証拠よりも自白偏重型の裁判、密室での取り調べ、マスコミの異常な
煽り、どれをとっても前近代的な「異常」なものだと言えます。

「疑わしきは罰せず」が原則なはずです。しかし、どういうわけか、「疑わしき
は犯罪者」というのが日本のスタンダードになってしまい、一般国民もそのよう
に思わされるよう煽動されてきてしまったように思います。

話は少しずれますが、事故で亡くなった方が数名見つけられました。たしか、
亡くなった方達はだいたい55歳から70歳ぐらいだったと思います。
また、事故発生直後の船内のアナウンスでは、「問題ありませんからご安心
ください」という文句の繰り返しだったと助かった人達が証言しています。

ちょうど、日本の原発事故発生当時の政府の対応と同じでした。

しかし、船の沈没の場合、逃げ遅れるとどうなるか結果がすぐ見えてます。

お年寄りの中には、アナウンスを信じきって船室に閉じこもった人もいたこと
でしょう。幸い、イタリア人は「お上」の言うことを全く信じない体質になって
いるので、こういう緊急時など特に、自分の目と耳で状況を判断するのが当たり
前です。

以前紹介したことがありますが、このジョークが頭に浮かびました。

避難用のボートが一杯のため全員が乗ることができなくなってしまいました。
そんなとき、アメリカ人には「海へ飛び込みなさい。これは正義だ。」
イギリス人には「これは名誉だ」と言い、イタリア人には「飛び込んでは
いけない」と言えばよい。で、日本人には「みなさん飛び込んでますよ」


日本へ話が飛びますが、私は原発の事故以来、人生観ががらっと変わってしまい
ました。日本に住んでいる方々なら、おそらく私以上に事故の生々しさを実感
し、価値観が変わったりしたのではないかと想像しますが、どうでしょうか。

事故からもうすぐ一年になりますが、心の中にモヤモヤした煮え切らない物が
常に付きまとっています。まるで、日本が理不尽な戦争に巻き込まれたかの
ように感じています。とてもまともな状況ではない、異常も異常、しかも
緊急事態に追い込まれているのに、さらに異常な状態へ突き進んでいるかの
ように見えます。

数週間前に、私の心情を日本に住む友人に電話で吐露したところ、「海外から
見たらそうなのかもしれない」という返事でした。そして、「海外で日本の
ニュースを見たら、私も同じように思うかもしれない」とも。

しかし、私が毎日読んでいるソースは全て日本国内のもので、イタリアでは
事故一ヶ月以降、福島についても、東電や政府の対応についても、ほとんど
何も知ることはありません。

日本人が発信するTwitterやブログを、国内に住む人と同様に読んでいるのに、
どうして日本に住む友人よりも、海外に住む私のほうが危機感が強いのか
不思議でした。

そんなに遠くない将来、再び大きな地震があると言われています。
地震よりも恐ろしいのは津波と原発事故。日頃から、大げさだと一笑せず、
緊急時の連絡の取り方や備蓄など、周りの方々と話しあってみては
どうでしょうか。自分の住んでいるところは大丈夫、と思われる方も、一度
最悪の事態にも備えるつもりで考えてみるのはどうでしょう。

ミラノもフランスの原発に近く、安心できたものではありません。私は
福島のことがあってから、いつどこで何が起きても不思議ではない、そして、
真実を知るにはあらゆる情報を自分で収集するしかないと思っています。

もうすぐ花粉の季節がやってきます。皆様、どこに住んでいても最大限の
防御につとめてくださいますよう。

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◇ イタリア旅行記 北イタリア編 ◇

この旅行の時期は2007年の6月です

一日目 5月31日(木)Roma → Venezia → Grado

ヴェネツィアの空港からは、電車の駅に向かうバスが何社かによって運行されて
います。一番安くて本数があるのは公共のバスのようでしたが、民間のバスの
チケットを買ってしまったのでそちらを利用しました。
ヴェネツィア本島に向かうバスと、島に渡る手前のMestreに向かうバスとが
ありました。料金は2ユーロです。
15分に一本運行しているはずですが、渋滞のためなのか予定時間を過ぎたバスは
次々とキャンセルされてバスの発着を示す電光掲示板から消えてゆきました。
本来の予定時間を10分越えたところでバスがやってきました。
民間のバスなので駅までノンストップです。
Mestreはヴェネツィア本島と異なり、大陸の一部です。現代的な町並みで、
宿泊施設もヴェネツィア本島と比べれば値打ちなようです。

空港を出たバスは30分ほどでMestreの駅に着きました。大急ぎでチケットを
購入し、滑り込みセーフという慌しさで12時36分発の電車に乗りました。
下車するCervignanoには13時45分に到着です。
料金は座席指定と合わせて12ユーロ、到着時間を前もって調べておいたので、
ゆったりとした気分で旅を楽しみました。
平日の昼間の電車、しかも指定席料金が必要だからか、まるで貸切電車のように
ガラガラでした。(毎回短くて心苦しいです、続く)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

ホームページがあります。どうぞご覧下さい。
『イタリア語スクール ジャルディーノ』で検索してください。

神奈川にあるジャルディーノの姉妹校もよろしくお願いします。
問い合わせ、ご意見は mailto:atsjnn@bea.hi-ho.ne.jp までお願いいたします。
次回は3月10日発行予定です。

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名古屋の新しいイタリアンカフェ

2012-01-14 11:43:16 | お知らせ
ジャルディーノで会話クラスを担当してくれているジェルマーノが
千種駅近くにカフェをオープンしました。

昨日は内覧会でしたが、多くの人がお祝いに来ていました。
カプチーノ、ワイン、前菜、手作りのティラミスなどご馳走になりました。

今日から通常営業を始めるそうです。

まだ内装も完了せず、看板なども整っておらず、忙しいそうですが
新しい生活のスタートをきった姿は輝いているように見えました。

ぜひご興味のある方は足をお運びください。

Caffe’ Maggiore

名古屋市千種区今池2−1−16
電話 052−753−7878

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今月のメルマガ 2012年1月

2012-01-11 18:52:07 | 今月のメルマガ
みなさま、今日は。

新しい年を迎えました。
どうぞ今年もよろしくお願いいたします。
みんなが幸せをかみ締めることの出来る一年になることを期待しています。

ジャルディーノの会話クラスを担当してくれているジェルマーノが、新たにカフェを始めることになりました。
彼の出身地、北イタリアの地元の湖、マッジョーレ湖から名前を取って
『Caffe’ Maggiore』と名づけたそうです。

千種駅から徒歩5分
名古屋市千種区今池2−1−16 電話 052−753−7878

正式なオープンの日時はまだ聞いていませんが、プレオープンとして
1月13日(金)の午後2時〜7時まで営業開始をすることになっています。
当初はドリンクだけで、後々はパニーノ、ランチなどもやってゆきたい
とのことでした。
人気のお店になることを期待しています。
奥さん(日本人)と二人で交代しながらお店に出るそうです、
彼は、日本語を話さないつもり(?)だそうですから、
彼がいる時間帯にはイタリア語の会話体験も出来そうですね。

< 目次 >

◇ イタリアのお祭りと伝統
◇ JIJI-Milano
◇ イタリア旅行記 北イタリア編

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◇ イタリアのお祭りと伝統 ◇

生兵法(なまびょうほう)という表現があります。
生半可な知識があっても、未熟さを抜け出せていない状態を示します。
この生兵法で実践に臨めば痛い目をみることが必然というわけです。

どこかの国の政治も、まさに生兵法、そして痛い目を見ているのが国民という
状況ですが、政治批判をする前に、自分自身のことを戒めなければならないと
常日頃感じています。

先日、ジェルマーノの会話クラスの中で話題に上ったことで、実は全く
知らなかった、いや、勝手に思い込んでいたことがありました。

新年早々に取り上げるのに相応しい、楽しい話題なので紹介したいと思います。

先ずはカーニバルの話題から
始まりは『ヴェネツィアのカーニバルはそんなに有名ではない』という
ジェルマーノの言葉からでした。

カーニバル、イタリア語ではcarnevale、日本語では『謝肉祭』とも
訳されています。
イタリア語の成り立ちは carne(肉) + levare(取り上げる)と辞書に
説明されています。

何故に肉なのか?その答えは、これはキリスト教の祝祭に起源があることを
知らなければなりません。
カーニバルは移動祝日です。移動祝日というのは、日にちが定まっていなくて、
毎年異なっている祝日です。

カーニバルはPasqua(復活祭)と連動しているのです。
その日程は四旬節(quaresima)の直前で、教会が決めるそうです。

四旬節は復活祭前の40日間で、キリスト教の教えを忠実に守るとするならば、
その40日間は肉断ち(さらには断食も)をすることになります。
肉断ちの期間を目の前にして、思い切り肉(ご馳走)を食べて、陽気に過ごそう
というのがどうもカーニバルの生まれた背景のようです。

カーニバルに関して、このような諺があります。
A carnevale ogni scherzo vale. カーニバルではどのような悪ふざけも
有効である(許される)
最後にvalereの活用形のvaleを使っているのは、carnevaleという単語と韻を
踏ませるためだと思います。

この諺に見るように、厳しい冬を越して、春を迎える矢先、再び肉を断つ
(贅沢を戒める)節制の期間がやっている前の憂さ晴らしの祭りだったのでしょう。

復活祭は、イエスキリストが十字架について肉体が死んだ後に、
蘇った(復活)ということに起源があります。

赤ちゃんとして誕生したクリスマスと、
蘇り、復活したPasqua(復活祭)がキリスト教の二つの大きな基準日に
なります。

復活祭の日程はこのようになっています。春分の日を迎えた後に、最初に満月に
なった日の、次に迎える日曜日にお祝いをします。

春分の日の翌日に満月になったとしたら、復活祭は3月の末頃、カーニバルは
二月の初旬か中旬になるでしょう、逆に、春分の日の約1ヵ月後に満月を迎えた
ならば、復活祭は4月の中旬〜末頃で、カーニバルは3月初旬あたりになると
いう理屈です。

話が脱線しますが、クリスマスの12月25日、一般的にイエスキリストの
誕生日と信じられていますが、異論もあって、この頃の冬至に合わせて
祝っていたゲルマン民族の信仰がクリスマスに摩り替ったという説もあります。

特にヨーロッパの北は冬が厳しく、食べ物の確保も、凍死から命を守ることも
大変だった時代、日照時間が短縮から延長に転ずる日には特別の思い入れが
あったことは無理も無いことだと思います。
言ってみれば、太陽の蘇りの日(冬至)に救世主の誕生日を重ねることは
それほど不思議でもないでしょう。

原始的な信仰が、後から来た宗教に飲み込まれても、飲み込まれてしまった
信仰が、姿を変えて新らしい宗教の、信仰の形として摩り替って現れることは
珍しくないことのようです。

復活祭の日にちを決める、春分の日も、夜の長さと昼間の長さが逆転する、
太陽の復活の日、
そして満月も、欠けて無くなったように見える月(新月)が蘇り、最高の輝きに
達する日です。

往々にして、宗教の取り決めは縁起かつぎや、理屈が多いのが常ですから、
人を説得させるにもこの日はもってこいだったのかも知れません。

ここでやっと、本題に入れるのですが、ジェルマーノの言った
『ヴェネツィアのカーニバルは有名ではない』という話の後で、
出てきたのが、イタリア語の辞書に熟語としても出てくる
『Carnevale di Viareggio』ヴィアレッジョのカーニバル(仮装行列)です。

ヴィアレッジョというのは、トスカーナ州の海辺の町です。
夏には海水浴に訪れる人も多い避暑地、リゾート地でもあると聞いていますが、
ここのカーニバルがイタリアでは特に有名なのだそうです。

早速、ユーチューブで『Carnevale di Viareggio』を検索してみると、
まるでディズニーのパレードのような大掛かりな山車のようなものも登場して、
仮想した人たちのパレードが見えます。
多くの人たちが見学に出かけてゆくというのも納得できます。

もう一つ話で出てきたのは、『Carnevale di Ivrea』イヴレアのカーニバルです。
オレンジ合戦とも説明されていますが、二手に分かれてオレンジを
ぶつけ合っています。

動画を見ていただくとお分かりになると思いますが、すさまじいオレンジの
ぶつけ合いです。

ヴィアレッジョ、イヴレアのような、派手で興奮するカーニバルに比べれば、
仮面をかぶって町を散策するだけのヴェネツィアのカーニバルは
魅力にかけるのかも知れません。

カーニバル=ヴェネツィアという、お決まりのイメージに固まっていた
自分自身に、生兵法は怪我の元という戒めを感じた次第です。

もう一点、シエナのパリオについても書こうと思いましたが、話が膨らみ、
脱線もしたため、次回のメルマガで紹介したいと思います。

パソコンでユーチューブをご覧になっている方は、イタリアの楽しげなお祭りを
目で楽しむというのは如何でしょうか?(つづく)

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◇ JIJI-Milano ◇

ジャルディーノの生徒さんで、フェデリーコと夫婦になり、ミラノで日本語を教えている明子さんからのお便りです。

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ミラノでは新年の初日を快晴で迎え、その後も空気の澄みきった
晴天に恵まれております。
11月のどんよりした時と比べると、ずいぶん暖かい日が続いているように感じます。

クリスマスから2週間以上続く休みとあって、多くの人がバカンスを楽しんで
いたことでしょう。おかげで交通量がぐっと減り、いつもはスモッグに
悩まされるところが、晴天とあいまってとても清々しいお正月を提供してくれました。

一方で、経済的な不安が昨年からイタリア人に重くのしかかってきています。増税だけでなく、
公共交通機関の値上げ、恐ろしく高いガソリン、ガス・電気代の値上げ、年金受給年齢の引き上げ、
教育機関の経費削減等々、近い将来、国民の不満がどんな形で爆発するのだろうかと心配になります。

そんな中、こんなニュースが広まりました。

コルティーナというオーストリアとの国境に近い街でのことです。ここは、スキーの季節ともなると
各地から旅行客のあつまるところで、クールマイヨールのようなリッチなリゾート地となっています。

「12月31日に実施された税務調査の結果、様々な各種店舗において昨年の同日と比べ3倍もの売上げが
確認された。」とメディアを大きく賑わせました。

これだけを聞くと、不景気にも関わらずコルティーナでは市民の購買意欲が高まっているのかと思いますが、
そうではありません。

80人もの調査官によりホテル、バール、レストラン、宝飾店、ブティック、薬局、ビューティサロンなど
35の店舗が監査されました。そのために昨年の同じ日の3倍もの売り上げを記帳しなければならなかったということです。
高級宝飾店にいたっては4倍もの売り上げを記録しました。バールにおいては1.4倍、しかし調査の前日に比べると
2倍以上の売り上げを示しました。

これが意味するのは、いつもなら売上げを記録しないでいたのを、調査官の存在を知ってちゃんとレジを
打たざるおえなかったということです。それで、本当の売上高をはじき出したところいつもの3倍にものぼり、
これまで売上げを3分の1ほどにごまかしていたことが判明してしまったわけです。

イタリアでは、レシートを発行することが義務づけられており、消費者側においてもレシートをもらって店をでないと
罰せられることになっています。しかし、よく小売店などで、売上げを少なくするためにレシート発行をしないことが
頻繁にあります。今回の監査でどれだけごまかしていたかが明らかになったというわけです。
また、コルティーナと言えば、リッチな高級リゾート地というイメージがありますが、やはり、
こんな調査データまでニュースにのぼりました。

251台の高級車の所有者133名(つまり1人につき約2台の高級車)の申告によると、
このうち16名が近年の年間所得を5万ユーロ以下で申告し、42名においては2009年、2010年の年間収入が
3万ユーロ(約300万円)で生活苦を訴えていたとか。

残りの118台のスーパーカーはというと、これらは個人ではなく法人などの企業の保有とし、このうち37件は
年間収入が5万ユーロ以下、19件にいたってはこの2年間赤字の申告をしていました。

いかに商業主が税金をごまかしてきたか、という「金持ち=悪」を喧伝するような内容でもあり、
また、モンティ政権の業績を広告するニュースでもあります。しかし、庶民にとっては、
「いまさら」的な現実でしかありません。

このニュースとともに、今問題になっているのが新政権による改革の一つ、営業時間の自由化です。

これまで、イタリアでは労働者保護の目的で各種店舗の営業時間が法律によって定められていました。
イタリアに旅行に来る方は日曜日に店が閉まっていたり、昼休みが長過ぎることに違和感と不自由を感じたことでしょう。
営業時間が自由化されれば、消費者にとっては便利になり喜ばしいことではありますが、そんな単純なことではなさそうです。

営業時間が伸びれば、即売上げが上がるというものではなく、専門家の見方によれば、消費が分散されるだけで、
小型店においては労働時間が増えるだけで収入が減少する恐れもあり、大型店舗にのみ有利になるとのことです。

政府は既に自由化を認めておりますが、州によっては反対を表明しており、今後違憲問題にまで発展することになりそうです。
ミラノのあるロンバルディア州でははっきりとした意向を示しておりませんが、バーゲンの期間中、夜10時まで営業する
衣料店も出てきました。

この改変により経済的な効果が見られればいいのですが、今後の動向が見逃せません。

最後に、お正月3日、パドヴァからのまるでコメディのような強盗のニュースをお知らせしたいと思います。

夕方5時ごろ、ある老人ホームに、目の部分だけ開いた覆面をし、ピストルを握りしめた男が侵入しました。
そこには20名ほどの老人達がいました。男は大声で何か言っていましたが、みんなトランプに夢中になっており
誰一人強盗に注意を示しませんでした。

だからだと思われますが、男は持っていたピストルを発砲して老人達の注意を引こうとしました。
発砲音により、ようやく責任者の一人がこの男に近寄って行きました。しかし、老人達を守るためにしたことは、
強盗の目的に応えることではありませんでした。彼は、これらの老人はみんな心臓を患っていて、強盗の振る舞いが
ストレステストをしているようなもので、いかに大変なリスクを与えているかということを説明しました。

すると、強盗は間をおくことなく過ちを詫び、すぐさま出て行ったといいます。

老人ホームが警察に連絡したのは事件から2時間もたった7時ごろです。おそらく、誰一人怪我をしなかったからでしょう。
警察の検視によると、発砲の跡も、弾丸も見つかっておらず、男の持っていたのはおもちゃのピストルでした。

老人ホームの責任者の談話によれば、老人達は侵入者の存在に気づき、驚いていたものの、頭のおかしいのが来た、
ぐらいに思ってカード遊びを続けていたそうです。男は何かわめくのをやめることなく、さらには発砲したために
仕方なく職員の一人が老人達の病気を説明したところ、すぐに詫びて出て行ったと説明しています。

一体この職員はどんな言葉で強盗を説得したのか気になります。

私は子供のとき夢中になって見ていた「8時だよ!全員集合」を思い出しました。まるで加藤茶と志村けんの
コントのような内容が、真面目な口調でニュースに流れてきたため思わず吹き出してしまったものです。

いつもこんなニュースばかりだったらどんなに愉快でしょう。新しい年が平穏無事であることを祈りたいです。

日本の皆様におかれましても、良い一年となりますよう。今年もよろしくお願いいたします。

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◇ イタリア旅行記 北イタリア編 ◇

この旅行の時期は2007年の6月です

一日目 5月31日(木)Roma → Venezia → Grado

今回は、国内線のカウンターに並んでいた自動チェックインの機械を
使ってみました。アリタリアの会員カードを挿入すると、予約したフライト情報が
画面に出てきました。三列席の中央に席が取られていたので、画面で窓側に変更、
次に印刷ボタンに触れると、搭乗券がプリントアウトされてきました。
今の時代、当たり前のことなのでしょうが、アリタリアでこういう体験が
出来るなんて、ちょっと感動しました。

手荷物を預ける場合は通常のようにカウンターでのチェックインが必要かも
しれませんが、機内持込の荷物だけの場合は、このように自動チェックインで
予め搭乗券を手に入れて搭乗口でくつろいだり、売店でショッピングを
楽しむのも良いかと思います。

さて、早めにチェックインが出来たので、そのまま搭乗口まで向かったのは
良かったのですが、すぐに搭乗口変更の案内が入りました。
変更された搭乗口には別のフライト名が示されています。
おかしいと思い、よくよく見てみると、同じ搭乗口にAという札とBという札が
掲げられていていました。

まるで、電車に乗るために6番ホームに行ったら、前方に一つの電車の乗り口、
後半に別の電車の乗り口があるような感覚です。
無理やりに一つの搭乗口を二台の飛行機が共有しているのに、ビジネスクラス用に
赤じゅうたんが敷かれた入り口と、一般クラス用、緑色のじゅうたんの敷かれた
入り口に分けられているのには、すくなからず違和感も感じました。
どちらの色の、絨毯の上を歩いても、同じバスに乗り込み、同じような座席の
座席に案内されるのに、こういう区別は大事なんですね。

さらに、毎度の事ながら、機内に入るのが30分遅れ、出発もさらに遅れ、
結局到着は40分ほど予定時間を越えました。

そらから眺めるイタリアの光景は、やはり美しいの一言に尽きます。
塩野七生さんの本の中で引用されていた言葉、『イタリアがあまりにも
美しすぎたから、バランスを取るためにイタリア人に住まわせた』

このジョークの内容はこうです。
神が天地を創造された時のこと、
神『イタリアという国を作ろう。そこには世界一素晴らしい風景と、
世界一素晴らしい食べ物と、世界一素晴らしい気候を与えよう。』
大天使『神よ、それではイタリアだけが恵まれすぎています。』
神『案ずるな、イタリア人をいれておいた。』

イタリア人自身が考えたジョークなら笑えますが、かなり失礼な言葉ですね。
でも、僕にはジョークではなく、良い意味にとらえられました。
もしも日本人のようの気質だったら、この美しい自然に人工的に手を加えすぎ
殺風景な宣伝の看板、電信棒、ダム、工場で見るにも無残な姿に国が
変えられてしまったかも知れないですから。

効率よりも美しさや愛情、便利さよりも人間らしさ、儲けよりも生活の質を
優先したイタリア人だからこそ、美しい国の姿を保ってくれているのだと
何度も思いました。

窓から下を見ると虹が見えました。上から眺める虹は半円ではなく
真丸でした。初めて目にした光景でした。

一時間ほどでVeneziaの空港に着きます。
海と陸の入り混じったような潟の広がりが見えてきました。座席を右側の
窓際に取っておけば、Veneziaの町が一望できたのですが、反対の席を取ったので
残念でした。次回の楽しみにしようと思います。
今回の片道のフライトは87ユーロ(当時レートで約1万5千円)でした。
(続く)

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最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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『イタリア語スクール ジャルディーノ』で検索してください。

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問い合わせ、ご意見は mailto:atsjnn@bea.hi-ho.ne.jp までお願いいたします。
次回は2月10日発行予定です。

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