みなさま、今日は。
季節が巡るのは早いもので、ついこの前までは寒い寒い、とこぼしていたのに、
すでに暦では立夏を迎えました。
春の移ろい易い陽気で雨も多く、日増しに鮮やかで力強さを感じさせる新緑に
目を見張る瞬間があります。
子供の頃は、外で遊べないの雨の日は嫌いでしたが、年を重ねたこともあるので
しょうか、新緑が生い茂る初夏から梅雨の時期をいとおしく感じるように
なってきました。
最近、花粉症の対策には日に当たることが良いという見解を目にしたことが
あります。特に3月から10月の昼前後の時間帯が良いようです。
肌が赤くならない程度の短い時間浴びるのが原則だそうです。
新緑の生み出す自然の息吹をいただきつつ、太陽の恵みを感じてみるのは
如何でしょうか?
< 目次 >
◇ 龍とドラゴン
◇ JIJI-Milano
◇ イタリア旅行記 北イタリア編
──────────────────────────────────────────────
◇ 龍とドラゴン ◇
龍とドラゴン、普通の日本人の意識では、日本語では龍、英語ではドラゴン、
意味においても、龍⇔ドラゴン、という単純な言葉の置き換えが成り立っている
ことでしょう。
しかしながら、龍とドラゴンは、全くの別物であるという記事を読んで
強く印象に残っていましたので、ふと思い出して少しこのテーマで書いてみたいと
思います。
特に名古屋は中日ドラゴンズの拠点。
また、観光業界においても、名古屋から北陸に抜けるルートを龍に見立てて、
開運のドラゴンルートという新たな魅力をアピールして観光客の誘致を
狙っているようです。
まずは、語源から。
龍には訓読みでは『たつ』で、これは『立つ、立ち昇る』から来ているという
説があります。
漢和辞典を引いてみると、龍はさすが別格なのか、部首索引でも16画の
『龍』という独立した分類を誇っています。
想像上の動物で、四霊(他に麒麟、鳳凰、霊亀)のひとつとされ、もっと詳しい
説明がされているものもあります。
漢和辞典では、この龍を使った熟語や諺が数多く掲載されており、王や天子を
示す言葉にも多く使われています。
縁起という観点から計れば、破格に、めでたく、有り難いものということに
なるでしょう。
しかしながら、欧米、もっと厳密に言えばキリスト教の社会において
ドラゴンは悪魔のシンボルなのです。
小学館の和伊辞典ではdrago, dragone(西洋のドラゴンは翼をもち火を吐く
悪の象徴)と記載されています。
聖書のヨハネの黙示録、第12章の中にこのような記述があります。
『天では戦いが起こった。ミカエルとその御使たちとが龍と戦ったのである』
『この巨大な龍、すなわち、悪魔とか、サタンとか呼ばれ、全世界を惑わす
年を経たへびは』
さらに13章の中に、『龍がその権威を獣に与えたので、人々は龍を拝み、
さらにその獣を拝んで、、、』そして13章はこのような結びです。
『思慮のある者は、獣の数字を解くがよい。、、、その数字は666である』
恐怖映画のオーメンを思い出してしまいます。
イタリア語のdragoという言葉では、ざっと探しただけでは、諺も、比喩表現も
ほとんど見つからないのも当然のことだと思いました。
横道にそれますが、イタリア語のdragoの語源はラテン語のdraco、さらに
さかのぼって、ギリシャ語のdrakonで、これはdrak、derkという『見る』
という言葉との関連性が示されています。
ドラゴンににらまれると全身が麻痺してしまうということが基にあるようです。
さらにこの言葉はさかのぼると、インドのサンスクリット語、darc、これも
ぎらぎらとした獰猛な目つきで『見る』というところに由来があるようです。
さて、龍の故郷がインドなのかどうかは謎として、同じくインド発祥の
仏教には、悪の神も仏陀に帰依して善なる神に転換したものがよくあります。
阿修羅、夜叉、鬼子母神なども仏陀の教えに従って、善なる働きをするように
なった神々です。
善悪を飲み込む度量のあるインドから、西に行って悪の化身として恐れられ
東に行って天の象徴として恐れられながらもあがめられた龍とは
一体どんなものなのでしょうか。
東洋思想の根幹をなす『易経』では龍は『天の働き、宇宙運行の働き』を示し、
易経の最初の卦である『乾』では国の政治を司る人物が龍に例えられています。
三国志にでてくる諸葛孔明も自らを『伏竜』と名乗っていました。
去年、日本を訪問されたブータンの国王は親日でいらっしゃったこともあり
訪問先で子供たちに語られた内容を印象強く覚えています。
国王は子供たちに『龍をみたことがありますか?』と訪ねられ、
ご自身は『龍を見たことがある』と語られました。
実は、僕も龍を見たことがあります。夢の中で、ですが。
金色の錦鯉のような色で、顔は僕の背丈ほどの大きさで、目は意外と優しくて
すこし可愛らしいような表情にも感じました。
あれから、僕の運命は『麻痺させられたのか』それとも『天に昇りつつある』のか
全くわかりませんが。
話をまとめたいと思います。
龍について共通にイメージを持つアジアを中心とした地域に人に、
『ドラゴンルートを旅して運気を上げよう!』と呼びかければ受けは良いでしょう。
でも、ヨハネの黙示録の恐ろしいイメージを持つ西洋の人に『ドラゴンの
道を観光しましょう』と呼びかけて、果たしてどんなイメージを持つのか、
心配な気もします。
もしかしたら、龍には別の訳語を当てはめて『スピリチャルな巨大な生命体』のような言葉を作り、
逆にドラゴンは『龍、竜』とは訳さずに『飛鬼』とか
『魔王蛇』などという日本語にした方が、誤解が無くてよいかも知れないです。
あるいは、自分の信念は『善』とそれに反するものは『悪』という、
対立的な二元論を乗り越えて、西洋と東洋が、『龍⇔ドラゴン』で互いを
理解容認しあえる深い心の結びつきのある社会を目指す方が、
険しくとも進み甲斐のある道かも知れません。
──────────────────────────────────────────────
◇ JIJI-Milano ◇
ジャルディーノの生徒さんで、フェデリーコと夫婦になり、ミラノで日本語を教えている明子さんからのお便りです。
こんにちは。みなさん、いかがお過ごしですか。
日本では大きな竜巻が発生して相当な被害をもたらしたとニュースで
知りました。その頃ミラノでは2日続けて雷を伴う雹(ひょう)が降り、
肌寒い日となりました。5月に雹が降るのは珍しいように思います。
そして今は恒例の"綿埃"が舞っています。町中白い綿状のものが舞い、路地
や庭、店舗の角に舞い降りて白い塊になったものは本当に綿埃のようです。
実際にはこの季節になると咲くある樹木の花の一部のようですが、どの木
なのか私はよく知りません。この時期にミラノへ来た人は、なんて埃だらけ
なんだと驚くかもしれませんが、そうではないのでご心配なさらぬよう。
さて、先月ジャンニさんという60歳の私のクラスの学生さんが日本から
帰り、授業にも戻ってきました。彼は、現在仕事をリタイアし、悠々自適な
生活を送っています。60歳にして新しいことにチャレンジするなんて、
とても勇気がいることでしょうし、忍耐もいることだと思います。未だに
デタラメなイタリア語でなんとかやり抜いている私には、コツコツと勉強を
続けているジャンニさんに本当に頭が下がる思いです。
授業中に早速、日本の印象について聞いてみました。1ヶ月まるっと一カ所に
滞在していたわけですから、じっくりと日本人の普通の生活を観察していた
はずです。
最初のコメントは「素晴らしい」の一言でした。何よりも印象的なのは、日本人
の秩序正しさだそうです。渋滞などあるものの、クラクションの音は一ヶ月の
滞在中一回きりしか耳にしなかったそうです。
私たちがそんなコメントを聞いても、「それがすごいこと?」と不思議な気持ち
になりますが、イタリアで生活してみればどういうことかよくわかります。特に、
ミラノ、ローマ、ナポリなど人口の集中した都市になればなるほど、渋滞も酷く、
運転マナーも悪くなります。マナーの悪い車に対してだけでなく、前の車が
ちょっとでも発進が遅ければ、後ろの車2、3台からクラクションを鳴らされる
ことでしょう。
街にゴミが落ちてなく、清潔で綺麗なことにも感心していました。これも私たちに
とっては全く当たり前のことなんですけどね。それと、人が親切なことも指摘して
いました。
何かよくわからなかったこと、不可思議なことはなかったか聞いてみました。
すると、若い女性はどうしてあんな歩き方をするのかと聞かれました。足が悪い人
が多いのかと思ったようです。
すぐにピンときました。10代から20代前半の女性のことかと思います。
つま先を内側に向けて、ふくらはぎを外に出すように立つ女性を時々見かけますが
それを続けているせいか、足がO型に曲がってしまっています。歩く時も背筋が
伸びず、曲がった足をカクカクと動かすように歩くので、こちらでは見慣れない
歩き方が思わず目を引くのと同時に、足が悪いのかと思ってしまうのでしょう。
日本人の女性は今でもヨーロッパの幾つかの国でもてはやされます。でも、この
歩き方には是非気をつけてください。他が綺麗でもギョっとされかねませんから。
あともう一つ、ジャンニさんが不思議に思ったことがあります。
これはとても意外なことでした。
「日本人の老人、男性の老人は一体何をたべているのか。あんな綺麗な老体は
見たことがない。」
というのです。
実はジャンニさんは、時々銭湯へ通ったそうです。そこで目にした日本人のお年寄り
の体つきがとても綺麗だと言うのです。これは、さすがになんともコメントのしよう
がありませんでした。老人の裸体など私は日本人のもイタリア人のも拝見したことが
ないですから。ただ、想像するに、太ってぶよぶよした人が日本にはあまりいない
でしょうから、老人にも関わらず引き締まったように見えるのかもしれません。
さて、今回は以上です。
来月から早い人はバカンスに出かけることでしょう。ミラノでは時期をずらして
早めに休みをとる人がいます。6月は旅行に最適な季節ですから、日本の方も
是非イタリア旅行を考えてみてください。
──────────────────────────────────────────────
◇ イタリア旅行記 北イタリア編 ◇
この旅行の時期は2007年の6月です
2日目 6月1日(金)Grado → Trieste → Gorizia → Udine → Grado
駆け抜けた国境に接する町々
この日はイタリアの東の果て、スロベニアとの国境まで旅するのが一つの
テーマでした。翌日には西のPadovaを経由して一気に北上する予定ですので、
プランとしては、可能ならば三つの町を回る、それが無理ならTriesteと
Goriziaの二ヶ所、それすら大変ならTriesteのみ、三つのパターンを
それぞれの場合の移動手段を念入りに調べての行動でした。
何かのトラブルに巻き込まれれば、すべて水の泡ですが、上手くいった場合でも
観光にどれ位の時間を充てられるのかを検討する必要がありました。
ホテルでの朝食からスタートです。食堂には僕と、ドイツ語を話す母子がいただけ
でした。ゲルマン系の文化圏に接しているからなのか、穀物のたっぷり入った
黒っぽいパン、ハムにチーズ、サクランボのジャムにクロワッサン、そして
カフェラッテで腹を満たしました。
時差の関係で、朝方はとても食欲旺盛です。特に忙しく動き回る一日だし
昼食をゆったりと取れる時間も見込めないので、たっぷりと頂きました。
歩いてバスターミナルに向かいます。潟に面した道を歩くと、何ともいえない
開放的な風情を感じて、改めてイタリアに来ている実感が湧きます。
Triesteまでは、電車で移動する計画でしたが、昨日バスセンターで運行図を
見て、バスの乗り継ぎでも行けると分かり、バスでの旅を選びました。
行きと帰りは別の経路、別の移動手段で旅を二重に楽しみたいという
欲張りな思いもあります。
Gradoを9時に出るUdine行きのバスに乗り、40分後にMonfalconeという
町で乗り換えて、10時半にTrieste到着の予定です。
バスに乗り込むときに運転手さんに『Triesteに行くので、Monfalconeで
乗換えですか?』とわざと尋ねます。
乗り換えの停留所を間違えないための布石でもあります。
気の回る運転手さんなら、降りる停留所にきたら声をかけてくれるし、
間違った場所で降りようとしたら、制止してくれるからです。
車内案内もなく、バス停の表示を読み取ることもほぼ不可能な状況で、
降りたい停留所でベルを鳴らさなければ停留所に停まることすらなく
通過してしまうことが普通だからです。
電車は時々遅れますが、単体で運行するバスは、道路の混雑さえなければ
ほぼ正確な時間で走ります。
バスセンターの運行表で、Monfalconeまで40分かかることが分かっていました
ので、走り出して30分ほどは、のんびりとバスの窓から見える景色を
心行くままに楽しめました。
湿地、畑、松林、海、素晴らしい景色が次々と展開してゆきます。
めまぐるしいほどに、変化に富んだ光景、自然と人が調和して作り出した
美の世界に酔いしれました。
ユネスコの世界遺産の『文化的景観』という表現にぴったりと当てはまる
ような情景です。
日本も浮世絵に描かれた光景は『文化的景観』と呼べるものが多いのでは
ないかと思います。今の日本は、僕にはどこか息が詰まるものが感じられます。
30分が過ぎて、街中にバスが入っていきます。ここからは少し緊張します。
ひとり女性が降りていった停留所があったので、違うことを承知で運転手さんに
わざと尋ねてみました。『もう少し先だよ』という答えが返ってきたので、
運転手さんの近くの席に座りなおしました。
降りる停留所が近くなった時に、後ろの婦人が僕の肩をたたいて、
『ここで降りるんだよ、Triesteへのバスは、道路を渡って反対側にあるからね』
と教えてくれました。
おばさんの助言が無ければ、無事にバスを降りられても、バス乗り場を
見つけられずにウロウロしたかも知れません、ありがたい限りです。
感謝の言葉を告げてバスを降りました。
Trieste方面のバス乗り場にも、何人か婦人がバスを待っていました。
挨拶代わりに『Trieste行きのバスはここで乗れますか?』と
尋ねてみました。
おばさんたちは、バスが来るたびに、『これは違う』『多分、次のバスだ』とか
話し掛けてくれます。
10分ほど待つと、ほぼ定時にバスが来ました。
無事に乗り込んで、あとは終点まで、景色を楽しむだけです。(続く)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
ホームページがあります。どうぞご覧下さい。
『イタリア語スクール ジャルディーノ』で検索してください。
神奈川にあるジャルディーノの姉妹校もよろしくお願いします。
問い合わせ、ご意見は mailto:atsjnn@bea.hi-ho.ne.jp までお願いいたします。
次回は6月10日発行予定です。
季節が巡るのは早いもので、ついこの前までは寒い寒い、とこぼしていたのに、
すでに暦では立夏を迎えました。
春の移ろい易い陽気で雨も多く、日増しに鮮やかで力強さを感じさせる新緑に
目を見張る瞬間があります。
子供の頃は、外で遊べないの雨の日は嫌いでしたが、年を重ねたこともあるので
しょうか、新緑が生い茂る初夏から梅雨の時期をいとおしく感じるように
なってきました。
最近、花粉症の対策には日に当たることが良いという見解を目にしたことが
あります。特に3月から10月の昼前後の時間帯が良いようです。
肌が赤くならない程度の短い時間浴びるのが原則だそうです。
新緑の生み出す自然の息吹をいただきつつ、太陽の恵みを感じてみるのは
如何でしょうか?
< 目次 >
◇ 龍とドラゴン
◇ JIJI-Milano
◇ イタリア旅行記 北イタリア編
──────────────────────────────────────────────
◇ 龍とドラゴン ◇
龍とドラゴン、普通の日本人の意識では、日本語では龍、英語ではドラゴン、
意味においても、龍⇔ドラゴン、という単純な言葉の置き換えが成り立っている
ことでしょう。
しかしながら、龍とドラゴンは、全くの別物であるという記事を読んで
強く印象に残っていましたので、ふと思い出して少しこのテーマで書いてみたいと
思います。
特に名古屋は中日ドラゴンズの拠点。
また、観光業界においても、名古屋から北陸に抜けるルートを龍に見立てて、
開運のドラゴンルートという新たな魅力をアピールして観光客の誘致を
狙っているようです。
まずは、語源から。
龍には訓読みでは『たつ』で、これは『立つ、立ち昇る』から来ているという
説があります。
漢和辞典を引いてみると、龍はさすが別格なのか、部首索引でも16画の
『龍』という独立した分類を誇っています。
想像上の動物で、四霊(他に麒麟、鳳凰、霊亀)のひとつとされ、もっと詳しい
説明がされているものもあります。
漢和辞典では、この龍を使った熟語や諺が数多く掲載されており、王や天子を
示す言葉にも多く使われています。
縁起という観点から計れば、破格に、めでたく、有り難いものということに
なるでしょう。
しかしながら、欧米、もっと厳密に言えばキリスト教の社会において
ドラゴンは悪魔のシンボルなのです。
小学館の和伊辞典ではdrago, dragone(西洋のドラゴンは翼をもち火を吐く
悪の象徴)と記載されています。
聖書のヨハネの黙示録、第12章の中にこのような記述があります。
『天では戦いが起こった。ミカエルとその御使たちとが龍と戦ったのである』
『この巨大な龍、すなわち、悪魔とか、サタンとか呼ばれ、全世界を惑わす
年を経たへびは』
さらに13章の中に、『龍がその権威を獣に与えたので、人々は龍を拝み、
さらにその獣を拝んで、、、』そして13章はこのような結びです。
『思慮のある者は、獣の数字を解くがよい。、、、その数字は666である』
恐怖映画のオーメンを思い出してしまいます。
イタリア語のdragoという言葉では、ざっと探しただけでは、諺も、比喩表現も
ほとんど見つからないのも当然のことだと思いました。
横道にそれますが、イタリア語のdragoの語源はラテン語のdraco、さらに
さかのぼって、ギリシャ語のdrakonで、これはdrak、derkという『見る』
という言葉との関連性が示されています。
ドラゴンににらまれると全身が麻痺してしまうということが基にあるようです。
さらにこの言葉はさかのぼると、インドのサンスクリット語、darc、これも
ぎらぎらとした獰猛な目つきで『見る』というところに由来があるようです。
さて、龍の故郷がインドなのかどうかは謎として、同じくインド発祥の
仏教には、悪の神も仏陀に帰依して善なる神に転換したものがよくあります。
阿修羅、夜叉、鬼子母神なども仏陀の教えに従って、善なる働きをするように
なった神々です。
善悪を飲み込む度量のあるインドから、西に行って悪の化身として恐れられ
東に行って天の象徴として恐れられながらもあがめられた龍とは
一体どんなものなのでしょうか。
東洋思想の根幹をなす『易経』では龍は『天の働き、宇宙運行の働き』を示し、
易経の最初の卦である『乾』では国の政治を司る人物が龍に例えられています。
三国志にでてくる諸葛孔明も自らを『伏竜』と名乗っていました。
去年、日本を訪問されたブータンの国王は親日でいらっしゃったこともあり
訪問先で子供たちに語られた内容を印象強く覚えています。
国王は子供たちに『龍をみたことがありますか?』と訪ねられ、
ご自身は『龍を見たことがある』と語られました。
実は、僕も龍を見たことがあります。夢の中で、ですが。
金色の錦鯉のような色で、顔は僕の背丈ほどの大きさで、目は意外と優しくて
すこし可愛らしいような表情にも感じました。
あれから、僕の運命は『麻痺させられたのか』それとも『天に昇りつつある』のか
全くわかりませんが。
話をまとめたいと思います。
龍について共通にイメージを持つアジアを中心とした地域に人に、
『ドラゴンルートを旅して運気を上げよう!』と呼びかければ受けは良いでしょう。
でも、ヨハネの黙示録の恐ろしいイメージを持つ西洋の人に『ドラゴンの
道を観光しましょう』と呼びかけて、果たしてどんなイメージを持つのか、
心配な気もします。
もしかしたら、龍には別の訳語を当てはめて『スピリチャルな巨大な生命体』のような言葉を作り、
逆にドラゴンは『龍、竜』とは訳さずに『飛鬼』とか
『魔王蛇』などという日本語にした方が、誤解が無くてよいかも知れないです。
あるいは、自分の信念は『善』とそれに反するものは『悪』という、
対立的な二元論を乗り越えて、西洋と東洋が、『龍⇔ドラゴン』で互いを
理解容認しあえる深い心の結びつきのある社会を目指す方が、
険しくとも進み甲斐のある道かも知れません。
──────────────────────────────────────────────
◇ JIJI-Milano ◇
ジャルディーノの生徒さんで、フェデリーコと夫婦になり、ミラノで日本語を教えている明子さんからのお便りです。
こんにちは。みなさん、いかがお過ごしですか。
日本では大きな竜巻が発生して相当な被害をもたらしたとニュースで
知りました。その頃ミラノでは2日続けて雷を伴う雹(ひょう)が降り、
肌寒い日となりました。5月に雹が降るのは珍しいように思います。
そして今は恒例の"綿埃"が舞っています。町中白い綿状のものが舞い、路地
や庭、店舗の角に舞い降りて白い塊になったものは本当に綿埃のようです。
実際にはこの季節になると咲くある樹木の花の一部のようですが、どの木
なのか私はよく知りません。この時期にミラノへ来た人は、なんて埃だらけ
なんだと驚くかもしれませんが、そうではないのでご心配なさらぬよう。
さて、先月ジャンニさんという60歳の私のクラスの学生さんが日本から
帰り、授業にも戻ってきました。彼は、現在仕事をリタイアし、悠々自適な
生活を送っています。60歳にして新しいことにチャレンジするなんて、
とても勇気がいることでしょうし、忍耐もいることだと思います。未だに
デタラメなイタリア語でなんとかやり抜いている私には、コツコツと勉強を
続けているジャンニさんに本当に頭が下がる思いです。
授業中に早速、日本の印象について聞いてみました。1ヶ月まるっと一カ所に
滞在していたわけですから、じっくりと日本人の普通の生活を観察していた
はずです。
最初のコメントは「素晴らしい」の一言でした。何よりも印象的なのは、日本人
の秩序正しさだそうです。渋滞などあるものの、クラクションの音は一ヶ月の
滞在中一回きりしか耳にしなかったそうです。
私たちがそんなコメントを聞いても、「それがすごいこと?」と不思議な気持ち
になりますが、イタリアで生活してみればどういうことかよくわかります。特に、
ミラノ、ローマ、ナポリなど人口の集中した都市になればなるほど、渋滞も酷く、
運転マナーも悪くなります。マナーの悪い車に対してだけでなく、前の車が
ちょっとでも発進が遅ければ、後ろの車2、3台からクラクションを鳴らされる
ことでしょう。
街にゴミが落ちてなく、清潔で綺麗なことにも感心していました。これも私たちに
とっては全く当たり前のことなんですけどね。それと、人が親切なことも指摘して
いました。
何かよくわからなかったこと、不可思議なことはなかったか聞いてみました。
すると、若い女性はどうしてあんな歩き方をするのかと聞かれました。足が悪い人
が多いのかと思ったようです。
すぐにピンときました。10代から20代前半の女性のことかと思います。
つま先を内側に向けて、ふくらはぎを外に出すように立つ女性を時々見かけますが
それを続けているせいか、足がO型に曲がってしまっています。歩く時も背筋が
伸びず、曲がった足をカクカクと動かすように歩くので、こちらでは見慣れない
歩き方が思わず目を引くのと同時に、足が悪いのかと思ってしまうのでしょう。
日本人の女性は今でもヨーロッパの幾つかの国でもてはやされます。でも、この
歩き方には是非気をつけてください。他が綺麗でもギョっとされかねませんから。
あともう一つ、ジャンニさんが不思議に思ったことがあります。
これはとても意外なことでした。
「日本人の老人、男性の老人は一体何をたべているのか。あんな綺麗な老体は
見たことがない。」
というのです。
実はジャンニさんは、時々銭湯へ通ったそうです。そこで目にした日本人のお年寄り
の体つきがとても綺麗だと言うのです。これは、さすがになんともコメントのしよう
がありませんでした。老人の裸体など私は日本人のもイタリア人のも拝見したことが
ないですから。ただ、想像するに、太ってぶよぶよした人が日本にはあまりいない
でしょうから、老人にも関わらず引き締まったように見えるのかもしれません。
さて、今回は以上です。
来月から早い人はバカンスに出かけることでしょう。ミラノでは時期をずらして
早めに休みをとる人がいます。6月は旅行に最適な季節ですから、日本の方も
是非イタリア旅行を考えてみてください。
──────────────────────────────────────────────
◇ イタリア旅行記 北イタリア編 ◇
この旅行の時期は2007年の6月です
2日目 6月1日(金)Grado → Trieste → Gorizia → Udine → Grado
駆け抜けた国境に接する町々
この日はイタリアの東の果て、スロベニアとの国境まで旅するのが一つの
テーマでした。翌日には西のPadovaを経由して一気に北上する予定ですので、
プランとしては、可能ならば三つの町を回る、それが無理ならTriesteと
Goriziaの二ヶ所、それすら大変ならTriesteのみ、三つのパターンを
それぞれの場合の移動手段を念入りに調べての行動でした。
何かのトラブルに巻き込まれれば、すべて水の泡ですが、上手くいった場合でも
観光にどれ位の時間を充てられるのかを検討する必要がありました。
ホテルでの朝食からスタートです。食堂には僕と、ドイツ語を話す母子がいただけ
でした。ゲルマン系の文化圏に接しているからなのか、穀物のたっぷり入った
黒っぽいパン、ハムにチーズ、サクランボのジャムにクロワッサン、そして
カフェラッテで腹を満たしました。
時差の関係で、朝方はとても食欲旺盛です。特に忙しく動き回る一日だし
昼食をゆったりと取れる時間も見込めないので、たっぷりと頂きました。
歩いてバスターミナルに向かいます。潟に面した道を歩くと、何ともいえない
開放的な風情を感じて、改めてイタリアに来ている実感が湧きます。
Triesteまでは、電車で移動する計画でしたが、昨日バスセンターで運行図を
見て、バスの乗り継ぎでも行けると分かり、バスでの旅を選びました。
行きと帰りは別の経路、別の移動手段で旅を二重に楽しみたいという
欲張りな思いもあります。
Gradoを9時に出るUdine行きのバスに乗り、40分後にMonfalconeという
町で乗り換えて、10時半にTrieste到着の予定です。
バスに乗り込むときに運転手さんに『Triesteに行くので、Monfalconeで
乗換えですか?』とわざと尋ねます。
乗り換えの停留所を間違えないための布石でもあります。
気の回る運転手さんなら、降りる停留所にきたら声をかけてくれるし、
間違った場所で降りようとしたら、制止してくれるからです。
車内案内もなく、バス停の表示を読み取ることもほぼ不可能な状況で、
降りたい停留所でベルを鳴らさなければ停留所に停まることすらなく
通過してしまうことが普通だからです。
電車は時々遅れますが、単体で運行するバスは、道路の混雑さえなければ
ほぼ正確な時間で走ります。
バスセンターの運行表で、Monfalconeまで40分かかることが分かっていました
ので、走り出して30分ほどは、のんびりとバスの窓から見える景色を
心行くままに楽しめました。
湿地、畑、松林、海、素晴らしい景色が次々と展開してゆきます。
めまぐるしいほどに、変化に富んだ光景、自然と人が調和して作り出した
美の世界に酔いしれました。
ユネスコの世界遺産の『文化的景観』という表現にぴったりと当てはまる
ような情景です。
日本も浮世絵に描かれた光景は『文化的景観』と呼べるものが多いのでは
ないかと思います。今の日本は、僕にはどこか息が詰まるものが感じられます。
30分が過ぎて、街中にバスが入っていきます。ここからは少し緊張します。
ひとり女性が降りていった停留所があったので、違うことを承知で運転手さんに
わざと尋ねてみました。『もう少し先だよ』という答えが返ってきたので、
運転手さんの近くの席に座りなおしました。
降りる停留所が近くなった時に、後ろの婦人が僕の肩をたたいて、
『ここで降りるんだよ、Triesteへのバスは、道路を渡って反対側にあるからね』
と教えてくれました。
おばさんの助言が無ければ、無事にバスを降りられても、バス乗り場を
見つけられずにウロウロしたかも知れません、ありがたい限りです。
感謝の言葉を告げてバスを降りました。
Trieste方面のバス乗り場にも、何人か婦人がバスを待っていました。
挨拶代わりに『Trieste行きのバスはここで乗れますか?』と
尋ねてみました。
おばさんたちは、バスが来るたびに、『これは違う』『多分、次のバスだ』とか
話し掛けてくれます。
10分ほど待つと、ほぼ定時にバスが来ました。
無事に乗り込んで、あとは終点まで、景色を楽しむだけです。(続く)
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最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
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神奈川にあるジャルディーノの姉妹校もよろしくお願いします。
問い合わせ、ご意見は mailto:atsjnn@bea.hi-ho.ne.jp までお願いいたします。
次回は6月10日発行予定です。
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