蛾遊庵徒然草

おこがましくもかの兼好法師にならい、暇にまかせて日頃感じたよしなし事を何方様かのお目に止まればと書きしるしました。

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若い人で、占い師さんは大繁盛!

2007-11-28 00:56:11 | 日常雑感
11月27日(火)曇り。終日肌寒し。

  今、我が家の近くのテーマパークが、冴え渡る冬空に40万個のイルミネーションで美しい。夜間開園の週末には結構な数の来園者で賑わっている。

  園内には、その来園者に楽しんでいただくため、いろいろなイベントが用意されている。私もその中に混じって似顔絵を描かせてもらっている。

  ところで、私の定席の隣室には、占いのコーナーがある。

  さて、お客様の付き具合であるが、私の方は最初のお一人様の注文があるまでは、閑古鳥の啼きっぱなしである。
  ところが、お隣ときたら、占いの老婦人先生が、お席にお付きになる前から順番待ちの若い人が列を作る盛況ぶりである。

  真に羨ましい限りだ。そこで所在無く先生のお出ましを待っているぐらいなら、一寸こっちを向いて似顔絵を描いてもらおうという気になってくれないのかと、つい思ってしまう。

 そして、先生が席に着くや、聞くともなしに聞いていると、密やかに時に微かな笑い声も混じりながらの会話が漏れてくる。

  こちらは暇な手遊びにグラビアの人物の顔を模写しながら、ふと思う。今の若い人たちの何と多くが、誰かに自分たちのこれからが、どうなるかを尋ねてみなくてはいられない、前途に漠然たる不安を抱えているのだろうかということである。

  私が若い頃にも東京のあちこちの盛り場の物陰には、チラチラするアセチレンの微かな灯火を前に、占い師たちがひっそりと控えていた。だがその前で座っているお客の姿はめったに見た覚えは少ない。
  勿論自分がその前に座ってみようなどとは思ってもみたことはなかった。

  あの頃は、どんな障害物だって己が力尽くで、蹴散らせるものであり、若さとはそう信じることであると思っていた。

  だが、今に至ってみると、それはどうだったのだろうか。跳ね返されて、跳ね返されてやっとのことで今、僅かに手にしているものに縋っているにすぎなかったのかもしれない。

  それにしても占いは当たるも八卦当たらぬも八卦とか…。それでも大繁盛とは羨ましいかぎりではないか。

とは言え、そんな心優しく心弱いともいうべき若い人が多く思えるこの国のこれからは、一体どうなっていくのかとも思ってしまうのは、単なる老耄の杞憂だろうか…。


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今の世の中、世直し一揆が何故起きない?

2007-11-21 01:35:25 | 日常雑感
 11月20日(火)晴れ。日中、暖。
 
  昨日の夜、クローズアップ現代で「悲鳴をあげる“名ばかり管理職”」というの視た。
 
  24時間営業のコンビニでやっと正社員になれたと思ったつかの間、6ヶ月で店長に抜擢され、4日間の研修を受けて管理職に登用された。
 しかし、実態は、平店員の時と変らず、変ったのは残業代がつかなくなっただけ。反対に基本給は若干上がってもトータルの手取りでは大幅な減収。

  洋服の何とかでは、店長と言う名の管理職に抜擢され、これで思うとおり、自分に任された店舗運営ができるかと張り切ったところ、そんなことは露ほども叶わず、全部が本部からの指令。ところが売り上げノルマだけは厳しくそれを達成するために、着もしない背広を売れるほど自分で買い込む始末。

  何のことはない、管理職登用は、体の良い人件費削減策の一手段だったのだ。
 
  今、この手の管理職が大増殖ちゅうとか。
 
  労働法基準法とかでの管理職の要件は、①企業経営の一端を担って任されていること、②出退勤時間が自由であること、③人事権を有すること、と一応定められてはいるものの、強制力やこれに反したからといって、特段の罰則はないという。
  しかし、最近の企業側の人件費削減策としての目に余る乱用ぶりに、何事にも腰の重い厚生労働省も漸く実態調査を始めたとか。

  さらに、最近の企業では、業務を細分化して誰でもができる仕事にして、非正規雇用にまかせて人件費を浮かせるのだという。

  それでなくても雇用者の3人に1人が非正規雇用とか。それがために定職に就けず将来の見通しが利かず、結婚はできず子どもは産めない。
  最近の妊産婦救急外来が受け入れ側の病院に拒絶されるのも、1回あたり、5千円から1万円もかかるため妊娠中に必要な10回ほどの検査を受けていないために、出産時のリスク回避が大きな要因とか。

  政府は、口では少子化対策が急務としながらも、その入り口の問題すらも解消しようとはしないのだ。

  本来なら、ここまで国民生活が圧迫されてくれば、世直し一揆のムシロ旗の1本や2本お立っても不思議じゃない筈が、そんなものはどこにもない。
  全く不思議なことである。

  上記の番組でも、国谷キャスターが、コメンテーターの労働法が専門の先生に「どうすればいいのでしょうか?」とお伺いをたてたら、先生曰く「当事者の方、一人ひとりが声をあげていくことでしょうね」と、まるで他人事のように穏やかに答えていられた。
  
  本当は、この先生、「聞け、日本中の虐げられている労働者諸君!今こそ団結して立ち上がろう!」と激をとばすべきだったのではないだろうか。

  今の雇用問題を打開するためには、官民を問わず終身雇用を廃止し、新規採用は、3年間の有期雇用を原則とし、この期間を優良に勤務したものは、次回は6年間、その次は12年間…と、いささか極端とも思われるぐらい抜本的な法改正をすべきではないだろうか。
  この規定、一般職の公務員はもとより、学校の先生も、警察官も裁判官も例外をおくべきではない。
   こうすることにより、キャリア、ノンキャリアの身分差別も一掃され、現在の公務員の特権的な身分保障に、一部の者とはいえ安逸を貪る結果の不祥事が相当程度減るのではないだろうか。

  そして、官民を問わずこれまた、3年以下の短期雇用は、極々臨時的な業務に限定すべきではないか。
  こうする事により、国民全体の雇用機会の均等化と、格差是正が同時に図られるのではないだろうか。
  

  と思うこの頃、さて皆様はいかがお思いでしょうか。
     
  
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今の日本、 野に篤志家有るも官に跳梁跋扈するはネズミばかりか!、と言いたくもなる思い。

2007-11-17 00:31:03 | 時事所感
11月16日(金)曇り、一時薄日射す。

  夕方、徒然なるまま、ネットサーフィンをしていたら、次の記事を見た。

『南足柄出身の女性、市に10億円寄付
 神奈川県大磯町に住む元会社経営者・横溝千鶴子さん(88)が16日、神奈川県南足柄市役所に現金で10億円を寄付しました。

 「たとえようもなく最大の喜びであり、人生の集大成となりました」(横溝千鶴子さん)

 南足柄市出身で、かつては高校で教べんをとっていたという横溝さん。「自分が生まれた町の子どもたちの教育のために使ってもらいたい」という思いから寄付したということです。(16日18:11)
[16日22時58分更新]

  凄いものである。写真では、市役所の会議室か何かでの引き渡しに机の上に帯封されたままの10億円分の札束が山積みされていた。

  この方、ご主人が厨房機器の会社を興され、40年間に渡って貯めたお金を数年前にも5億円寄付されたとか。

   このところ、報道されるニュースは社会保険庁に始まって、目下の防衛省、前事務次官を巡る過剰接待疑惑等々、ピンは大臣からキリは三下奴にいたるまで、税金ただ食いの大ネズミ子ネズミの異常増殖跳梁跋扈ぶりである。
   おまけに今話題のお方は、父親から財産分けしてもらったお金が当座使うあてもなかったとかで、部下の口車にのったかのってか、運用任せて、失敗すれば、全額返済させたとか。
   そのお陰があってのことか、この何がしとかいう部下、次官共々二人三脚仲良く出世なさって現職は、同省内の筆頭課長の防衛政策課長とか。

    日本国家中枢の国民の生命財産を忝くもお守り下さるとかのお役所の中の枢要人事が、まるで何処かの村役場か、同族経営の中小企業並みということか。
    そしてまた、こんな程度の連中に約5兆円近い予算を預けて、国防をまかせきりにしている我々は何とおめでたいことだろうか。


   ところで、あっちにもこっちにも、こんなに太っておいしそうな大ネズミ小ネズミがたくさんいそうだというのに、そのネズミを取る猫はどこにもいそうにもない。
  猫はご馳走に食べ厭きて、太りすぎで身動きができず、ただお互いにじゃれあうだけで、ネズミなんぞは最早眼中にないということらしい。
  我々は、日本丸の船倉にネズミが齧った穴から海水が浸水して、沈没するのを今やおそしとただただ待つしかないらいしい…。

  それでも、今日もともかく無事すぎているのは、まだこの日本にも野には、10億円もの汗の結晶をポンと寄付される方がいられるからだろうか。

  と、思うこの頃さて皆様はいかがお思いでしょうか。
  


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素朴な疑問―原油価格高騰に何故歯止めがかけられないのか?―

2007-11-14 01:19:51 | 時事所感
  11月13日(火 )晴れ、暖。

  夜、クローズアップ現代を視る。今日のテーマ、原油価格の高騰と食料品の値上げだった。

  原油価格は、今、3年前の3倍にもなっているという。確かに、ガソリンスタンドに行くたびに、値段が上がっていく。この先どこまで上がるのか、空恐ろしい悪寒がしてくる。
  しかも、今の石油漬けの生活。全ての価格にその影響は波及する。
  とは、言いながら昭和48年の時のオイルショックに比べれば、ガソリン価格以外の物価上昇は緩慢にみえるのは、どうしてだろうか。

  今日の放送を見る限りでは、今までは、生産者が値上げしたのでは、さらに売れなくなるので、様々なコスト削減をして自らの利益を犠牲にして、必死に値上げを防止しているとのこと。だがその限界も超えたところにきた。
これからは、続々と10%前後の値上げがはじまるとか。

  私の貧しい経済知識では、一つの原材料価格が一時的に高騰したところで、結局は、その内に全ての商品やサービス価格に波及して、値上げ前のそれぞれの物の間に成立していた価値関係に落ち着くのでないかということである。

  オイルショックの時にも、ほぼ全ての物価も約、30%ほど上がったが、暫くして給料も同じ率で上がった。
 
  その経験から、今回の原油価格高騰についても、多少の時間差はあっても、そう心配する事は無いだろうぐらいに漠然と眺めていた。

  だが、今回は、どうもその時とは様子が違うように感じられる。
オイルショックの時は、産油国の事情で、やむにやまれない面があったように記憶しているが、今回の要因は、米国でのサブプライムローンとかで多額の損をしたヘッジファンドとかが、その損失を短期に取り戻すべく、人為的に石油や穀物の先物市場とかに資金を投じた結果ひきおこされているとか。
原油の実需だけなら、60ドル程度であるはずが、ヘッジファンドによる投機資金の流入により30ドル押し上げられているとか。さらに世界中の年金資金の運用資金の流入により5、6ドル上がっているとか。

  という事は、我々の生活に必需のものを、投機の対象にして人為的に地球規模での経済的な混乱を招いているということのようであるらしい。
まさに世界的な米騒動の前夜の観がするのだが。

   こうした時に、これが一国内の問題であれば、時の政権の力で、生活基盤に係わる物資の先物市場への投機資金の流入を禁止するとかなんとか規制する手もあるだろう。昔だって、徳政令だの何だのそれなりにやってきたではないか。

   ところが、今回の石油価格高騰は、世界的規模でのことであり、今のグローバル経済社会では、どこの政府でも一国では如何にも手の打ちようは無いようである。

   これを見ても、地球温暖化対策とともに、もはや世界は、現状のような弱肉強食、群雄割拠の世界政府の無い状態では、動きが取れない時代に入っているのではないだろうか。

   資源問題、環境問題、経済問題、雇用賃金等の労働問題、人権(暴力・地域紛争)問題等々人間が最低限平和に暮らすためには、そのための仕組みとして、何とか国際的な問題解決のためには、一つの権力に集中委託する世界連邦のような世界政府の樹立が、現実の問題として、必至の時期にきているのではないだろうか。
 
   だが、現実には、どこを見ても、このような視点からの問題解決への提言はほとんどお目にかかれない。
多分、そんなことは夢物語であり、実現不可能だということなのだろう。お利巧さんの学者や政治家は、自己の見識を疑われかねないとして、ゆめゆめそんな戯け話は口にされないということだろうか。
   しかし、現実論といわれるものこそ、実は蝸牛角上の論であり、結局は問題解決への毒にも薬にもならない代もではないだろうか。
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年寄りの冷や水?―大連立茶番劇、三文戯作者ご老体のはた迷惑!―

2007-11-10 02:02:37 | 時事所感
11月9日(金)晴れ後曇り

  朝スパを視る。三宅何とかとおっしゃる通称「ナベツネ」と呼ばれるご老公のご親友だとかがゲスト席に鎮座ましましている。

三宅先生のお話を伺えば、どうやら、今回の民主党、小沢天下一我儘爺い坊ちゃまを天下の笑い者に仕上げた木偶(デク)遣いは、読売グループ総帥の「ナベツネ」氏とか。
  その相方をお勤めになったのがこれまた89歳とかの大勲位中曽根閣下とか。
  そのまた走り使いをお勤めになったのが森元宰相閣下とか。

  いやはや、元気な近所ならぬ世間迷惑な怨爺い様のおんパレードではないか。
  よくもまあ、皆様、位(クライ)人臣を極めながら、それでもなお倦むことを知らず国家の行く末を憂え、老骨に鞭打たれ、夜毎夜毎に山海の珍味を肴に、密議・謀議におふけりになれるものである。

  これぞまさしく文字通り「年寄りの冷や水」というのではなかろうか。
ちなみにこの俚諺グーグルで検索してみたら、『343.【と】 『年寄(としよ)りの冷(ひ)や水(みず)』 (2007.01.03)
老人が冷水を浴びるという意味で、老人に不相応な危険な行為や、差し出た言動をすることの喩え。また、それを冷やかして言う言葉。
類:●老いの木登り●年寄りの力自慢●ずくなしの冷や水』とあった。
 
  人間、もうそろそろ我が身も天国か地獄からお呼びがかかる頃かと心得たら、少しは蒼天の秋空を眺め、舞い落ちる紅葉・枯葉に人生の無常をいとおしみ、なにがなし静かな想いに耽るひと時を、お楽しみになりたいとは思われないのだろうか。

  この世の中、どうやら不都合な真実ながら、全て皆、不揃いな人間の集まりである以上、未来永劫、各自がそれぞれの頭脳の中で勝手に描く理想郷など実現することはありえないのだ。
  この先、何十年、いや何百年、何千年と人類が生存し続けようとも、過去・未来の聖人君子や賢人・智者がどんな能書きを、百万弁費やそうとも、強い者ほど自分ひとりでは消費しきれないほどの物を独り占めし、弱い者は未来永劫、強者の強欲振りを指を咥えて見続けさせられることこそが不動の真理ではないのか…。

  そうと見極めれば、年寄りは年寄りらしく、天下国家の行く末なんぞは、良くも悪くも、これからの人たちの勝手に任せて、渋茶の一杯でもゆっくり楽しんでいただいた方が、どれだけ世の為、人の為になることだろうか…。

と、思うこの頃、さて皆様はいかがお思いでしょうか。

 ー追記ー
  こんな思いは、私だけかと思っていたら、久しぶりに覗いた「きっこ」女史も、日頃はご老人を大切に思いながらも、『お呼びでないクソジジイどもだけは、1分1秒だけでも早くこの世から消えて無くなって欲しい』というような過激な文字を躍らされていた。

  見ず知らずの若い人に、ここまで言われているは、まさに知らぬが仏ということだろうか…。
 
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小沢代表の化けの皮、剥がれて居座ってはみたものの…

2007-11-07 00:18:39 | 時事所感
11月6日(火)曇り。薄ら寒い一日。

  小泉前々宰相閣下が、このごろ「まさか」が多すぎると一言去る集会でこぼしたとか。そのまさかの民主党、小沢代表の茶番劇、「恥ずかしながら今一度頑張ってみる」とのこと。
  65歳の歳のせいか、これまでのようにそれはそれで格好好く啖呵を吐いたあとは、二度と振り返ることがないのが身上だったはずが、今回は、皆さんの慰留を受けての居座りだとか。
 
  民主党議員の少しは骨のある先生なら、とっととお辞め下さいが本心ではないだろうか。それは、岡田、前原氏へのぶらさがり記者団への答えを聞いていても「いずれにしても、早く決めなければならない」ということに見て取れた。
  その答えの表情に、自分たちに三行半を満天下のもとで突きつけられた相手に、おめおめそれでもとおすがりするみっとも無さに忸怩たる思いが見て取れた。

 それに反して、当の小沢爺さん、昔の我儘の癖がつい出たものの、一寸頭冷やせば、我が身も寄る年波、この先行く当てもないことにはっと気が付いたかの居座り。
 
こんな爺様に舵を任せる民主党は、その昔、佐渡の沖で船頭に騙されて母子が割かれて山椒大夫に売られた安寿と厨子王といったところか。

 この一事で、次回選挙は、民主大敗必至だろう。
 その際の、コメント。メディアは揃って囀るだろう。
 『やっぱり、あの大連立のゴタゴタに伴う小沢代表の一連の行動や自党への誹謗発言が、有権者に大きな不信をあたえましたねー。その不信感を拭えない中で、参院選の大勝でせっかくできかかっていた党内の挙党態勢はもとより、野党共闘態勢もひびわれしてしまったことでしょうか…。』
 
 しかし、当の仏頂面親分、居座ってはみたものの、山田洋行600万円献金がらみ、あるいは不明朗な10億円不動産所有名義問題等、その身にヒシヒシト胡散臭い疑惑追及の厳しい視線がせまる恐怖にいたたまれないのではないだろうか。
 
こんな無様な光景を前にして、自民党は、今や、一時はあんなに怖く大きく見えた敵の大将が、なーんだ、一皮剥いてみれば、多寡が知れた張子の猫だったと気づいて、腹鼓を叩いて大はしゃぎというところではないだろうか。
 

 

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この世には、恒ならむもの無きとは知りつつも…、美しい赤松林が消えた後には…!

2007-11-06 00:38:58 | 田舎暮らし賛歌
11月5日(月)晴れ後曇り、夜に入りて雨。

  夕方近く、ストーヴの薪作りに励んでいると、我が家の庭先に続く赤松林の奥から人の気配がしてきた。鉈か何かで小枝を打つおとがしてくる。耳をそばだてて待つ事も無く、作業衣姿の男性が姿を見せた。我が家の庭先との境界線上の木々にピンクのビニールテープを張っていく。
  すわや宅地造成でも始まるのかと身を硬くして「何が始まるんですか?」と尋ねた。

  訊けば、赤松に虫が入り、次々に枯れていくので、赤松を全て伐採するのだという。確かにここ2、3年の間にも、眼前の赤松の何本かが次々に赤茶けて枯れていく。しかし、まだ青々と 喬々と立っている木々も多いではないかと問うと、松喰い虫が入ってからでは、伐採するのが危険だとのこと。それで、まだ多少元気に見えるうちに伐採するのだという。
 そしてその後には、ヒノキの苗木を植栽する。市から樹種転換ということで補助金が出るのだそうだ。
 
  地主さんとしては、放って置いて、赤松が思わぬ方向に倒れたりして、万一事故でも起こしたときには面倒なので、この際、市の政策に便乗して伐採してもらうのが得策だとか。
  
  放っておけば危険なので、伐採するのは理解できる。だが、何故今、ヒノキの植林なのだろうか。ヒノキとて苗木を植えつけておけばそのまま用材になるような立派な樹木に成長するというものではなかろう。枝打ち、間伐、様々に人手をかけなければ良い木にはなるまい。

  今のこの地で、稲作や畑作でさえも人手がなくて耕作放棄地が増加しているというのに、誰がヒノキ林の手入れをするのだろうか。
  十数年後の結果は、以前には 松茸も採れたという美しい赤松林に代わって、1年中変化のない鬱蒼とした緑の壁が延々と続くだけの変化の乏しい景観に変るだけではないだろうか。
  ヒノキの苗木は、1本100円とか。行政は、何を考えているのだろうか。自然美観光立県、自然美観光都市造りを目指すといいながらである。

  赤松だけ伐採して、そのまま放置しておけば、自然は、その森林遷移の法則により、四季豊かな林に還るのではないだろうか。
  そこでは、多種多様な野鳥や昆虫の天国になるのではないだろうか。

  財政難の中、態々金をかけてこれまでの景観を壊し、無味乾燥な近所迷惑な人工林に変えていこうという愚かな発想がどうしてでてくるのだろうか。

  自らの懐が痛まない行政当局の、これもまた、貧しい想像力と無知のしからしむるところだろうか。

  東京からこの地に移住を決めた、大きな理由の一つに周囲の楢やクヌギの混じる色彩豊かな赤松林の美しさに惹かれたことにあるのに、僅か数年足らずしてそれがほとんど無くなってしまうという。
  
 もっとも、自宅を建てるにあたっては、赤松の山林を譲ってもらいながら、周囲の山林は当分このままだろうという、地主さんの言葉を信じて、自分の地所だけは完伐しておいて、周囲の林を見てたのしませていただこうという身勝手さが、手厳しいしっぺがえしにあったと思えば一言もできない立場なのは、百も承知の戯言なのだ。

 これからは、せめて境界線の内側にせっせと赤松やコナラ、クヌギの苗木を植え、周囲のヒノキに負けないように育てていくばかりである。

 もっとも、そんな行く末をみるまでもなく、こちらの寿命がつきているのが、せめてもの慰めとすべきだろうか…。
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