蛾遊庵徒然草

おこがましくもかの兼好法師にならい、暇にまかせて日頃感じたよしなし事を何方様かのお目に止まればと書きしるしました。

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「革命を私する」ということー明治維新と中国共産党革命に思うー

2013-01-21 18:55:45 | 時事所感
1月21日(月)晴れ。昨日は大寒の入りなれど今日は寒気やや緩む。

 19日(土)の夜、BS1でドキュメンタリー「毛沢東の遺産~激論 二極化する中国~」を視た。
 この番組を視て直後に感じたことは前回のブログに記した。しかし、それとは別に見終わってじわじわと思い立ってきたことがあった。
 それは、いつの革命も同じだなとの思いである。すなわち、革命の成果は、いつも誰かに都合よく盗まれるものなのだなということである。

 私は、昨年、ふとしたことから水上勉著の明治時代、大逆事件で処刑された「古川力作の生涯」を読んだ。
これを読んで、今まで漠然としか知らなかった「大逆事件」なるものが、いかにおどろおどろしく残酷かつ恐ろしい明治国家権力犯罪だったかということを知った。
私は、これを契機に明治という時代がほんとうはどういう時代だったのか改めて知りたくなった。

先ず大逆事件の首謀者とされて、第一番目に絞首刑にされた幸徳秋水の「帝国主義」を、その師である中江兆民の「三酔人経綸問答」を、横山源之助の明治30年代の底辺労働者男女の実態を克明に活き活きと記録した「日本の下層社会」等々を。

その結果、知ったのは、明治という時代が、司馬遼太郎が「坂の上の雲」で描いたような、光輝溢れる日本史上まれにみる栄光のその陰で、いかに多くの人民の怨嗟と苦患に満ち満ちていたかを知った。

その欺瞞の象徴が、明治天皇が亡くなる直前、明治国家権力によってでっち上げられた空前絶後ともいうべき国家権力犯罪としての「大逆事件」だったのだ。
そしてその首謀者は、明治時代最後の元勲といわれた山縣有朋なのだ。そしてさらにこの山縣のお先棒を担ぎ、「思想を断罪する」として、大逆事件のシナリオを書き無実のしかも困っている人民を何とか救えないものかとそれぞれの場で一生懸命とりくんでいた有志の人々を断罪したのが、後に総理大臣にまでなった山縣の忠実無比な子分、平沼騏一郎(維新の会、平沼赳夫の義理の祖父)なのだ。

明治維新、それは、心ならずも抗するかたちとなった徳川慶喜、小栗上野介、さらには両者の仲立ちの役割をした勝海舟らの働きや、そのほか、無数の有志の活動家の力が結集して、迫り来る欧米列強帝国主義の侵略を跳ね返して幕藩・封建国家体制から近代立憲国家体制への転換劇であり、その結果、日本が外国に侵略されることなく無事生き延びることができた一大エポックメーキングだったのだ。

そして維新当初、日本は、今後どのような国家体制をめざしていくのか様々な選択肢があったのだ。
なかでも五箇条のご誓文は、まさに近代民主主義国家建設への夢を国民の多くに与えたのだ。
しかし、国家早々のみぎり、廃藩置県、武士の家禄の召し上げ等、明治維新革命の手足となって血汗を流したにもかかわらず報われぬ層が多数生じ、その憤懣が西南戦争へとなった。
だが、時代は大きく変わり、新たに組織された国民皆兵による徴募兵(多くは農民子弟)に武士を主体とする西郷軍は敗北した。
これを契機に国家権力に対抗するには、武力ではだめだとさとり自由民権運動が勃興した。
  このとき、明治維新草創の中心的世代だった西郷や大久保、木戸が相次いで亡くなると、その政治的遺産を伊藤や山縣ら第二世代がつぐことになった。
これから以降の日本国家のあり方を大きく変えていく中心となったのが、山縣有朋なのだ。
  彼こそは、幕府から奪った政権を絶対に他に渡すまいと決意したのだ。彼の目にあるのは国民多数の幸福なんかではなかったのだ。
彼は、欧州に視察にいき、そこでフランス革命などを見聞し、人民に言論や集会の自由等を与えれば、いかに権力が無力なることを骨の髄まで学習したのだ。
このため、帰国して政府の中枢に座るようになると次か次へ、いかに国家権力を自己のもとに固く掌握するかに腐心するようになる。

  そのために天皇制を最大限に利用すすることにしたのだ。天皇の官僚としての文武官僚の試験採用。わけても憲法制定にあたっての軍事に関してのて天皇の統帥権の絶対性。これは軍事に関しては、総理大臣さえもその関与を排除するもであった。
「政権は銃口から生まれる」と嘯いた毛沢東よりも先に、山縣は政治権力の保持には武力の掌握が絶対不可欠であったことを骨身に沁みて承知していたのだ。
徳川家康でさえも戦を始めるとき、老臣に相談もなくはじめはしなかっただろう。侍大将なんて幕府の職制上他の奉行職と並列されていたのだ。
このこと一つ見ても、天皇の統帥権というものが国家行政組織上いかに異様なものであったかがわかるではないか。

  これは、時代の流れの中で国民大衆の世論を議会開催という方向で無視し得ない状況を見据えての苦肉の策でもあったのだろう。
  だが、制定当初はともかく、一度これが憲法の条文となるや、予想もしない威力を発揮し後の昭和軍部の暴走を招き明治憲法国家体制の破綻を招くにいったたのだ。
  つまり、山縣は、国家権力を自己の息のかかった子分共を中心に永久に保持しようとせんがために天皇制という強固な基盤を築きこれを都合よく利用する中で、明治維新革命期にあった明るい国民の未来を暗転させ私したといわざるをえないのだ。

  中国の今もまたこの明治日本と同じことが起きているようだ。それは現在の政権中枢に居座る一部の利権集団が、共産党革命の理念・理想を忘れ、それを捨て去りながらもスローガンだけは、今もれいれいしくたてならべながら、その陰では、国家権力を保持していくために、軍隊を国家の軍隊とせず、共産党人民解放軍として自己の権力の暴力維持装置を絶対的に手放そうとしないところに如実しめされているではないか。

  いまや、全人民が同じ釜の飯を喰い、土の中に穴を掘って雨露をしのいだ長征は、はるか昔の伝説と化し、その夢を信じてついていった多数の庶民は、自分たちがただの権力奪取の道具でしかなかったことを思い知らされるにいたったということではないのか。

  中国といわず日本といわず、人間一人ひとりが、権力の単なる道具とならないためには、自分を大切にし、いかなる権威権力にもひるまない自主独立の気概と自分なりの考え方をもち、同じ考えを持つ人たちと連帯して、その思想を切磋琢磨して行く以外に、未来への真にひらかれた明るい平和な社会への展望はないのではないだろうか。

―追記―
 「大逆事件」については、
 1970年に三一書房から刊行された絲屋寿雄著「大逆事件」が、事件の背景、事件も概要、公判の様子、判決文、再審請求の経過と却下の判決等が好くまとめられている。
なお、大逆事件により、無実の罪で刑死した12人と死刑を宣告されながらも減刑されて無期または有期刑に処せられた被告たち本人ならびにその縁者のその後をめぐって、2010年、岩波書店から刊行された田中伸尚著「大逆事件―死と生の群像―」に詳しく記されている。

  戦後、新憲法が公布され大逆罪が廃止されたにもかかわらず、しかもその後の研究で大逆事件が菅野、宮下ら4人を除いては、事実無根であったことが明らかにされている。
 戦後、その中で唯一人存命して無罪の再審請求をした坂本清馬に対して、最高裁はにべもなく却下した。
山縣有朋の天皇制絶対の権力独占の亡霊は、今なおこの国の根深いところで息づいているようだ。
 しかも今、安倍政権(山縣の系譜に連なる長州藩閥)によって、天皇を元首とすることをはじめ現憲法を戦前の大日本帝国憲法をなつかしむかに改正しようと摺動をはじめているのだ。
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[BS1] ドキュメンタリー「毛沢東の遺産~激論 二極化する中国~」を視る

2013-01-20 00:28:07 | 時事所感
1月19日(土)晴れ。寒気ややゆるむ。

 今、中国では毛沢東の評価をめぐって真っ二つに割れているという。毛沢東の肖像画を掲げ、愛国を叫ぶ貧しい身なりの中年者や老人。他方で、毛沢東時代には絶対もどせないとし、民主化を進めるべきだと主張する人々。天安門広場に毛沢東の銅像がたっているようではいつまでも中国に民主主義はないという。

 番組は、毛沢東を熱烈に崇拝する一派の代表者と、それを否定する一派の代表とが申し合わせて設けたサロンで、お互いの主張をぶつけあうところから始まった。
 今にも、つかみかからんばかりの勢いだが、お互いに手は出さないところに感心させられた。

 視聴していて今更ながら現在の中国の階級間格差が大きく爆発寸前の深刻さにあることが感じられた。
 毛沢東支持派に言わせれば、今の中国は看板だけは共産主義だが中身は、全く違う。せっかく革命で資産家から奪った財産を、今の幹部達が全てひとりじめしてしまっているというのだ。
 そして、このままの現状が続くのなら、暴力で(現体制)倒すとまで公言してはばからないのにはびっくりした。

 彼は、この放送の後、当局から危険分子として拘束・逮捕されるようなことはないのだろうか。そんな疑問を持たずにはいられなかった。

 他方で、毛沢東の写真を仲間と引き裂いてみせて、その動画をインターネットにアップする人たちの一団。
 日本でならば天皇陛下の写真をそうするようなインパクトではないか。

 そして、今回の中国共産党指導者の交代について、毛沢東支持派はもちろん民主化を願う人々も何の希望も展望も持っていない様子が伝わってきた。
 今、中国の人々は、習近平体制が現状をどのようにもっていくのか固唾を呑んでみているらしい。
 何が起こるかと。

 その目の前にあるのが、日本叩きの尖閣問題ではないのか。
 中国共産党軍の最高司令官は、既に全軍に日本との戦争準備体制をとれと指令しているという。日本のF15がスクランブルをかけて1発でも領海侵犯警告の曳光弾を発射したならば、それは宣戦布告だとして、容赦なく日本を叩き潰すと豪語している。

 これに対して、日本政府は、本音のところでまだ、中国側のこの姿勢を、こけおどかしと軽くみているのではないか。
 それが証拠に、訪中した鳩山元総理が「尖閣は係争地である」と発言したことに対して、売国奴とかなんとか与野党から非難轟々だという。
 元防衛庁長官を女性として始めて就任された小池百合子氏は、「鳩は鳩小屋に居なさい」とツイターでご丁寧に2度も書き込まれたとか。
 
 本当に国を憂えるなら、さっさと「係争がある」ことを認めて、とにかく話し合いましょう、というのが国民の生命財産の安全を担う責任ある与党政治家の責務ではないのか。

 今の中国、習近平体制は、振り上げた拳の下ろしようがなくて困っているのだ。だからこそ鳩山氏の発言に飛びついたのではないか。
 鳩山氏は、売国奴どころか、今の中国の本音をはからずも引き出した功労者ではないのか。
 
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尖閣、「領土問題は存在せず」で、いつまで済むのか!?

2013-01-13 17:58:52 | 時事所感
1月13日(日)晴れ後曇、やや暖かい一日。

 尖閣問題。このところ、中国が日に日にジリジリと間合いを詰めてくるように感じるのは、果たして私ひとりだけだろうか。

 10日、昼ごろ、中国軍の戦闘機数機が、沖縄県・尖閣諸島北方の東シナ海にある日本の防空識別圏に入ったのを航空自衛隊が確認し、那覇基地からF15戦闘機が緊急発進(スクランブル)したという。
 これに対して、佐藤守・元空将は「…今後もさらに異常接近するならば、警告射撃など手順どおり行動すべきだ」と指摘していると報じられている。
 
 また、安倍首相は11日の記者会見で、中国のこうした一連の行動について「国際社会で責任ある国家として間違っている」とし、「「海と領土を断固守る」と決意表明し、領土問題で「(中国と)交渉する余地はない」と強調したと報じられている。

 そして、政府は、15日に閣議決定する平成24年度補正予算案に、スクランブル時に出動するF15戦闘機4機の近代改修など2124億円の防衛関係費や海上保安庁の領海警備体制の強化経費を計上するという。
 
 なお、10日明らかになった、海上保安庁が進める領海警備の強化策では、巡視船12隻態勢で、乗組員400人規模の尖閣専従チームを新設するとし、さらに12隻態勢をつくるため、今年度補正予算で1千トン級の巡視船6隻の新造を要求し2015年度までに就航させるという。

 これを見れば、現時点での政府の尖閣問題対応策は、あくまで力ずくで対決していこうということである。
 だが、戦前の日中戦争時代の国共に分かれての混乱下の中国と違い、今や核大国・軍事大国の中国に対して、力と力の対決がどこまでできるというのだろうか。
 人口比でみても10対1だ。面子だけで負けると分かっている武力衝突をあえて安倍政権は覚悟するのか。
 
 今の中国共産党政権は、いざとなれば本気らしくみえる。既に戦争になることを承知でスケジュールを立て、事をすすめているのではないか。過去の日中友好条約などとっくの昔に焼き捨てた気でいるのではないか。
 中国国民の共産党政権に対する、幹部の利権漁りと汚職腐敗への不満は、爆発寸前だという。それは新任されたばかりの習近平総書記が自ら就任演説で語っているところである。その国民大衆の暴発寸前のガス抜きをするためには、目先一番手っ取り早い手段は、東海の小さな島国でしかない小国日本、目の上のたんこぶ、これを木っ端微塵に叩き潰してみせるしかないと考えているのではないか。

 先日、何かで見た日中両国の尖閣問題へのアンケートでは、中国の方では75%の人が戦争になるとしていた。
 これに対して日本では約60%がそうはならないとしていた。
 何と、われわれ日本人の暢気というか平和ボケというかおめでたいことだろうか。

 相手方、中国では、中国共産党政権のこれでもかこれでもかというほどの反日教育の成果大いに上がり、すでに4人に3人が戦争になるとみているということは、中国政府がその期待(?)どおりに戦端をひらかないときには、かえって弱腰とかなんとか国民の非難を浴び、政権基盤を一層弱体化する危機に直面するのではないか。

 それは、戦前の日本軍部が米英膺懲をスローガンに国民を煽り、結果その国民の敵愾心に押さえがきかなくなり、猪突猛進負けると分かっていた大東亜戦争に突入せざるをえなかったのと同じ轍を踏むのではないか。
 今や、中国共産党政権は振り上げた拳のおろしようが無くて困っているのが本音ではないのか。

 このような状況を前に、わが国は、いつまでも馬鹿の一つ覚えのように「尖閣はわが国固有の領土あり、領土問題は存在せず」などと、嘯いてことたれりとせず、真正面から受けてたち、堂々と国際司法裁判所へ提訴するべきではないのか。

 中国共産党政権は、そのときこそ内心ほっとでき、そこから新たな日中関係を再生し再構築する気になるのではないか。
 ここまできたら、それしか方法はないのではないか。
 アメリカは、安保条約の適用範囲と一応は、云ってはいるもののどこまで、他国のそれもちっぽけな島一つのために米軍兵士の血を流すことをよしとするだろうか。
 
 日本は、一日も早くこの決断をしないと、今度はアメリカの圧力で尖閣問題の国際司法裁判所への提訴を強要されるようになるのではないか。
 そのときこそ、日本の独立国家としての面子は丸つぶれではないのか。

 オバマ大統領が、安倍首相の就任挨拶をかねて早速、日米会談を申し入れたのに対して体よく先延ばししたのには、案外、目先、尖閣共同防衛の言質をとられるのを嫌ったからではないのか。
 もう少し時間をやるから、頭を冷やして考え直して来いというのが本音ではないのか。

 ところで、しかし、そこまでして安倍総理が、わが国の真の大局的な国益も考えずに目先、面子に拘って尖閣でつっぱりたがるのは、中国を挑発して国民の平和ボケへのショック療法としようとの浅智恵ではないのか。
 世界に冠たる軍事大国大日本帝国の再生を目指して。そして、その第一歩のとしての悲願の憲法改正のためにこそと。
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冬山賛歌

2013-01-08 13:32:09 | 田舎暮らし賛歌
1月7日(月)晴れなれど寒気強し。

 八ヶ岳を北に望む茅ケ岳山麓のこの地に移り住んで10年がたつ。ところがここのところの寒気、今まで感じたことが無いほど厳しい。寒暖計は毎朝、-5度から10度を指している。
 日中の暖かい頃を見計らって、愛犬の散歩にでかける。稲穂の切り株を打ち返した黒々とした田んぼが、段々状に西の南アルプスに向かって下っていく。
 そのあぜ道を人影のないのを見て、引き綱を放してやった愛犬が飛ぶように駆けていく。
 右手の八ヶ岳から氷の針のような北風が、ブルゾンの上から身に突き刺さるようにつめたい。
 その北風に敢えて顔を向ければ、白鎧々とした八ヶ岳連峰輝いている。
 このような美しい峰々を朝な夕な眺めて暮らせる幸せをつくづく思う。
 
だが、このお正月、雪山遭難のニュースをいくつも視聴した。
 そして思った。

 雪山が好きで行く人はそれでいい。だが、一度遭難となると、正月早々、救助を求められた地元の関係者の迷惑はいかばかりだろうか。
 他人の好き勝手な楽しみのために、下手すれば雪崩などによる二次遭難の危険と隣りあわせではないか。

 犬の散歩に付き合っての裏山の凍てついた残雪の小道でさえ、古希を過ぎた老爺の足はとられる。雪の無いときのなんでもない道が急にこの先を行くのが怖く覚える。

 これが、2千、3千メートル級の風雪厳しい高山となればどうだろうか。
 まさに冬山登山こそ自己責任を全うすべきではないか。
 一度遭難したら、雪が融けるまでそのままにしておけというのは、酷だろうか…。
 
 鎧々たる八ヶ岳連峰輝、正面の甲斐駒、地蔵、観音、薬師と連なる南アルプス連峰を眺め渡しながらこんなことを思う天邪鬼は私だけだろうか…。
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