ティハールのお祭りの日に、高田の馬場のネパール・レストランで(2008.10.30)

2008-10-30 18:46:34 | Weblog

*ティハールをお祝いして入り口に花(ネパール・レストラン・マヤ)

昨夜(10月29日)は、高田の馬場のネパール・レストラン(マヤ、Maya)で、知人と食事をしました。

ネパールから来て日本で働いている知人が、今日は、ティハール(Tihar)の日です、と。だからレストランの入り口に花が飾ってあるというのです。
私でも、秋の収穫祭ダサイン(Dasign)やティハール(Tihar)の名前は知っています。でもネパール暦のこともあって、いつなのかは、日本人には全く分かりません。
5年ほど前の、秋にネパールをぶらぶらしていて、この2つのお祭りに遭遇していました。旅先で、その土地のお祭りに出会うこと、むろん日本の田舎でも、心をとても豊かにしてくれます。

 * ティハール(Tihar);<女神ラクシューを家に迎え、富と繁栄を祈る。家の窓や戸口を花輪や電飾、灯明で飾り、女神ラクシューを呼び入れるようにする。4日目と5日目には、家の聖なる場所である食堂の床や黄や赤の色粉でマンダラを描き、花や果物、甘い菓子などを捧げ、家族1人ずつの長寿や無事を祈る。4日目から、ネワールの新年が始まります(地球の歩き方―ネパール編から)>

*祭りで踊る子どもたち(5年前の10月、ナムチェバザールで)

 このところ出かけるネパール・レストランは、高田の馬場駅近くの小さなお店マヤ(Maya)です。
ここは、ネパール人のお客さんが多いのです。ネパール語が飛び交います。初めて同士のネパール人も、すぐに打ち解けてしゃべり始めます。私ら日本人が蚊帳の外になることもしばしばです。ネパールから来ている人たちには、気が休まる所なのでしょう。
今まで、よく行っていた他のネパール・レストランに比べて、食事が美味しいのだそうです。私には、全然同じ、としか思えません。ただメニューも豊富で、その選択が楽しいし安いですね。

 ネパールは、今年、国王の体制が倒されました。国王は宮殿を追放されました。すでに、宮殿は博物館になっているそうです。今、ネパールの首相は、私がネパールを歩いていた時には、<過激派>・<武闘派>だったマオイストです。マオは、毛沢東の毛です。その頃、宮殿周辺はもちろん、市内のあちこちに、自動小銃を持った国軍の兵隊が立っていました。その脇を、外人の私がすり抜けるのは、気持ちの悪いものです。両手を挙げ気味にして、目立たぬように通っていました。

ヨーロッパの国々、むろん日本も、王制から、国民による共和制に変わっていくのは、歴史の流れでしょうか。ネパールも今年、ようやく共和制、国民による政治になったのです。

 昨年あたりには、ネパールの政情不安と変わっていく新体制を異国の地で見ていくことに不安そうだった知人も、今日は全く不安がなそうでした。それならよかった。

 知人が、若いネパール人をつれていました。10月中旬に日本に着いたばかりの若者です。日本語学校で勉強を始めたばかりです。私との会話も、英語でも、日本語でもできません。まだアルバイトも決まっていません。こうして、日本人と食事をするのも始めてのことのようでした。

私は、ネパール・ポカラから1年半前に来て、福岡の日本語学校で勉強しているサビナ(Sabina)を思っていました。久しぶりに連絡をとってみよう。

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