近藤誠センセイの本は、これまで避けていたんですが、これを読んだ複数の知人から、「ぜひ感想を」と求められたので、リクエストにお応えして読んでみました。
この本はかなり話題になり、がん患者、ご家族への影響も大きく、知的レベルのかなり高い知人たちからも、「価値観をゆさぶられた」との声が聞かれたので、蛍光ペンをにぎりしめ、自分の意見をポジティブとネガティブに色分けしながら読みました。
結論からいえば、この本に書かれていることの半分は納得できますが、半分は疑問です。
また、近藤氏が意図していたかどうかは別にして、がんをよく知らない人に大きな誤解を招きかねない、という点においては、罪深い本だとも思います。
私も、自分や自分の身内ががんになった時に、あるいは「放置」を決めることがないとは言えません。
「なんだ、やっぱり賛同するのかww」と思われましたか?
ただし、それは条件付きでして、発見の時点で「末期がん」であり、回復の見込みがないと判断される場合や、体力が消耗していて、手術や抗がん剤治療には耐えられないと判断された場合です。体力的に厳しい状態なのに、薬物療法(つまり抗がん剤治療)のような「積極的に闘う治療」に一縷の望みをかけて強行すれば、最期まで苦しむし、逆に命を縮めることになりかねないからです。
(ただし、がんの薬物療法の専門家である「腫瘍内科医」が少ない日本では、その見極めが正しいかどうかに問題がないとはいえませんので、セカンドオピニオンは必要だと思います。)
近藤氏には「20年以上にわたって診てきた150人以上のがん放置患者」がいるそうですが、慶應義塾大学病院放射線科を訪れる20年間分の患者数のなかで、150人はどれほどを占めるのでしょうか。
もっと大事な情報も欠けています。その方々ががん放置を決めた時に、どの程度がんが進行していたのか。実際は末期がんの人ばかりであるなら、そう書かなければ誰もが誤解してしまいます。また、末期がんであっても、人によっては化学療法が可能なケースもある現在、手術で治る、ごくごく初期の胃がんなどを「放置」させたのならそれはもはや犯罪だと思います。(このあたり、他の著書には書かれているのでしょうか。私はこの本しか読んでいないのでわかりません。)
ちなみに、「20年以上にわたって診てきた」は、近藤センセイの勤務年数を伝えているだけであって、この患者さんたちが20年生きている、ということではないのですね。誤解しないように。
近藤氏は「手術も抗がん剤もやっても無駄で命を縮めるだけ」と述べていますが、それならがんの生存率が伸びているのはどう説明するのでしょう。現在、日本ではがん患者の5年生存率は男性55.4%、女性62.9%。がんの部位や、病期によって異なりますが、あらゆるがんをひっくるめて、5割以上の人が生きています。乳がんに至っては、9割近くが治癒します。
それは、60年代、70年代に行われていた、「放置」あるいは「賭けてみる」式のがん医療ではなく、「手術や抗がん剤」を中心に放射線療法、緩和ケアなどを組み合わせた、スタンダード治療が確定し、確実性の高い標準治療として普及してきたことの成果に他ならないと思います。こうした事実を理解した患者さんが、それでも自分の判断で「放置」を決めるのなら、それはもうその人の人生哲学の問題ですから、他人が口を出すまでもないのですが。
9月の癌治療学会で、国立がん研究センター中央病院の田村研治先生が「がんの治療方針の決定には、少なからず医療者の人生観が反映する。医療者は自分の限られた経験だけでそれを判断せず、患者の話をよく聞くべきだ」と指摘されていました。おっしゃるとおり!とわたくし心のなかで拍手喝采でした。医療者には自分の「価値観」より、まず患者が正しい判断をするための「情報」を提供してほしいものです。
近藤センセイの実際の診察がどうなのかはわかりません。ご自分が乳がんの乳房温存手術を日本に紹介したとおっしゃっているので、患者によっては手術も勧めているのかもしれません。しかし、少なくともこの本には正しい事実を伝える姿勢が欠けているように思いました。
相変わらず、お忙しそうですね。
少なからず医療に対して不満を持っている人達には、「ちょっと読んでみようか」と思わせる刺激的なタイトルですよね。
医療本のイラストを、何度か描かせて貰ったのですが、素人のワタシが読んでも「そうかなぁ」と思う様な著者の押しつけと取れるものもありました。
「医者は正しい。素人は黙ってろ」的な医者に度々遭遇しました。
そういう先生には質問すら許されない。
技術は高いのかもしれないけれど、人間的にどうよ、と言う先生もいっぱい居ます。
そんな先生と、うまくコミュニケーションが取れるはずも無く、いくら評判でも、私は遠慮したいですね。
医者に殺されない為には、やっぱり自分で色んな人から情報を貰う方がいいと、私個人は思います。
少し前までは、医師の決定が絶対的なもので良しとされていましたし、治療の選択肢もなければ、患者にはその情報もなかったのですが、今は違います。有無を言わさず治療を押し付けるような医師は問題外でしょうね。この本は、そんな傲慢な医療へのアンチテーゼでもあるのですが、惜しむらくは、患者に誤情報を与えてしまうことです。編集者の問題かも、と思っています。
近藤誠氏の理論がどのように「圧倒的に正しい」のか、根拠がよくわかりませんが、おそらくSEIKEN様にとって、近藤理論はわかりやすかったのではないでしょうか。
おっしゃる通り、情報が氾濫する現代ですが、それを選ぶ自由があるのは悪いことではありません。ご自身が選んだ近藤理論を信じる気持ちももっともです。
しかし、近藤誠氏の言葉に従って治療できるチャンスを逸し、手遅れの状態で大学病院に駆け込む人が後を立たないことは知っておいてください。
がんと「闘わない」のも人間ならば、闘う手段がある以上、「闘いたくなる」のもまた人間だと思います。