玄文社主人の書斎

玄文社主人日々の雑感もしくは読後ノート

カルロス・フエンテス『遠い家族』(3)

2017年04月18日 | ゴシック論

『遠い家族』のゴシック小説としての特徴は、謎の提出と謎の解明にだけあるのではない。その比重はそれよりも、登場人物たちの間に蔓延する罪障感にこそある。
 その罪障感を持ちきたらすものこそが、謎の人物=もう一人のビクトル・エレディアであり、彼がブランリー伯爵を幽閉する(物理的に閉じ込めるわけではないが、事故で怪我をし屋敷で寝ている伯爵を心理的に追いつめるのである)クロ・デ・ルナール館は、〝呪いの館〟とさ譬えられる。
 最後にクロ・デ・ルナール館を訪れる私=カルロス・フエンテスは次のように書くだろう。

 私は職人たちに屋敷の所有者の名前を尋ねるが、誰も何も知らない。私はいたたまれなさを覚え、中世においてペストから解放された住居のように、今呪いから解放されつつあるその屋敷を去る。

〝呪いの館〟といえば我々は、ポーの「アッシャー家の崩壊」をすぐにでも思い浮かべることが出来る。アッシャーの屋敷は彼の先祖たちの呪い、あるいはアッシャー自身の罪障感の象徴として機能している。
 また、アッシャー屋敷の崩壊は、ロデリック・アッシャーの人間としての崩壊そのものを意味している。〝呪いの館〟とはゴシック小説において、そのような人間的真実の喩として読むことが出来る。
 クロ・デ・ルナール館はもう一人のビクトル・エレディアとブランリー伯爵との間の争闘の場となるが、ビクトル・エレディアの呪いとは、ブランリー伯爵の先祖の行いに対する怨嗟と、ブランリー伯爵自身の行いに対する指弾を意味している。
 そしてビクトル・エレディアの呪いによって、ブランリー伯爵は強い罪障感の虜となるのである。この罪障感、ウーゴ・エレディアにも共通するそれは、ゴシック小説特有の〝相続恐怖〟(クリス・ボルディックが言うところのゴシック小説の二つの特徴のひとつ)であり、それはつまり、自らの先祖の呪われた血を相続することへの恐怖を意味しているのである。
 しかし、『遠い家族』が〝完璧な小説〟である理由のひとつは、そのような相続恐怖がロデリック・アッシャーの場合のように個別のケースに収まることがないというところに求められる。
 呪いと罪障感は『遠い家族』にあっては、すぐさまその場所で普遍化されるのである。それはつまり、インディオを滅ぼし、ラテン・アメリカ世界を支配したスペイン系白人としての罪障感と、それと同じような植民地支配を繰り返しながらもそのことを忘れ、罪障感を持つことのない旧大陸の白人に対する呪いとの二つのものに普遍化される。
 ウーゴ・エレディアは告白の最後に、次のような言葉をブランリー伯爵に浴びせるが、それは新大陸の白人による旧大陸の白人の忘却への呪いに他ならない。

「すべてはあなたが次の言葉を理解するか否かにかかっています。あなたは過去を持つが、それがどんなものか覚えていない。あなたに残されているわずかな時時間の中でそれを思い出しなさい。さもなくば、あなたの未来は失われることになるだろう。」

 この言葉はメキシコの白人であるフエンテスの旧大陸の白人に対する警告として読むことが出来るのであり、このテーマはフエンテスが生涯にわたって追究したものであった。
 ところで、フエンテスの作品の中では、ある人物と別のある人物との取り違えや同一視がよく起きることがある。『アウラ』にあってはコンスエロ夫人とその姪アウラとの取り違えと同一視であり、主人公モンテーロとコンスエロ夫人の夫リョレンテ将軍との取り違えと同一視である。
『遠い家族』の場合にそれは、もう一人のビクトル・エレディアの母であるママゼルとランジェ侯爵夫人との取り違えと同一視であり、そのママゼルとウーゴ・エレディアの亡妻ルシーとの取り違えと同一視である。
 ここには登場人物達の主体の崩壊があるというよりも、記憶の中で登場人物達が混乱にさらされ、同一視されてしまうということがごく当然のように起こるのだ。つまり、登場人物達が歴史の記憶の中で相対化されてしまうのである。ブランリー伯爵はそのことに気づいていて、次のように言う。

「我々は時間は自分たちのものだと思っている。しかし共有する時間以外に本物の時間はないということを過去は我々に教えてくれる」

 自分たちの時間というものは存在しない。すべての時間は過去へと送り込まれながら、共有された時間として現在に甦るのである。

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« カルロス・フエンテス『遠い... | トップ | カルロス・フエンテス『遠い... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。