ば○こう○ちの納得いかないコーナー

「世の中の不条理な出来事」に吼えるブログ。(映画及び小説の評価は、「星5つ」を最高と定義。)

「戦場のメロディ ~108人の日本人兵士の命を救った奇跡の歌~」 Part1

2009年09月14日 | TV番組関連
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ニュービリビット刑務所

マニラ郊外モンテンルパに在る刑務所。第二次世界大戦後は日本軍B・C級戦犯達の収容所としても使用されていた。通称「モンテンルパ収容所」。
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懐メロが好きで、その手の番組が放送されると良く見ている。好きな曲は数多く在るが、特に哀愁帯びた曲は心の琴線に触れる。渡辺はま子さんが歌った「あゝモンテンルパの夜は更けて」(動画)もそんな一曲で、耳にする度に何とも言えない物哀しさを感じていた。

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「あゝモンテンルパの夜は更けて」 
 作詞: 代田銀太郎氏 
 作曲: 伊東正康

1. モンテンルパの 夜は更けて
   つのる思いに やるせない
   遠い故郷を しのびつつ
   涙に曇る 月影に
   優しい母の 夢を見る

2. 燕はまたも 来たけれど
   恋し吾が子は いつ帰る
   母の心は ひとすじに
   南の空へ 跳んでいく
   さだめは悲し 呼子鳥

3. モンテンルパに 朝が来りゃ
   昇る心の 太陽を 
   胸に抱いて 今日もまた
   強く生きよう 倒れまい
   日本の土を 踏むまでは
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「モンテンルパ収容所に戦犯として収容され、死刑の恐怖に怯え乍ら日々を送っている日本兵達の望郷の念を歌った曲」というのは認識していたが、恥ずかしい事にこの曲を作詞&作曲したのが当事者、即ち「モンテンルパ収容所に収容されていた人達だった。」というのは知らなかった。一昨日、フジテレビ系列で放送された「戦場のメロディ ~108人の日本人兵士の命を救った奇跡の歌~」で、この曲に纏る様々なエピソードを知った次第

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祖国に見放されフィリピンで死刑囚となった、108人の元日本兵。彼等の命を救ったのは、政治家でも外交官でも無い、一人の歌手・渡辺はま子の「歌」だった・・・。

昭和26年(1951年)1月19日深夜。元日本兵の一斉処刑が秘密裏に行われた。家族は疎か日本政府にも知らされる事無く行われた極秘死刑。異国の地の死刑台に虚しく響いた、祖国に見捨てられた男達の無念の叫び。それは、焼け野原からの復興に沸く日本には届かなかった。

戦前・戦中と数々のヒット曲を放つ国民的人気歌手・渡辺はま子(薬師丸ひろ子さん)が取りを務めた「第一回の紅白歌合戦」が開催されたのも、この頃の事だった。日中戦争から始まり、太平洋戦争、そして全世界へと拡大した第二次世界大戦。10年近くにも及んだ戦いに遂に敗れ、絶望の焦土化した日本は、数年の歳月を経て、戦中・終戦直後の飢餓から少しずつ抜け出そうとしていた。あの忌まわしい戦争の記憶を遠い過去に押し遣り、人々は生きる希望をやっと取り戻し始めていたのだ。

しかし渡辺はま子は、華やぎを取り戻した芸能界に身を置きつつも、心の奥底に暗い影を落としていた戦争の傷跡から目を逸らす事が出来ずにいた。子供の頃からの夢が叶い、歌手となったはま子を待ち受けていたのは戦争だった。従軍歌手として歌を武器にして共に闘ったはま子は、万歳三唱で戦地へと送り出した兵士達を、忘れる事が出来なかったのだ。その後悔の念から、はま子は戦後、歌手活動も顧みず、傷病兵収容所や巣鴨刑務所慰問に訪れていた。

そんな或る日、はま子は慰問先でフィリピンの刑務所で行われた元日本兵の一斉処刑を知らされる。わずか10cm程の小さな記事でしか世間に伝えられなかった14人の非業の死。その真実を知る為に、はま子は復員局のフィリピン担当の元に足を運んだ。

終戦後7年が経ち、既に復員局はかなり規模を縮小していた。そんな中、たった1人のフィリピン担当・植木信吉(成宮寛貴氏)は、はま子に驚くべき事実を告げる。フィリピンのモンテンルパに在る刑務所には、戦犯として死刑囚となった元日本兵が108人も投獄されている。しかも彼等の多くが、証人として名乗り出たフィリピン人に「こいつが犯人だ。」と指差れただけで、詳しく事実関係を調べる事も無く有罪、死刑となったと言うのだ。更には、そんな過酷な状況に在っても、日本政府が手を差し伸べる事は無く、遠い南の異国の地で、彼等は孤独な闘いを強いら強いられていると。

しかし、そんなそんな彼等に付いて殆どが知られておらず、手掛かりは植木がたった1人で調べ上げた囚人達の名簿「命のリスト」だけだった。祖国の為に戦い、その末に祖国に見捨てられた男達。たった10cm程の新聞記事でしか取り上げられなかった声無き14人の死。「せめて、弔いの言葉だけでも掛けて差し上げたい。」とはま子は、モンテンルパへの刑務所宛に筆を執った

はま子の手紙に応えたのは、モンテンルパの刑務所で教誨師を務める加賀尾秀忍(小日向文世氏)。加賀尾も又、3年前の昭和24年、モンテンルパの囚人達の悲惨な状況を知り、命懸けで反日意識強いフィリピンに渡ったのだった。

加賀尾を迎えたのは、生気無い、荒ん眼差しの囚人達。彼等は万歳三唱で日本から送り出されたにも拘わらず、激戦の中、ライフラインを断たれ、敗走し、更には戦後、祖国日本から見放された人々だったのだ。しかも加賀尾が来る前に行われた処刑で亡くなった3人の遺骨は、寂しい死刑台の前に造作無く埋められていた。死んでも尚、帰れない。囚人達が生きる望みも失い、孤独の中、諦めていたのは当然の事だった。

そして行われた14人の処刑。その壮絶な最期の真実を知ったはま子は、亡くなった彼等の為に何か出来ないかと模索し、遂には国交の無いフィリピンへと慰問の為乗り込む決意を固める。
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