ガウスの旅のブログ

学生時代から大の旅行好きで、日本中を旅して回りました。現在は岬と灯台、歴史的町並み等を巡りながら温泉を楽しんでいます。

旅の豆知識「津軽」

2017年07月14日 | 旅の豆知識
 小説に描かれたゆかりの場所を訪ねてみるのも楽しいものです。その小説を携えて、ゆかりの場所で読み返してみると、その場面が彷彿としてきて、新たな感動を覚えたりします。
 しかし、その小説が書かれた時とは、大きく変化し、ゆかりの建物や風景が壊されていて、がっかりとすることも少なくありません。
 そんな中で、太宰治著の『津軽』という小説があり、これは著者が、この小説を書くために1944年(昭和19)に実際に青森県津軽地方を旅をして、創作を交えたものなので、ゆかりの場所やその風景が良く描かれています。さらに、この4年後に著者が自殺し、人気が高かったこともあって、ゆかりの建物(この時太宰治が泊まった旅館や立ち寄った所など)や風景がよく残され、各地に文学碑も建てられていて、足跡をたどって追想することが可能なのです。
 青森県の津軽地方は、独特の風物や景観がよく残っていますので、旅をしても面白いところです。ぜひ一度訪れてみることをお勧めします。

〇{太宰治}とは?
 昭和時代に活躍した小説家で、本名は津島修治といい、1909年(明治42)6月19日に青森県金木村(現在の五所川原市金木町)の県下有数の大地主対馬家の六男として生まれました。
 県立青森中学校(現在の県立青森高等学校)から、官立弘前高等学校に学びましたが、高校在学中から、プロレタリア文学に興味を持って、同人誌に作品を掲載することになります。
 卒業後は、東京帝国大学文学部仏文学科に入学しましたが、あまり授業にも出ず、井伏鱒二に弟子入りし、在学中に、人妻と入水自殺を図ったりして、大学は辞めることになりました。
 その後、同人誌『海豹』に参加し、1935年(昭和10)、「逆行」を『文藝』に発表して、第1回芥川賞候補となって注目されます。それからも、自殺未遂したりしますが、1939年(昭和14)石原美知子と結婚して安定し、「富嶽百景」「駆け込み訴へ」「走れメロス」などの優れた短編小説を発表しました。
 戦時下も『津軽』『お伽草紙』など創作活動を続け、戦後は、『ヴィヨンの妻』、『斜陽』、『人間失格』などを書いて無頼派などと呼ばれて脚光を浴びますが、1948年(昭和23)6月13日に40歳の若さで、玉川上水にて入水自殺しました。

〇小説『津軽』の旅とは?
 小説『津軽』は、1944年(昭和19)、小山書店より「新風土記叢書」の第7編として刊行されたものです。
 太宰治は、小山書店からの依頼を受け、1944年5月12日から6月5日にかけて取材のため津軽地方を旅行しました。それをもとに書かれているので、津軽地方の地理や人々を描いた紀行文のような感じですが、自伝的小説とみなされています。
 しかし、津軽半島が舞台となっていて、竜飛崎、十三湖、深浦、弘前、蟹田、小泊、五所川原などの実際の地名や風景、寺院、旅館等が登場し、旅の情景を彷彿とさせるものになっています。
 そのような場所を巡って、小説の情景を思い浮かべてみるのも楽しいかと思います。

☆1944年(昭和19)の太宰治「津軽」の旅の行程
・5月12日
 上野発の夜行列車で青森へ
   ↓
 車中泊
   ↓
・5月13日
 青森駅で外崎貞次郎君が出迎え
   ↓
 下山清次さん宅で接待を受ける
   ↓
 蟹田の中村貞次郎君宅泊(~16日)
   ↓
・5月17日
 バスで今別へ
   ↓
 松尾清輝さん宅で歓待を受ける
   ↓
 午後、本覚寺へ行く
   ↓
 徒歩で三厩へ
   ↓
 丸山旅館泊
   ↓
・5月18日
 松尾清輝さんと別れ義経寺へ
   ↓
 徒歩で竜飛へ
   ↓
 奥谷旅館泊
   ↓
・5月19日
 徒歩で三厩へ
   ↓
 バスで蟹田へ
   ↓
 蟹田の中村貞次郎君宅泊(~20日?)
   ↓
・5月21日
 海路青森へ
   ↓
 列車を乗り継いで金木へ
   ↓
 金木の生家泊
   ↓
・5月22日
 雨の庭をひとりで眺めて歩く
   ↓
 金木の生家泊
   ↓
・5月23日
 4人で高流山へピクニックへ
   ↓
 修錬農場へ立ち寄る
   ↓
 金木の生家泊
   ↓ 
・5月24日
 6人で鹿の子川溜池へピクニックへ
   ↓
 金木の生家泊
   ↓
・5月25日
 五能線で父の生家木造へ
   ↓
 深浦へ
   ↓
 秋田屋旅館泊
   ↓
・5月26日
 鯵ヶ沢へ
   ↓
 五所川原へ
   ↓
 叔母きゑ宅泊
   ↓
・5月27日
 津軽鉄道で中里へ
   ↓
 バスで小泊へ
   ↓
 タケと再開
   ↓
 小泊の越野タケ宅泊
   ↓
・5月28日
 蟹田へ
   ↓
 蟹田の中村貞次郎君宅泊(~?日)
   ↓
・6月4日
 海路青森へ
   ↓
 青森発の夜行列車で上のへ
   ↓
 車中泊
   ↓
・6月5日
 東京へ戻る

☆小説『津軽』の冒頭部分

序編

 或るとしの春、私は、生れてはじめて本州北端、津軽半島を凡そ三週間ほどかかつて一周したのであるが、それは、私の三十幾年の生涯に於いて、かなり重要な事件の一つであつた。私は津軽に生れ、さうして二十年間、津軽に於いて育ちながら、金木、五所川原、青森、弘前、浅虫、大鰐、それだけの町を見ただけで、その他の町村に就いては少しも知るところが無かつたのである。
 金木は、私の生れた町である。津軽平野のほぼ中央に位し、人口五、六千の、これといふ特徴もないが、どこやら都会ふうにちよつと気取つた町である。善く言へば、水のやうに淡泊であり、悪く言へば、底の浅い見栄坊の町といふ事になつてゐるやうである。それから三里ほど南下し、岩木川に沿うて五所川原といふ町が在る。この地方の産物の集散地で人口も一万以上あるやうだ。青森、弘前の両市を除いて、人口一万以上の町は、この辺には他に無い。善く言へば、活気のある町であり、悪く言へば、さわがしい町である。農村の匂ひは無く、都会特有の、あの孤独の戦慄がこれくらゐの小さい町にも既に幽かに忍びいつてゐる模様である。大袈裟な譬喩でわれながら閉口して申し上げるのであるが、かりに東京に例をとるならば、金木は小石川であり、五所川原は浅草、といつたやうなところでもあらうか。ここには、私の叔母がゐる。幼少の頃、私は生みの母よりも、この叔母を慕つてゐたので、実にしばしばこの五所川原の叔母の家へ遊びに来た。私は、中学校にはひるまでは、この五所川原と金木と、二つの町の他は、津軽の町に就いて、ほとんど何も知らなかつたと言つてよい。やがて、青森の中学校に入学試験を受けに行く時、それは、わづか三、四時間の旅であつた筈なのに、私にとつては非常な大旅行の感じで、その時の興奮を私は少し脚色して小説にも書いた事があつて、その描写は必ずしも事実そのままではなく、かなしいお道化の虚構に満ちてはゐるが、けれども、感じは、だいたいあんなものだつたと思つてゐる。すなはち、
「誰にも知られぬ、このやうな佗びしいおしやれは、年一年と工夫に富み、村の小学校を卒業して馬車にゆられ汽車に乗り十里はなれた県庁所在地の小都会へ、中学校の入学試験を受けるために出掛けたときの、そのときの少年の服装は、あはれに珍妙なものでありました。白いフランネルのシヤツは、よつぽど気に入つてゐたものとみえて、やはり、そのときも着てゐました。しかも、こんどのシヤツには蝶々の翅のやうな大きい襟がついてゐて、その襟を、夏の開襟シヤツの襟を背広の上衣の襟の外側に出してかぶせてゐるのと、そつくり同じ様式で、着物の襟の外側にひつぱり出し、着物の襟に覆ひかぶせてゐるのです。なんだか、よだれ掛けのやうにも見えます。でも、少年は悲しく緊張して、その風俗が、そつくり貴公子のやうに見えるだらうと思つてゐたのです。久留米絣に、白つぽい縞の、短い袴をはいて、それから長い靴下、編上のピカピカ光る黒い靴。それからマント。父はすでに歿し、母は病身ゆゑ、少年の身のまはり一切は、やさしい嫂の心づくしでした。少年は、嫂に怜悧に甘えて、むりやりシヤツの襟を大きくしてもらつて、嫂が笑ふと本気に怒り、少年の美学が誰にも解せられぬことを涙が出るほど口惜しく思ふのでした。『瀟洒、典雅。』少年の美学の一切は、それに尽きてゐました。いやいや、生きることのすべて、人生の目的全部がそれに尽きてゐました。マントは、わざとボタンを掛けず、小さい肩から今にも滑り落ちるやうに、あやふく羽織つて、さうしてそれを小粋な業だと信じてゐました。どこから、そんなことを覚えたのでせう。おしやれの本能といふものは、手本がなくても、おのづから発明するものかも知れません。ほとんど生れてはじめて都会らしい都会に足を踏みこむのでしたから、少年にとつては一世一代の凝つた身なりであつたわけです。興奮のあまり、その本州北端の一小都会に着いたとたんに少年の言葉つきまで一変してしまつてゐたほどでした。かねて少年雑誌で習ひ覚えてあつた東京弁を使ひました。けれども宿に落ちつき、その宿の女中たちの言葉を聞くと、ここもやつぱり少年の生れ故郷と全く同じ、津軽弁でありましたので、少年はすこし拍子抜けがしました。生れ故郷と、その小都会とは、十里も離れてゐないのでした。」

 (後略)

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