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【論考】多死社会の“QOD”-幸せな「逝き方」を考える

2017-06-15 | 論考

 

     

 
【論考】多死社会の“QOD”-幸せな「逝き方」を考える

日本は人口減少時代を迎えている。その理由は人口の自然減にある。死亡する人数が誕生する人数を上回っているのだ。少子化が進み出生数は減っているが、高齢化の進展により死亡数は増えている。厚生労働省が公表した人口動態統計によると、2016年の出生数は97.7万人となり、初めて100万人を下回った。一方、死亡数は130.8万人で、差し引き33.1万人の人口減が起こっている。少子高齢化が進む現在の日本は、典型的な少産多死社会になったといえる。
 
平均寿命が延びる一方で健康寿命との差は広がり、長寿化時代の高齢者の要介護期間は長くなり、高齢者にとって「死」に至る介護のプロセスはより切実な問題になった。高齢社会では老老介護も増え、親や兄弟姉妹、配偶者など、身近な家族の「死」を迎える状況も大きく変わる。高齢者が自分自身の「死」に限らず現実感の強い「死」に直面することで、どのように「死」を迎えるのかは、高齢期をどう生きるのかと表裏一体となり、長寿時代の人生の幸せな「逝き方」を考えることにつながる。
 
特に終末期医療のあり方は、どのように「死」を迎えるのかというQOD(Quality of Death)を規定し、人生最後のQOL(生活の質)に大きな影響を与える。最期を迎える場所を、医療機関、介護施設、在宅のいずれにするのか、経鼻栄養や胃ろうなど延命治療を行うのかなど、病状や家族・住宅事情など一人ひとりが置かれた状況によって選択肢は異なる。認知症患者が増加し、どのように自らの「死」を迎えたいかという意思を、だれに、いつ、どのように伝えるのかも大きな課題だ。
 
厚生労働省の『人生の最終段階における医療に関する意識調査報告書』(平成26年3月)によると、「認知症が進行し、身の回りの手助けが必要で、かなり衰弱が進んできた場合」の希望する治療方針は、7割以上の人が「経鼻栄養」、「胃ろう」、「人工呼吸器」、「心肺蘇生装置」を望まないと回答している。同報告書の名称も、調査が始まった昭和62年当時は「末期医療」だったのが、平成16年以降は高齢化の進展に伴い「終末期医療」となり、今回からは「人生の最終段階における医療」に変更されている。
 
また、同報告書には、『医療技術の進歩に合わせて人生の最終段階における医療の選択肢も多様化し、自然な死を迎えることを希望する人も多い。医療行為のみに注目するのではなく、最期まで尊厳を尊重した人間の生き方に着目し、幅広く医療及びケアの提供について検討していくことに重点を置く』と書かれている。多死社会の“QOD”は、「死」を一時点で捉えるのではなく、どのように自らの「死」を迎えるのか、そこに至る幸せな「逝き方」というプロセスが重要であることを意味している。
 
  
 

    

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