画竜点睛

素人の手すさびで作ったフォントを紹介するブログです

ゴナ

2010-10-15 | 雑談
このところ忙しくてフォントの修正作業がいっこうに捗りません。
忙しいのは有難いことで大歓迎なのですが、寝不足と疲労が重なり頭がまわりません。
たまには頭を空っぽにしてぼーっとしたいものです。

ところでフォントについてえらそうなことを述べているくせに、僕は活版はもちろん、手動写植機を操作したこともありません。MacintoshとQuarkXPressが出現するまでは、電子組版機と呼ばれる専用機をずっと使用していました。

当時は今のようにどこもかしこもInDesign一色というようなことはなく、大小さまざまなメーカーから電子組版機が出されて百花繚乱たる様相を呈していました。富士通や東レ、パナソニックといった今では考えられないようなところが組版専用機を出していたのです。

僕がこの世界に入って初めて触れたのは、横河電気というところから出ていた電子組版機でした。これはまず入力方式からして独特で、一つのキーに九つの漢字が印字された縦横二~三センチ四方のキーが中央に数十個並び、右手前にそれに対応した九つのシフトキーが並ぶという、現在のコンパクトなキーボードからは想像もつかないものでした。たとえば左上の「亜」という漢字が入力したければ、左手でその漢字の印字されたキーを、右手でその位置に該当するシフトキーの左上を同時に押します(下の概略図参照)。これにより、漢字変換することなく一回の同時打ちで文字が入力できるというメリットがありました。



もちろんメリットばかりではありません。これだけキーの数が多いとすべて覚えるというわけにはいかず、ブラインドタッチは事実上不可能でした。またキーボードに記載されていない文字を入力する際はソフトの入った8インチのフロッピーディスクを本体に挿入し、コード入力して文字を画面に表示していました。したがって難解な漢字の頻出する原稿ではコード表を片手にその都度コード入力しなければならず、ちっとも先に進まないので辟易した記憶があります。ちなみに本体の起動に必要なプログラムも8インチフロッピーで提供され、データの保管にも8インチフロッピーディスクを使用していました。なにしろ搭載されたドライブがそれしかないので当時はそれが当たり前だったのです。

このキーボードは多段シフト方式と呼ばれ、電算写植でも同じような入力方式が採用されていたと聞きます。僕自身は実物を使ったことも見たこともないので詳細はわかりません。

入力方式が独特なら、出力方式も前代未聞といえるものでした。
本体と繋がれた出力機には活字の収められた盤面が入っており、ソフトの制御によって活字を一字一字拾い上げて取り付けたロール紙に打ち付けていくのです。タイプロボットといえばイメージしやすいでしょうか。

当時はタイピストと呼ばれる人たちがいて、盤面とロール紙が一体となった和文タイプライターと呼ばれる機械を操作して活字を打ち込んでいました。原理はこれと全く同じで、タイピストが手動で操作するところを、機械が全自動で活字を印字してくれるわけです。全自動といってもむろん下準備、つまり活字拾いが必要でした。活字の入った盤面には、仮名や約物、JIS第一水準の漢字があらかじめ収められています。そこに収容されていない漢字や記号が出てくれば、活字を探して盤面の空いたスペースに収めていくわけです。この活字拾いが慣れない人には時間のかかる作業で、組版の作業が終わると同僚の人たちと手分けして活字拾いをしたものでした。集めた活字を盤面にセットし、出力機が動き出したのを確認すれば、あとは放っておいたまま帰宅してもかまいません。翌日の朝には版下の完成です。

へえー、そんな機械があったのかと驚かれる方も多いでしょう。たしかにこのシステム、広く普及していたとはいえません。しかしこれを小型化し、パーソナル向けに開発されたシステムの広告を一時よく目にしたことがあります。これも大して売れたとは思えませんが、そういう徒花の存在した時代もあったのです。

その後の紆余曲折を長々と書いても仕方がないので割愛し、時は一足飛びにMacintosh前夜に飛びます。

初代の電子組版機の次に導入されたのも別のメーカーの組版専用機で、相変わらず僕は写植とも電算写植とも縁がありませんでした。どうしても写植で組まなければならないときは外注に出していました。そうして出来上がった印刷物の見本をたまに見せてもらうと、写植の品質の高さ、フォントの豊富さに目を瞠ったものです。あたかも女性が宝石のショーケースを目を輝かせながら覗き込むかのように、写植という宝石で飾られたきらびやかなページの数々を憧憬の眼差しで眺めたものでした。

中でもひときわ目を引いたのが、ゴナでした。ゴナが一つ入っているだけでページが引き締まり、ほのかに華やいで見えるのです。
そうしたことから写植の書体見本帳を折に触れて眺めるようになり、少しずつフォントの種類を覚えていきました。
写植を扱える人は僕にとってあこがれの対象であり、同時に引け目を感じる存在でもありました。

特にウェイトの太いゴナ(U)には強烈なインパクトがありますが、ただインパクトが強いだけの書体ではありません。高度に洗練されたスタイリッシュな書体であり、今見てもその完成度の高さには舌を巻きます。その親しみやすくしかも品のあるたたずまいは、モダンゴシックの古典であるといっても差し支えないでしょう。

ゴナが既存のゴシック体と一線を画すのは、それが伝統的金属活字の影響下から脱し、突然変異のごとく現れたという点です。むろんそれはゴナ単独の力によってもたらされたのではなく、ゴナと踵を接するようにしてタイポスやツデイなどの変異種が相次いで誕生しました。これらの変異種が生まれた背景には、毛筆文化が衰退し、ペンや鉛筆による筆記が日常化したことが要因の一つとしてあったのではないかと思います。ゴナに先行して発表されたナールという丸ゴシック体もそれまでにない斬新な書体でしたが、あれの原型は女子中高生が書くような丸っこい書き文字にあるんじゃないでしょうか。

ではゴナのルーツは何かと考えると、一つの仮説に行き当たります。それはエディトリアルデザイナーが指定紙に書き込んだタイトルやコピーなどのあの独特の書き文字です。

僕がデザイナーの指定紙に従って組版をするようになったのはずっとあとになってからでしたが、その事細かに書き込まれた指示の緻密さと建築設計図が持つような一種の美麗さに驚かされました。そして手書きによって書き込まれたタイトルやコピーなどは、書道という観点からは決して達筆とはいえないにもかかわらず、ときとしてそのまま切り抜いて使いたいような味わいを持っていました。ゴナという書体を透視してみると、背景にこの独特の書き文字が見えてくるような気がするのです。もしこの仮説が正しいとすれば、ゴナという書体はある意味自分自身の模倣から生まれたということになります。もっともこれはたった今僕が思いついた仮説に過ぎませから、信憑性のほどは定かではありません。

ゴナの活躍の場面はあらゆる領域に及んでいます。
看板や案内板といったものから、児童書、雑誌の本文、哲学書のタイトルにいたるまで、ありとあらゆるところで使われています。しかも特筆すべきことに、どんな場面で使われても違和感がありません。外見の単純さと親しみやすさに加えて、ゴナは金属活字時代の遠い記憶をも併せ持っているように思われます。これがゴナを古典たらしめている所以でしょう。

残念ながら上に述べたことは過去形でしかなく、現在ではゴナを目にする機会が激減してしまいました。しかし一方でゴナはおびただしい数の亜種を生み出し、その影響力は今に至るも衰えていません。ベルグソンの「創造的進化」という本の中に、「進化は直進的になされるのではなく、爆発物の爆発のように放射線状に広がっていくものだ」という意味のことが書かれています。かつてゴナや一連のモダンゴシックが誕生した際に働いたのも、勃然と湧き上がった進化のこの爆発的な力でしょう。爆発は爆発を呼び、火花を散らすように多種多様な亜種を生み出します。この進化の頂点に君臨する書体がゴナといえるのではないでしょうか。

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