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古墳と古代人の英知

2017-10-06 03:55:54 | うんちく・小ネタ
岐阜県大垣市にある昼飯大塚古墳は、尋ねてみたかった古墳の中の一つです。筑造は4世紀末とされています。
実は、この古墳に興味を持ったのは、古墳の復元にあたって、古墳の盛土の土壌調査を行い、社寺仏閣などを修復するのと同じように、当時と同じ材質のものや工法を使って復元しようとする取り組みが行なわれたからです。
古墳の調査というと、普通は副葬品の発掘や誰のお墓かということに関心が向くわけですが、それ以上に墳丘をどのように保護・復元するかといった古墳の構造に関するものに調査の重点が置かれたことに興味を惹かれました。
日本には復元された古墳が多くありますが、降雨で盛土が崩れたり、浸食されたところが多いからです。
また、中井正幸著による「昼飯大塚古墳」という書籍も取り寄せ、当時の古代人の古墳築造に関して土木技術の英知も知ることができました。

実は、熊本地震で熊本城の石垣が崩れたところとそうでなかったところがあったのを覚えておられますか?
崩れた石垣を調べたら、加藤清正の石垣は大丈夫で、それ以外のところが崩れたと報道されていました。
また、神戸にある五色塚古墳の葺石も震災で崩落しなかったのは古墳時代の葺石であり、それ以外のところが崩れたと言われており、どちらも当時の土木技術の高さが立証された形になりました。
では、昼飯大塚古墳の墳丘の葺石はどうだったのでしょうか?
調査では、「葺石はみかけよりはるかに丈夫で、検出した葺石の上を素足で歩いてもびくともしなかった」と中井正幸著による「昼飯大塚古墳」の本の中に書かれています。
下の写真は調査時のものではなく、復元された葺石ですが、調査の結果が反映された石積みだろうと推定されます。
当時はこれらの葺石を固定するものはなく、石積みの技術に頼らざるをえなかったわけですが、復元での石の固定には、弊社の土舗装の補強や接着にも使用しているエマルジョンが使用されたようです。
この葺石の一番下の大きな石を基底石と呼んでいますが、後円部と前方部では基底レベルがほぼ水平になっています。高い測量技術があったことがわかります。



後円部の墳頂に上がってみました。
この下には石室が埋まっており、埋葬施設があります。写真からでも昼飯大塚古墳は、三段築成の前方後円墳であることがわかります。
盛土は、地形を利用して墳丘を形成していくのが普通と考えますが、この昼飯大塚古墳は、傾斜した地形をいったん水平にして盛土を積み上げています。
このことは発掘調査で明らかになっており、高度な測量技術と盛土を強固なものにするための土木工事が存在したことを物語っています。

逆に前方部から後円部を見ると下の写真のようになります。現在の葺石の復元は、後円部の一部のみです。
あとは、盛土の修復をした上で、植生を整えた緑の景観になっています。

ところどころに土舗装で整備がされたような跡が見られましたが、古墳公園として整備された癒しの空間になっており、期待通りの古墳公園でした。



ジオベストは、酸化マグネシウムを主成分にした土舗装固化材ですが、こうした遺跡の保存・復元にもお役に立てていただいております。
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