マクロビ家族 

日本人の伝統的な粗食を基に、心と身体と冷蔵庫の中身を変え、『日本人的自然観』と『一元論的思考』を取り戻しましょう!!

玄米ご飯と仏壇と無限に広がる線

2017年06月16日 | 思う事
お早うございます。
殆ど毎朝、土鍋で玄米ご飯を炊いています。
炊き上がったら、ご飯を仏壇にお供えする様に務めています。


長男や次男坊へ、
「お前ら~、出番だぞぉー」と。

お線香を一本ずつ、あげさせる機会を出来るだけ作っています。
最近では、三男坊も真似をする様になりました。
三男坊は線香は無理ですが、抱っこして「チ~ン」をさせた後に
両手を合わせて頭をさげさせています。

毎晩、爺さん婆さんが寝る前にお経を唱えています。
最近は必ずそこに、三男坊もちょこんと座って一緒に?両手を合わせています。

典型的な農耕民族の日本人は、「定住」を大基本にしてきたと思います。

あくまでも大雑把ですが、この「定住」の真逆にあるのが、
遊牧民族や牧畜民族を大元に持つ肉食民族の「移動」となると思います。

常に水や牧草を求めて移動するという事は、日本人的な「本家」という様な
概念は殆ど無いと思います。

戦後以来、西洋的な生活様式一辺倒になってしまい、
日本人としての大事な何か?古来から受け継いできた文化や伝統やしきたりなど、
どんどんと生活空間から消えて無くなりつつあります。

本家や実家には必ず、仏壇や神棚があります。
(因みに、私で16代目の様です)

日本人的な潜在的な概念として私が思うのは、
まず最初に「ちっぽけな自分がいて」
その大元に「目に見えない沢山のご先祖様がいて」
未来には 「目に見えない沢山の子孫がいて」とこんな感じでしょうか?!

だからこそ、日本人はご先祖様を「いの一番」に大事にしてきたのでしょう。

自分は何故?この世に生まれてきたのだろう?
自分は何故?生きているのだろう?と考えた時、

それは無限のご先祖様から始まり、その無限の線の中で「たまたま」自分がいて、
またその先に無限の子孫という線が広がっている、てな感じでしょうか??!

そこには、目に見えない繋がりがあって、その一番大事な繋がりを絶やさない事を
民族として家族として、真剣に求めてきたのでしょう。

「ご先祖様がいたから、今の自分が存在する」
「ご先祖様に感謝」と。

この日本人的な感覚に大きな役割をするのが「本家」的な概念なのだろうと思います。

農耕民族の日本人は大昔から「本家」を広げていく事に、「根無し草にしない事」に
一番の重きを置いていたのだろうと考えます。

本家を優先順位の一番にして、その次に分家として独立しても、独立した分家が
代を重ねる度に「本家化」していくと。

だからこそ、二昔前辺りの日本では、各ご家庭に仏壇や神棚があって、
代は変わっても毎日、常に心の中で崇め続けてきたのでしょう。

時代の流れで致し方無いのでしょうが、「独立、独立」と実家からみんな出てしまい、
本家を継ぐ人がいなくなってしまいました。

また、独立先の住まいには仏壇も神棚も無い家が殆どです。

そこは、移動の度の「ただ単に、家という『箱』」に過ぎなくなってしまいました。

近年では、持病を持つ老人の一人暮らしが社会的な問題になっています。

確かに独立も大事ですが、それを支える本家や実家の様な「家族の大元」を
希薄にしてしまったところに、何となく問題を感じてしまいます。

移動を生業としてきた欧米の方々の様に、
「歳を取ったら『リタイアメント ホーム』に行けばいい」では、
余りにも寂しい様な気がします。

今日はいつも以上に、訳の分からない内容になってしまいました。
謹んで、お詫び致します。

ただ、何となくお伝えしたかったのは、
「今の自分があるのは、ご先祖様のお蔭」であることを言いたかったのですが、
的を射ないヘンテコ文章になってしまいました。


長男の朝食です。味噌汁掛けご飯でした。


三男坊です。柿の種をパリポリと食べていました。



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