浄土真宗親鸞会 おわら風の盆 八尾からの便り

親鸞聖人の教えと、すてきな八尾の魅力を紹介します。

<北日本新聞で読んだ「水よく石をうがつ」>

2009-07-01 10:48:21 | Weblog

 

湧き水

7月1日の北日本新聞『心のかたち』に

南砺市真宗大谷派、住職の

「聴聞 水よく石をうがつ」

が、掲載されていました。


 浄土真宗の歴史の中では、「聴聞」という

言葉がとても大切にされてきた。蓮如さんは、

「仏法は聴聞にきわまることなり」と端的に

語っているが、その直前の言葉がとても味わい

深い。『いたりてかたきは、石なり。いたりて

やわらかなるは、水なり。水、よく石をうがつ』

(蓮如上人御一代記聞書193)

不十分ながら現代語訳をしてみると、「この世で

硬いものと言えば石だ。そして,いたって柔らかい

ものと言えば水だろう。しかし、軒下の石をみて

ごらん。長い年月の間には、硬いはずの石が屋根

から落ちるしずくで穴をあけられているではないか。

石のようにかたくなな私たち人間の心も、

柔らかな仏法のことばを繰り返し聞いて

いるうちに、気がついたら自我の心が

崩されていくのだ」となるだろうか。

古希を過ぎたくらいの方々は、祖父母や両親の口

から、「聴聞せんなだちゃかんぞ」という言葉を

聞かされたのではないだろうか。

私たちの心はかたくななものだが、

仏様のこころを聞かしてもらっていると、

いつのまにか崩されて開かれていくのだ。

これが人間には、大切なことだよ」と、

愛する者に伝えずにおれなかった祖先の言葉だ。


この住職さんの現代語訳につきまして、

 私たち人間の心  とはどんな心ですか? 

石とは、私の逆謗の屍ときかせて頂いておりますが。

 柔らかな仏法のことば? 

仏法のことばは、どこにでも流れていく水なのですか。

私達の聴だときかせて頂いておりますが。

気がついたら自我の心が崩される? 

聞即信の一念で,ハッキリするのではないですか。

 

「聞」と言うは、衆生、仏願の生起・本末を

聞きて疑心有ること無し。これを「聞」と曰う

なり。               (親鸞聖人)

親鸞聖人のみ教え を正確に伝えて下さった

蓮如上人と縁(ゆかり)の深い南砺の地で、

「仏法は聴聞にきわまることなり」

正しい御心を精一杯お伝えしたいと思います。

 

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はじめまして (hirata)
2009-07-01 23:18:57
はっきりとかいて下さって有り難うございます。

今朝の朝刊を見て、切ない思いがしましたが、なぜだろうと思っていました。

こちらを読ませていただいて、
親鸞聖人のお言葉から解釈されるのと、自身の思いを語られるのとでは、全然違うことが浮き彫りになりました。

私たちは、親鸞聖人の教えを聞きたいんだと強く思いました。

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