『子供たちにとっての本当の教科書とは何か』 ★学習探偵団の挑戦★

生きているとは学んでいること、環覚と学体力を育てることの大切さ、「今様寺子屋」を実践、フォアグラ受験塾の弊害

石ころと星、宇宙の誕生と死⑤

2017年06月18日 | 学ぶ

別れの予感
 寿命でも延びる(長くなる)とよいのですが、年をとると余分なものが長くなります。
 ・・・眉毛や耳毛。まだあります。おしっこの時間。仕事を終わらせるのにかかる時間。いやになるぐらい長くなります。

 眉毛や耳毛は、おそらく遺伝子の変異で、成長のコントロールがママならなくなる。ガンや様々な病気も、そうした変異が大きなきっかけになっているということでしょう。仕事の必要時間が長くなるのは=できることが少なくなってしまう、ということなので、これも困ったものです。
 昔は、仕事が終わってから、「きれいな人がたくさんいるところにいる時間」がどんどん長くなっていたのに、なんという相違だ。
 「別れの予感」、知ってますか?
 「泣き出して、しまいそう…痛いほど好きだから…、どこへも行かないで…」というテレサ・テンの「男心」をくすぐるメロディで、ぼくがドアを開けると、入場を見届けたきれいなお姉さんの誰かが必ず歌ってくれる、という日々でした(自慢か!)。


 タバコも酒も、いやというほど毎日のんでいたのですが、団を始めてから、子どもたちとの課外学習に精を出すようになり、息が切れ始めました。「子どもたちとの行動」と「タバコ」と「どちらがいいんだ」、「どちらがやりたいんだ」と問いかけることで、一日80本だったロングピースをやめることができました。
 また、数年前から飲んだ次の日、「頭の調子」がどうも気に入らないので、酒もほとんど口にしなくなりました。パーフェクトフリーかドライゼロで充分まかなえるようになりました。
 子どもの指導が、これほど自分のやりがいになるとは。想像以上です。

 やらなけれならない、「今まではすぐできたこと」が、なかなかできない。国際年齢軍との、生命をかけた(!)熾烈な戦いです。それやこれやで(笑い)いよいよ、ミリタリールックに磨きをかけなければなりません。
 さて、先日高校時代お世話になった先生が、お孫さんが団の指導で希望の中学進学を果たせたということで、遠路挨拶に来ていただけました。恐縮しきりです。とある学園の理事長をしていらっしゃるので、運転手の方がお待ちになっています。少し気持ちが楽になりました。

 縷々、思い出話や同窓の話が出ましたが、学校の後輩には女性の現役閣僚がいて、近くには引退した国連大使もいる、という話。先生は嬉しそうにお話しされていましたので、そういう「出世」を高く買っておられたように感じました(カン違いなら、ご寛恕ください)。
 へそ曲がりのぼくは、学生運動の現実を目の当たりにし、また現在も何やらキナくさそうですが、ほぼ「多くの取り組みが、さまざまに錯綜した人間の欲望と利権が、ただ覆い隠されただけ」に見える(!)「政治というありよう」に嫌気がさしています
 

政治は、みんな『わかっていながら目をつぶっています』が、弱い一人を切り捨てなければできない(だろう)から」です。「世の中を良くしたいのであれば(もちろん、ぼくも心からそう願っているがゆえに)、何はさておき、何よりも人育てである」、「一人一人の人を、今一人一人が育てなければ、世の中はよくならない」。
 信念です。生まれてから何十年かの観察と(十分な!)考察の結果、ずいぶん前に、そういう結論に達しました。人一倍、その現実は、残念に思っていますが・・・。

 先生との話の中で出たことですが、同窓数人との集まりが最近あったようで、その中で、「年をとるとゆっくりしたい」とみんな口をそろえたように話していたようです。ぼくは、「いかに『仕事』に夢中になれなかった半生だろう」と、話から想像できる、その人生の残酷さに唖然としました
 会社勤務のころ、ぼくもあくまで「生業」としての意識しか持てなかったので、気持ちはわからないことはないのですが、ぼくたちは本来、「自分が生きていること(!)」が「仕事になる」のが一番幸せなはずです

 「『好きでもない仕事』を続けて金を稼ぎ、その金をもってどこかへ行き、仕事の憂さを晴らす(なんのこっちゃ!)」という恐ろしい現実が、死ぬまでの多くの人の真実であれば、そこはほんとうに何とかしなければなりませんね。
 実は、指導の際、ぼくが子どもたちにいつも言い続けているのは、そのことなのです。「『自分が生きていることが仕事になる仕事』を見つけなさい」
 先日お話しした医学部学士入学のK君や、言語の発生の研究で4月にベトナムに長期留学に行ったY君は、きっとそうした道を見つけてくれるでしょう。うらやましい限りです。
 K君の近況報告からは、いつも「ぼくも頑張らねば」と力をもらえるのですが、2年前のぼく宛の手紙を紹介しておきます。

「蛍狩り」のスライド作成
 立体授業のテキストで、一番難しいのは物理・化学分野への導入・道しるべです。課外学習のふだんの取り組みは、どうしても生物・地学関連になり、どちらかといえば理科第二分野の傾向が強いからです。

 しかし、以前にも書きましたが、ファインマンは物理学者の妹の前で、あたかも電磁波を目の前で見ているように(!)物理現象を説明したといいます。つまり、「世界を『物理を通して』見ていた」のです。そういう視点が身についた時、学習は学習でなくなります
 つまり、「ふだんの生活における何気ない日常現象」の中から「科学の種」を見つけ出すことが、子どもたちの学習観や学習指導を大きく変えていくたいせつなポイントです。「環覚」の育成です

 蛍狩りのテキストについても、従来、「蛍」という昆虫の視点から抜け切れず、なかなか昆虫学習の指導の枠から出られなかったのですが、それを大きく変えられるきっかけを見つけることができました。
 ホタルの「光」です。光は「物理」です。また「光を見る目」は「生物」です。それらを中心に据えることにしました
 1ページ目は渓流教室の「赤目」の場所を地図で特定すること。室生赤目青山国定公園にあり、伊賀忍者の里です。忍者の紹介と、いつも子供たちが遊びでお世話になっている上田屋さんは伊賀忍者の末裔です(2ページ目)。

 これらの紹介を重ねることで、地理の材料が豊かになり、印象に残ります。遊んだ「赤目の滝」は、典型的な渓谷で「忍者の修業の場」。天然記念物オオサンショウウオの生息地です。
 3ページ目は、後に出てくる「光のヒミツ」を解き明かしたニュートンの言葉の紹介です。ニュートンの言葉を、拙訳で紹介します。
 

 「わたしという人間が、世間の人の目にどう映っているか、知る由もないが、自分では浜辺で遊んでいた子どものようでしかなかったと感じている。時折、ふつうよりちょっとつるつるした小石やきれいな貝殻を見つけて気晴らしをしているようなもんだったよ。目の前には数え切れない未発見の真理の大海原が横たわっているというのにね」。
 
 この言葉は、ニュートンの謙虚さを表しているという感想が多く寄せられていますが、もちろんそれを否定はしませんが、ぼくは、何より、ニュートンの「後に続く若い人へのエール」だと受けとりたいと思います
 「ぼく(ニュートン)でさえ、多くの真理を前にして限られたことしかできなかった。どうか君たち、偉大な発見を積み重ねていってほしい。時間は限られている…」という
 だから「きみたちはニュートンの、この言葉から何を思うだろう?」というわけです。受験という小さなくくりでしかものごとを考えられなくなってしまっている子どもたちや先生、お父さん・お母さんがもっとも忘れてはいけない言葉だと思います

 4ページ。次は文字・ことばです。なぜ「ホタル」というのか? なぜ「文字」が生まれたのか? 「蛍」という字はどうしてできあがったか? を問いかけます字や言葉は、ほとんど意識もされず、当たり前のように使われているが、そこにも大きな謎や秘密があります。

 5ページで、その秘密を歴史的に考えていきます。貝原益軒が出てきて、歴史の知識が印象に残ります。そして「六書」(6ページ)。7ページは和漢三才図会の紹介です。これによって、元禄前後に学問や文化が急激に発達してきただろうことが想像できます。
 さて、明日から(17~18日)蛍狩りです。田植えとの間が一週間しかなく、雑用も次から次と、一人での準備は目いっぱいです。子どもたちは楽しんでくれるでしょうか。
 以下次週。

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