蛾遊庵徒然草

おこがましくもかの兼好法師にならい、暇にまかせて日頃感じたよしなし事を何方様かのお目に止まればと書きしるしました。

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闇将軍閣下の高笑いー小沢不起訴方針決定?ー

2010-02-03 23:47:56 | 時事所感
2月3日(水)晴れ、暖。
  
  今日は節分の日。「鬼は外、福は内」。日本政界の大鬼。検察はこの間躍起になって、この大鬼をしかるべきところに押し込めようと、その子飼いの三下奴を散々に責め上げてみたが、大親分を奮縛るに足る材料はついに時間切れか何かでみつけられなかったということか。まさに、こんな煎り豆ぐらいで、はいそうですかと尻尾を出すような玉ではなかったということらしい。

  今頃は、大江山の酒呑童子よろしく朱の大杯に並々と美酒をついで、そのお仲間の小鬼どもと祝杯をあげていらっしゃることだろうか。

  しかし、検察は不起訴とはいえ、ここまで捜査を継続したことは、それはそれなりに意義があったのではないだろうか。
  どう取り繕ったところで、これまで大実業家でもなく議員歳費しか収入が無い筈の方が何十億もの現金を自宅に、安普請の家ならが床が抜けるほどの大金を常時保管されているとは、誰が聞いたって尋常なことではないではないか。
  そのほとんどが、自らが中心になっておつくりのなった、政党助成金のもらい得のようらしい。
  検察は、法に触れなくても、その如何わしい図式を満天下に知らしめただけでも大いに捜査の意味があったのではないか。
  
  もし、この捜査に手をつけていなければ、検察は時の権力者の犬になりさがったのかと揶揄されていたのではないか。

  ただ、私は小沢氏が国連警察軍の強化と自衛隊をそこに参加させることを年来の主張とされているように聴く。
  これが本心からであれば、私は大いに応援したい。
  今の世界中の全ての問題がグローバル化している現在、それを解決する手段、最短の道は国連の改組と強化がいちばんだと考えるからである。
  しかし、その理想を実現するためには先ずは数だ。その数を確保するためには金だ。その金を手にするためには手段を選ばない。というのであればどうだろうか。

  剣による者は剣に滅ぶ。金による者は、金に滅ぶ。

  小沢闇将軍閣下が、今回の一連の経過の中で、国民の誰の目にも真っ黒けのけに見えてしまっているのは動かし難いだろう。
  それでもそのお神輿を担いでいこうという民主党は、一体何処を見て歩いて何処へいこうとするのだろうか。

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朝青龍問題に思うー横綱らしくの欺瞞性ー

2010-02-01 00:22:38 | 時事所感
1月31日(日)晴れ、午後から雲多し、暖。

  このところ、朝青龍の暴行事件でマスコミは喧しい。曰く横綱の品位に欠ける等々。相撲は日本の伝統文化か、はたまた単なるプロスポーツか、と。

  古代王朝時代の神事としての相撲はともかく、江戸時代以降は、地方の農村の神社での地域の人々による奉納相撲を除いては、興行としての庶民の楽しみの一つではなかったか。

  そこでは、昔の人々は、一々横綱の品位なんてものを云々することがあっただろうか。もっとも江戸時代には横綱という地位はなく、大関が最高位だったとも聞くが。

  まあ、昔は人間どの分野にしろ、その頂点にたてば、自ずから人にあれこれいわれなくても、それなりの自覚なり風格を示して、周囲の人間の顰蹙をあえて買うような軽々しい行動をとるなんてことはなかったのではないだろうか。

  学校なんてものがなくても、親や家庭が、周囲が、人間をそれなりにしつけていったのではないだろうか。
  それが、今の世は一番身近な親や家庭が、周囲の大人たちに、子や若者や弟子を厳しくしつける力が無くなったということではないだろうか。
  
  しかし、視点を変えれば、たかがなんて云い方をしたら、また何処かの誰か様の顰蹙を買うかもしれないが、大相撲の横綱という位置に心技体の一致とか品位とか何か格別のものを求める必要があるだろうか。

  もっとも格闘技を本職とする人間が素人に暴力を振るうなんてことは、横綱の品位以前の単なる刑法犯ではないのか。
  問題は、やったことが法に触れるものであれば、あとは司直にまかせればいいのではないか。その結果によって有罪ならば、即、懲戒処分として解雇すればいいのだ。
  反対に、刑法に触れるまでにいたらず示談が成立したのであれば、一場所出場停止なり降格すればいいのではなかろうか。

  最近は、一国の総理でさえも品位云々以前のお歴々が陸続としているなかで、たかが大相撲の横綱、それも20代にの若者にそれを求めて云々したところで、それは欺瞞以上のなにものでもないのではないか。

  とにかく、朝青龍は滅法強い。私は彼を好きではないが相撲の天才だと思っている。彼が抜けた大相撲なんて山葵のない寿司か刺身のようなものではなかろうか。

  表面はお利巧さんぶったところで、人の見えない影で何をやっているのか分からない取り繕った偽善よりも、まあ、あまり人様に実害を及ばさない範囲で、自由奔放云いたい事を云い、遣りたいことをやる。要は活き活きとした人間らしく振舞うことの方が、はるかに世のため他人(ひと)のためではないのか。

  今の日本、なんでもお行儀よく、一寸のはめも許さない、なんとけち臭く小さく縮こまっていくことだろうか。

  その一方で、欺瞞のお面を被った有象無象の跳梁跋扈と言う有様ではないのか。
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