難しい地名

日誌写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

私の至福のとき

2017-07-31 11:13:23 | 日記
2016年4月5日記忘庵日誌・荻野源吾

 わたしの至福のとき

最近の私にはごくささやかでも至福の時があります。

それは早朝の喫茶店でモーニングのコーヒーを飲みながら、新聞を広げての拾い読みです。丹念に各紙を読み比べることです。時にはよくメモしておいて批評します。
その店には朝○・毎○・讀○・産○・日○などの主要全国紙の五紙の他スポーツ紙や奈○新聞・奈良○日なども置いてあるのです。もしできたら東○新聞や秋○魁や大分○○同新聞といった地方紙があれば言うことはない。もちろん電子媒体でも見られるのですが、私たちの年代はどうしても紙媒体で直接目に触れないと読んだ気がしません。
最近は「一服安らぎタイム志向」で星○コーヒーやコ○○コーヒー店が大流行り。世の中疲れ気味なのかそれともゆとりなのか。私の行きつけは後者の店。モーニングは茹で卵と大ぶりのパンの切りで400円。ここの素朴なパンのsandwichは大口でがぶりと食べてもなお口からはみ出るので実利で人気。

私には最近まで二つのジンクスがありました。
一つはわざわざコーヒーを飲むためだけに喫茶店を利用することを「いさぎよし」としない事。(用務ならいざ知らず)
もう一つはゴルフには自分には縁なきものであると決めたこと。
このような誓いにもならない二つのジンクスを70歳まで頑なに維持してきた。つまり自分には贅沢は出来ないし、合わない。その時以来コーヒー一杯を節約して世の悪と闘うと決めたのだ。何故か他の不遜な贅沢は別に置いて。
マージャンについては、厳密にはつい最近ある人に教えてもらって手に染めた。頭の体操になるからと家内と共にマージャンを習おうとしました。ところがつい面倒になってお手上げ。楽しみより決められたルールの中の運任せが苦痛になって止めてしまいました。やはり競争してのギャンブルはたとえ賭けなくても自分の性に合わないと自覚しました。ゴルフとマージャンは結局縁がなくこれからも残念ながら生涯することはないと思われます。
そこで一方の喫茶店での喫茶ですが、それがどうしたことか最近はこれが無常の喜びとなってきた。勇を鼓舞してこの無駄遣いを覚悟で喫茶店に飛び込む。これぐらいの贅沢は許されていいだろうと歳と共に考えるようになった。ああ私も人並みの贅沢が出来きるような歳まで生きたとの感慨が胸を熱くする。(福祉アナリスト)



ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 難しい地名 | トップ | バーンスタイン「ミサ」 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

日記」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。