「短い小説」岳 洋著

ひとり静かに過ごす、土曜の夜のひと時・・・

 

「二通の手紙」寂しい終の訪れが・・終

2017-07-23 17:25:28 | 日記
五十数年の時が流れた。

 返信ハガキを出し終えた老人は暫し、乳母車の子らの一団が去り静かになった公園のベンチにひとり気弱わし気に佇み若き日の昔を想い起こしていた。 
どれ位の時間が過ぎたのか分からない。

眼にゴミでも入ったのか、頬が濡れている。 そうと、手で拭いた。 
楓の梢が揺れたのを見て公園のベンチから立ち上がった。
重い足どりで、昔、駅に向かって歩いた道を逆さに我が家に向かって歩きだした。
もう、駅に向かって歩くことはない。 
 
遠くから駅に向かう女性と距離を縮めてきた。
黒く長い衣装の裾をけり、すらっとした痩身の身を颯爽とすれちがった。
何処かで知った顔のような雰囲気をもった若い女性だった。
一瞬、頭の中で回路が繫がった。
涼子だ。振り向いた。 遠ざかる後ろ姿を目で追った。
 

自室に戻ると書棚から薄っすらと埃をかぶった木箱を取りだした。 
中から色褪せた白い封筒が二通でて来た。 
もう、自分にも人生の終を迎えている。静かに終えたい。
迷ったが、読めばいつかどこかで会えるかも知れないと思えた。
残り少ない日々を大切に、しかも好きに生きよう。 誘惑に負けて再度読み始めた。
読み終えた手紙は元の木箱の中に戻し、そして声をかけた。  
  
「涼子、もう、しがらみなどがない世の中になったよ。 
 
 ふたりで過ごした想い出は決して忘れていない。
 ありがとう。・・・もう直ぐ会えるね」

 夕陽が西の空を茜色に染める頃、公園に群生している楓の樹の根元に、この木箱を置いた。封を開けられている二通の手紙は白い封筒から出して木箱の上に置かれた。
傍らの楓の枯れた落ち葉を数枚、手で掴み手紙の下に敷いた。 
マッチが擦られ、ためらいがちに火を付けると一本の炎になった。
炎が消えるまで見守り、その場を離れずにいた。

その時、季節はずれの風が吹いた気がした。


ふと、呼ばれた気がして楓の梢を見上げた。
「わたしの分までもっと、生きてください」
     



いく月が過ぎ、楓の樹が赤く鮮やかな彩を見せる頃、四国遍路に白い袈裟と脚絆姿の傘寿を超えたひとりの老人が杖を支えに休み休み歩く後ろ姿があった。
 



 終わり

拙文にも拘わらず、お付き合い頂きありがとうございました。以上





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