源ザの独り言日記

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市福祉健康フェア /タイ民主主義岐路

2016-10-16 20:59:03 | Weblog
朝から晴れの中、自転車で図書館経由で市福祉健康フェアへ出掛けた。11時ババと福祉健康センター前で待ち合わせのだったが先に来ていて民児協コーナーで知り合いの委員に声をかけられ昼食のおにぎりを早々買って待っていた。2人で福祉健康センターの1~6階の37参加団体のコーナーを見て回った。幼児のハイハイ競争コーナでは15年ほど前NGに住んでいた孫娘が出場して優勝したことを思い出してた。所々で私は体力測定にチャレンジしたり食生活改善コーナーでコーヒーを頂いたりババの知り合いや職員に出会い旧交を暖めてていると何時か離れて突然出会ったりしながら1階無料休憩コーナーでおにぎり昼食をとった。このコーナーではお茶サービスがある。ボランティアお手伝いさんは全員70歳過ぎの女性だがお元気だ。各コーナーの参加団体説明員さんも高齢者女性が多く女性はつくづく元気だと感心した。午後はまなびいプラザに行ったら子供たちに席を占められていて、割り込ましてもらった。夕方、帰宅して昨夜到着したカーナビの説明書を読み込み、機器を試行した。
<タイ民主主義岐路>
タイのプミポン国王(ラーマ9世、88歳)が13日亡くなった。第2次世界大戦終結直後、兄国王が急死に伴い1946年6月18歳でチャクリ王朝第9代国王に即位してから70年、存命する世界の君主の中で最長だった。国王は70年代以降、幾多の政治危機に仲介の労をとってきた。92年に軍が発砲した「暗黒の5月」事件の際、対立する首相とデモ隊指導者らを自らの前にひざまつかせて和解を論し、その影響力を内外に印象付けるなどタイ式民主主義はプミポン国王一代で築き上げたもので権威と国民の厚い信頼に支えられた独自の政治システムで発展を遂げた「王国」で国民が絶大な敬愛を寄せる国王の死は政治的混乱が懸念されている。タイには日系企業が多数進出していて一定の影響で出そうだ。
皇太子のワチラロンコン氏(64)は当面即位しない意向という。タイは1932年の立憲革命以降、クーデター(未遂含む)が19回も起き、現在も軍指導の暫定政権が全権を把握している。
プミポン国王は米国生まれ。即位した後も52年頃まで主にスイスで過ごしている。若き国王はシャズを好み自らも作曲も手がけ今でも街角の店に国王の曲が収められたCDが並んでいるという。67年にはタイで開かれた東南アジアの国際大会で金メダルを獲得した腕前。2002年には野良犬から生まれた愛犬との生活をつづった物語を出版し、同国でベストセラーになった。
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