For Beat Music Lovers Only!!!

ビート・ミュージックをこよなく愛する人達に贈る音楽、文化、フィッシングを中心としたブログ

さすが日本のTV局!それは今も昔もTOKYO X2チャンネル

2012-01-26 21:54:17 | 今日の1曲(YouTube)

遅ればせながら、新年明けましておめでとうございます。今年も宜しくお付き合い下さい。

久々、YouTube検索をやって掘り出し物がないか探ってみた。特にライブ映像の少ないアーティストに絞って検索。

すると、あのDeep Soulの超重量級アーティスト“O.V.Wright”の1979年 日本でのスタジオ・ライブ?の映像を発見

しかも大好きな“Into Something”!。こんな超お宝映像が、この日本のテレビ局が記録していたなんて、、、皆さんに紹介したくないくらいの超、超、貴重な映像を、“うP(笑)”してくれて本当に有難うございます。

ちなみにHi Soundの主要アーティスト名をキーワードでググ(動画検索)ってみると

1. Al Green 9,140,000 件 2. Don Bryant  4,190,000 件 3. Ace Cannon 157,000 件 4. Willie Mitchell 108,000 件 5. Otis Clay 39,500 件  6. Ann Peebles 33,400 件 7. O.V.Wright 32,600 件 8. Syl Johnson 23,500 件 の順位

意外なのが、Ace Cannonが3位、Sylが苦戦。ちなみにGOLDWAXのJames Carrは、157,000 件の動画がヒット

ちなみに左上段 1. Al Green  -Let's Stay Together 2. Don Bryant -Precious Soul 3. Ace Cannon -Menphis Goldenn Hits 4. Otis Clay -I Can't Take It 左下段 5. Ann Peebles -I Can't Stand The Rain 6. O.V.Wright -We're Still Together(最後のスタジオレコーディング) Live (In Japan) 7. Syl Johnson -Total Explosion

ここで、O.V.Wrightのおさらい、Wikipediaより引用。

Overton Vertis Wright 1939年10月9日〜1980年11月16日 1964年 GOLDWAXよりデビュー 

Goldwax 106 - That's How Strong My Love Is / There Goes My Used To Be その後Duke Record傘下のBack Beat Recordに移籍し以下の作品を発表(全てがDeeP SOUL Classic!)

Back Beat 61 - ONLY FOR TONIGHT (1965)  Back Beat 66 - 8 MEN AND 4 WOMAN (1968)  Back Beat 67 - NUCLEUS OF SOUL (1969)  Back Beat 70 - A Nickle and A Nail amd Ace Of Spades  Back Beat 72 - Memphis Unlimited (1973) Hi 6001 - Into Something (1977)  Hi 6008 - The Bottom Line (1978)  Hi 6001 - We're Still Together ハイ SRCS 6558 - ライブ・イン・ジャパン(1979)

ここで、この世界にも残っていない貴重お宝を残してくれた日本の偉大なTV局は、やはり、何があってもブレない“東京X2チャンネル(現テレビ東京)”。さすが、“開運!なんでも鑑定団”の言葉を借りると、“いい仕事してます”。

TV東京でウィキってみると(Wipediaより引用)

平均視聴率は全日で2%台、ゴールデンタイムで5 - 6%と、他の在京キー4局に比べて全体の視聴率が振るわないため、視聴率の低い他局に対し「振り向けばそこにテレビ東京」といわれることもある。ただし、60代以上の主婦層・アニメファン・個人投資家・ファッション好き・旅行好き・釣り好き・レース好きなどあえて扱う分野を明確化してターゲットを絞った番組編成から「視聴率は最下位で、固定客数は最上位」と評されている[。この様な特定層に向けた番組編成はスポンサーにとって広告波及効果が高いと評価され、1990年後半からは他局も追随する様になった。現在[は、年4回の改編期における番組の改編率が高く、大幅に変更される。他の在京キー局のOLや若年層を主力とした裏番組を放送時間帯の移動や打ち切りに追い込むこともある。特に2009年度はTBSの視聴率低迷の影響を受け、平均視聴率でTBSを上回る日も現れた。 しかし、テレビ東京の主軸コンテンツであるアニメ番組は、他局と同様に今日の少子化の影響もあってか全般に低落傾向にあり、その他の番組でもリニューアルや枠移転などを繰り返して全体平均視聴率の向上に努めているが、今でも目立った実績は挙げていない。逆に深夜枠ではいくつかの番組にて実績が出ている。

TV離れが進む中、唯一ブレないTV局として、また、自分の息子も夢中な“ポケモン”“イナズマイレブン”“ダンボール戦機”のTV局として頑張って欲しい。

O.V.WRIGHT & Hi Rhythm. (HQ) 

1979年9月の病身で奇跡のパフォーマンスを見せつけた日本公演から約1年後1980年11月16日、心臓発作で天に召される。 

この17歳という多感な時期、黒人音楽の扉をる叩いたばかりの僕が、もっと早くO.Vを体験する事が出来たら、その後の人生も変わっていただろうか?。

有難う、O.V!!! そして日本の偉大なTV局“TOKYO 12チャンネル”!!!

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Facebook

2011-10-10 00:28:46 | バンド

 約半年前に始めたFacebookも高校の同窓会やら、大学時代の遊び仲間やらで次々と友達リクエストを貰い、見ぬうちに勝手に盛り上がっている様だ。 こまめにDMのやり取りをしない俺にとって、特にアメリカに永住権を得て、日本になんぞ、帰ってくる気配のない友達の近況を知るには大切なツールだ。

 この前、エフエム佐賀で木原慶吾氏のラジオ番組を聴いた話をした。すると、な、なんと、20歳になったばかりの時に知り合い、ちょくちょくガイルスやら、アマチュア音楽の祭典“エバー・グリーン・コンサート”、、、多夢にも恐れ多くも出演していたバンド“ルーツ”のベーシストO君から友達リクエストが届いていた。プロフィールの写真では当時のバーガンディーのプレジションを抱え、相変わらず元気そうだ。ちなみに“エバー・グリーン・コンサート”とは佐賀の“シー・バード”という楽器屋さんが主催し、ガイルスでオーディションを行い、採点で出演者を決定し、得点の一番高い順から演奏時間を長く貰えた。当時、出来たばかりの佐賀美術館で行われていた。尚、オーディジョン不合格者には“落ちたもんコンサート”という救済措置もあった。ちなみに俺達は、何回かでたが、最後もでトリをつとめる事はなかった。言い訳だが、やってる曲も渋すぎたきらいはあるが、、、。

だって、10代のロック少年相手に、オープニングがこの曲ですよ、普通なら“オー・プリティー・ウーマン”ゆうたら、“ヴァン・ヘイレン”でしょう、、、当時なら。

ALBERT KING - Oh Pretty Woman (1970) 

それにしても、やはり、この頃のアルバート・キングって、バックも充実していて、ファンキーやねー。いきいきしてます。

そして、ベーシストO君は、ルーツ解散後に上京し、高円寺“ジロキチ”に出演していた。俺も上京した際は良く“ジロキチ”に良く行ったが、今やアメリカ・ニューオリンズに移住し、ワイルド・マグノリアスのギタリストとなった山岸潤史も出演していた。そんな山岸氏の大好きなアルバートのアルバムから、俺も大好きな1曲。無性に当時飲んでいたローリングKを生で飲みたくなった。

Albert King Live - I'll Play The BLues For You

それにしても良い、やはり、フライングVはオリジナルに限る。それにしてもギターが小さい、てか身体がでかい!!!

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思いがけず、あの時代にトリップしちまった。

2011-10-04 23:18:47 | バンド

まずは、新しくお気に入りのスニーカーの話から

 チペワのスウェードのブーツも夏はたまらんって事で、オイルド・レザー(なんのこっちゃ、さらに暑さ倍増)でもないか博多駅に行ってみた。すると、Made In U.S.AのNB576が所狭しと飾られていた。スニーカーに疎いこの俺でさえ、一度は手にしたNB576!!!。円高でプライスを期待したが、全然安くなっていない。あきらめて帰ろうと、ふと、下を見ると、ユニオン・ジャックが誇らしげな、NB577がなんと半額!!!。即決。とにかく、格好良かです。テニス界のシド・ヴィシャス=マッケンローを彷彿とするユニオン・ジャック(なんのこっちゃ)。思わず、大濠公園を走り回りたくなるこの雰囲気。

ここのところ、どこに行くにも、このスニーカーを履いている。ただし、釣りでは、息子のオキアミで汚れる危険があるので、履きかえる様にしている。

話は変わって、9/23(金)、釣りに鷹島に行った帰り、ラジオの周波数を合わせると、なんとエフエム佐賀 木原慶吾の“Friday night- Talkin' Radio”が聞こえてきた。思いがけず、あの20才になったばっかりで、怖いもの知らずのあの頃にトリップしちまった。それにしても、今、還暦を迎えたのであろうか、Kさんの声も以前の様に張りが無い。

はっきり言って、Kさんは俺にとって、やれ、ボーカリストが煙草を吸うなやら、ベンチャーズを理解できん奴はだめだとか、口うるさい30代のオッサンだった。当時、スピリッツ(Kさんのバンド)には、関東から佐賀に移住したギタリスト、Mr.Yがいた。俺達バンド仲間は、独身で、人が良く、関東から佐賀へ辿り着いたMr.Yに、すぐに興味を持った。“エバー・グリーン・コンサート”やら“ガイルス”でのライブの後、Mr.Yと飲むようになり、佐賀に来た経緯や、影響を受けたミュージシャン等の色々な話を聞いた。俺達より1周り年上で、やはり、ジョン・フォガティー(CCR)には一番思い入れがある様だった。

そう思いながら車を走らせていると、番組で、突然、「Mr. Yが病魔と闘っている」とD.Jが言った。あの頃にトリップしていた俺は、突然、現実に戻され、長い時間の経過をひしと感じた、、、、。病床のMr. Yが俺になにかを語りかけている様に思えた。

CCR-Born On The Bayou

2008年のジョン・フォガティー(63才)のライブから

この曲のPVを見て、当時、南区塩原のウエスト味の町にあった、鶴川さん(元ロッカーズ)がバイトしていたレンタル・レコード屋でLP“センター・フィールド”を借りに行った事を思い出した。

John Fogerty - The Old Man Down The Road

ニール・ヤングにしても、この人も、P-90のついたレス・ポールを弾く奴って、プリミティブでヒステリックな音を好む様だ。

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たった100年前

2011-07-09 04:45:54 | 好きな音楽

 2011年5月8日、ロバート・りロイ・ジョンソン:明治44年(1911年)5月8日〜昭和13年(1938年)8月16日 が生誕して、丁度100年になる。クラプトンに言われるまでもなく(御免、ECファン)、後世のロック・ミュージックに多大な影響を与えたブルースマンだ。

ここで同時代の著名人を列挙してみると 

岡本太郎:芸術家(太陽の塔等) 1911226日〜199617

鈴木善幸:政治家 第70代総理大臣 1911111日〜2004719

ロナルド・ウィルソン・レーガン:第40代米国大統領・俳優 191126日〜200465日)

藤山 一郎:歌手・作曲家(青い山脈 等) 191148日〜19938

そうそうたるメンバーではないか、、、。

さて、この頃の日本では、“幸徳事件で死刑判決”“吉原炎上”“九州帝国大学開設”“夏目漱石 博士号辞退”、、、世界では“アムンゼンにより南極点到達”

使用ギター Gibson L1:フラットトップは1926年(大正15年)〜30年(昭和5年)に製造L1

高校生の頃に最初に買ったRLのアルバムキング・オブ・ザ・デルタ・ブルース・シンガーズvol. II( CBS SONY 20AP 2192) 1990年代に入り購入したタブ譜(顔が変?)

アナログタブ譜

 1990年に入り、ロバジョンの写真が見つかると、空前のカントリー・ブルース・ブーム到来、ブルース・インターアクションズ、レコード・コレクターズに限らず、ギター・マガジンに至るまでのあらゆる音楽情報誌がこぞってプリウォー・ブルースを取り上げた。ひねくれものの俺は、ロバジョンのアナログ・ボックスは手に入れていない(後悔)。

戦前ブルース

その後、例の“アンプラグド・ブーム”もあり、泥臭い“デルタ・ブルース”より、ソフィスティケイトされた“シティー・ブルース(いわゆるブルーバード・ビート)”が人気に?

そして、2011年、生誕100年を記念して新しい写真??も発見(右はジョニー・シャインズ?)。 

そして、そして、ブルースファン泣かせの限定1000セットの“The Complete Original Masters: Centennial Edition”を販売中である。

俺のチャーリー・パットンのボックスと並べたら、カッコ良さそうであるが、いかんせん値段が、、、。

最後に、今更かもしれないが、“ウイリー・ブラウン”、、、“ウイリアム・ブラウン?”のあの名曲“ミシシッピー・ブルース”発見、、、情報を求む。

William Brown - Mississippi Blues 1942

 

 

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C'est Chic

2011-05-28 23:17:59 | 好きな音楽

1981年 夏を振り返ると、俺は福岡に居た。

“めんたいロック”全盛期時代で、御三家は東京でデビューを飾り、俺は友達と80's Factoryに凱旋コンサートを見に行って、帰りは親不孝通りの“屋根裏 貘”でお茶飲んで帰るという健全な少年少女でした。

確か、親不孝に“ビッグ・ピンク”っていうレコード屋さんがあって、トーキング・ヘッズの“リメイン・イン・ライト”を買った様に記憶している。

そう、その頃、ストーンズの“タトゥー・ユー”を手に入れては繰り返し繰り返し流していた。先輩の部屋からマイルスの“ラウンド・アバウト・ミッドナイト”やら エロル・ガーナーの“コンサート・バイ・ザ・シー”が流れていた。

東京の予備校に行っていた友達のカーステレオから、六本木のディスコから仕入れてきた“ブラコン”が流れていた。

当時、夜になると中洲交番裏の“カルチェラタン”に通っていた俺にとって、“ブラコン”に対する偏見等なかった。バンド仲間から、ディスコに行く事を批判されると、いつも決まって“リズム感を養うため”と見えすぎた嘘をついていた、、、。

カーステレオからひときわシャープなギターカッティングとファンキーなベースが流れ、「これ、なんや」、、、「だけん田舎もんは困るったいね、ナイル・ロジャースたい、、、シックってバンドたい、、、」と小馬鹿にされた。

俺はその後、こっそりレコード屋に行って、その“おしゃれフリーク”の入った“C'est Chic”を買った。

その後、ナイルのプロデュースしたデヴィッド・ボウイの“レッツ・ダンス”がメガヒットし、“グッド・グルーブ・アイランド”でソロ・デビューとなる。

何故、今頃、ナイルかっていうと、US Black Disc Guide(1996年 ブルースインターアクション)の“70’s Birth Of Funk”のコーナーで鈴木啓志が絶賛している記事を見て懐かしくなったからである。

シックのメンバーであったバーナード・エドワーズもトニー・トンプソンも死去し、ナイル一人頑張っている。

“ドゥ・ザ・ボーショー?、ドゥ・ザ・ボーショー?”(“グッド・グルーブ・アイランド”1曲目より、、、なんのこっちゃ)

ついでにこんなのもありました(笑)

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Crazy About Smart Phone, P-Funk and Hakata Station!!!

2011-05-27 20:58:37 | 今日の1曲(YouTube)

 お久しぶりです。  

別に健康を害したわけでもなく、国外に逃亡したわけでもありません。  

変化と言えば、勤務先が市内中心部になり、通勤にバスを使う様になった位です。   

しかし、これがなかなか苦痛!!!中心街に向かう車内は高校生やら社会人やらなんやらで異様な混雑ぶりです。  

車内の乗客に視線を移すと、やはり、皆、携帯でメールやらツィッター、インターネットをやったり、音楽を聴いたり、単行本を読んだりと人それぞれ。  

俺もこの頃購入したSmart Phone(Sony Xperia so 01b)の使い方にやっと慣れてきて、アプリの多機能さにはまっている始末。  

通勤にはやはり、気のきいた音楽とバッグはつきもの!?って事で、息子と2人で、最近新装オープンとなった博多駅ビルへ向かった。  

すると、ここのアミュプラザと東急ハンズ、阪急の入った JR博多ビルにはまってしまう羽目に、、、、。  

なんか、このビルだけで、天神の何店舗以上を網羅している。つまりは移動しなくても、そこそこ楽しめるし、家族とはぐれない。 

しかも、東京の人には笑われそうだが、東急ハンズは本当に面白い!!!。何故、今まで無かったのか!?福岡に、、、。  

そして、2人で本屋(丸善)へ、、、そこで“P-FUNK” なる本に遭遇。 そういや、学生時代、知り合いのベーシストがジョージ・クリントンやらブッツィー・コリンズやらにはまってたっけ、なんて回想に耽りりながら、パブロフの犬状態になり、タワーレコードに思わず涎を垂らしながら走っていた。  

パーラメントにすべきか、ファンカデリックにすべきか、さんざん悩んだ挙句、ジャケットが有名なのと、パーラメントより少し価格が安かったという安易な理由?からファンカデリックに決定。  

迷わず、この2枚を購入した。

その帰り、やはり通勤バッグが欲しくなり、東急ハンズへ、、、手頃なサイズの“ポーター”のショルダーバッグを購入した。  

この前、ネットで手に入れた“Operation Tomodachi 友達作戦”バッチを貼るのに気がひける事を除けば大変気に入っている。  

さっそく家に着くと、“Media Go”を立ち上げ、PCにこの2枚を入れて、スマホへ転送したが、いつもイヤホンを忘れ、未だに聞いていない。

うーん、ジャケ買いしたが、本家?“パーラメント”から購入すれば良かったってこの曲を聴いて思った。

Flash Light (Part 1)- Houston 1978

Flash Light (Part 2)- Houston 1978

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まだ見ぬ旧友からの励ましのメッセージ

2011-03-19 00:27:32 | 今日の1曲(YouTube)

 東北関東大震災から早1週間が過ぎた。                                                                     涙なくしては見れない大惨事の映像に何もしてあげられない無力感で胸が一杯になり、ひたすら祈るだけである。

世界各国の心暖まるメッセージの中で、やはり、兄弟、恋人、親友とも言われているこの国からの多くのメッセージ、人的支援等の“日本への愛”には大変感謝するとともに、感動で涙がこみ上げてくる。

“有難う台湾!!!” 

 いくつかのメッセージを紹介します。

大支..Japan,we are with you ..台湾のラッパーが日本に激励する

Japan we are with you....

日本で史上最強の地震が発生、あまりにひどい損害だ

もし救難隊(救援隊)が救苦、救難の菩薩なら
あの被災者たちは菩薩の示現。天災の無情を教えてくれた

台湾は日本の素晴らしいメカニズムと秩序をよく学ぼう
彼らはネットで「言葉のできない外国人も助けよう」とまで呼びかけた
避難所の体育館の数千枚の毛布や食料は平時から準備していたものだ
それから武士道はかっこよすぎる
原発作業員は「たとえ死んでもメルトダウンさせない」と言っていた

あなたたちは決して倒れないと信じている
それから在日台湾人に緊急電話番号を教えてくれてありがとう

9・21(※九九年の台湾大地震)ではありがとう
日本は救援隊員が最多で救援規模も最大だった

今回わずか一億元の義捐金ですみません
だけど日本人はネットで「台湾経済は不景気なのに。この恩を日本は忘れない」とか
「台湾はやはりアジアで一番信頼できる」とか
「台湾なら本当に安心できる」と言っている

「Tシャツに、“我是日本人 台湾謝謝”と書いて台湾を旅行したい」ともっている人も

四川大地震の時、俺たちは二十億元を贈ったが、中国は千発のミサイルを俺たちに向けている。謝謝

中国の網民は罵るのをやめてほしい
四川大地震の時、それでも台湾人は偏見を捨て、義捐金を送ったんだ
あなたたちを迫害したのは今の世代の日本人ではないから、むやみに怒るな
四川大地震で日本の救援隊は頭を下げ、被災者の遺体を見送っている

霍元甲を毒殺したのは日本鬼子だとか、日本はずっと中国映画で醜悪化されてきた
それは長年の洗脳のためだ
中国人は津波はなくても、共産党がいるから可哀そうだ

歴史の傷を忘れよう。恨みを忘れよう
俺たちはみんな家族なんだ。みんな地球人なんだ

たとえ場所にいても、日本の兄弟姉妹たちよ、がんばってください。

台湾はあなたたちと共にある。ジャパン、ガンバッテ。we are with you....

台湾は日本の生命線!より

また、こんな暖かいメッセージも、、、涙なくしては見れません。

台灣如何看待日本311 (台湾は日本国民に捧げます)

そして最後は、昨日台湾で行われたチャリティーコンサートのテーマ曲を                                              

Taiwan Artists Fund Raising Single for Japan-Believe

“有難う台湾!!!”                                                 

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Rick Batey "The Blues Guiter":blues interactions, inc

2011-02-08 18:17:28 | 

 

 政権交代に伴って、日本を取り巻く外交問題が騒がしくなり、政治、経済、歴史を取り扱った雑誌を良く読むようになった。逆に、新聞、TVのニュース番組を見なくなり、情報はネット中心となってしまっている。

この前、街の本屋の音楽コーナーを覗いてみると、なんとブルース・インターアクションから“The Blues GUitar”なる本が出版されていた。おなじみのブルース・マンの使いまわされた写真から構成された本を創造していたのだが、中々、新鮮な内容だ。焦点をギターに絞っており、今までのありがちな雑誌と視点が違う。

さすが、P-Vine!!!。思わず買ってしまった。

さて、上記のギターをみて、どんなブルースギタリストを思い浮かべますか。

赤いテレキャスは“マディー”でしょうか、意外と王道の“バースト”はいったい誰ですか。

ピーター・グリーン等のブリティッシュブルースの住人か、“フィルモアの奇跡”の頃のマイク・ブルームフィールドでしょうか、、、。

ポール・バターフィールド:1942年12月17日〜1987年5月4日

マイク・ブルームフィールド:1943年7月28日〜1981年2月15日

マイク・ブルームフィールドの映像はなかなか見つからない、、、エレクトリック・フラッグの数曲のみで、スーパー・セッションやフィルモアの奇跡のDVDが発掘されないのか!?

Paul Butterfield Blues Band “Born In Chicago”

Butterfield - Feiten - Rockpalast - Walkin Blues

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近況

2011-02-06 22:46:18 | 飲む・食べる

 新年を迎え、早くも1ヶ月経ってしまいました。 改めまして、今年も宜しくお願い致します。

アメリカの友人から、最近ブログの更新がないとのメールを頂きましたので、久々、ペンをとってみることに、、、。

近況ですが、やっと卒煙できました。 2010年 10月24日 12時30分から禁煙に入って、眠くてやる気の湧かない45日間をなんとか過ぎた時点で、忘年会、、、。 12月9日 不覚にも3本の貰い煙草をしてしまい、帰宅後の23時30分より再び禁煙モードに突入。現在、55日目、やっと卒煙できた感があります。変ったことといえば、体重が2kg近く増えたのと、フリスク中毒になってしまいました。

ストレス時のイライラは相変わらずで、どうやら、ニコチンのせいじゃなくて、本来の性格だったようです。性格が温和になる事を期待されていた皆さん、ごめんなさい。

話は変わって、昨年7月より美容師さんが変わりました。まだ3回くらいしか行っていないのですが、店が大名を一望できる高層ビルの一室、作りが今い(古!!!)、来ているお客さんが今い女の人(くどいが、、、結構ハイファッション風)、業界人も多い(?)、店長がUstreamの“ダダ漏れ”ネット中継にはまっている、店長の髪の毛が真っ白、、、といった今までのパターンではないお店。家具の話(?)、車の話となんとか合わせてもらっているのではあるが、、、。昨年、大名で吉田類を見かけた情報が相次いでおり、この美容室の店長さんもその一人。

「オーラあったでしょう!?」と俺。

「いやー、、、」と苦笑する店長。

視聴率が苦戦するテレビ業界にあって長寿番組「居酒屋放浪記」!!!。今年こそは、類さんと福岡の居酒屋で飲みたい、、、。

そういや、この店、1年前に東京に行った時、友達に連れて行ってもらったら改装中で閉まっていたっけ、、、。

 ワーナーのファイブ・オリジナル・アルバムズの中でも、ポール・バタフィールドの初期5枚組はお得感とレア度もあり、さっそく購入して聴いている。大好きなマイク・ブルームフィールドの参加した“デビュー作”と“イースト・ウエスト”は、18の頃、青春秘蔵盤(?)なるアナログ廉価版で購入し、擦り切れる程、聴いた名盤だ。しかし、その後のベアズヴィルに移籍するまでのアルバムは正直、聴いた事がなかったからまとめて聴けるのが嬉しい。特に69年のこのアルバムや、ホーン・セクションをバックにブロウする電気化したハープは、とてつもなくゴージャスでダイナミックだ。また、19歳のバジー・フェイトンのギター・プレイも初々しく、好感が持てる。

 Paul Butterfield Blues Band - Drifting Blues(Woodstock 1969)

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“Space Battleship Yamato”やら“Rocks”やら

2010-12-19 23:44:16 | ムービー
 12/12(日) 昼から息子と映画を観に行った。
キャナルシティー博多・ユナイテッドシネマで上映中の“Space Battleship Yamato”!!!。
俺が小6の時、毎週かかさず見ていたTV番組“宇宙戦艦ヤマト”の実写版だ。
その頃、松本零士の漫画の大ファンで、“週刊少年サンデー”の“戦場漫画シリーズ”、、、特に“鉄の墓標”、“スタンレーの魔女”、“ラインの虎”といった作品にはまっていた。
そういう中で始まったTV版“宇宙戦艦ヤマト”であったが、裏番組の“猿の惑星”のパロディー?“猿の軍団”に視聴率は及ばなかった様で、ブレイクするのはアニメ映画化される1977年まで待つ事になる。
当時、夢中だった俺にとって、“古代進”、“森雪”はヤマトの永遠のアイコン、、、。
実写版はいったいどうなっているのやら、、、。
あまり期待せずに行ったのだが、映画が始まるや否や、最近涙腺の緩くなった俺には涙、涙、涙、、、。
特にヤマト浮上のシーンや、「1945年、、、暗闇の中のわずかな光だとしても、、、」と言う今の日本人に必要な台詞、そして最後の「波動砲発射」、、、泣けた、泣けた。
親子で目をうるうるさせてしまった。
木村拓也、やっぱ良かね、、、中居君じゃ、こうはいかんばい、、、。
それに森雪役の黒木メイサも、最初はしっくりこなかったが、映画の中盤あたりから良かなあって思えるようになった。

space battleship YAMATO - 実写版ヤマト予告


そして最後のエンディングは、今も現役の“スティーブン・タイラー”、、、。
思えば、エアロスミスが日本ではまだまだマイナーだった1976年の夏、NHKのあるTV番組の女性アシスタントが、好きな曲と言って“Back in the saddle”に針を落とした瞬間、あまりのヘビーさに度肝を抜かれ、すぐに“ロックス”を買いにレコード屋へ、、、中学2年だったと思う。
その頃、レコードを買うと、そのアーティストのポスターがもれなく付いてきたが、ジョー・ペリーが黒いレス・ポール・カスタム(多分、60年後半〜70年代)を抱えジャンプしている様が最高にかっこ良かった。
多分、この曲を演奏しているのだろうと勝手に思い込んでいた。

Aerosmith - Back In The Saddle - Live 1977


なんかこの頃のスティーブン・タイラーって、いかがわしくて良かね、、、。
スライ・ストーンやら、デビッド・ヨハンセンみたいで。
ストーンズのキースには、俺達の真似すんなって酷評されてたけど、悪っぽさは一枚上かも!?。
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日本シリーズって何!??

2010-10-21 20:33:37 | 日記
 10/19をもって我等の若鷹軍団のシーズンも終わってしまいました。
皆様、お疲れ様でした。
確か5年前のプレーオフ制度の頃も敗北し、ホークス選手がホームグランドのベンチでロッテの監督の胴上げを見るという光景があったと思う。
その時も、なんでプレーオフなんかやるんだと憤りを感じたものだった。
1位通過をしながら、2004年 西武(2位) 2005年 ロッテ(2位)、、、アドバンテージの1勝を勝ち得るためには、2位に5ゲーム差なんて無茶苦茶な、、、。
ホークスをいじめるために始まった感が強いのは俺だけか!? 
しかも、今のロッテには、I口選手がいるのも納得できない。

ふとロッテベンチに目を移すと、なんと西武黄金時代のデッドボール王がバッティングコーチをやっているし、ソフトバンクにしても秋山監督、バッティングコーチ、ピッチングコーチ、そして解説の伊東勤氏、みんな、みんな、西武黄金時代の立役者だ。
ホークスが福岡にホームグランドを移すまで西武ファンだった俺にとってすごく懐かしい。
っと回想に浸っている場合じゃない。

しかし、パシフィックリーグ優勝チームは我等がホークスだし、140試合、毎試合毎試合、真剣に戦ったら、そりゃ、エースだって、中継ぎだって、野手だって疲れますわ、、、。
実際、2位の西武だって疲れてたみたいだし、、、。
ホークス・ナイン、監督、スタッフ、本当にお疲れ様でした。
優勝パレードは是非見に行きますよ!!!

中日ファンには悪いが、日本シリーズはセパ両リーグの3位対決が良いと思います。
3位同士での日本一を決めたら良いのでは、、、。

しかし、西岡選手って、ホークス・ファンにも気を使う発言をしてもらって本当に好感がもてますね。

今日はこいつでも聴きながら酔いちくれて眠るか。
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そろそろ更新せんとヤバカバイ、、、。

2010-10-07 13:34:27 | 最近、気になっているもの
 久しぶりです。
このブログのアクセス解析をみてて、お馴染みのブログからのアクセスがだんだん減ってきている今日この頃です。
早10月となり、タバコも400円以上に値上がり、前髪がうっとうしく感じ、“八方塞がり”って感じです。
そう、今まで御世話になっていたヘアーデザイナーの人が“行方不明の旅の途中???(済みません、勝手な事言って)”みたいでして、その人の紹介で7月から新しいヘアーサロンに変りました。
大名の高層ビルのトップにあるそのヘアーサロンは、“スタジオ”風の造りでかなりリラックスできます。
最近、ヘアースタイルにポリシーのないワタクシは、サイドをツー・ブロックにアレンジされておりますが、中々、涼しくて気に入っています。
オーナーも、久々、男の人で最初緊張しましたが、しばらくすると緊張が解けました、、、さすが“匠”です、、、。

と話は変って、最近、単身赴任で殺風景な部屋を“趣味部屋”に改造しようと計画中です。
後日紹介しますが、おしゃれなミニコンを購入したので、それを置くサイドボードを手に入れました。
構想としては、ネオンライト、ミッドセンチェリー・ファニチャーを配した“アメリカンダイナー”風、“レトロアメリカン”風のスペースです。
ネットで探してみると、イームズ、ジョージ・ネルソンのヴィンテージ・インテリアの高額な事、、、。
思わず、リプロダクトでもいいやって気になりますが、やはり、オリジナルの重厚感にはかないません!!!。


ジョージネルソン作“マシュマロソファ”

 またまた話は変って、この前、Overdirive Daysの中でストーンズの“レッツ・スペンド・ナイト・トゥゲザー”という映画の話だったので思わず“速レス”してしまった、、、(笑)。

今から“うん十年前”のある日、佐賀と福岡を拠点にブラブラしていたワタクシは、佐賀の美術館開館記念のライブ・イベントの手伝いをしておりました。
一仕事終えて、今も嗜好している“ブンタ”をプカプカ吹かして、ぼんやり国道を通る車を眺めていました。
すると、爆音が沸き起こり、黒い塊がどんどんこちらに近づいてくる。
“シャコタン・セド”を取り囲む様に、レザージャケットに身を包んだチョッパー野郎達、、、。
あっけに取られているワタクシは、みるみるバイク野郎達に取り囲まれた。
セドリックの後部座席から降りてきたのは、まさしく、“和製ジョンベルーシ”ではないか、、、。
主催者の楽器屋(Sバード)の店長が、一言二言、挨拶を交わし、その集団が本日のライブのトリをつとめる長崎Z大学(当時の名称)の“キャンディーズ”というバンドと判明した。
楽屋を恐る恐る覗くと、ギタリストがなんと、キースも使っていた“アンペグのクリスタル・ギター”を抱えているではないか!!!。
リハーサルでもリード・ソロをいっさいとらずサイドバッキングに徹している。
このバンドは長崎Z大学の軽音楽部のトップバンドで、総長?のM田さんはギタリストがソロをとる事を許さず、大学卒業までの“うん年間”、来る日も来る日もカッティング・オンリーという修行を強いているらしい。
リハーサルのチェックも相当厳しく、総長?も“ジェームス・ブラウン”ばりに場を取り仕切っている。
本番も“ブルース・ブラザース”を越えてしまった感もある!?ソウルフルな演奏に度肝を抜かれた。

 前置きが長くなったが、初夏のある日、“レッツ・スペンド・ナイト・トゥゲザー”公開中の長崎駅前劇場のロビーでタバコを吹かしていると、なんと、総長を先頭にキャンディーズの面々がづかづかと入って来るではないか。
慌ててタバコの火を消して客席に戻るワタクシなのでした。



 今、愛車がタイミングベルトの交換で代車のパンダに乗っている。
セミ・オートマティックトランスミッション仕様で1.2Lと小ぶりのエンジンだが、とにかく良く回り加速する!!!。
むしろ、俺ののマニュアル車(1.4L)より加速はいいくらいだ(運転技術の未熟さからか???)。
しかし、いつも思うのだが、イタリアの車ってどれも時計が狂うのか???。
まあ、こんな事でクレームつける奴は最初からイタ車になんて乗らないか、、、。
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ミニコンポ その1

2010-09-13 17:57:18 | 最近、気になっているもの
 10何年ぶりに独り暮らしを始めて気づいた事がいくつかある。
自分の部屋に帰って、テレビのスイッチを入れ、味気ない時間が経過していくばかり、、、。
ふと考える、、、何かが足りない、、、。
そう、音楽がない !!!。
 昔なら、帰るなり、プリメインアンプ(Aura VA100 EVII)のパワーを入れて、ターンテーブルにレコードをのせ、ゆっくりと針を落とす、、、。
スピーカーから流れる音楽を聴きながら、冷えたビールをグラスに注ぎ、TVのスイッチを入れ、リモコンの消音ボタンを押す。
そして、ギター(ギブソンL50)を抱えて、うとうと、、、というようなルーティーンな毎日を送っていた。
そういや、このところ、カーステレオで音楽を聴く以外、音楽のない生活を送っていた。
スタイリッシュで、音質の良いミニコンが欲しくなった。

8月末から、○○電気や○○○電気といった量販店に行っては、ミニコン・コーナーを覗いてみるが、I Pod Dock搭載CD・チューナー・アンプが一体となったガンダム化したシステムばかりで購買意欲をそそらない。

 だいたいがオーディオに関心を持たない様にしている俺は、今、どのメーカーが最も評判が良くて、どういう機能があったら便利なのか、全然、時代についていけていない。
なにせ、I Podすら持っていないし、MP3 ?、wma ???といった感じだ、、、。
確かにHDD内臓、I Pod再生、充電可能のVICTOR UX-DM8が我が家にあるが、HDDに曲を取りこんでいたのは買ってばかりの頃だけで、この機能は全然使っていない。いまや、奥さんのI Pod再生機となっている。


 
 俺が最初のミニコンに手を染めたのは、まだ、10年以上も前で、彼女のマンションに入り浸っていた頃だった。
彼女所有のAIWAのミニコンポ(多分10万以上したと思われる)が壊れたため、電気量販店に行った。
すると、5万円台で、音が良く、当時最先端のミニディスク(MD)、CD、チューナー、アンプ内臓のONKYO 155Aを一目見て衝動買いしてしまった。


その後、CDのトレイが開閉しなくなり、今やMD再生機と化して、奥さんのピアノ練習用となっている。
そして今のVICTOR UX-DM8に至るわけである。

こうやって、ミニコンの価格破壊が起こり、次々を新しい再生デヴァイスが開発されてくると、ミニコンは壊れて修理するより新しいものに買い替えた方がお得な使い捨て商品に変わってきた感がある。
壊れないのはスピーカーだけか、、、。

そう、スピーカー主体のメーカーを探そう !!!。

以前、スタジオに出入りしていた俺にとって、アルテック、JBL、ヤマハといったモニター・スピーカーのブランドに弱い、、、そういったスピーカーを搭載したミニコンはないものかとネットで探してみる事に、、、。
 
 すると見つかった。
JBL SAS100 !!!、そのスタイリッシュな点に一目惚れしてしまった。



しかし、価格はというと、国産普及機の2倍〜3倍はする、、、。
○格.comで見てみるが、値引き率はどこも変わらず小さい。
本屋でいつも気にもとめないオーディオ誌を見ても、マッキントッシュやらアキフューズやらの高級オーディオの情報ばかりで、ミニコンの情報など皆無に近い。
口コミ情報のみで通販に踏み切るには勇気がいるし、、、。
っという事で、話は次回に続く、、、。

 久々、自室のオーディオシステムで、中学3年生の頃、友達の薦めで買ったオールマン・ブラザース・バンドの“フィルモア・イースト・ライブ”を聞いてみることに、、、。
アナログ・レコードに針を落とした瞬間、スクラッチ・ノイズのむこうから、デュアン・オールマンのホーン・ライクなボトルネックのエモーショナルな音がスピーカーからあふれ出した、、、。
やっぱ、アナログって音に立体感があって最高!!!。

Statesboro Blues

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森ガール、山ガールは何処に!?

2010-08-31 17:38:45 | 旅行
 海・山をめぐるツアーの山編。
天草を後に5つの橋をひたすら走り抜け、九州自動車道 松橋インターへ乗り、車は熊本インターへ、、、。
熊本インターから阿蘇方面へと、目指すは大分九重(ここのえ)。
ところが、ところが、隣の県で近いと思いきや、天草から九重までの道のりの遠い事、遠い事、、、。
午前9時に天草を出て、途中、何度か休憩を挟み、九重に着いたのが午後3時頃だった。

 あてもない俺達はとりあえず、宿舎に荷物を預け、そろそろ観光客が減ってきたと思われる“夢吊橋”へ。
すると、まだまだ、大人気のスポットらしく、橋は観光客でいっぱいであった。
昔、“振動の滝”を見に何度か足を運んだが、吊橋の工事のため断念せざるを得ない状況であった。
今度こそ、近くまで行こうと滝へ続く道を下っていくが、滝つぼまでの道は封鎖されていた。
それでも、滝つぼに水煙を上げる荘厳な滝の姿をまじかに見る事ができて本当に有難かった。



 ホテルはハイシーズンの割に格安であったため何も考えず予約したが、温泉の洗い場のシャワーのお湯がでないわ、冷房はないわ、夕食に土地柄あまり食べたくない、決して旨いとは言えない刺身の盛り合わせはでるわ、、、と満足のいくものではなかった。
値段も内容を考えると、割高なのでは!?。
 好きな温泉の立ち寄り湯でもして、オートキャンプした方が絶対良い。
やっぱり、バナゴンのウェストファリアでもあったら楽しそう、、、。

九重2日目は、長者原へ、、、。




いやー癒されます。
森のATPに包まれます。

その後、竜門の滝→吾亦紅杖立温泉 吉祥の湯と廻り、帰路に着くのであった。

ところで、何処に行っても、今話題の“森ガール”、“山ガール”にめぐり合わなかった。
九州にはまだ、生息していないのか!?

最近、手に入れたバーバラ・キースのCD


“デトロイト・オア・バッファロー”、、、名曲ですが、リミックスし直したためか、べダルスチールの音が迫力のないものに変っている、、、残念!!!

 やはり映像がないためバーバラ・キースを知った“アート・オブ・フォーキー”というCDにも入っていたトニー・ジョー・ホワイトの曲で、、、。

Tony Joe White - Even Trolls Love Rock & Roll

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ミノーズ

2010-08-26 19:03:39 | 旅行
 皆さん、この夏は如何お過ごしですか。
とにかく、暑い、家に居ても海に行ってもとにかく暑い!!!。
そして、この時期、どこに行こうがパッケージツアー(フリープラン)は割高設定。
 
 俺達家族は、先週、格安?で海・山をめぐるツアーに行ってきました。
最初は、フェリーで天草(苓北)に渡り、羊角湾の海に浮かぶコテージへ、、、。
良型の魚を釣って、刺身でも食べながらギンギンに冷えたビールを、、、と考えながら、さっそく釣り場へ、、、。
いつもの様に、まずは“投げ”で攻めてみる事に、、、。
すると、今年、全国各地?で繁殖しまくっている“コダイ”の猛攻に出鼻をくじかれる。
結局、3時間位で25cm前後の良型のキス2尾、キジハタ2尾の寂しい釣果に終わった。
真夏の海水温が上がりきった海は、やはり厳しい。
皆、海水温の低い?深場に行ってしまったのか。

翌日は、夏はやはり海水浴って事で、近くの海水浴場へ


 昔ながらの田舎の海水浴場って雰囲気で、大音量のJ.ポップやヒップホップ、はたまた、和製レゲエのBGMもなく、人も少なく、なかなか心地よい。
ただ、1つ気になったのが、ハワイの民族衣装に身をまといビーチをバックにポーズをとる女の子と、カメラのシャッターをせわしげにきる夏に相応しい涼しげな頭頂部(失礼、誉め言葉です!!!)の年齢不詳、すね毛がリッチな色白の海パン男、、、。

海をあとにし、海岸線を車で流しながら、目の前に広がる景色に思わず車を止めた。



俺は、周りに人がいない事を確認し、嫁さんの顔色を伺いながら、“ロックフィッシュ!!!”とシャウトしてしまった、、、。
根魚マンションの様なこの風景、、、グレイトとしか言いようがない。


 
 今更ながら、最近はまって聴いているマーク・ベノのミノーズ(雑魚)。
“Speak Your Mind”、、、名曲です。

Marc Benno - Little Miss Rock 'N Roll



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