シュルツ１．アドルフ・ハンス・シュルツ（Adolph Hans SCHULTZ）［1891－1976］［T. Dale Stewart（1983）より引用］
アドルフ・ハンス・シュルツは、1891年11月14日に、ジュリウス・シュルツとソフィー・シュルツ夫妻の間にドイツのシュツットガルトで生まれました。しかし、1897年にドイツ人の父親が亡くなったため、スイス出身の母親は、4人の子供を連れて母国に帰国します。シュルツが、6歳の時でした。この運命は、シュルツをやがて霊長類学者として導くことになります。
シュルツは、1909年、チューリッヒ大学とベルン大学で自然科学を勉強します。チューリッヒ大学は、当時、脊椎動物の比較解剖研究で有名な場所でした。実際、解剖学研究所には、多くの霊長類骨格が収蔵されていました。1916年に、シュルツは、様々な人種の頭蓋底の比較研究により人類学の分野で博士号を取得します。研究対象としたものは、6つの人種グループ、394体の頭蓋骨でした。
1916年にシュルツは渡米し、メリーランド州のバルチモアにあるカーネギー発生学研究所で研究員として勤務しながら、人種変異の研究を続けました。その研究は、様々な人種の胎児を使用し、その過程で霊長類の胎児も対象にしています。1925年、バルチモアにある、ジョンズ・ホプキンス大学の人類学准教授に招かれ、霊長類の比較解剖の研究を続けました。これは、アメリカでの医学部における最初の自然人類学のポストだと言われています。
その研究は、様々な霊長類の成長・変異・病理にまで及んでいます。1923年と1924年にはニカラグア、1929年と1932年にはパナマで野外調査を行い、霊長類3種379点の頭蓋骨を収集しました。同様に、1937年には東南アジアのタイやボルネオで多くの霊長類を収集しています。この収集はアメリカ国内でも行われており、動物園・動物商・サーカスまでコンタクトを取って死亡した霊長類の遺体収集を行っています。シュルツは、霊長類の遺体を骨にして番号を書き収集するまでほとんど一人で行ったと言われています。それは、解剖学教室にスタッフが少ないからだったようです。これらの標本は、シュルツ・コレクションとして有名になりました。1940年代後半に新しい教授が就任すると医学部内部で、シュルツが行っていたような伝統的な形態学に対して批判が起こり、シュルツはアメリカ国内での引退を決心します。
アメリカでのシュルツは、1932年から1934年にかけて、アメリカ自然人類学会の第2代会長に就任しています。アメリカ滞在は、実に、35年にもおよびました。
1951年、シュルツは母校のチューリッヒ大学に招かれ、解剖学研究所の所長に就任しました。この時、シュルツ・コレクションも一緒に移され、チューリッヒ大学に所蔵されています。恐らく、ジョンズ・ホプキンス大学では廃棄される恐れがあったのでしょう。このコレクションとシュルツの努力により、チューリッヒ大学解剖学研究所は、世界でも有数の霊長類研究センターとなりました。1962年、シュルツは大学の規定に従い、70歳で引退しました。
シュルツは、多くの論文を英語及びドイツ語で発表していますが、1冊だけ英語で本を書いています。それが、このブログでもご紹介した、『The Life of Primates』です。この本は、シュルツの研究の集大成ともいえるもので、霊長類とヒトとの比較解剖に関する知識が満載されています。
シュルツ２．Schultz(1969)『The Life of Primates』中表紙（＊画像をクリックすると、拡大します。）
私生活では、シュルツは渡米中の1924年にアメリカ人のトラヴィス・ベイダー（Travis BADER）と結婚し、1934年にはアメリカに帰化しました。シュルツは、1976年5月16日、チューリッヒにて84歳で亡くなりました。霊長類の比較解剖研究に捧げた一生と言えるでしょう。
＊シュルツに関する文献として、以下のものを参考にしました。
・Ziegelmayer, Z. (1997) 'Schultz, Adolph Hans (1891-1976)', "History of Physical Anthropology: An Encyclopedia, Vol.2", Garland Publishing, pp.915-916.
・Stewart, T. Dale (1983)'Adolph Hans Schultz: 1891-1976', National Academy of Sciences