時計の針の 巻き戻し

ふだんの生活の中で、ふとやり残した感じがすること有りませんか?時計の針は、自分で巻き戻すものです。

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過去世と来世は存在するか

2005-11-04 21:18:51 | 思想と宗教

学会幹部からの指導で、昔からどうしても受け容れられなかったものがある。過去世と来世の話である。今でも何か実生活で嫌な目にあったりすると、幹部のなかには「過去にお前が他人を苦しめて来たからだ」などと言う人もいる。

 

しかし、理論がどんなにもっともらしくても、問題は本当に過去世というものがあるかどうかであり、またどうやってそれを証明できるかである。

 

私も中等部・高等部・学生部時代は、超自然的なものに憧れた。余談だが、家庭の中で私と同様に母の愛情をあまり受けられなかった人で、同じように超自然的なものに憧れていた人がいた。信頼の対象やいわゆる基本的信頼感が得られなかったからであろうが、私も現状をうち破る強力な存在に憧れていた。その彼も私と同様に、非常な不安感を抱えながら、である。

 

そのため、中学生時代から随分と催眠の練習を行ってきた。そのせいか、催眠に関しては高校生時代には、いわゆる「記憶支配」の段階にまで相手を導入できるようになった。

 

しかしそれでも、念力やテレパシー、透視などについては疑問であった。そこで大学生時代、この種の実験をかなり行った。念力は検出出来なかったが、透視・テレパシーについては、「可能性がかなり高い」という、自分なりの結果を得た。

 

だがこういう実験をするからこそ、過去世や来世の存在についてはますます疑問が湧いてきた。私のスタイルは、「ほとんど信用していないが、とにかくあるかどうか出来るだけ厳密に確認してみよう」というものであった。その結果、どうしても過去世と来世は無理だという結論になった。

 

学会二世とはいえ、最初から過去世と来世の存在をてんで信じていない私は、正直「罰論」などもほとんど信じられなかった。組織に属している、という意味では間違いなく学会員なのだが。

 

今でも幹部の中には、軒は学会活動に不熱心だからわからないのだ、と言って馬鹿にする人もいる。大いに結構だ。「疑い深い」というのは大きな欠点でもあるが、時には自分を変な条件づけから守ってくれることもある。疑い深いが故に、友人作りが下手だが、同時にお伽噺のような教義に乗らないという面もあり、この点は良かったと思う。

 

いずれにしても、過去世・来世の存在を前提とした指導に関しては、幸か不幸か、私は今でも全く受け容れられない。

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33 コメント

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TBさせていただきます。 (わめ)
2005-11-04 23:26:28
軒ちゃん、こんばんは~^^



ドラマ女王の教室のクライマックスシーンの先生のお話で、天国と地獄について語られている部分があり、軒ちゃんの『過去世と来世は存在するか』の記事に類似するコメントのように思いましたのでTBさせていただきます。
かなり共感しました (耳猫)
2005-11-05 00:25:34
こんばんは、軒ちゃん。



私はぼやっとした子どもだったので、過去世と来世の話を聞いたときは、「へえ、そおなのか」と受け入れてましたけど、成長するにつれて、だんだん疑問視するようになりましたね。



「そんな、あるかないかわからんもんで、かってに人様の幸不幸を決めつけていいものか?」と思うようになったのです。



なかでも、心身症のお子さんがいる婦人部の人が、

「あの子の病気は宿業なんです。」

と話してるのを聞いたときは、正直愕然としました。



心身症(詳しい病名は知りません)になるのは、いろんな周りの状況やらが原因なのであって、わざわざ「生まれる前のしたかどうかもわからない悪事(?)」なんか引っぱってこなくてもいいと思いました。



「宿業」という言葉が、現実のさまざまなありようから目を覆う、煙幕になってることって多いと思います。



もちろん、私には、過去世と来世があるのかないのか、さっぱりわかりません。

ですが、もし仮にあったところで、私にはどちらも、どうにもできないものですから、気にしても意味がないのだとだんだん考えるようになりました。



非活動になり退会を決意した今となっては、さらに懐疑的な考えに傾きつつあります
私も過去世の話をされるのは (ナウシカ)
2005-11-05 10:46:14
ほんとうんざりです
あっ間違えて (ナウシカ)
2005-11-05 10:49:56
エンターキー押しちゃいました



『「生きがい」の夜明け』というサイトはご存知でしょうか?

本当かどうかはわからないけど、なかなか興味深い内容でした。

もし良かったら、専門家のご意見ご感想など頂けると幸いです。



http://www.sol.dti.ne.jp/~sam/realaim/Lifeindex.html
みなさん、コメントありがとうございます。 (軒ちゃん)
2005-11-05 12:13:35
わめさんへ。



トラックバックとコメント、ありがとうございます。実は私、「女王の教室」、観たことありますが、なかなかいいと思います。もちろんドラマだから、現実そのように行くかどうかは別ですが、それにしても大切なことを言ってる気がします。

劇中の「先生」はとても現実的なことを言いますが、こういう現実性は大切だと思います。





耳猫ちゃんへ



コメント、ありがとう。



>「宿業」という言葉が、現実のさまざまなありようから目を覆う、煙幕になってることって多いと思います。



まさに私もそうだと思います。本当は現実の中で解決しなければならないのに、過去世の宿業で片づけると、本当の問題から逃げてるようなことになりかねないと思います。

心身症になるのも、本人の性格や行動、それに周囲の人間関係に問題があるはずだから、そこをよく調べて「あぁ、こういうところが問題だったんだな」ということが納得でき、出来るだけ良い方向に変えていくというのが妥当だと思います。

それにしても、耳猫ちゃん、絵文字の使い方がすごく上手いね。いつも感心してみてます。耳猫ちゃんは、適応の良い性格じゃないかな?





ナウシカさんへ



お久しぶりです。「生きがい」の夜明けというサイト、初めて見ました。感想は?というと、海外の学者はある意味すごく自由にものが言えるもんだな、ということです。羨ましいぐらいです。

内容に関しては、なぜこの人たちはこんなことを言うんだろうって印象ですね。確かに、「死後の世界」があったら人生観もすごく変わるでしょうが。無い、という証明は難しそうですが、少なくとも物理的には命は消えてしまいますから、「死後の世界はある」ということを証明してもらいたい感じです。

この福島大学の先生は人事管理論がご専門の方で、非常に多くの方面で講演をしておられベストセラーも書かれているようですが、専門でない領域だから身分を明かしてもサイトに気楽に書けるのだと思います。また私はどんなに有名な方であっても、あくまで事実に拘ることにしてます。









Unknown (sakura)
2005-11-05 12:24:47
こんにちは。



私も三世の生命観を受け入れられない学会員の一人です。



三世の生命については戸田先生の指導ということで、これはもう信じるしかない、信じられなければ仏法は始まらないんだというような趣旨の指導があったのではと記憶しています。それから戸田先生は生まれ変わりを否定していらっしゃったと記憶しています。



 私が人から聞いてきた三世の生命の捉え方というのは「来世があるのかないのかわからないが、俺はあると信じる」「来世がなければ今世では悪いことし放題じゃないか」「私がこんなに苦しいのは過去世で法華経を誹謗したからだ」など、信じる温度は人によって様々なようです。



私は過去世や来世といった生命観は「来世がなければ今世では悪いことをし放題じゃないか」というタイプの方を無害化する方便だったのではないかと思ってきました。



>心身症(詳しい病名は知りません)になるのは、い>ろんな周りの状況やらが原因なのであって、わざわ>ざ「生まれる前のしたかどうかもわからない悪事>(?)」なんか引っぱってこなくてもいいと思いまし>た。



>「宿業」という言葉が、現実のさまざまなありよう>から目を覆う、煙幕になってることって多いと思い>ます。



 耳猫さんが考えていることを、私もずっと疑問に思ってきました。病気や事故などの不幸が、すべて過去世の宿業によるものだとされてしまったら、それをもたらした病原菌や生活習慣などの本当の原因を探る動機を失い、科学の進歩も科学的な思考も阻害してしまわないかという疑問です。

 例えば欝になった学会員さんが、欝の原因が過去世の宿業だと考えて、宿業打開のためにさらに唱題と学会活動をがんばった結果、欝が悪化してしまい、本当の欝の原因である無理な活動からの心身の負担に気づかないこともあるのではないかと思います。



この過去世とか宿業論に関する学会教学も、今後見直すべき教学の一つなのかもしれませんね。





sakuraさん、こんにちは。 (軒ちゃん)
2005-11-05 13:17:21
お久しぶりです。コメント、ありがとう。



>私は過去世や来世といった生命観は「来世がなければ今世では悪いことをし放題じゃないか」というタイプの方を無害化する方便だったのではないかと思ってきました。



これは私も納得します。恐らくそうじゃないかなって思います。



>例えば欝になった学会員さんが、欝の原因が過去世の宿業だと考えて、宿業打開のためにさらに唱題と学会活動をがんばった結果、欝が悪化してしまい、本当の欝の原因である無理な活動からの心身の負担に気づかないこともあるのではないかと思います。



そうですよね。これこそ私もそう言いたいところです。



仏教の基本的立場 (Matthews)
2005-11-05 20:30:10
ゴータマ・ブッダのスタンスは、

過去世があるか、来世があるかについては、

無記・不説。

つまり、考えてはいけない、語ってもいけない、

というのが、本来の仏教の立場です。

つまり、それは、証明のしようがないものなので、

そのようなことを考えるひまがあったら、

現実のことを心配しなさいって話ですね。



「マーンルーキヤ・スッタ」という経典にあります。



前世について (人間の屑)
2005-11-05 22:49:31
えーと、一応、学会員の人間の屑です。はじめまして、私としては前世は来世はあると言えばあるし、ないと言えばないと思います。私は学会員なのに催眠に

興味があります。学会の話を聞いていると無意識に働いていると確実に思うからです。催眠も無意識に直接、働きます。えーと、催眠に前世療法といって暗示で前世を思い出して、悩み等を解決する方法がポピュラーであります。宗教と関係なく前世の記憶が現れるそうです。クライアントはその前世の記憶を感じで今、悩みが解決する方法を知るらしいです。ただ、ほとんどの催眠療法士は前世の存在を信じません。過去に、前世の記憶を催眠でよみがえって、普通なら、知るよしもない古代ギリシャ語を話した例があったそうですがよく調べれば小さいときにほんのわずかに聞いた古代ギリシャ語を聞いたことがあることが判明したからです。催眠療法士は無意識が作ったその人の悩みとか解決するための有益なイメージと捕らえていると思います。自分の知り合いもそういっていました。後。未来を見る催眠もあるそうですけどよくわかりません。結局のところ、催眠を使っても本当の前世は思い出せないですし、結局のところ前世があるかも知れないが思い出せないのであってもなくても関係ないのでは。この思想のいいたいのは今がんばってよくならないと来世でも同じ繰り返しだから今のうちにがんばって宿命転換しようといいたいのだと思います。それと、逝く人に来世があるからあなたが消えるわけではないといいたいのだと思います。ただ、前に催眠のホームページで見たのですが同性愛で悩んでいる男性が催眠を掛けられることで前世の記憶を偶然、取り戻した話を見たのですがいきなり、食事中に私は先祖だ蔵

に書き物があるとしゃべったそうです。その蔵とは空けられたことがない蔵とかで確かにその中から、書き物が出てきて、おまけにそれが古すぎで専門の人しか

読めなかったらしいです。内容は先祖が同性愛で恋人を殺した話だったと思います。あなたがどう思うかは

あなたの勝手ですが。私はそれよりもガンケンオゴとか法戦が疑問です。一応、そのページをペーストしておきます。http://nobee.com/
おはようございます。 (軒ちゃん)
2005-11-06 05:36:10
Matthewsさんへ



>ゴータマ・ブッダのスタンスは、

過去世があるか、来世があるかについては、

無記・不説。

>証明のしようがないものなので、

そのようなことを考えるひまがあったら、

現実のことを心配しなさいって話ですね。



そうでしたか。仏教のことに大変、お詳しいようですね。私は教典のことは知りませんでしたが、大変重要なお話だと思います。日本の国の仏教界では、学会以外にも過去世や来世のことをいう教派があるようですし、民間にもそう言う考えがありますが、それらは日本人が作った考えなのでしょうか?





人間の屑さんへ



また、随分と謙ったHNですね(笑)。ページに書かれているのはご自分の活動でしょうか。見ますと、すごく行動的で、ある意味やり手の方だと感じます。催眠も本当にお好きなようですね。



>結局のところ、催眠を使っても本当の前世は思い出せないですし、結局のところ前世があるかも知れないが思い出せないのであってもなくても関係ないのでは。



これはそうでしょうね。



>この思想のいいたいのは今がんばってよくならないと来世でも同じ繰り返しだから今のうちにがんばって宿命転換しようといいたいのだと思います。



そうのように捉えておられるのですね。来世の存在を前提にすれば、そういう考えも成り立つでしょうね。



>私はそれよりもガンケンオゴとか法戦が疑問です。



ん?ここの部分はよくわかりませんが?もう少しご説明いただけますか?



Unknown (まりりん)
2005-11-06 09:00:46
軒ちゃんさん、おはようございます。

過去世=前世についてですが、以前、アメリカの有名な科学誌に『催眠実験の被験者が、「自分は何年から何年まで、どこそこの街でこれこれと言う名前で生きていた」と本人が知る由もないはるか昔の話をし、調べてみたらそのような人間がいたことは事実だった』という内容の記事があったそうです。

人から聞いたことで、科学誌の名前はわかりません。だから眉唾かもしれません。



宿業の捉えかたについては、「宿業だからあきらめろ」とは教えられてないと思います。

例えば自分の身に降りかかった不幸や、不遇な境遇,人にされたひどい仕打ちなどを他のせいにするのではなく、全て自分に原因(遠因も含め)があると考え、そこから前向きに生きる生き方をしろといってるんだと思います。

何でも人のせいにしてしまったら、それこそ成長も向上もありません。

例えば人に裏切られて苦しんでるときに、「こんな辛い目に合わされる宿業」と考えれば相手を許し受け入れることができ、そのことで相手も段々変わっていく。そういうことだと思います。

簡単に縁を切れない相手,見捨てられない相手に悩まされたとき、私もこのように考えました。

宿業は転換できると教えられているはずです。
おはようございます×2 (軒ちゃん)
2005-11-06 10:48:50
わめさんへ



おはようおございます。私もTBさせて頂きました。事後ですみません。





まりりんさん、おはようございます。



催眠による過去世の話は良く聞きますが、私としては確実な「証拠」がないと納得しないほうですね。



>宿業の捉えかたについては、「宿業だからあきらめろ」とは教えられてないと思います。



確かにそうですね。宿命転換という思想自体は、まりりんさんの言うとおり、前向きに生きることを説いているのだと思いますが、その際の成長・向上のため行わせる行為に問題があるわけです。



例えば本当は本人とその周りを取り巻く人間関係に問題があるのに「過去世の業」と受け止めさせて学会活動に励むことによってますます精神的に追いつめられている学会員さんはいくらでもいます。この人たちのことはどうしてくれるのでしょうか。何か、責任を取ってくれたという話を聞きません。



>例えば自分の身に降りかかった不幸や、不遇な境遇,人にされたひどい仕打ちなどを他のせいにするのではなく、全て自分に原因(遠因も含め)があると考え、そこから前向きに生きる生き方をしろといってるんだと思います。何でも人のせいにしてしまったら、それこそ成長も向上もありません。





それではまりりんさんは、北朝鮮に拉致された人も、「自分に遠因がある」というのでしょうか。アメリカの9.11事件の時に、SGI幹部が飛行機に乗って犠牲になりましたが、これも自分のせいでしょうか。



犯罪被害者等のなかには確かに、「本人に油断があった」という場合もあります。それで油断しないようにそれからは本人が気を付けるという意味でなら妥当だと思います。私自身もスリの被害に遭ったことがありまして、それからかなり気を付けています。



しかしだからといって、スリを行う人が許されるわけがありません。ほおって置いたら余計に被害者が増えるおそれがあります。



また「自分に原因・遠因」説では、幼少時期の虐待の影響を克服しよう、等というとき、原因を厳密に調べるということが欠落してしまう恐れがあります。「いつでも簡単に変われる」のなら、なぜ聖教新聞の教育欄あたりに幼児期の大切さ等の記事が載るのでしょうか。

さらに何らかのハンディキャップを持って生まれた人に対して、「過去の遠因」というのは、そう言う人に対して大変失礼だと思います。学会は折伏教典時代は実際、そう受け取れる教義を教えていました。



また、教義は過去世の存在を前提としていますから、その点は「過去世が存在するという証拠」が必要です。

Unknown (まりりん)
2005-11-06 11:07:55
宿業転換するための学会活動、これは私も否定します。

宿業と受け止めて他を責めず、恨まず、解決の努力をしろ、前向きに生きろ、という哲学を教えてるのであって、私も学会活動や題目で解決できるとは思ってません。解決できることを信じて強く生きろということです。

犯罪被害者の方々のことですが、何年か前に神戸で少年が何人もの少年少女を殺傷した事件がありましたね。

殺された少女のお母さんの手記にたしか「娘はあの日あの場所で、犯人の少年に出会う必然があった。娘が殺されたのは意味のあることだ」というような趣旨のことがかかれてありました。被害者本人ではなく、お母さんの言葉ですが…。
Unknown (まりりん)
2005-11-06 11:15:27
それとですね、証拠は別に必要ないんですよ。

信じるか信じないか、それだけです。
Unknown (Unknown)
2005-11-06 13:15:47
まりりんさんへ



>解決できることを信じて強く生きろということです。



この点は同意できますね。



>殺された少女のお母さんの手記にたしか「娘はあの日あの場所で、犯人の少年に出会う必然があった。娘が殺されたのは意味のあることだ」というような趣旨のことがかかれてありました。



これは、お母さんの気持ちとしてそう考えなければやりきれない、という意味かも知れません。



>証拠は別に必要ないんですよ。

信じるか信じないか、それだけです。



ここのところはどうしても、ですね。私だったら

「証拠が必要なんですよ。信ずるか信じないかの問題じゃないんですよ」

と説得するでしょうね。
失礼しました。 (軒ちゃん)
2005-11-06 13:17:06
↑の文章は、私・軒の書いたものです。
宿業論 (sakura)
2005-11-06 14:46:39
 みなさん、こんにちは。



 過去世や来世が証明可能かどうかと聞かれれば、それは証明されていないし、個人的には今後も証明されることはないだろうと思うんです。

 病気や事件・事故に巻き込まれたとき、それを前世の宿業と信じ、ふて腐れることなく前向きに生きていく意欲をもたらすという意味で、前世の宿業を信じることもよいことと思います。

 けれども、宿業論を信じなければ不幸を乗り越えられないということはないと思います。世界には宿業論をまったく知らなくても、前向きに生きている人々はたくさんいるのではないでしょうか。



 それから、まりりんさん初めまして。



 私は相手の不幸を利用して、宿業論が新聞営業や集票活動に利用されがちな現状を憂いています。



 私が疑問に思うのは、「あなたが不幸なのは前世の宿業ですよ」というのと「新聞営業と集票活動をすれば前世の罪業が消え宿命転換できますよ」というのは、どちらも証明不可能で、信じるか信じないかの問題ですよね。まりりんさんが前者は信じられるが後者は信じられないというのは、私は理解できないんです。前者を信じて後者を否定するその理由はどういったところにあるのでしょうか。
軒さん (ナウシカ)
2005-11-06 22:52:10
率直なご感想ありがとうございます。

そうなんですかぁ~

私も実際はどうなんだろう?自分が死んだ時にしか、確かめようもないなと思っていましたが…



前世はどうにも、よくわからない話だけど、今の自分の人生においての過去は、まだわかる話だし、これからの未来も、今後の自分次第で、ある程度はどうとでもなるから、そこのところを考えた方が有益ですね。



でも実際のところ、今が精一杯って感じで、未来をあれこれ思っても、かえってしんどくなるような気もします。

まぁ~なるようになるさ、ぐらいに思っておくのが一番いいですかね?

三世の生命観 (アンドロメダ)
2005-11-08 15:49:36
はじめまして。

アンドロメダと申します。

興味深い記事なのでちょっとコメントさせていただきます。



三世の生命観ですがこれだけはなかなか証明できない法理ですね。

なぜならいくら人から話を聞いても勉強しても自分が死んだときならないと現実としてわからないものですからね。

現在、生きている我々がいくら語っても三世の生命観は現実として証明できない。

ということは現世のみという考え方も現実として証明はできません。

それも死なないとわからないことですから。

なので三世の生命観が思い込みというなら、現世のみというのも思い込みと言えると思います。



となると直感としてどちらが正しいのだろうか判断するしかないと思います。

そうなると三世の生命観のほうが理にかなってる、不公平でない気がするんですよね。

三世の生命観がなければ生まれながらの不公平がまったくわかりません。他に証明できる哲学なり宗教があればいいのですが、今のところ過去世の行いで生まれる場所、境涯が決まるという考え方が最もナルホドと思えるような気がします。

ある意味、過去世来世がなければこの世は全て偶然だといえることになると思います。生まれた時代、場所、性格、容姿など、この世のスタートがすでに偶然から始まってるわけですから。

そう考えると何かしら法則があるのではないかなーと考えてみたくなりません?

自分が考えてわからなくても厳然と何かあるはずだと思います。



ちなみに宿業は悪業ばかりクローズアップされがちだけど善業もありますよ。

また宿命は全て転換できますから、あまり深く宿命に捉われないほうが生きていくのに楽だと個人的には思います。
三世の生命観=輪廻 (わめ)
2005-11-09 19:12:40
 ちょっと目を離している間にいろんな方のご意見が。^^



 仏教は無我を説く教えで、輪廻(過去世・来世)があるとするならば有我になってしまうように思います。汗

 また、過去世が無ければ不公平な説明ができないとのご意見もありますが、兄弟であっても両親から受け継ぐ遺伝子はバラバラです。これでみんな公平ならそれこそ矛盾があると思います。



「輪廻説は仏教ではない」

http://freett.com/Libra0000/z006.html
ごめんw (わめ)
2005-11-09 19:13:53
リンク先URLが切れてましたw汗



「輪廻説は仏教ではない」

http://freett.com/Libra0000/z006.html
URLが見えないだけでした。 (わめ)
2005-11-09 19:17:59
 軒ちゃん、コメント欄汚してすいません。m(。_。;))m ペコペコ…
こんにちは (Blue Sky)
2005-11-10 00:03:18
軒ちゃんさんのこの度の記事に関しては、私も常々考えるところがあります。おおよそ、軒ちゃんさんのご意見に同意いたします。

なぜ現実の問題に目を向ける必要があるか。それは、現実の問題に向き合わなければ同じ問題を抱え苦しみ続けるからです。



ある同中で若い男性が体験発表をしました。その男性は、子どもの頃、いじめに遭い引きこもりになり、自殺まで考えていたそうです。その発表の締めくくりは、母親が信心してくれたおかげ、と苦難を乗り越えた体験として結んでいました。

息子が自殺まで考えていた苦しいときに、活動に明け暮れ、「お前が弱いからだ」と息子を責め立てた母親にです。彼を自殺から救ったのは、未入会の父親の思いやりでした。

彼の心の奥底には、母親への憎しみが解決されないまま封印されています。その憎しみの感情が内に向かうか外に向かうかは分かりませんが、いずれ必ずその問題が噴出してきます。まず間違いありません。

人格形成には親子関係が重要な役割を果たしていることは言うまでもありません。

子どもが問題を起こすとき、この親子関係をまず省みる必要があります。これを子どもの宿業として親の隠れ蓑にしてはならないと考えます。

こんばんは。 (軒ちゃん)
2005-11-10 20:17:03
Blue Skyさん、コメントありがとうございます。



>なぜ現実の問題に目を向ける必要があるか。それは、現実の問題に向き合わなければ同じ問題を抱え苦しみ続けるからです。

>彼を自殺から救ったのは、未入会の父親の思いやりでした。

>彼の心の奥底には、母親への憎しみが解決されないまま封印されています。その憎しみの感情が内に向かうか外に向かうかは分かりませんが、いずれ必ずその問題が噴出してきます。まず間違いありません。



非常に説得力のあるご意見だと思います。実は私も、どこかで誰かへのコメントとして同様のことを書いた記憶があります。本当の原因を放っておいて、「宿業」だから、と言って活動させる、これこそ危険ですね。

私にも母親に対する憎しみがあります。また、世間の多くの人たちに対する憎しみもありますが、これは学習理論で言う「刺激汎化」だと思います。学会員の母親が原因です。

そういう本当の問題から目をそらせて活動させればいつか必ずBlue Skyさんの言うように、問題が噴出すると思います。今でも私が診ている学会員の方の多くは、現在の問題というよりは過去の幼少時期あるいは少年少女時代の問題に根があります。



Blue Skyさんの意見はとても大切だと思います。多くの学会員の方に真剣に考えて欲しいと思います。

ue Skyさんへ。追加です。 (軒ちゃん)
2005-11-10 20:21:47
上にある、まりりんさんのコメントに対する私の答え、



>例えば本当は本人とその周りを取り巻く人間関係に問題があるのに「過去世の業」と受け止めさせて学会活動に励むことによってますます精神的に追いつめられている学会員さんはいくらでもいます。



でも似たことを書きました。とにかく重要なことだと思います。
はじめまして (ねね)
2005-11-10 22:38:51
私は結婚を機に入信しました。義両親の姿に学会はすばらしいものだと思っていました。いなくなった今、みごとに私の目には理解できない考えに取りつかれた人たちにしかみえなくなりました。信心のことで何を言われても納得できない。義両親がいて現実味を持っていた教学がただの絵空事のように感じてしまうのです。なのに罪悪感だけはしっかりと感じてしまうんですよね。。。ずっとロムしてましたが過去世を信じる信じないのお話だったので書き込みたくなりました。
こんばんは。 (軒ちゃん)
2005-11-14 20:12:45
アンドロメダさん、はじめまして。



>三世の生命観がなければ生まれながらの不公平がまったくわかりません



私としては、三世の生命が「事実として存在し得るか」に興味がありまして、頑固な人間ですのでそこに拘っています。



>自分が考えてわからなくても厳然と何かあるはずだと思います。



う~ん・・?あるはず、でしょうか?



わめさんこんばんは。



>「輪廻説は仏教ではない」



前にもお聞きしましたが、これは私の知らなかったところでした。わめさんの説明が妥当では、と感じています。

こんばんは。 (軒ちゃん)
2005-11-14 20:15:32
ねねさん、初めまして。



いろいろなお話、これからも聞かせてください。書き込み宜しく。
ネットカフェより (みれい)
2005-11-16 17:06:24
各国の死後の捕らえ方の傾向をみてみませんか?

けっこう今でも輪廻をといている国もあるんですよね。

たとえばタイの仏教などでは輪廻や宿業などでもまた日本とは違うようですね。

「現世が苦しかったら死んでさっさと来世に生まれ変わればいい」という現世の生に対してお手軽さを助長している節もあるようです。そのかわり死体にはなんらかの執着もあるようで、テレビで「本日の死体」を放映したり、死体博物館なんてのもあります。国の風土ですかね・・・



そもそも地球上で圧倒的に多いのは輪廻を信じないキリスト教信者。人口のパーセンテージのみで言えば輪廻より天国のほうがあることになります。

その方たちにとっては天国があり、輪廻を信じる人にとっては輪廻がある。

どっちも論じてもあるなしの答えなんてないですね。



「三世の生命観」に対する別の価値観がわめさんが声を大にしておっしゃっている「縁起の法則」もしくは「空の思想」にあたると思います。

また有神論者にとっては「神と人との関係」になってくるのではないでしょうか。



いずれにしても、信じる信じないは別として、「他(人間や人間以外のもの)と自の関わり方」をいかにとらえるかという、人が生きるには避けて通れない価値の問題なので、

創価学会でも縁起の理論を取り入れて学んでみてはいかがでしょうか。



有意識を受け継ぐことを輪廻とすれば、寝るのを死、起きるのを生として見ることもできますよね。

そうすりゃ日々生まれ変わり、毎日輪廻で毎日宿命転換のチャンス。生きたまま涅槃です。

過去を省みて、今を大事に生き、未来を見据えることができれば輪廻の思想も悪くないと思います。

私が前世療法で得たのはこれかな。



ちなみにスプーン曲げしたことあります。

あれは不思議だったなぁ。
こんばんは (軒ちゃん)
2005-11-17 00:54:24
みれいさんへ。



死後の捉え方って色々あるんですね。「縁起の法則」もしくは「空の思想」というのは、私にとって正直、難解です。



>が生きるには避けて通れない価値の問題なので、創価学会でも縁起の理論を取り入れて学んでみてはいかがでしょうか。



創価学会に対するアドバイスですね。創価学会がそれを学ぶほどの度量があれば良いと思いますが。



>有意識を受け継ぐことを輪廻とすれば、寝るのを死、起きるのを生として見ることもできますよね。そうすりゃ日々生まれ変わり、毎日輪廻で毎日宿命転換のチャンス。生きたまま涅槃です。過去を省みて、今を大事に生き、未来を見据えることができれば輪廻の思想も悪くないと思います。



なるほど。前世療法でそのような体験をなさったんですね。



スプーン曲げされたそうで、昔よく議論になり、私もいまいちわかりませんでしたが、みれいさんは実際に不思議な体験をしたんですね。

Unknown (Unknown)
2005-12-23 00:43:20
馬鹿馬鹿しい。

宗教に証拠が必要ですか?

スプーン曲げは力があればできるんです。

あれをやってるのは男だけでしょう。

科学と非科学の区別もつかないんですか…
Unknown (sakura)
2005-12-23 01:57:58
Unknownさんはじめまして。



>宗教に証拠が必要ですか?



日蓮仏法では文証・理証・現証という証拠

から教えを判断します。

Unknown さんへ (軒ちゃん)
2005-12-23 08:19:47
おはようございます。コメント、ありがとうございます。

まず、HNを使って戴きたいと思います。無ければご自分で作って、いつも同じHNでお願いします。本名でも結構です。



>馬鹿馬鹿しい。

>宗教に証拠が必要ですか?

>スプーン曲げは力があればできるんです。

>あれをやってるのは男だけでしょう。

>科学と非科学の区別もつかないんですか…



さて、こういう問題にはいろいろな立場があります。私の立場は、「疑わしいことにこそ、厳密な証明が必要」ということです。勿論日常生活で、全てについて証明するなんてのは不可能ですが。

いずれにしても日常的な判断だけで決めつけることこそ、偏見になりえます。





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TVドラマ 女王の教室 (EnjoyLife)
 先日このドラマ、『女王の教室』を観た方から、とってもよかったからと薦められ、一気に観てしまいました。  いいドラマでした。^^  機会がありましたら、是非皆さんにも観ていただきたいドラマです。っていつものフレーズだなw笑  1~2話目までは、担任が鬼女性教
輪廻説は仏教ではない (EnjoyLife)
軒ちゃんのブログの『過去世と来世は存在するか』記事にコメントさせていただいた中で、Libra師匠の雑記の『輪廻説は仏教ではない』についてをリンクさせていただきましたが、その内容についてのコメントを以前掲示板で書いた内容をまずはコピペしてみます。 『 脳が壊れて
ブッダの実践心理学 アビダンマ講義シリーズ (第1巻 物質の分析) (ヴィパッサナー通信 Vipassana news (blog版))
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