『学的!!』 − g a k u t e k i -

心理学生は頭でオイタする。

白いお砂糖

2005年11月01日 | オイタ
ついにiBookがやってきました。
やっぱり落ち着きますね。ウインドウズ使うよりも。

最近「罪」ということに非常に興味がある。
何が罪なのか、罪とは何か。
というようなことを母親と話していたら、
「なんで罪なんかに興味もったの?」なんてことを聞かれてしまった。
そういえばなんでだっけ・・・・
って考えているうちに思い出しました。
大学にいる、弁護士兼講師の先生の存在です。

どうやら心理学とかもしている先生らしくて、
犯罪心理とかにも詳しい。
それに弁護士なので、扱われる題材に身近なものが多くて、
生々しい。
で、とっても面白い授業で、ためになる話も多い。
僕もこの先生の授業が大好きで、いつも結構熱心に聞いている。

この先生の授業でよく「量刑」という言葉がでてくる。
文字通り、刑を量るというもの。
それで先生は実際にあった事例をもとに、
「これは死刑が妥当だと思いますか?みなさん」とかいうことを、
生徒に聞くんです。
例えば二つの事件を説明して、
「これでどちらかが無期懲役、どちらかが死刑判決になったんですけど、
 みなさんどちらが死刑だと思いますか?手挙げて」っていう感じ。
それ自体が悪いことだとは思わないし、
そういう時間は楽しいんだけれど、いつも何か心に引っかかるものがある。
その先生に罪がある、っていう意味じゃないんだけどね。

たとえば、そこで一つめの方が死刑に値すると思って手を挙げた自分自身。
ここには何の罪もないのか?と思ってしまうわけです。
罪だとしたらどんな罪なのか。
そっから罪とは何か、まで飛びしているのです。
というよりも、
僕はそういうことを考えていかなきゃいけないような気がするんです。



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ハロウィンの流れ星

2005年10月31日 | オイタ
今日大きな大きな流れ星を見ました。
緑と白い光でした。

流星群とかそういうのじゃなくって流れ星を見るのは、
人生で初めて。一人で見たのが残念だった。

彼女さんも違う時間に流れ星を見たそうです。
オレンジに光っていたらしい。
ちなみに彼女さんは天文部。

今思うと見たとき願い事しなかったなぁ。

むっちゃ子供の頃、
「流れ星が流れている間に三回願い事を言えば叶う」と教わりました。
子供の僕「そんなん言えるわけないじゃん!」
母親かおばあちゃん「そうそう願い事は叶わないってことなんよ」
子供の僕「なるほどねぇ〜」
へんなこと覚えているもんですね。



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お試しパックvol.2

2005年10月30日 | オイタ
電源アダプターが火曜日にならないと届かないらしい。

ん〜・・・月曜日には届くだろうと思って、
スケジュール帳を見ながら予定をたてたのに。

昨日も「誰か」の話をしていたけれど、
その誰かは、
「自分できっちり予定をたてたつもりでも、うまくいくとは限らない」とか、
「届くのが火曜日になるからといって何も変わらない」とか、
そういうことを教えてくれてるんでしょうか。
それとも土曜日に寝てしまって、「待つ」ことから逃げたから、
のばされちゃったのかな。
ってことは待つのを怠けるとどんどん届くのが延びるのか?
でもきちんと待つってどういうことだ。

でもこんなけ待ったんだから、
「おまけ」つけてくれないかなぁとか思っている僕。
些細なものでいいからさぁ。
そんなことを期待しながら待つというのは、
「きちんと待つ」から離れそうな気がするけど。

電源は入っていないけど、iBookの名前が決まりました。
「Suger君」
小さい男の子です。

昔、家に二日だけいたダルメシアンがいて、
その子の名前がシュガーだったんです。
寝ている僕の顔に飛びかかったかわいいメスのダルメシアンでした。
結構思い入れのある名前だったのですが、結局飼わないことになってしまって、
ひきとられちゃったために・・・・あんまりその名前を使えなかったのです。
そんでiBookは白いしかわいいから、
思い切って名前をシュガーにしてみました。

ちなみに僕の乗っているバイクは「チョビ」
使っている携帯電話は「コスモポリタン」

気に入ったものには、たくさん名前をつけてしまう僕でした。



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お試しパック

2005年10月29日 | オイタ
iBookを買いました。
yahooオークションでちょっと古いやつを。。

で、今日届いたんだけれども、
電源アダプターがついてないんですよ!

もう、「待て」の状態です。
使いたくてしかたがないのに。
月曜日くらいまで使えないっぽいよ。

となぜか落胆しているんですが、
このパソコン購入では、「待つ」というのがキーワードになっている気がする。
まず購入手段がオークションだし、
そっから届くのを待って、
届いてからも電源アダプターを待つ状態。

僕ってこの「待つ」というのがとっても苦手なんですよね。
欲しいものができたら「今欲しい」んです。
でも「それを試されているのかな」と思うと少し気が楽です。
誰にだよっていうことはおいといて。

多分その人は、
「数日待つなんていうことは、実はとても簡単だと言うこと」とか、
「待つ以外にもすることはいっぱいある」とか、
「そのパソコンが手元にないから何かができないなんてことはない」とか、
いろいろそういうことを教えてくれている気がします。


僕は軽音の練習と授業で朝から三時まで、
家にいませんでした。
家に帰ると十分前に配達の人が来ていたみたいで「不在表」が入っていました。
それで連絡したら「七時から九時の間に届く」と言われたんです。
結局届いたのは六時半だったのですから、
僕は家で「三時間」待ったんです。
その間、僕がなにをしたかというと、

寝たんです。

理由は「待ってられないから」です。
練習の疲れもあって眠れそうだったし、
「待つ時間」をどうにかして減らしたかったんです。

その間は、「なんでもうちょっと早く帰って直接うけとらなかったんだろう」、
ということを「考えないように」していました。
10分の差だったからね・・・。
で、届いたら電源がなかったわけだけど、
「なんでだよ!」って思わないことにしました。
パソコンのことばっかり考えてなにもできないなんて状態に、
いまさらなるのもなんだかいやなので。

「試されてる」と思えば気も楽になるし。
買うことにならなければ、今パソコンがあること自体ないんだから、
やることをやりましょう。
今忙しいし。

あ〜、でもやっぱり早く欲しかったよ!
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コミュニケーション

2005年10月28日 | オイタ
コミュニケーション論の授業の中で、
コミュニケーションは三つあると教わった。

個体間コミュニケーション
マスコミュニケーション
そして、個体内コミュニケーション

個体間っていうのは、人と人とのコミュニケーション。
マスっていうのは集団・組織と人(大衆)とのコミュニケーション。

そんで個体内コミュニケーションっていうのが、
「考える」ということらしい。
自分と話したり、自分の過去と照らし合わせたりする能力。

↑ここまでが授業

コミュニケーション・・・・・。
人の頭のなかではそんなことやってるのか。
でもこれは、
「意識」レベルでの「考える」がコミュニケーションとする方が、
いいような気がする。
「無意識」と人とは、簡単にコミュニケーションをとれないし、
とれたとしても、不確定なものがたくさん入り込む。

ちょっと話が変わってしまう気がするけど、
人は脳の中と言葉によってつながって対話すんのかな?
だとすると、
このメカニズムは本当はパソコンと似ているのかもしれない。
脳の中を言葉がそれ自体で駆け巡っているわけではなくって、
結局は電気が走っているだけ。
パソコンでいう「プログラム」とは、
パソコンの中で使っている電気とかなんだかの「機械語」を、
「言葉」に置き換えたものなのだから、
その構造はもしかしたら似ているかもしれない。

パソコン外 − パソコン内をつなぐのはプログラム
人間の意識 − 脳の中をつなぐのは言葉
脳の中っていうのはまだよくわかんないけど、
意識+無意識+何か、っぽいようなこと。頭の中全部って意味です。
だから考えるっていうのがコミュニケーションになるんだよね。
自分の内部と対話しとるわけです。
あと、ここでの「言葉」は、もちろん言語を限定しないし、
文法も単語もめちゃくちゃでかまわないはず。
自分の中で通じればいい。

こう考えてみるとやっぱり人の考えるって、遅そうだよね。
言葉がなくなって、脳の中に直接アクセスできたらすごそうっていうのはココ。
夢の中は、どうやらそうなんじゃないかな、と思う。
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自分の場所

2005年10月27日 | オイタ
学園祭のライブで、ブランキー・ジェット・シティというバンドの、
「小さな恋のメロディ」という曲をやる。
「小さな恋のメロディという映画をみたことがないならはやくみたほうがいいぜ」
っていう詩から始まる切ない雰囲気のバラードだ。

サビの詩で、こういうのがある。

行くあてはないけど、ここにはいたくない
いらいらしてくるぜ
あのまちときたら
幸せになるのさ
誰も知らない知らないやりかたで

いいサビなんだよ、これが。

僕が一番気になる言葉がこのサビにある「あのまち」。
聞いてて「えっ?」ってなった。

ゆくあてはないけど、「ここ」にはいたくない
いらいらしてくるぜ、「あの」まちをきたら

なんですよ。「ここ」のことを「あの」って呼んでいるんです。
自分のいる町を「あのまち」って呼んじゃうんですよね。
ここに、この歌の主人公の切ない感情が出ているような気がするのです。

これは、ブランキー・ジェット・シティの人から見て、
間違った解釈なのかもしれないけれど、そんなことは置いておきましょう。

ところでどんな気分なんでしょうね、自分のいる町を「あのまち」って呼ぶのは。


今日のはちょっと毛色の違うところから書いてみました。
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頭脳ダイエット

2005年10月26日 | オイタ
最近暴食しているのにあんまり太らない。
今日のチョコレート一気食いと、こってりラーメンは、
さすがに明日くらいに響いて来そうだけど、
最近はずっと体重キープなんです。
といっても標準体重を軽く超えている僕ですが・・・
着痩せするらしいけど、やっぱり太ももとかお腹がね。

移動は原付、運動といえば軽音の練習くらい。
重いかばんもって大学通ってるけど、
もうほとんど体力つかうことなんてしてない。
なんでこんな生活+暴食で体重キープができるのか。

それは多分「頭つかってるから!!」。

僕がきちんと頭使っているのかはおいておくとして、
人間の臓器の中で一番カロリーを使うのが「脳」であることは事実。
おまけにブドウ糖で動いていますから、
どんどん糖を使ってくれます。

脳内の反応は基本的に電気信号。
電気が流れてるっていうことは、もちろんカロリーを使うんだし、
シナプスの形成とかいうことにも、もちろんカロリーを使います。
ってことはじゃんじゃん頭を使えば、
電気もいっぱい流れるし、シナプスの形成もいっぱいされるので、
カロリーを多くつかうわけです。

そんで、なんで自分から「頭つかってる」とか言えるかというと、
最近軽音の部活の練習のために、
洋楽を七曲と、邦楽を三曲暗記し続けてるんですね。
僕ボーカルとギターなので。

この前テレビでやっていたのですが、
頭の中で歌を歌うと、脳の血流量がものすごくアップするそうなんです。
歌、歌詞、ギター、ドラム、ベースとかいろいろいっぺんに、
再生しようとしてるからかな?
とりあえず血流量が大体の人でアップするらしいっす。
最近そんな生活が続いているので、
脳が回転しまくって、
結果体重キープ、なのかもって。

最近その副作用かもしれないけど、
授業がかったるくてしかたないです。
面白い先生はテンポも速いし、頭つかうからいいんだけど、
もとからかったるい先生だと、
いてもたってもいられなくなります。
まるで休み時間前の小学生みたいになります。

そんで体力が切れると一気にいろんな機能がダウンします。
テンションだだ下がり。
そのうち「危ない薬でもやってるんじゃないか」とか言われそうですね。

「やってるね〜、音楽は極上のドラックだから」
なんてことを言ってみましょうかね。

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パラドックス

2005年10月25日 | オイタ
有名なやつかな。
a = b
両辺にa+bを加える
2a+b = a+2b
移行して
2a-2b = a-b
まとめると
2(a-b) = a-b
両辺をa-bで割って
2 = 1

なんでだぁ〜。

おかしいのはa-bで割るところ。
a=bだからa-bは0なんですね。
0で割るからおかしくなるんです。

でも、別にさ、2が1って式があったっていいじゃん!って思う僕です。

アインシュタインだったかな、
1+1=2を習ったときにどうしても納得がいかなくて抗議したらしいです。
「だって、1枚の皿を1枚の皿にぶつけたら、二枚じゃなくて、
 たくさんの破片になるじゃないか!」って言ったそうです。

なるほど。

パラドックスの話に戻るけど、
パラドックスの種を聞いて「あぁ、ゼロで割るからかぁ」って、
すぐに納得しちゃうのもどうかと思うし、
四則計算が正しいことを頭ごなしに信じちゃうのもどうかと思うんです。
「当たり前だよ」って言われるとそれまでだけど、
やっぱり「当たり前」は「それまで」なんです。

なんとなくさ、小学一年生で足し算教えるって、
「早いんじゃないの」って思ったりしてみる大学二年生でした。
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子ども返り

2005年10月24日 | オイタ
変な話だけど、僕は彼女さんの前では甘えてしまったり、
子供っぽい行動をとったりする。
さすがに赤ちゃん言葉にはならないけど、
子供っぽい甘え方をする。

今日、それはなんでだろうなって漠然と考えてた。

思い出したのは虐待の連鎖のお話。
虐待を受けた子どもが親になったとき、
自分の子どもに虐待してしまうという構造。
「子供との接し方」や「愛し方」の中に、
「虐待」が入ってしまうってことなのかな。

この前書いたとおりうちは母子家庭。
おじいちゃんおばあちゃんと同居だったけど、
おじいちゃんは小五(だったと思う)の時に他界。
小六くらいに母親と二人暮しになったんだったかな。
ということで、家の中の「男女」というのは、
親(母親)と子(僕)っていうのが一番強かったんです。
おじいちゃん夫婦は、夫婦でもやっぱり、あんまり濃くはない。
印象として一番なのはやっぱり親子関係なわけです。

ってことは、男女の愛情の場っていうのは、
主に親子関係の中にしかなかったわけなんですよ。

僕が彼女さんに甘える原因の一つはこのへんなのかも。
僕の中で、男女の関係の基礎が「親子」を元にしちゃってるってこと。

「愛情の形のモデル」が「親子」なんですね。
主に僕は子になります。
親っぽいこともたまにあるけど。
基本的におもいっきり外弁慶で、外では親っぽいかも。

コレは余談だけど、
赤ちゃんのするハイハイとかをしていると、
脳が刺激されて全体的に能力が向上したりするらしいです。
こんなことを初めて思いついたのも、
これと関係してたりして。
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比べられないものは比べられない

2005年10月23日 | オイタ
人の心っていうのは、
なかなか面白い動きをする。

例えば自分のことを「レポートがむっちゃ得意だ」と思っている人がいたとする。
その人がレポートを書いていい点を取ったとき、
「あぁ、やっぱり自分はレポートが得意だ」と思う。
でも、その人がレポートで悪い点をとったときは・・・・

どうやら「先生が悪いからな」とか「調子悪かったし」とか、
「だいたい授業がおもしろくないんだから、いいものを書けるわけがない」、
とか思ったりするらしい。
状況は変わらなくても、
意識では自分の思っている自分へ近づけるように、いろんな策を練る。

昨日の、自分に対していろんな視点を持つということの重要性は、
ここらへんにあると思う。

例えばこの人が「ひょっとして僕はレポートが苦手なんじゃないだろうか」、
とかいうことを頭の片隅にでも留めておけば、
この人の世界は格段に広がると思う。
自分のレポートを見直すときでも、
「自分はレポートが得意だ」という視点で見るときと、
「ひょっとしたら得意じゃないのかもしれない」という視点で見るときでは、
見え方がかなり変わってくると思う。
同じように「自分はレポートが不得意だ」と思っている人でも、
「ひょっとしたら自分はレポートが得意なんじゃないか」と少し思うだけで、
自分のレポートへの見え方が変わってくる。

歌がうまい
性格がいい
我慢強い
すぐ疲れる
なまけ癖

こういうことは、人と自分を直接比べることはできない。
頭痛なんて簡単なことでも、
「どれだけ頭が痛いか」を直接比べることすら人にはできない。
だからこそ、多くの視点を持つのが大切。

「今の視点とは違う視点を持つ」ということではなくて、
「今の視点と、違う視点も持つ」ということ。
いっぱい視点を持とうっていうことね。
だから、自分のレポートを書く技術にしても、

得意
得意じゃないかも
小学校では作文がとても嫌いだった
乳離れが早い子供は頭の回転が遅いと聞いたことがある
(本当かどうかは知らないけど)
テレビでやってるPQテストはものすごく苦手

とかいろんな立場から見ることによって、
人と比べることのできない自分の能力を掘り下げていくことができるように思う。

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