続・コスモス


コスモスの凡そ百輪色同じ  水原秋桜子

 昨日の小文を書くに当たっては、念のためにと思ってWikipediaで「コスモス」を調べてみた。原産地や日本到来の時期等については概ね間違いはないものと思ったが、違和感を持ったのは「日本での『秋桜』という表記は、さだまさしが作詞作曲した楽曲「秋桜 (山口百恵の曲)」で初めて用いられ、以後文学的表現として使われることも多くなった。」の件。果たしてそうだろうか。

 水原秋桜子と云う俳人がいた。俳句を多少なりともかじった方なら知らぬ人はいない大御所である。(みずはら しゅうおうし。秋櫻子とも。本名は水原 豊。1892年10月9日 - 1981年7月17日。医師・医学博士。1955年頃医業を退き俳句に専念)

 秋桜子は、佐々木綾華らの同人誌『破魔弓』(はまゆみ)に創刊後に加わり、改題を提起。1928年7月号より『馬酔木』と改題し、後にこれを主宰した。いつから「水原秋桜子」と名乗ったのかは不明だが、少なくとも1928年には「秋桜子」であることから、この頃にはコスモスを「秋桜」と書くことがない訳ではなかったものと思われる。とは云え「秋桜」を「あきざくら」と読んだのか、はたまた「しゅうおう」であったのか 「コスモス」であったのかは、歴史のベールの向こう側である。

 ちなみに郷秋<Gauche>が愛用する歳時記(季語集)は水原秋櫻子編『俳句 小歳時記』(大泉書店 1987年3月初版)の第5刷で、所謂「吟行版」なのか、丈夫なビニールの装丁である。上に記した自作の一句も作例として収められている。

注: Wikipediaの「コスモス」の項には「この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です」との注意書きがある。Wikipediaにおいては有り勝ちなことであり、便利ではあるが鵜呑みにしてはいけないと云う好例である。

 毎週撮影・掲載している「恩田の森Now」に、ただいまは10月2日に撮影した写真を5点掲載いたしております。稲刈り時の森の様子をどうぞご覧いください。
 11日撮影の写真はこれから編集・掲載のつもりではおりますが、諸般の事情により明日以降の掲載となる場合もあります。悪しからずご了承ください。
blog「恩田の森Now」 http://blog.goo.ne.jp/ondanomori 

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