大峰正楓の童話・恐怖小説・写真絵画

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2月24日 月光仮面

2012-02-24 18:27:11 | A,日々の出来事_
  2月24日 月光仮面

 今日は、テレビドラマ“月光仮面”が始まった日です。(1958年2月24日)
月光仮面は川内康範原作の冒険活劇で、制作は宣弘社プロダクション、監督は船床貞男、主演は大瀬康一です。
 月光仮面は、悪人にやられそうになったとき、白いターバンと白い覆面と白いコスチュームと白いマントと白いオートバイ(ホンダドリームC70)で颯爽と現れ、悪人をやっつけると去って行きます。
そのとき、たとえ相手が悪人であっても懲らしめるだけで、過度に相手を痛めつけたり殺したりしないのです。
 月光仮面は、日本で初めてテレビ向けにフィルムで撮影された連続テレビ映画です。
制作にあたっては、予算が少ないので映画会社から制作を断られ、広告会社の宣弘社が自前のプロダクションを作り、費用が掛からないようにしました。
予算を抑える工夫としては、宣弘社のプロデューサーである小林利雄の自宅の応接室を祝探偵事務所、ガレージをどくろ仮面のアジトに、また、他の場面はすべてロケで撮影されました。
 それから、月光仮面もそうですが、悪人は仮面や覆面をつけて出て来ます。
これは、いつでも代役が出来るようにしていたのです。
どくろ仮面などは、プロダクションの宣弘社の社員が演じたこともあります。
 この月光仮面は、子供たちに圧倒的な支持を受け、視聴率は最高で67.8%、平均で40%もあり、放送時間には銭湯から子供の声が消えたほどでした。
そして、何時の時代にもあることですが、風呂敷をマントにしたお調子者の子供が月光仮面の真似をして高い所から飛び降り、怪我をする事故が全国で多発、有害番組だと新聞や週刊誌から叩かれたりもしました。
しかし、叩かれたとしても月光仮面の人気は落ちる事も無く、1959年7月5日の最終回でも、42.2%の視聴率を持っていました。
 また、月光仮面の主題歌“月光仮面は誰でしょう”は、とても歌いやすい歌で子供たちに大ヒット、レコードは子供向けの歌としては異例の10万枚以上を売り上げました。


      “月光仮面は誰でしょう”
  歌 近藤よし子・作詞 川内康範・作曲 小川寛興

ヽ( ・∀・)ノ どこの誰かは 知らないけれど
      誰もがみんな 知っている♪
      月光仮面の おじさんは
      正義の味方よ よい人よ♪
      疾風のように 現れて
      疾風のように 去ってゆく♪
      月光仮面は 誰でしょう
      月光仮面は 誰でしょう♪ヽ(´∀`)ノ

♪(´∀`)ノ゙ どこかで不幸に 泣く人あれば
      かならずともに やって来て♪
      真心こもる 愛の歌
      しっかりしろよと なぐさめる♪
      誰でも好きに なれる人
      夢をいだいた 月の人♪
      月光仮面は 誰でしょう
      月光仮面は 誰でしょう♪ヽ(´∀`)ノ

♪(´∀`)ノ゙ どこで生まれて 育ってきたか
      誰もが知らない なぞの人♪
      電光石火の 早わざで
      今日も走らす オートバイ♪
      この世の悪に かんぜんと
      戦いいどんで 去ってゆく♪
      月光仮面は 誰でしょう
      月光仮面は 誰でしょう♪ヽ(´∀`)ノ





















☆今日の壺々話














     ガキの頃









 ガキの頃はバカだったなぁ。
あの頃は段ボール1つでヒーローになれたんだ。
古タイヤ転がすだけで幸せになれたんだ。
用水路を歩くだけで探検家になれたんだ。
風呂敷をマントにして空を飛べたんだ。
木に登るだけで星をつかめたんだ。
土管に入るだけで宇宙へ行けたんだ。

あの街が僕の全世界だったんだ。

 ガードレールからかっぱらった反射板が一つあればウルトラマンになれたんだ。
2つあれば仮面ライダーにもなれたんだ。

 毛布を被るだけで怪獣になれたんだ。
イチゴのキャンディーをなめるだけでドラキュラになれたんだ。
サングラスかけるだけでハリマオになれたんだ。
ついでにシャンプーキャップとマスクをつけるだけで月光仮面になれたんだ。
映画の下敷き買っただけで次の日話題の中心になれたんだ。
竹ボウキ2本もあれば真剣勝負ができたんだ。

そんな僕らの恋だったんだ。
なぜだか涙が止まらないんだ。


















    秘密基地










 見上げれば、そこに青い空があった。

 俺たちがつくった秘密基地は、大抵はおしゃべりな誰かのせいで3日もしないうちに秘密基地とは呼べなくなるほど有名になったし、雨が降れば濡れたダンボールが散らばるただのゴミ置き場のような代物だった。
それでも、“俺たちだけが知ってる場所”って事に特別な意味を感じて、いつだって胸を躍らせていたんだ。

 見上げれば、そこに青い空があった。

 俺たちがつくった秘密基地は、いつも誰かの持ち込んだ使い古しのオモチャやマンガや拾ってきたエッチな本が散らばっていた。
自分の家にあっても決して見向きもしないような古ぼけたものでも、秘密基地じゃ皆が目を輝かせて遊んでたんだ。

見上げれば、そこには青い空がある。
いまだって、きっとあるんだ。



















      公園








 飽きるほどに通った公園なのに、いつまでも飽きなかったのはどうしてだろうな。
思い出はなぜだか夕焼けに染まっている。
裏手の幼稚園から七つの子が流れてきて、それがさよならの合図だった。
 名残惜しそうにサッカーボールを蹴り続けるガキ共の中で、どうしても一人だけ顔が思い出せない。
いつもチョロチョロと兄貴の後を追っかけて、そんなに得意でもないサッカーに明け暮れてた。
 人一倍夢見がちで、大人になれば何でもできると思っていた馬鹿なヤツ。
そんなクソガキの顔を思い出しに、今年の夏は実家に帰ってみようと思う。

















      名前









 小学生の頃、良く遊んだガケの下にコンテナを発見して改造しまくった。
近所の粗大ゴミ捨て場からえっちらおっちらいろんなの持ってきた。
椅子とか、変な木の像とか。
 レースのカーテンを拾ってきて、窓っぽいとこにつけた時は狂喜乱舞。
親に隠れていろんなことした。
本読んだり、木からミカン取ってきてみんなで食べたり。

 しばらくしたら、俺が転校することになって、みんながその秘密基地を俺にくれた。
拾ってきた板に彫刻刀で全員の名前を彫って、出入り口のところにつけた。
 一番大きく彫られているのは、俺の名前。
泣いた、学校のお別れ会では泣かなかったけどそれ見て泣いた。
今は当然もう無いだろうけど、それでもいいのだ。
俺は覚えてる。
嬉しかった。















       夏








 中学に入った頃からだろうか、急に夏の色が変わってしまったように感じられたのは。
来年になればいつもの夏がやってくると思い込んでいたけど、あの夏とは別れたまま。
今も同じ家に住んでいるのに、同じ季節は巡るのに、なぜか季節の色だけが変わってしまった。
 まだ静かで涼しい早朝の坂を駆け下りて、今は封鎖されてる空き地へラジオ体操にいってた。
秘密基地はそこにつくった。
ダンボールをガムテープで繋げて、新聞紙をひいて、せんべいとかお菓子を持ち込んだ。
 ある日行ったら跡形もなくなっていた。
木の影だったが、大人の背の高さから見たら丸見えなのが、今になれば分かる。
作ったのは夏の始め、壊されたのは夏の終わりくらいだった。
あの夏の思い出はそこにあった。
 ラジオ体操の最後の日には、お母さんたちが公園で大量のカレーを炊きだして、スイカ割りとゲームをした。
景品は「宝箱」(でかい箱の小分けの切り込みを開けると中に駄菓子)の選択権だった。
皆が解散するとき、少し泣いた。
あのとき、生き生きした夏を失ってしまったような感覚が、まだ胸の中にリアルに残っている

















    ひみつきち










 息子がリビングにダンボールで囲いを作った。
新しく買った洗濯機が入ってたものだ。
部屋の隅っこにあって、シーツを上から掛けて屋根まで作っている。
 正面には切込みを入れ、ドアっぽく開くようになっている。
どうやらここが入口らしい。
そこにはミミズが這ったようなひらがなで「ひみつきち」と書いてある。
 その横にはプリンターのダンボールで作った車が置いてある。
折り紙で飾り付けられ、タイヤやハンドルも貼り付けている。
ボディの横には同じくひらがなで「せるしお」と書いている。
僕が嫁によく、今度はセルシオにしようと言っていたのを聞いていたらしい。
 嫁は邪魔だから片付けてくれと頼んできた。
「はいはい」と生返事をして、そうっと中に入ってみる。
中には紙で書いた時計や、水鉄砲などが壁に掛かっていた。
横になって蹲り、「撤去反対!」と小さく手を上げて言ってみる。
「あーもう!」と少しヒステリックになって屋根を捲る嫁。
横になった僕と目が合い、僕は「すいません」と小さく呟く。

 朝になって息子が泣いていた。
「ひみつきち」を壊したのはいつの間にか僕のせいになっていた。
「せるしお」は僕へのプレゼントだったらしい・・・。
 その日は会社を休んだ。
息子も学校をサボった。
僕たちは仲直りを条件に一日中遊ぶことにした。
 「せるしお」をもう一度作った。
今度はアクセルやブレーキも作り、シートも座椅子を組み込んだ。
他にもお金を掛けずに知恵と工夫で色々作った。
男同士の共有の秘密も作った。
もちろん「ひみつきち」も・・・。

仕事から嫁が帰って来たら発狂してたけどね、うぇうぇ。















     あの頃








 なんで雲は動くんだろう。
なんで救急車が通ると音が変わるんだろう。
海はどうして青いのだろう。
いつも不思議がいっぱいだった。

風邪をひいて学校を休んだ時に見る、朝9時からの「たのしい理科」が大好きだった。

「すごい学者になる」本気でそう思ってた。

 あの時の俺はどこにいったんだろう。
アルバムの中の、アブラゼミの羽を不思議そうに見てる俺。
なにが不思議だったのか思い出せない。















       忘れ物







 前を歩いていた小学生二人の片方が、突然立ち止まり、

「 あ!おれ、学校に忘れてきた!」
「 え?何を?」
「 将来の夢!」←たぶん宿題か何かの題名

と言って戻って行ったのを見て、ちょうど、その後ろを歩いていたおじさんが呟いた。

「 俺も忘れてきた気がするな・・・。」









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