『子供たちにとっての本当の教科書とは何か』 ★学習探偵団の挑戦★

生きているとは学んでいること、環覚と学体力を育てることの大切さ、「今様寺子屋」を実践、フォアグラ受験塾の弊害

米作りで学べること(1)

2012年10月20日 | 学ぶ


なぜ米作りなのか?
団を始めようとして、すぐ考えたのは「田んぼを借りて、子どもたちと実際に米作りができないか」ということでした。なぜ米作りだったのか? 子どもたちに関わりだして、「子どもたちがなくしつつあるもの」・「子どもたちに足りなくなったもの」がたくさんあることに気づいたからです。それは子ども時代に身につけておくべき社会のルールであり、「がまんをする」・「時間をかける」・「土にふれる」・「ものをつくる」等の体験でした。


 以前、こんな例をご紹介しました

  「良い塾を知らないか・・・」という相談を受けた知人が、
  「いいところがあるよ。みんなで田植えなんかもして・・・」と返事すると、
  「いいのよ、田植えなんかは。うちの子は勉強さえ教えてくれれば」

 そんな偏った発想だから「勉強」できるようにならないんだ。勉強は「教科書を開いた机上の作業!」で終わるのか? 勉強は「どこで、どのように行われていくか?」、「成長の過程で子どもたちは何をどのように身につけるのか」という観察や省察がともなっていません。発想があまりに貧弱過ぎます。
 「勉強は机の上で教科書を開いてするものであり、ふだんの生活とは関係ないことである」、「勉強は勉強部屋でするものだ」あるいは「机の上や教室でしか勉強できない」という「偏見」です。教室や勉強部屋にいるとき以外、まるで子どもたちが「耳を押さえ目隠しをしている」、また「耳に詰め物をして全身かぶり物をしている」ように思っているわけです。

 生来の能力を十分に開花させ、生きていく可能性を高めるために必要なものが学習(学習と勉強を、ぼくはあえて区別しません)です。多様な経験を積み、さまざまな感覚を養うのが子どもたちの毎日のはずです。好奇心にあふれ、行動・体験することすべてから「学びの芽」を大きく育てていけるのが子どもです。これでは、子どもたちのたいせつな学びの芽をブチブチつみ取っていくようなものです。

 

 「がまんをする」・「時間をかける」・「土にふれる」・「ものをつくる」等の体験の正反対を想像してみてください。子どもたちの今置かれている状況がはっきりします。「苦労せず手も汚さず、因果関係や成り立ち・しくみもわからないまま、欲しいものが何でも簡単に素早く手にはいる」。「大問題」です。まさに軽佻浮薄です。これでは勉強にも「奥行きやふくらみ」はまったく期待できません。これらの問題を解消していくのに、米作りは大いに役だってくれるはずだ、そう感じたのです。子どもたちがどういうことを身につけてくれるのか、次にそれを考えてみましょう。

 

 ★ブログは毎週土曜日更新です。以降「米づくりで学べること」では田植えや稲刈り、また米づくりの指導のなかで「どんなにたいせつなことを子どもたちが学んでいくか、環覚を育て学習内容を充実させていくか」を七回に分けてお話しする予定です。「机上の作業の学習だけ」では決して養うことができない見方や考え方を身につけ育っていくようすです。子どもが大好きなみなさんの指導の参考にしていただければ、と心より願っています。★

 

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   立体学習を実践 学習探偵団 http://www.gakutan.com/
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