蛾遊庵徒然草

おこがましくもかの兼好法師にならい、暇にまかせて日頃感じたよしなし事を何方様かのお目に止まればと書きしるしました。

「きっこの日記」の、きっこ様、ガス代滞納常習(?)は止めましょう!

2006-03-31 15:41:13 | 日常雑感
 3月31日(金)晴れ。風強し、朝、外の金魚鉢に薄氷張る。

毎日、必ずチェキしないではいられないほど、愛読させていただいている“きっこの日記”3月29日(水)付け「室内キャンプの日々1~5」を読んでビックル仰天玉手箱だ。

きっこさんは、ガス代滞納で、マンション自宅のガス栓が閉栓された経緯について、
『あたしの場合は、常に2ケ月ぶん滞納してて、次のぶんの請求書が届いた時点で、一番古いぶんを払うってパターンを繰り返してるから、一度でも支払いをオコタルと、ソッコーで止められちゃう。』と、ユーモラスに書かれている。
 
 そいでもって、冷蔵庫の残りもののモヤシいためを作りたくなった、きっこ女史は、押入れにしまってあった、友達が置いていったコールマンのキャンプ用ガスコンロを持ち出し、愛用のバイクのガソリン抜きとって、それに入れ、爆発・燃焼恐れつつバイク用ヘルメットまでも用心深く着用して着火し、無事、即席料理をおえられたそうな。
 
 そいでもって、できあがったモヤシピリカラ炒めを、『…半分は晩ご飯にして、残りの半分は、次の日に、金ちゃんラーメンに乗せて食べることにした。それにしても、室内でキャンプ気分は満喫できるし、ガス代はかからないし、こりゃあすごいアイテムだ。…』と、すっかりご満悦の体。先ずはメデタシメデタシだ。

 だがしかし、これって怖い話じゃないでしょうか?。階下か階上かは知らないが、そこの住人が、屋外でしか使えないツーバーナーだかのガソリン(白色ガソリン使用)ガスコンロを、爆発承知で使用しているなんて!。消防署に聞かせたらそれこそソッコーで跳んでくるのでは?。

 それに、平成の鬼平ならぬ、社会正義の味方、はたまた白馬の騎士のジャンヌダルク(?)かとも思う“きっこさん”が、ガス屋さん泣かせは、いかがなものでしょうか?。 

 私も、若い頃、水道料金徴収の末端責任者をやったことがありますが、ガスや水道未納・滞納でも、実際に止めるまでは、手続き的にも、担当者の精神的葛藤(…されど、止めるべきか止めざるべきか?。それが問題だ!。と、ハムレットの弟並みぐらいには悩むのです。)も大変なのをご存知でしょうか?。

ちなみに私は、少し自慢げにもと、少々お目障りかとも存じますが、料金滞納で止める場合は、一番怖いホニャラ団様からとオッカナビックル取り組みました。そのため智恵を絞り、向こうが何々一家なら、こちらも水道一家を陰で豪語し、不渡り承知で有難く手形頂戴したり、唐傘代紋提灯に挟まれながら、時には網走まで取りに行ってくれと脅かしすかされ、それでもメータ止めた時には、鬼の首でも取った気分が懐かしやです。

 何か、公共料金というとどうせお上のやっていること、少々払いが遅れたってつぶれることもなかろうと、後まわしでも誰も困りはするまいとの、言わずもがなの口吻が、山家の爺の僻耳には聞こえてくるのは空耳でしょうか?。

 電気も、ガスも水道も皆様お困りないようにと、24時間、お偉いさんはいざ知らず、下っ端ほど、盆・正月も変わりばんこで頑張っているのです。

 と、ちょっとダッフルしてしまいましたが、話戻して、「止めることのむずかしさ」、
東京のような場合、鉄のトビラの向こうは全くのブラックボックス、誰が住んでいるのか分からないのです。
 そんなところで、いくらガス代未納でも、「何とかにも、何とかの分」で、栓を止めているところへ、怖い兄ちゃん中からでてきて、「おまえら、そこで一体、何してんねん?」と、ばかりに一発カマサレルか、ブスリと、さえもやられかねない恐怖の作業なのを、想像されたことがあるでしょうか?。

 滞納が増えれば、増えるほど善良な他のお客様にその費用を転嫁され、結局は料金値上げの一因になることぐらいは、賢明なきっこさまへは釈迦に説法と恐縮・恐懼いたします。

 社会の悪を、政治の悪を敲くなら、先ずは公租公課、公共料金払ってからにしたいものです。でなければ、きっこ様が糾弾なさる年金未納、大宰相閣下や、大国会議員先生方と五十歩百歩となってしまうのではと、山家の隠居は要らぬ心配してしまうのですが。

と、思うこの頃さて皆様はいかがお思いでしょうか?。

―追記―

 こんなことを書くと、「お前は、ヒット欲しさの“きっこパラサイト”か?」と、またまた、きっこ信者さまから、闇から礫のおこごと頂戴するかもしれませんが、何しろ時価二億円とも評価されて、大ご満悦のわが愛するきっこ様が、暴走されてはとの諫言のつもり、はたまた、それほど影響力が大きい故にこそ、公序良俗にはご配慮あって、ご発言にはご自重をと、要らぬ心配する次第。
 賢明な読者諸賢におかれては、意のあるところをお汲み取りいただければ幸甚・幸甚。

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 山湖待春(奥蓼科白樺湖)ースケッチ散歩からー

2006-03-30 20:44:06 | 田舎暮らし賛歌
 3月15日(水)晴れ。

 三月半ば。白樺湖は、まだ雪と氷の世界である。

 だが、春はもうすぐそこの麓まで、静かに忍び寄っていることを
 
 感じているだろうか?


 
 久しぶりに、我が愛するロシナンテ(軽トラ)の荷台で、時々吹きつける寒風に震えながら、淡彩スケッチをこころみた。
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「NHKへ物申す!」―何故、“毎度のお馴染み”ばかりが出てくるのか?-

2006-03-30 15:01:55 | 日常雑感
3月30日(木)曇り、小雪、また薄日射す。朝、気温2度。

 昨日、26日(日)BS2で放送された、「あなたもブログ通になれる」でとりあげたお勧めブログ30選のリストが知りたく、NHKのホームページを捜したが見当たらない。そこで同局に電話した。

 応答にでた視聴者係りとかの担当者は、口頭でお伝えすることはできるが、リストをFAXで送るとかはできないとのこと。
それなら仕方が無い。応答者の女性がいかにもすまなそうに答えてくれたので気が済んだ。

 しかし、そこで私の口からは、日頃、NHKに感じているもやもやが、ついて出た。
一番、腹が立つというか気になることは、アナウンサー、ゲスト、ドラマの脚本家、歌謡番組の出演者、等々特定の人間に偏りすぎているように感じるのである。

 あれ、こんなところ(番組)に出ているのか、またか、と感じることが多すぎるのである。
 何か、それらの人間を選定している企画者というのか、人事担当者に特定の人脈,派閥があるのではと勘ぐってしまう。
 さらに極論を言えば、一部の人間により、公共放送機関が、今や私物化されているのではないかとさえ感じるのは私だけだろうか?。

 その弊害の悪例が先日、懲役5年半とかの判決言い渡しがあった6千万円だかを使い込んだプロデューサだったのではないか?。
 彼なんかも外部の私なんかが知るよしもないが、上のほうのお覚えめでたく、何でもかでもご指名受けていたばかりに、その鼻がピノキオになって局の財布は俺のものと錯覚しての結果ではないのか?。

 それから、もう数年も前のことかもしてないが、酔っ払ってか何かで、タクシー運転手を殴り飛ばしたと報じられ、暫く姿が画面から消えたと思っていた、四国何とか藩主の末裔とかの、世が世ならば殿様大キャスターと申しあげるのでしょうか、松平定友氏である。
 事件が報じられる前は好い感じで目にしていた。
 しかし、この事件報道を聞いてからはダメである。もっともらしい紳士然とした陰の顔で、弱いもの虐めをするような輩から、偉そうなもっともらしい解説(どうせ別の人間が書いたものだろうが)なんか、二度と聞きたくも見たくもないと思うのだ。

 ところが、私の好きな番組「その時歴史が動いた」にも、この殿が毎度偉そうに腕組みして一席のたまう。
「シルクロード」でもしゃしゃり出てくる。どうかすると日に二回もいやいやお眼にかかることがある。

 これは、一体どうした分けなんだ?。

 NHKにはそんなに人材が枯渇しているのだろうか?。第一、彼もそろそろいい歳のはず。一体、NHKの定年はいくつなのか?。

 それでいて、歴史ものなんかにはうってつけと思える内藤啓二アナなんかは、いつの間にか甲府放送局とかに追いやられ、最近はやっとラジオ第一、NHK教育朝7:45~に出ているとか。(これは、私の内藤アナは今どこにと?と言う質問で教えてもらったのである)
 断るまでも無いが、私は内藤アナの親戚でも友人・知人でもない。

 私が、この内藤アナを偶然知ったきっかけは、今から11年前になるのだろうか、阪神・淡路大震災の報道ニュースでその死傷者の人数を放送しているとき、突然嗚咽しながら報じたのを視てからだ。NHKにも随分人間的なアナウンサーがいるものだなと、信頼と親愛感を持ったのだ。
 その後、彼が、何かの連続番組、「その時歴史…」に衣替えする直前の番組だったか?、で紋付袴扇子をもっての講談口調がさまになっていてなかなかの名調子だったのだ。
 そんな訳で、彼の一層の活躍を期待していたにも係らずいつの間にか見えなくなってしまったのである。

―閑話休題―

 ここまで書いていたら、知人がこの作業場へ集金にやってきた。めったに来客の無い山家の隠居、これ嬉しやと薪ストーブの前の椅子にコーヒー勧めながら、今こんなこと書いてるんだと、モニタリングしてみたところ、得たりや応の反応。意を強くした次第。

 最も彼は、早々と、NHK視聴取り消し届けを出して、目下視聴料不払い中とか。
勿論、私は、本来NHK大好き人間で口座からの年払い、不払いなんてことは思いもよらないNHK愛局者であることを断っておきたい。

 知人が来るまでは、書いていて、あれもこれもと燃え盛っていた不満の焔が、二時間余りもしゃべって中断したら、少々下火になってしまったので、この続きはまた改めて書きたい。

 と、思うこの頃、さて皆様はいかがお思いでしょうか?。
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夜半の目覚めーブログ炎上の恐怖…?

2006-03-29 13:11:21 | 日常雑感
   3月29日(水)晴れ、風強し。

 昨日、「異形の怪物!、に…控訴棄却…」の記事を投稿した。大きなニュースなので、他にも何方かお書きになってるかと、タイトルを探したがほとんど見当たらなかった。

 夜半、突然目が覚めた。そして思い出した。先日、26日夜、NHKBS2で放映された『あなたもブログ通になれる』という番組のことを。

 その中で、ブログの怖さの一例として、居酒屋でアルバイトをしていた女性が、その日、店で見たこと、感じたことをブログで毎日書くのを息抜きにしていたところ、ある日、自分のブログを開けてビックリ!玉手箱。

 コメントが90何通か殺到していて収拾のできない有様。これを”ブログの炎上”というそうだ。
 何故、そんなことになったのか?。

 実は、彼女、前日、お店の常連ではあるが、感じのよくない中年の男性客がいて、つい、彼について、「ださい、キモイ、嫌なお客…」というような、自分では気晴らしの軽く愚痴るつもりで書いてアップしてしまったそうな。

 コメントはその彼から憤怒の爆弾だったのだ。
 そして、いつものようにお店にでたところ、いきなり、店主から、「何をしてくれたんだ!?。お客さんから抗議の電話が殺到して商売にならない。即刻頚だ!」と追い返されたという。

 そうだ。大変だ。迂闊なことをしてしまった。あの…○○○○には、未だに彼を信じる者が相当数いるのだ。過去が過去である。パソコンやネットにも詳しいと聞く。何たって秋葉原でPCのお店を、フロント企業としてやっていたと聞く。

 それに、ホメイニ師を揶揄して確か暗殺団に頚を掻っ切られた英国だかの作家もいたっけ。さらに、現在、スエーデンがイスラム支持者から、彼らの尊師だかの肖像を巡って、しつこくガタガタ騒がれている。これは、やばい!。

 何たって、命がけの○○信者に遭っちゃあー、4~5km先の駐在さんが居るの居ないのかの、山家のひょろ爺なんか一捻りだ。
 急に臆病風が背筋吹き抜け、ベットを飛び出し階段ころがり下りて、PCがチカチカ暢気に、何知らぬげに立ち上がるのももどかしく、昼間UPしたばかりの愛しいホヤホヤ記事を泣く泣く削除した。

 そして、どこかに勇者?は居るかと、ネットサーフィンしてみたら、これがいらっしゃいました。

 私なんかよりももっと過激に「かかる輩は、公開処刑せよ…」とあった。嗚呼!
大丈夫だろうかと、わが身を棚に上げて心底案じる。
 お陰で、わがベットはすっかり冷たくなっていた。

 幼い日、祖父と連れ立ち銭湯への道すがら、私が側溝の蓋の上をピョンピョン、スキップ歩きすると、その弾みでガタガタするのを面白がったら、祖父がひとこと「このおちょかもん!」と叱り付けられたのを思い出した。三つ子の魂百までだ。さてあと何年残るやら…。

 と、思うこの頃、さて皆様はいかがお思いでしょうか?。

 ー追記ー
 よそ様の趣向凝らした様々なページ見るたびに羨ましく、ようよう写真一枚チョト入れてみました。
 今日の、ここらあたりの風の強さを、ストーブの煙突の煙に託したつもりですが、さていかがなものでしょうか?
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2006/03/28 今日、ネギをうえた。

2006-03-28 23:52:28 | 田舎暮らし賛歌
今日、ネギを植えた。このネギが育つ頃、蕎麦が美味しい季節。このネギを薬味にと思うと楽しみなことだ。
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団塊世代に朗報!-再雇用対応 65歳まで延長 「安定法」来月施行に思う。

2006-03-27 13:15:18 | 時事所感
3月27日(月) 晴れ。風無く暖い。

今朝のニュースで、「改正高年齢者雇用安定法」が四月一日から施行されることを知った。

この法律は、団塊の世代の定年や少子高齢化の進展で、労働力人口の減少が見込まれるなか、企業に六十五歳までの雇用を義務付けるものである、そうだ。
多くの企業では退職・再雇用による対応を整えており、意欲と能力のある高齢者の雇用を六十五歳まで確保して、“生涯現役社会”実現への第一歩が踏み出される、という。

 制定されるのが少し遅い感じもするが先ずは良かったと思う。残念ながら私は僅かの差で適用外だが、これで多くの勤労者が少しは安心してかつ周囲に気兼ねなく、定年まで働け、年金生活にスムーズに軟着陸できるのではなかろうか?。

 ところで公務員の方はどうなるのだろうか?。

 長年その弊害が種々言われながらいつまでも抜本的な手が打たれようとしない天下り、特殊法人の乱立、この大問題を解決するためにこそ、公務員にも、その地位の如何を問わず同種の法の制定が急務なのではなかろうか?。

 鴨葱つきの一部の高級公務員ならいざしらず、天下り先の少ない地方自治体の下っ端など、いきたくもないところへ無理やり押し込められるのが多くの実態ではないか?。
公務員に真の公僕精神を求めるなら、やはり安心して定年を迎えられる仕組みつくりが不可欠ではないだろうか?。
だからといって、親方日の丸、安定の上に胡坐をかいて、涼しい顔して国民を見下すような輩は論外である。
 かかる輩は厳しい人事管理(分限処分の活用等)により排除されなければならないのは当然でなければならない。

 と、思うこの頃、さて皆様はいかがお思いでしょうか?。
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「白鳳、初優勝ならず!」―だが来場所が楽しみだ。

2006-03-26 23:44:11 | 日常雑感
3月26日(日) 曇り、時々薄日さす。終日温かい。

 優勝決定戦で、朝青龍が白鵬を破って、16回目の賜杯を手にした。白鵬はせっかくお父さんやお母さんがモンゴルから来日しての連日の応援観戦にも係らず、昨日は魏皇にも敗れで、大関昇進は確実にしたものの、いまいち物足りなかったのではないか?。

 それにしても、決定戦での白鵬の白い地肌が横綱と四つに組んで、みるみる桜色に染め上がっていくのは実に美しかった。
 また、向こう正面席に陣取るお父さんをテレビカメラが時々アップしたときに見た、その民族衣装が良かった。どんぐりの実に似た帽子の金の飾り板、緋色の上着。チンギスハーンの重臣が観戦しているかに堂々としていた。

 そして、観客席でふだんはあまり見たことが無いようなモンゴルと日の丸の小旗が打ち振られるのも珍しかった。
国技の大相撲の千秋楽の土俵で、モンゴル人同士で優勝を争う光景など、一昔前には想像できなかっただろう。まさに庇を貸して母屋をとられたの図である。

 WBCの日本とキュウバの決勝戦を見たアメリカ人の多くも同じようなことを感じはしなかっただろうか?。
 もはや、様々な分野で、肌の色や国籍で縄張り争いや云々かんぬんする時代は、確実に融解し始めているのではなかろうか?。

 まあ、しかし、栃東は朝青龍に勝ち、12勝で来場所への綱取りの可能性を残した。
これで、来場所、今度こその初優勝を目指しての白鵬の新大関としての奮闘、そうはさせじとライバル琴欧州の膝を治しての頑張り、栃東のリベンジ、さらには十両で実に43年ぶりとなる全勝優勝を果たした正真正銘の金髪の把瑠都がどこまで勝ち進むか、と今から楽しみがいっぱいである。

 朝青龍もこれからは、そうやすやすと賜杯を手にすることはできまい。どんな世界でも一人勝ちでは○○おもしろくない。どこかの巨大夜郎自大大国のように!。

 と、思うこの頃、さて皆様はいかがお思いでしょうか?。

    「打ち出しの 太鼓に舞うや 花吹雪」―蛾遊庵山人―

         (※ 花吹雪=桜吹雪、まだ少し早かったでしょうか?…)


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「決死の密航者たち」を視る。-苛政は虎よりも猛し!

2006-03-26 01:43:55 | 日常雑感
 3月25日(土) 晴れ、暖。黄の蝶が芽吹き始めた雑木林の中を、くの字にひらひら舞ってゆく。

 今朝、天気よし。庭先の畑に、一昨日買ってきた細葱の苗を植えようかと思いつつも、夜更かしの朝寝でたちまち昼近くなってしまった。
 遅い一人膳の朝食の徒然にテレビを付けた。

 BS1、「決死の密航者たち-アフリカからヨーロッパへ」というのが始まるところだった。2004年、フランス・ドゥ作の世界優賞ドキュメンタリーとのこと。

 モロッコのとある古びた街。くねくねと入り組んだ路地に面した倉庫のような扉を押し開けて地下への階段を下りる。穴倉のような部屋に、所在無げに寝そべっている男たちのギョロギョロとした眼が一斉にこちらを見る。
 こうして、いつ、その時(密航への出発)が来るかを、近隣のアフリカ諸国から、やってきて、中には、もう5年もこうして待っているとか。

 そこへ突然仲介者が現れる。一人当たり日本円にして14万円の仲介料が徴収される。彼らの全財産である。
 夜の闇に紛れて幌付きトラックの荷台に18人が、ぼろ屑のように押し込められて、夜道をひた走りに海岸に向けて走る。
 途中いきなり車が止まる。全員が下ろされる。ナイフをちらつかせた仲介の男にその場でさらに金品を強奪される。皆、諦めの表情である。

 そして、その場に置き去りにされた、密航者たちは、付近の藪陰でごろ寝して、パトロールの官憲の眼を避けながら、何時来るか分からない、別の車の迎えを飲まず食わずで待つのである。

 数日して、迎えの車が現れ、また砂漠の道をひた走りに走り、海岸に着く。
海岸には、仲介業者が用意したぼろボートが隠されている。
 しかし、すぐには乗れる代物ではない。まず、全員でボートの修理にから始めるのである。一週間もしてようやく何とか使い物らしくなる。

 夜の闇に紛れて出発である。波が高い。全員がしぶるのを業者が急き立てる。仲介業者は乗船しないのである。密航志願者のお客が死のうが生きようが知っちゃあいないのである。粗末なコンパスを手渡し、「このまま、沖へまっすぐ30分走れ。そこで90度梶を切れ。…後は、陸が見えたらまっすぐいけ。」と、指示してさよならである。全員ライフジャケットを着けてる様子もない。これで夜の大西洋に乗り出すというのである。

 案の定、船は沖合い300Mも行かないうちに取り付けた中古エンジンの力不足で大波を乗り切れず、無残に横転してしまう。全員が必死に岸に向かって泳ぐ。ほうほうの体で岸にたどり着いて仲間はと、見渡せば二人が行方不明。その内の一人は兄弟で弟を亡くしたというのにそれほどの愁嘆も見せない。

 しかし、彼らはそれでも密航を断念しない。何度でもトライするという。「今更、自分の国に帰ったところで、仕事も無く食べていけないから」だという。

 ナケナシの追加金を仲介業者に渡して、再度ボートを調達する。今度は前よりまだ酷いぼろ船である。でも、彼らはめげない。またこつこつと船の裂け目に何かを詰め込みコーキングに余念がない。

 再び船出だ。たちまち、船底のあちこちから浸水が始まる。全員で掻い出す。それは、ドラクロアの名画、メディユス号の筏を連想させる光景だ。
 そんな中、ぼろエンジンは何度も止まってしまう。しかし、かれらは器用に修理し、また何とかカタカタと始動させる。

 今度は、ようやく陸地が見えた。モロッコの海岸、沖合い100kmとかのスペイン領カナリア諸島の一つである。

 だがしかし、そこへスペインの沿岸警備艇が現れる。全員が収容される。それでも今度は、全員、無事上陸し取調べが始まる。中に一人女性が混じっていたと係官が驚く。彼女は途中での仲介業者の暴行から身を守る為、男装していたのだ。

 この取調べで、出身地を上手く言葉が分からないふりをして誤魔化しとおせれば、スペイン本国のバルセロナなどに送られ1年間の滞在が許可されるそうだ。
 この密航に命懸けで同行した、記者とカメラマン二人はカメラ機材を没収されたとナレーションがあった。

 そして、岸壁の一部にローッカーのようなものがあり、ここに密航に失敗して流れ着いた死者が収容されているという。真鍮の名刺大かと見える、小さな番号札が哀れな漂着死体の墓碑銘なのだ。
その真鍮の番号札をアップしてドキュメントは終わった。

 視終わって、何だかずしんと重いものが胸に落ちる気がした。19世紀の話ではないのだ。今同じ地球の裏側で日常茶飯事のように起きているのだ。今日も、明日も。何と言うことだろう。こうした情景は、ボートピープルとしてキュウバでも中国でも、いつかはヴェトナムでもあった。

 そこからの脱出を、生命を懸けてもと人間に思い込ませる独裁、圧政、悪政とは、一体どんなものなのか?。“苛政は虎よりも猛し”とおしゃった孔子さまの時代も今も、少しも人智は進まず、変わらない無いのだろうか?。

 幸いにして、私たちはこれほどの苛政を知らないですんでいる。
 今、小泉自民党は、教育基本法を改定して、愛国心を義務付けようと画策しているかと聞く。
 しかし、そんなことをしなくても、このビデオ一本見せれば、日本人であることが、この国で暮らせることが、何だかんだと言ったところで、どれだけ有難いことか、たちどころに体得できるのではないか?。

 そして、今や、もうこのへんで、何とかならないかと思うのは、誰のものでもないこの地上を、早い者勝ち、強いもの勝ちで切り刻み、勝手に線引き、占拠、占有している人類普遍の常識とされている縄張り根性の極致、国家、国境についてである。
 しかも、西欧人の身勝手さである。昔は奴隷として、鎖で引きづり散々連れ出し、巨富を得ながら、つい最近でも自国の単純労働者が不足すると、さんざん甘言でつっておきながら、手が余ってくれば、もう来るなとばかりに国境戸締り躍起のありさま。

  「てふてふ ひらひら 甍を越えた。ー山頭火・句ー」

  「春 てふてふ一匹 韃靼海峡を渡って行った。-安西冬衛・詩ー」

 人間は、何時の日に、パスポートもビザも無しに、自由にこの地上の行きたいところへ、この一匹の蝶のようにひらひらと飛んで行けるようになるのだろうか?。

と、思うこの頃、さて皆様はいかがお思いでしょうか?。


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あるブロガーの死―「新じねん」管理者おーる氏―を悼む。

2006-03-25 01:38:18 | 日常雑感
 3月24日(金) 晴れ、夕方より曇る。日中は暖、甲府で桜、開花宣言。

 昨晩、いつものようにネットサーフィンで「きっこの日記」を開いたら、「追悼、おーるさん1」という見出しが目に飛び込んだ。

 何だろうと思いつつ読み進むうちに軽い衝撃を受けた。それは、私が毎晩必ずチェックしている「はてなアンテナ、tamaokaのアンテナ」に、アップされている「新じねん」ブログの管理者おーる氏が、21日の朝亡くなったとのこと。

 「新じねん」は、”きっこさん”も毎日みていたそうだ。そして、おーる氏の友人から、こんなメールが届いた、そうだ。

『お名前:●●●●
E-mail:xxxxx@xxxxx.or.jp
コメント:きっこさん、はじめまして。既にご承知かもしれませんが「新じねん」の管理者おーる氏が、去る21日午前10時55分に亡くなりました。近くのスーパーへ重病をおして自転車で行き、駐車場で膝を折るようにしゃがみ込んで倒れて、亡くなりました。想像を絶する赤貧生活の中、10年間に及ぶ赤裸々な日記を世間に晒すことによって、自己の巨悪への闘志を駆り立て、命をちぢめて戦い続けた彼の生き様は、緊張感を持たない堕落した精神で安易に日常に埋没する我々に、一筋の神の光のように天空より降り注がれます。どうかお願いです。彼の存在を日記で取り上げてやってください。●●●に行って、在りし日の彼の生活の名残を目の当たりにし、絶句するばかりです。どうぞどうぞよろしくお願い申し上げます。』

 (※『 』内は、きっこの日記よりコピーさせていただきました。“きっこ”さんは無断引用を厳しく禁じられていますが、この部分はきっこさんの文章ではないので、お許し願えるかと勝手に判断させていただきました。)

 このような経緯で、おーるさんの死を、きっこさんが多くの読者に“お知らせ役”をすることになったのだ。

 早速、「新じねん」のページに跳んだ。

『昨日←06/03/21(火)→翌日  [私的めもらんだむ]
○1時
急に眼がおかしくなってる。ヤバイな…  冠婚葬祭はもっと質素に、自然体で出来ないものかといつも思う。日頃の不摂生が寿命を縮めるのだと戒めて、明日から、いや今から眠ることにしたい。
○9時
今日は7時に起床。喉カラカラ、スーパーでいつもの「酢で元気チルド」270円を買う予定。紙パックの黒酢で一番安い。それとブルガリアヨーグルト、これが昼食だ。それより猫の食事が先だな。…で、今も後頭部が首筋付近に違和感あり、血圧が上がっている証拠。熟睡できなかったようだ。
ヤフーのブログを設定した。でもどう使うか迷ってる。とりあえず楽天のブログ名「新じねん追記」と同じにしておいた。』
 これが絶筆であった。

 ヤフーのブログページにも跳んでみた。枠だけで何も記されてなかった。おーる氏は他にもブログページを開いていた。「れいんぼう」の名で。

 ここまで辿ったのは初めてだ。そこで目に付いた記事を拾い読みした。

「貧乏克服日記―わが青春の残像を求めて」(04/02/04)
これによると、おーる氏が中学生の頃、町工場の実家が丸焼けになり危うく焼死しかけたこと、以来、工場再建、不況と生活苦に陥った経過が綴られていた。
そして、救いは、04/05/08(土)付け「五月の堤防に菜の花の咲く」の題の下に美しい写真と詩が掲載されていた。

 「新じねん」の魅力は、情報量や、記事はもちろん、それ以上に事件の中身を読み解いた複雑な関係を分かりやすく図解した見た目も美しいチャートや3Dグラフィックスを駆使した写真・動画にあった。直近のライブドア関係のものなんかも素晴らしい出来栄えであった。

 その後に、「私的めもらんだむ」の見出しの下に時間を追っての、ご自身の厳しい生活のありようがつつみ隠さず書かれていた。愛猫たちへの思いが溢れていた。

 私は、その貧乏生活ぶりを読者へのいささかの誇張と思って読んでいた。何故かというとこれだけ凝ったブログのページを日々アップするためには、とても半端な手間隙では済まないと、思ったからだ。
 時間とお金が無くては、とてもできることではないと想像したのだ。今、上記の友人の方からの手紙を拝見して大変申し訳ないことをしてしまったと恥じ入る。

 まさに、おーる氏は、命懸けでブログと取り組んでこられたのである。そこには、無責任な政治への怒り、真面目に働く人々の膏血を騙し取る巨悪への憤怒、その一方で癌を病む妹さんを案じ、野良猫を愛し、音楽を愛する詩人でもあったのだ。
 
 ブログでは残念ながら、その顔も見えず、声も聞けない。だが私の脳裏には、ある一人の優しく繊細な心情を秘めた純粋無垢な好漢のイメージが深く焼きついている。
 そして、氏は、ブログという新しい媒体を駆使した平成の最初の「私小説作家」ではなかったのかと思うのだが。それは「暢気眼鏡」の尾崎一雄とか、昭和の一群の貧乏を恐れず自己の内心の葛藤と現実の生活、時代との葛藤を命を懸けて書き綴った作家たちのように。

 末筆ながら改めて、心から「新じねん」おーる氏のご冥福をお祈りいたします。合掌。


 ー追記ー

「新じねん」 http://cox.jp/~gabana/index.html
 ※「tamaokaのアンテナ」からは、早くも削除されてしまったようです。
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栃東、綱取り成らず!―嗚呼、がっくり。―

2006-03-23 01:52:40 | 時事所感
 3月22日(水)曇り、夕方から雨。東京は桜開花宣言とか、山家は未だし。

 連れ合いが、久しぶりの休暇。3時過ぎ美容院から帰って来ると、今日は近くの温泉に行きたいとのこと。こちらは、曇り空を見上げてあまり乗り気ではなかったが、異を唱えると後が面倒なので黙って付いて行くことにした。

 今日の行き先は、国道20号線(甲州街道)を西に向かい蔦木宿を過ぎたところ、山梨県と長野県との県境に位置する塩沢温泉(公共の湯・市営)である。ここは、フォッサマグマの湯として人気が高い。地下1500M付近の断層の裂け目から湧き出る源泉は、万病に効能豊かである。

 平日とあってそこそこの先客である。ここには、寝湯といって、浅い弓なりの板張りの湯船に仰向けに脚を伸ばし、浴槽の縁を枕に寝転がって温(ぬる)い湯につかれるようになっている。これが頗る快適である。そのままの姿勢で目を開ければ、大きなガラス窓越しに裏山の雑木の梢の重なりと空が見える。なんともいえない開放感がある。微かな硫黄分が鼻腔を擽る。

 私は、いつものとおり、この寝湯に15分、ついで隣の熱めの湯に5分、洗い場で10分、サウナに6分、露天風呂に5分…と入って出た。脱衣場の時計を見上げると5時半である。大変だ。幕内後半の取り組みが終わってしまうじゃーないか。慌ててテレビの置いてあるロビーに急ぐ。

 テレビの前のソファーには、連れ合いの姿があった。自分から誘うほど好きなくせに早風呂である。
 「琴欧州が、勝ったわよ」と傍に座った私に教えてくれた。
 画面いっぱいに栃東の仕切っている顔がアップでせまった。目が何か不安そうである。これは…と一瞬、悪い予感がよぎった。しかし今日の相手は魁皇。角番、引退を云々されている相手である。四方谷と打ち消す。画面は替わって魁皇のアップ。こちらは相手を呑み込まん気迫である。

 軍配返った。両者正面から、がーっと一気にぶつかった。しかし、栃東の当りが弱い。まるで巨大な磁石に吸い寄せられる細釘といった感じである。案の定、じりじりと押され為すすべなく土俵を割った。
 一巻の終わりである。また振り出しである。がっかりだ。これでまた暫くは日本人横綱はお預けである。ロビーの相客がぼやいた、「だめだねー」と。私も大きく相槌うった。

 それに反して、結び、横綱朝青龍、対白鵬戦。見応えあった。土俵に苦もなく捻り這わされ、天を仰ぐ朝青龍の“ああ、だめだったかー!”と言いたげな顔が印象的だった。朝青龍一人天下の終焉を見た。

 帰路に思った。人は誰でも他人の期待に応えられるかどうかでヒーローになれるかどうかが決まるんだなー、と。そんなことは自明である。人は自分に期待されたとき、よほどのへそ曲がりで無い限り、その期待に応えようと、一生懸命になる。
 しかし、その期待に応えることの何と難しいことか。

 それでも、栃東のように母親のお上さんが、あまり真面目過ぎるので、少しは気分転換に「銀座のクラブにでも行ってきたら」と水を向けても、一向にそんな言葉にのることはないそうだ。それほど真剣に取り組んでの結果であれば見てるこちらとしては、「また一から頑張れよ」と優しく慰め、エールを送りたくもなる。

 しかし、どこかの「でまかせ・ただの目立ちたがりや代表」のように「私にまかせろ!、明日は見てくれ!」と、さんざん天下万民・善男善女に期待をもたせて、歌舞伎十八番“暫く”の団十郎ばりの大見得きっての、挙句の果てが「国民の皆様ごめんなさい。」とあっちゃー、どう引っ込みをつけるのか?、罪作りもいいとこどっこい。
「これで一分じゃー、けえられみぇやー」

 と、思うこの頃、さて皆様はいかがお思いでしょうか?。
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