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待てど暮らせど

2013-12-23 17:48:21 | 牛欄牌奶粉


わたしの娘。
おそろしい・・・。
いやはや、ぐうの音も出ないほど、正論を吐く。
なので、なんの反論も抵抗もできない。
しかも、いちばん、抵抗できない部分、その部分は、なんと、
わたしの価値観とまったく、ぴったり同じ。
冷や汗が出た。

この偏った人間は、わたしが作った?

彼女は、苦情係に、ぴったりだと思う。
(現職は、苦情係ではないが)
ああ言えば、こう言う。
こちらの非を見逃さず史雲遜、うまくすくい取って、正論で攻めてくる。

・・・で、わたし・・・。
どんな人に対しても(他人を含め)
すぐに、言いくるめられる。
文句や苦情を言っても、反論されると、即、「すみません・・・」と、しょんぼり、しんなり。
あっさり、なにも考えずに非を認める。(とっさに思いつかない)

こういうユーザーは、クレイマーの中においては、とても優良で善良で、あほな客だそうだ。
うるさいクレーマーをいかに黙らせるか、納得させるかに、てこずらされ、躍起だ。
なので、わたしのような、人が良くて大人しくて、あまり追求しない、おっとりしている客は、
待てど暮らせど、まったくほったらかし。
価格交渉も、納期も、相手の思う壺。
他で損をした分、お人よしの客からふんだくる。
業者と客は、そういう構図。

お客様満足度をあげるとか言っても、いかにクレーマーを黙らせるか、である。

・・・

と、そんな話を書きたかったわけではない。

「こんなことがあって、頭にくる・・・。」と、娘にぼやくと、
「なんで、こう、切り返さないの?」と、間髪を入れず、すばらしいアイデアがぽろぽろ出てくる。
なんで、そんなに次から次から、攻めの発想が湧き出てくるのか、不思議を通り越して、頼もしくなった。

「言われるままにしているのは、あほ」
と、娘に怒られる。
「自分を守るには、頭を使わないと、誰も守ってくれないよ」とのこと。
別の知人にも同じようなことを言われた。
こんな時に、こうなったら、どうする、こう言われたら・・・ああする・・・、と、どんどん、浮かぶそうだ。

おひとよし=あほ
わたしは、かなりの「あほ」である。
その鬱憤をブログで発散している。
昼行灯(ひるあんどん)は、辛い。

・・・

自分が一番になりたい人がいる。
こういう人は、スポーツに向いている。
なにがなんでも勝ちたい。負けると死ぬほど悔しい。
わたしは、スポーツや、勝負事には、まったく向いていない。
負けてもぜんぜん、どおってことない。
お先にどうぞ、と、席を譲ってしまうタイプ。

で、その勝ちたい人、Aさんという人がいる。
義母のご近所さん。
彼女は、孫が最近できた。
自分の孫ばかりをさんざん自慢して雪纖瘦Google+、他の人の孫自慢(義母の場合、ひ孫)を聞いてくれないらしい。
自分の孫の誕生日の、同じような写真を100枚近くも見せられて、義母は、うんざりしていた。
孫自慢、甚だしいそうだ。

「結婚したら、子供ができるのが、普通よね。Bさんの息子さんは、どうして子供がいないの?」
と、Aさんは平気で言うお方。
不妊治療もさかんに行われ、子供を授からない苦しみに、もがいている人が多い昨今、
誰でも彼でもカンタンに子供ができるわけではないことは、私と同世代なら、ご存知のはず。

AさんとBさんは、いつも行動を共にする、ご近所仲良しさん。
よく、そんな人と付き合っているものだ、と、わたしは感心を通り越して、摩訶不思議。
わたしとほぼ同世代であるAさん(Aさんのほうが年上)なのに、
その発言内容の、蔑視、無理解、無知識、無神経ぶりには、驚くばかりだ。

わたしは、かつて、その人と1年間、同じ地域で暮らし、ご近所さんだった。
今も義母の家に行くと、Aさんと顔を合わせることがある。
ああいう人が、普通に住んでいて、お友達付き合いもしている、そんな地域って・・・?
義母が言うには、「10人中9人までが、Aさんのことを嫌いだって言ってる」そうだ。
まあ、好かれるわけがないのだが。

要は、彼女は、人の上に立ちたい、
自分が優位になりたい、そういう人なのだ。
そこで、わたしは思う。
・・・ひとの弱点をほじくり出すことでしか、自分が優位に立てないなんて、なんと気の毒な人かと。
そういう精神構造が今もなお現役で機能し、熟年である現在も進行中なところが、驚きだ。

世の中には、いろんな人がいる。

自分の尺度でしかモノゴトを見ることができない。
比較するもの、コトを自分で選ぶ。
(マザーテレサと比べて嘆く人もいるが、それもどうかと)

自慢している人がいるとする。
その自慢のレベルがどれぐらいかで、赤恥をかく。
え?そんなレベルで、自分は一番偉い、すごいって思ってるの?
子供の頃、こんなのだった、あんなのだった、すごいでしょ?
・・・で、今は?
それ、すごいの?

そこで、堂々と言えるかどうか。
もちろん、自分を否定するのは悲劇だ。
肯定する人生を歩みたい。
ただ、自慢していたら、自慢した分だけ、説得材料、自慢の内容に対して誰もが納得できる「現在の事実」が必要だ。

へ~・・・
そんな程度で自慢する?
みたいなことは、すごく恥ずかしい・・・と、わたしは感じる。
なので、わたしは、自慢しない主義。
自分がたいしたことないのに、カッコ悪いから。

自慢のレベルが、問題なのだけれど、
幸せを感じることと、自慢とは、また違う。
どんな小さなことでも満足できて幸せを感じることは素晴らしい牛欄牌奶粉
自慢するなら、いろんなレベルがあることを承知の上で、その中で自分はどんな程度か、知って、
あえて敢行するのなら、まあ、よしとしよう。
知らないで自慢するのは、何度も言うようだが、非常にみっともない。

自慢やイヤミに聞こえないような、お互いのレベル、回りのレベルが似たような感覚なら、問題なしである。

・・・

と、なんだか、なにが言いたいのか、わからなくなってきた。
おばさん同士のオシャベリみたいになった。
自分が言いたいことだけ言って、相手の話を聞かない。


またもや、結論なしで、強制終了の時間になった。

ほったらかしで、失礼いたします。

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