『子供たちにとっての本当の教科書とは何か』 ★学習探偵団の挑戦★

生きているとは学んでいること、環覚と学体力を育てることの大切さ、「今様寺子屋」を実践、フォアグラ受験塾の弊害

石ころと星・宇宙の誕生と死22―人生が大きく変わる「小さなきっかけ」

2017年10月14日 | 学ぶ

「三者懇談の案内」例から 
 今週は子ども達との稲刈りの写真を多数掲載しました。
 先週、中学受験に対する志望校選択の判断基準について触れました。以下は、冬期講習案内の一節です。(一部改変)


   団員保護者のみなさま

 毎年のことですが、受験をする子どもたちを送り出す時、ぼくの不安を振り払う心の支えになるのは、「自分が精いっぱいやったか」という確認です。
 最近は、中学受験までたいてい4年間指導することになりますが、その間様々な活動や行動をともにし、受験に向かう子どもたちに何を教え、何を指導してきたか。中学に進んで、きちんとついていけるだけの心や態度・学力を養えたか、ということの振り返りです。それが整えば、受験はいずれにしろ、「ただの一里塚」です。受験するのに、もっともたいせつな準備は、そういう「姿勢の確立の手助け」だとぼくは考えています。
 自身がテストで一度もあがったことがなかったのも、いつも「できるだけのことをやったから」という受験前の確信でした。受験塾や予備校に行くことができたわけではなく、学校以外だれかに指導を受けたわけではありません。一人での取り組みを繰り返してきました。
 ぼくだけではなく、人生は誰にとっても、ほんとうは「ひとりの戦い」です。厳しい戦いを勝ち抜くには、やはり裏表のない不断の努力です。「そうした気概と力をもった子に育ってほしい」と、願いながら日ごろ指導しています。
 あまり余計なことを考えず、残された日々、「やるべきこと」と「目標」に向かいましょう。ぼくたちはみんな、「毎日一生懸命やること」しかできません。いずれにしろ、その結果が大きな成長の糧や自信になります。(以下略)
 

 毎回このような案内を保護者に配布しています。「受験及び受験生・受験勉強に対する意識の変革を図ること」で、子どもたちは素晴らしく成長するという確信のもとで指導を重ねています。
 それでも、個別の事例になると、やはり「勉強」が「余裕のない受験勉強の域」にとどまってしまう状況から抜け出ることはなかなかむずかしいようです。ほとんどみんな「それ以外の勉強(法)を教えられた経験がない」から、当然のことかもしれません。「自らの経験からしか判断できないぼくたち」は、視点が全く変わった発想や考察には、なかなかなじみにくいのでしょう。
 以前の「困ったお母さん」の例、「田植えより勉強を教えてほしい」を思い出してください。「田植えも勉強も、同じ人が同じ頭でやる取り組みである」ということがわからない。何をしても、自らがする行動によって、絶えず脳の発達・進化・変化が生まれているという認識の欠落です

 科学上の大発見や真理の多くは、「いわゆる常識」の奥からひっそり顔をのぞかせたように、一度は「学習というものの奥」を丁寧に見直し、再考してみるという姿勢が必要ではないかと思います
 ぼくたちの「学習」は、他の動物の多くとちがう誕生の、たとえば成長過程で「すぐには立ち上がれず摂食行動や防御姿勢もとれない」ヒトの、自らの生きるべき術をできるだけ早く確立し、早く身につけるために進化してきた行動パターンのはずです。決して「抽象的な概念の習得から始まった行動」ではありません。
 そこに大きな秘密があるはずなのに、「『学習の一部である勉強』のしくみ」しか取りあげられていない、ほとんどそれらの行動様式しか研究対象とされていないのが現状ではないでしょうか。それらの学習の「もっと以前」に、ヒトは「学習」を最も有効な「生きる手段」にするべく進化を重ねてきたはずです

 先週の「稲刈り」の帰途、団の指導について「『課外学習』の周辺学習がおもしろくなってきた」と伝えてくれたお母さんがいました。感激でした。指導の狙いはそこにあるからです。
 先の課外学習「二上山の三つの石」で見つけた小さな宝石が、実は「酸素やケイ素がもとになってできているもの」という事実が子どもたちに理解されたとき、彼らの中で化学記号の暗記や計算式から始まるのとは全く異質の「科学の世界」が生まれます。子どもたちは酸素と云えば『呼吸』でしか知らないし、ほとんどの子は「気体」という認識しかありません。これによって呼吸と宝石、酸素の姿や関係性が激変します

 
長い人類の歴史で、ぼくたちはこうした感覚で科学に開眼し続けて来たのではないでしょうか。酸素やケイ素という術語や原子記号・化学式が元々あったわけでは決してありません。子どもの場合、抽象事項や述語からおもしろさや興味は広がりません。それは一部の「クイズマニア」だけです。
 子どもたちが「『そうした時代』から生きることをはじめる」と考えれば、「何がたいせつか」、「どう指導すべきか」がはっきり見えてくるはずなのですが・・・。
 

人生が大きく変わる「小さなきっかけ」1 
 「ぼくは重度の睡眠時無呼吸症候群だったことを知らなかった」、という話をしました。最近はある程度名前や症例もポピュラーになりましたが、ぼくの場合検査を受けてみると、最長79秒(!)という長時間無呼吸(呼吸をしていない)状態を一晩に何十回も繰り返す重症でした。無呼吸が79秒と云うのはどんなものか? 

 あたりまえですが、一晩中、「約一分二十秒の間、『息を止める』ことを何十回も繰り返している」ということです。おどろきませんか?
 ぼくがその危険性をアドバイスしても、軽くしか考えていない人が結構います。若い時は体力があるので身体はもち、日ごろの生活も十分維持できます。しかし健康に大きな影響を与えているのは変わりません。その状況をもう少しわかりやすく、「夜毎、何十回も首を絞められ放されるという拷問をされている」と云ったらわかるでしょうか。

 いつも「酸素不足」だから、当然新陳代謝が滞り、疲労物質の除去もできないし、もちろん熟睡なんかとんでもない。息が苦しくなって、恐ろしい夢を見、動悸と寝汗で目を覚ますなんてことがしょっちゅうでした。
 また、ぼくの場合は熟睡を示す4のステージが一回もありませんでした。これらの症状も、この病気を知らなかったら、「悪い夢を見た」とか、「疲れやすい」とか、「お酒を飲み過ぎた」という軽い判断で見過ごされてしまうことがほとんどでしょう。ぼくの場合もそうでした。逆に、かつては「いびきをかいていれば、熟睡している」と考えられていたものです。

 小学生のころ、何度も溺れている夢を見ました。水のなかでもがいて上にあがろうと手足をバタバタさせようとするのですが、動かず、水面に出られません。もう駄目だと思った時、目が覚めるのです。そのころ、そんな病気があるとは誰一人知らず、「どうしてこんな怖い夢を見るのだろう」という不思議な感じで終わることが毎回でした。

 小学生のころからぼくは電車通学をしていました。ある時、友だちのお母さんと乗り合わせました。母の隣に立っていた僕の顔を見て「目の周り、真っ黒やん!」。「母は今日は疲れてるから」ぐらいの認識しかなかったのでしょう。「病気がまだなかった(!)」わけですから。 
 その「隈」は小さいころからの「ぼくのトレードマーク」みたいなもので、シーパップ治療をするまでとれませんでした。いつも歌舞伎役者のまねをして下手な化粧をしているようなもんです、ハハッ。
 その疲れや「隈」は、この病気を病気と認識できるまでは「原因不明」で、体質や年のせいとしか解釈できません。つまり、子どもたちにとっては(あるいは、この病気や症例を知らないお父さんやお母さんにとっても)、「原因を追究されない(!)異変」なのです。ぼくが子どもたちの日ごろの変化についても、きちんとしっかり見てほしいのは、こういう例があるからです。

 「睡眠時無呼吸の潜在患者」である内は当然「その病気を治療すれば身体がどう変化するのか」に想いが至りません。しかし「いつも眠たい」、「しんどくてやる気が出ない日が多い」、「集中力が続かない」、「毎日怖い夢を見る」…。睡眠時無呼吸の子どもたちは、こういうことが常態化するわけです。当然「思考力や前向きな気持ちの減退」、「怖い夢を見ることによる暗さ」等、性格形成にまで影響が出てしまうでしょう。「本来は元気良い子に育つはずが、暗くて元気のない子に育ってしまう…」。

 今治療をすることで体調がよくなり、前後の体調の大きな相違に気づいた僕は、こうした隠れた阻害因が、子どもたちの健やかな成長と人生を大きく変えることになるかもしれない悪しき可能性を危惧するのです。
 「大きな鼾をかく」、特に「いびきが途中で止まる」、さらに「太っている」、「首が短く太い」、「顎が小さい」、などの心当たりがあれば、念のため検査を受ける(させる)ことをお勧めします。こうした視点は、受験勉強に対する注意喚起よりはるかにたいせつなことだと考えています。
 

人生が大きく変わる「小さなきっかけ」2 
 以前、今年中学に進学したOBと、入学後すぐグレードリーダー(写真)を読み始めたことをお伝えしました。文法や単語もまったく知らないところから始めて週4回一時間ずつ、現在12ページまで。
 最初単語を英和辞典で調べるのにも時間がかかって右往左往していたのに、半年を経過すると、自学がすっかり板についてきました、次はロングマンの“Basic English Dictionary”を引いて講読をすすめたいと計画しています。

 かつて夏目漱石は、「語学養成法」で、学生たちの英語力が自分たちのころより、かなり衰えてきたという現状について、次のように感想を述べています。

 われわれの学問をした時代は、すべての普通学は皆英語でやらせられ、地理、歴史、数学、動植物、その他いかなる学科も皆外国語の教科書で学んだが、われわれより少し以前の人になると、答案まで英語で書いたものが多い。
 

 理由は、日本語で教育をやるだけの余裕や設備が整っていなかった。日本語での教科書が存在せず、教える先生がいなかった。だから外国語の教科書を使い外人の先生が教えたので、「英語を教わる」というより「英語ですべての学問を習っていた」からできるようになった、特に漱石より少し前の人たちはテストの解答も英語で書いていた、ということです。つまり、英語漬けだった環境が、現在(漱石が年をとった頃)はすっかり変わってしまったという認識です。そこに英語力衰退の原因の一つを求めています。
 参考にすれば、たとえ時代が変わっても、初学者が辞書を引きながら、かんたんな本(英文)を読むのも、それほど無茶ではないと考えられないでしょうか。江戸時代はそうだったでしょう? それによって、「英文を読むことばかりか、日本語の書き方まで『感じてくれる』」はず。そんな思いでぼくは指導を始めました。「受験方式じゃない英語の読書(自学)」を始めてほしい、というわけです

 H君は、最初短い英文を日本語に直すのも四苦八苦して、「たどたどしい」ものでした。
 「君がこの小説を書いているとすれば、今の云い方で何を言おうとしているかわかってもらえるか?」 「最初はどういう話で始まり、どういう状況で話が続いてきたか?」 「今どこで誰と誰が何をしているのか?」等々と指導を続けていきました。彼の口から次第に日本語らしい日本語の訳も出てくるようになりました。意味をとらえた、相手(ぼく)にわかる日本語が出てきます。
 
 「どうだ、H。おもしろくなったか?英語」。
 「はい、おもしろいです」。
 「!」
 「先生、学校(N学園)の実力テストの成績、返ってきました。26番でした(約150人中)」。
 
 ニコニコ笑って自分から話してくれました。もう安心です。もちろん、こうしたすすめ方ができるようになるまでには、「人知れぬ苦労(!)」があります。それは保護者と本人とぼくとの信頼関係の構築です。

 特にH君の場合、難関中高一貫校や大学まで数多くの学校を統括されている理事長のお孫さんです。ぼくの方法論と指導に対する確信と自信が一層要求されました。彼は大手受験塾の指導に嫌気がさして、勉強が嫌になっていたから余計です
 最初入団してくれた時は、渓流教室のバーベキューの後始末の指導から始まりました。以前のブログで触れたことがありますが、「バーベキューの網を洗っているのに、肝心の網に注意をしないで、ただ無目的に束子でこする」というような行動パターンがあったのです。
 最近の子たちはお手伝いや家での作業等の経験が少ないので、「何のための行動か」という目的意識をもてなかったり、「作業の目標が見えなくなっている」ことが多いのです。そのまま成長すると「自らの行動に対して、メタ認知がはたらきにくいという致命的な欠陥」になりかねません。そうした指導から始めるわけです
 よく見られる考え方や視点の狭い保護者や関係者であれば、ぼくが「なぜ叱っているのか」の理由が見つからないかもしれません。しかし自ら行っている作業や行動に対するメタ認知がはたらかず、目的意識も見えなければ、それを最も必要とするだろう、テストの解答や学習が順調に進むわけがありません
 最近の子育てでは、そういう方向からの視点は存在せず、それゆえ指導もまったく欠落しているのではないでしょうか。それらを補っていくことは普通なら当然のことであるにもかかわらず。そうした指導の継続による成長が、理解のある保護者のみなさんに十分認識されてこそ、強い信頼関係が生まれます。
 「受験頭(?!)」のお父さんやお母さんや先生には理解することがむずかしいかもしれません。「難関校に進んだ」はよいが、「学校の勉強を応援するのではなく(実際はテスト指導もし、質問にも答えますが)、いわば、英語の本が読めるようになる指導を進めている」のですから。
 しかしそこで、たとえば大学へ入った時点で、入試問題の解答に終わらず英語の本を何の苦労もなく読み続けられれば、どれほど実りの多い、未来を見通せる学生生活を送れるか、と発想する余裕はあったでしょうか?
 また、先のH君の報告にもあったように、すでに「学校の勉強は学校の勉強でちゃんと進めてくれている」こともわかると思います。保護者との理解が整えば、子どもたちの成長は、こう進みます。
 これが、やがて難関大学へ進学するOB諸君の途中経過なのです。人生が大きく変わる「小さなきっかけ」二例です。
 学習指導に悩む若いお父さんやお母さん・先生方、何か困ったことがあれば、ご遠慮なくご相談ください。一緒に問題解決しましょう

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石ころと星・宇宙の誕生と死21 立体授業 「二上山の三つの石」Ⅱ

2017年10月07日 | 学ぶ

受験校選択への疑念 
 受験する小学生のお母さん・お父さんたちは、この時期になると受験校の選択・決定に大わらわでしょう。しかし、その段階で「何を選択の基準にするべきか」という落着いた判断力はともなっているでしょうか?

 「難関大学への進学率とその伝統」、あるいは「雲をつかむようなうわさや風評」、「個人の感想」「受験塾のある意味無責任なアドバイスと洗脳」、そして「周囲のプライドや見栄」。それらが選択基準になっている場合が多いのかもしれません。そこで忘れられがちなのは「受験生本人の学力レベルやキャパシティ」を冷静に判断する「作業!」です。
 まず一つ目、「難関大学への進学率」から考えてみましょう。
 団ではこのブログでの塾紹介以外、塾生募集の告知は行ってはいません。その理由は「『学力のみに限らず、さまざまな面で子どもの成長をたいせつに考えている』お父さんやお母さんと子どもたちを、じっくり育ててみたいという思いがあるから」です。中学受験での優劣判断ではなく、その先にある子どもたちのたいせつな人生についても、考えたいと思っています。彼らがどういう夢や目標をもつにしろ、「それらをかなえるためには何がたいせつで、何が必要かを考えたい」のです。それが子育ての基本です

 子どもたちの人生は中学受験で終わるのではありません。そして「学校は何のための学校」か?
 自らが、そこで力を養い、切磋琢磨し、独り立ちできる能力を養うことができること。できれば、自らの夢以外に自らが生きている社会の夢を担える度量や学力を蓄えられること。それしかありません
 これらの力は学校だけで養えるものではありません。周囲に夢や理想を抱え、子どもに接する人の存在がなくては、まず不可能です。さらに「『それらを心から願い、いつも忘れず原点に戻る』という冷静さ」が周囲になくてはなりません。
 定評あるトップ校へ行ったらすばらしい成長が可能になる、という単純なものではありません。何よりも必要なことは「行く学校」ではなく、ふだんからそれらの夢や理想を自らも忘れない客観的な視点であり、広い心であり、そのために自らを律する冷静なセルフ・コントロールです。成長は進学先のみに頼れるものではありません。それが団の実績です。

 もっと誤解を恐れずに云えば、学校はあまり関係ありません。整うもの・整うことが整えば、よほどレベルの低い学校でもないかぎり、どこへ行こうと「素晴らしい成長」は可能だとぼくは思います。OB教室を経た団員の中学進学先と進学大学、そして時折紹介しているOB生の姿を、もう一度振り返ってみてください。

 京大院卒業後就職し神戸大医学部に難関を突破し学士入学、もう次の目標を掲げ合格後すぐケニヤに飛んだK君、医大へ行くというので何を専攻するのと聞いたら、「センセイ、わたし、日本一の看護師になりたい!」といったYさん。
 同じく医大に行くので、「何をやりたいの?」と聞くと、「ぼくがアトピーで苦しんだから、皮膚科に行きます」と夢を語ったKS君(今は北海道で、救急医療に邁進しています)、Kさんは「高校のときにいじめにあい、カウンセラーの先生にお世話になったから、精神科に行きます」。そして、ことばの発生の研究でベトナムに飛んだ京大院のY君・・・進学中学は関係なく、こうして育ってくれたOBがいます。ちがいが分かっていただけますか。

 まず大切なことは、学校ではなく「学ぶことのたいせつさを自覚する(できる)環境」。「学ぶおもしろさに気づくことができる指導と環境」。そして「本人が責任や夢を自覚できる余裕」。
 これらを可能にするには何が必要か? 決して学校ではありません。必要なことは、日々の「周囲の」細やかな対応と指導です。そして、指導者・保護者の「思いの共有」であり、「熱さ」であり、「両者の協力と信頼関係」です
 それらによって、子どもたちの「学体力」が育まれ、健やかな成長を重ねていきます。たいせつなものは、まず「これらの環境がもっともたいせつであるという自覚」と、「それに対するアプローチ」です。
 学校ではありません。「学校の指導力を当てにしない本人の『学体力』の養成が根本」です。その方法については、五年間のブログを参考にしてみてください。ヒントがたくさんあると思います。

進学中学レベルより「学体力」
 進学先の選択をすることについてのアドバイスです。先の進学中学や子どもたちの成長のようすをヒントにしていただくと、「無理矢理進学」はどういう結果をもたらすか、想像できると思いますが、そんな例を一つ。
 以前、ぼくは「小学校3~4年生のときに、京大や阪大へ行ける(進学可能性のある)子がわかる」と述べました。学力については「このまま僕のところで指導を受け、保護者の適切な理解と協力はあればまちがいない」という確信があります。表の京大・阪大へ進学した8人は、小学校の段階で本人や保護者にそう伝えたはずです。そして、そのために必要な頭のはたらきの判断の基準についても以前披露しました。もうひとつ、彼らの保護者のみなさんはアドバイスをきちんと聞き入れ、指導にもすこぶる協力的でした。

 逆に、そうではない場合、例えば背伸びして進学しても、本人には過重負担で、良くない結果を招くだろう(たとえば低迷するだろう)ことも、はっきりわかります。そうしたとき、保護者や本人には、それとなく何回も懇談等で伝えていきます。しかし、なかには冷静に対処できないお母さん・お父さんたちもいます。
 自らの学生時代、友人たちのようすや指導経験を振り返ると、日々自らの手に余る過酷な競争の中で、過重な負担とコンプレックスを背負い続けるだろう悪影響は痛いほどわかり、一生にかかわる自負や自信にも影響するので、何度もアドバイスを繰り返すのですが、わかってもらえないこともよくあります。近年もそんな例がありました。

 5年生初めの段階で、模擬テストではほぼ同じ成績だった子がいました。ひとりは5年生で入団した子で、もう一人は3年生から団で学んでいた子(B君)です。模擬テストの成績は、その時点ではほぼ同じでも、「関連をとらえる力」や「ひらめき」が、A君とB君では明らかにちがいます。
 つまり、学力を究めるための「前提」が大きくちがうのです。B君は私立小学校で、1年生からそれなりの受験学習をしていたので、模擬テストの基礎点ぐらいはとれます。もう一人のA君は公立ですが、明らかに勘が鋭くひらめきが豊かです。経験は不足ですが、現在の力と将来の可能性や能力はまったく別です

 6年生になったとき、三者懇談で、ぼくは、進学しようとしている中学での生徒の能力レベルや学習内容がそんなに甘いものではないこと、ついていこうと思えば、おそらく相当の学習量をこなさなくてはならないことを、当該のB君のお母さんにも本人にも伝えましたが、聞き入れてもらえません。
 それよりも、ランクを少し落としてでも、プライドを保てる余裕のあるなかで、先々の学習を進めたほうが良い結果が出るだろうことを、やはりそれとなくほのめかすのですが、「本人が行きたいというので」の一点張りです。冷静な判断ができず、こちらの進学先アドバイスも効果がありません。

 残念に思いましたが、強制的にあきらめさせるわけにはいかず、そういう結果であれば、ぼくはその方向で最善を尽くすしかありません。できるだけ思いをかなえてあげたいからです。彼の学力と受験先レベルを考え、受験対応をしていきました。そして、二人とも合格できました。
 B君(と呼んでおきます)もなんとか合格はさせましたが、わがままに甘やかされて育てられた子ですから、調子に乗り、合格後の注意を聞かず、すぐ手抜きです。最初の中間テストで、ビリから5番になりました。

 最近、進学先の先生があいさつに来られ、「センセイ、A君は素晴らしいですね」。ぼく「そうでしょう、今のまま育ってくれれば阪大は大丈夫でしょ」。「ですけど、B君の方がちょっとシンドイんですわ」。「わかっています、進学先について、何度もアドバイスしてみたんですが、聞き入れてもらえなかったんです・・・」(B君はすでに退塾)。
 進学先を決める場合、きちんと子どもたちを見ている能力の高い先生ならば、学校と子どものレベルのイメージは高い確率で合致するはずです。選択のアドバイスを聞くことが大切です。学校レベル優先では決してありません。学校と本人の可能性レベルの比較が、まず優先です
 子どもの将来は日ごろの観察ときめの細かいしつけや指導が基本です。やるべきことをやるべき時にやる。やってはいけないことをやらない。それを教えること。可能性は、きちんとした指導やしつけによる人間性の確立、余裕ある学習の中での教養の定着、それらと本人の能力という、「総合力」の展開です。他力を期待しすぎることはできません
 単純な基準をまず徹底し、学ぶおもしろさや学ぶ大切さを心の底から伝える努力をする。それによって、彼らは、もっている能力をはるかに凌駕して、花開く未来を手にすることができるのではないでしょうか?

立体授業 「二上山の三つの石」Ⅱ

 この立体授業の学習指導内容については、次の書籍・リーフレットの内容を参考、また引用させていただきました。なお、ご紹介できなかった学術内容引用分があるかもしれません。お詫びとともに、厚くお礼を申し上げます。内容に誤謬があれば、ご教示いただければ光栄です。また、今回の二上山の写真は、畏友の写真家辻本勝英氏の撮影です。
 日本列島地学散歩 近畿・中国編 竹内均 平凡社カラー新書/大地のおいたち 地学団体研究会大阪支部編著 築地書館/日本列島の誕生 平 朝彦著 岩波新書/よみがえる二上山の3つの石 展示解説 二上山博物館/山はどうしてできるのか 藤岡換太郎著 講談社ブルーバックス/二上山博物館案内リーフレット他

近畿地方
  近畿地方は、北部には中国山地の延長と云ってよい丹波山地・比良山地など、平均高度約600mの高原状の山地が続いている。日本海側は急な崖になっているところが多く、若狭湾沿岸はリアス式海岸である。
 南の方には、高く険しい壮年期の山である紀伊山地の北の端には日本の二大構造線のひとつである中央構造線が走り、紀伊山地は海にまで迫り、熊野灘や志摩半島は複雑なリアス式海岸が発達している。紀伊山地は日本有数の多雨地帯で、尾鷲市は日本一降水量の多い市である。
  中央低地には、ほぼ南北に並行して走る伊吹・鈴鹿・笠置・生駒・金剛・和泉などの小さな地塁山地があり、その間に近江・京都・亀岡・上野・奈良等の、これまた小さな地溝盆地がある。地塁・地溝というのは、ほぼ平行には知る『断層』によって区切られ、その両側より高まったところを地塁といい、低まったところを地溝と呼ぶ。鈴鹿山脈や生駒山脈をつくる褶曲運動が始まったのは、第三紀の終わりに近い約500万年前である。その後その運動がはげしくなり、断層やこれらの山々ができた。
 ヒマラヤ山脈の誕生のときも学んだが、歴史を大きくとらえると、おもしろいことがわかる。仮に1000メートル級の山であっても、100万年でできたとすれば、その隆起スピードは年1mmにすぎない。また、このような隆起は現在でも日本列島のあちこちで見られる。
 つまり、地球は今でも絶えず変化している、生きているのである。立体授業の化石採集地は約1500万年前の地層と云われているが、その間、もし毎年1mmずつ成長している山があったとすれば、現在標高15000メートルと云うような、飛行機が飛ぶ高さを超える、とんでもない山ができていることになる。

サヌカイトと1500万年前の火山活動
 サヌカイトという名前は外国人の命名だった。今から100年以上前、ナウマン象でおなじみのドイツのナウマン教授が、ドイツの学術誌に「日本の讃岐地方(香川県)に、カンカンと澄んだ音を立てる珍しい石がある」と書いて、そのサンプルをワインシェンクという知人の学者に届けたことによる。それを調べたワインシェンクが岩石学的にも珍しいタイプだと、1891年に「サヌカイト(讃岐の石)」と名付けた。
 それはサヌカイトが火山岩で安山岩であるにも関わらず、安山岩に特徴的な大きな結晶(班晶)と小さな結晶(石基)の区別がないガラス質であることだ。これはサヌカイトが特に急冷されてできた石であることを物語る。ガラス質は黒曜石などと同じく、鋭い刃をつける石器に最適だ。そのため、サヌカイトは、名前で有名になった香川県産ばかりではなく、みんなも知っている二上山産でも旧石器時代から弥生時代にかけて、さかんに石器に利用されていった。
 なお、香川県下では、7カ所でサヌカイトが見つかっているが、その成分の微妙なちがいにより、それぞれの産地が特定されるという。サヌカイトは、類似の石もあわせて『サヌキトイド』と総称される。

 サヌキトイドは、この二カ所に終わらず西南日本の数カ所で発見されている。また香川県下の1300万年前をはじめとして、生成されたのが1400から1200万年前の間だけであることがわかっている。それはサヌキトイドがふつうの安山岩によく見られる化学組成以外に、マグネシウムを極端に多く含んでいること(学会での呼び名は、高マグネシア安山岩)から判明した。
 マグネシウムが多くなるには、マントルの物質に多くの水が供給されなければならないというが、この時代の少し前、1500万年前くらいからアジア大陸にくっついていた日本列島が日本海の拡大により太平洋に向かって押し出された時期があったという。それによって太平洋の水をいっぱい含んだ堆積物の上に乗り上げ、その堆積物が日本海溝からマントルに引きずり込まれ、マントルに水が供給されたからと想定されている。そのため西南日本に一時的にサヌカイトのできやすいマグマが発生したと云うわけである。
 1500万年前の日本列島は二上山近辺に限らず、現在の地形で云えば、屋久島から九州・瀬戸内海・四国の足摺岬をこえ、紀伊半島の奈良・三重県境の室生を抜け、千葉の銚子あたりにかけて短い期間であるが、全域にわたり火山活動が起った。渓流教室で、赤目の地勢を学習した時にも述べたが、先の室生をはじめ、大和三山の畝傍山・耳成山や生駒山周辺も激しい火山活動があった(左図は「上記「大地のおいたちより))。

 二上山は約1300万年前には活動を終えたが、その間サヌカイトなどの安山岩の生成だけではなく、屯鶴峯の白い凝灰岩の景観や、石切場火山岩(シソ輝石ザクロ石黒雲母デイサイト)と呼ばれる岩石にザクロ石を大量に含むような地殻変動が続いた。それらの岩石が長い間に風化し、周辺にザクロ石が大量に堆積した。「金剛砂」である。
 これらは平安時代から昭和初期までさかんに採掘され、利用されていた。平安時代には天皇の住まいの御所の敷き砂としても利用され、室町時代には、特産品として税の代わりに納められた。江戸時代の終わりには、瑪瑙の研磨用として利用され、その後戦闘機のガラスを研くのに利用されたり、サンドペーパーの材料として盛んに使われた。

 金剛砂の中にはザクロ石ばかりではなく、サファイアや石英・ジルコン・紅柱石など、さまざまな小さな鉱物が含まれているが、このサファイアを産する元の岩石は見つかっていない。しかし、この石切場火山岩に「捕獲岩」となっている片麻岩礫の中に含まれているのではないかと考えられている。

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石ころと星・宇宙の誕生と死⑳ 立体授業 「二上山の三つの石」Ⅰ

2017年09月30日 | 学ぶ

君には、この美しさがわかるか? 
 ぼくには画家の友人が一人いるが、時々承服できかねることを云うんだ。
 花を一輪取り上げ、「ほら見ろよ、なんて美しいんだ」。ぼくも、そう思うから、うなずくとする。
 すると、やつは「ぼくは画家だからこの美しさがわかるがね、君は科学者だから、ばらばらに分解して、てんでつまらないものにしちゃうんだろ」。何とも、とぼけたやつなんだ。(THE PLEASURE OF FINDING THINGS OUT /Richard P. Feynman p2 拙訳)
 

 皮肉屋で自信家(であろう)画家の友人がファインマンをからかった時の一コマです。ファインマンは、こう反論しています。
 
 まず、彼が見ているような美しさなんてものは他の人だって享受できるし、ぼくもわかると信じている。彼ほど芸術的に洗練されたものではないかも知らんがね。だけど花の美しさなんてわかるもんだよ。それより、ぼくは彼が見ている花について、同時にもっと多くのものを見ているのさ。そこにある細胞の姿だってイメージできるし、そこにも同じように一つの美しさがある、内部の複雑な細胞のはたらきもイメージできるんだ。つまり、美しさというものは、単にセンチメートルの範囲に限られたものではなく、もっと小さなもの、内部構造にも同じように存在するものなんだ。(同書・拙訳)
 

 ファインマンの面目躍如、というところです。これに似たようなことに出会いました・・・。

リトル・ファインマンへ
 先週、子どもたちと課外学習「二上山と三つの石」を実施したのですが、さまざまな案内本を見ても、「サファイアやガーネット」について、「赤い砂粒」だの、「3~4時間かかって1ミリの青い粒(サファイア)2・3粒などと、「文句タラタラ」が目につきます。
 いったい何を期待してるのか? 一獲千金の宝石を日本で見つける可能性など、万に一つもないでしょう。一獲千金を目指すなら、宝くじを買うか、あきらめて一層真面目に働きなさい(笑い)。

 小さな子どもたち(と子どもの心をもった大人たち)が手に入れるものは、「地球」という「これ以上ない大きな宝石」に気づくことであり、「学ぶおもしろさ」という「大金塊」です
 それは「道端に転がる石」が、実は「捨て置けない存在である」とわかることであり、小さな川の砂をパンニングすることで「地球」や「火山のしくみ」に興味をひかれ、火山岩や火成岩やケイ素・鉱石などという「勉強の範疇に閉じ込められている」学習内容や学習対象を、「自らの仲間として再認識すること・解放すること」なのです。お金に換えられない、こんな「かけがえのない宝石」はありません

 写真を見てください。これは目的地からパンニングして持ち帰った小川の砂ですが、そのまま見ると、「少し赤っぽい細かい砂だな」、「つまらねえ」という思いしかないでしょう。
 たいていの人は、この中から赤い小さなガーネットを丹念にピンセットでつまみ出し、「ため息」とともに「数十粒の情けないコレクション」に収めてしまうのかもしれません。「ひと時の慰み」です。子どもたちも、「なあ~んだ」で終わりです。
 もう少し先に進みませんか? パンニングして持ち帰った砂を、白い大きな紙に広げて、風で飛ばないように乾かし、乾いたら、その一部を少し倍率の高い拡大鏡で覗いてください。
 「ワオ!すげえ~」というセリフが子どもたち(子ども心を失わない大人、そういう人がそばにいることが、リトル・ファインマンを育てます)の口から洩れるはずです。

 「小汚い砂の集まり!」だと思っていたものが、信じられないほど多量の微小なサファイアの粒とガーネットやジルコン、各種鉱物の「塊り」であることがわかるはずです(写真は後日披露します)。それによって、地球上で「石」は様々な形で存在し、生成と消滅を繰り返していることがわかってきます。そしてそこには、たぐいまれな美しさと儚さも顔を覗かせています。
 さあ、お父さん・お母さん、子どもたちと一緒に砂粒(?)を集め、鉱物事典や宝石事典を開きましょう。
 
立体授業「二上山の三つの石」テキストの紹介
 立体授業「二上山の三つの石」のテキストは、まったくの新作になったので、課外学習までに間に合わなかったのですが、もうすぐ完成します。その中から一部紹介します。
 ここでは比重や大津皇子のことにも触れています。なかには、「むずかしい」という反応があるかもしれません。しかし術語や人名だけの中身のない暗記と、「むずかしいけどおもしろい」興味や好奇心を引き出す体験とでは、どちらが子どものためになり、成長の糧になるでしょう。
 例えば、「万葉集」をいちばん古い歌集とだけ覚えて、何かおもしろいことが始まるでしょうか? 所詮テストの解答です。また、「比重」や「密度」を教科書で覚えて、何か役に立つでしょうか。やがて忘却の彼方です。
 「学習する内容が、日常の『もろもろ』といかに関係しているか」がわかって、好奇心や学ぶ意欲は駆動します。学習はすべからく、そこから始めるべきだと、ぼくは思います

二上山と大津皇子(おおつのみこ)
 現在の二上山は、大阪と奈良の県境でふたこぶラクダのようなやさしい山容をしているが、万葉集の歌にもなっている哀しい歴史がある。天武天皇の第三皇子大津皇子の逸話である。大津皇子は日本書紀や現存する日本最古の漢詩集「懐風藻」でも、その「人となり」や才能が高く評価されている。
 「状貌魁梧、器宇峻遠、幼年にして学を好み、博覧にしてよく文を属す。壮なるにおよびて武を愛し、多力にしてよく剣を撃つ。性すこぶる放蕩にして、法度に拘わらず、節を降して士を礼す。これによりて人多く付託す」。
魁梧(かいご)~大きく立派なこと。状貌(貌状)~姿や形。器宇~人柄・才能・心の広さ。峻~きびしい。遠~はるか・あまねく・奥深い。博覧~広く見ること、見聞が広いこと。属す(文)~作る、綴る。壮なる~元気盛んなとき、またその年ごろ。武~武芸・武道。多力~力がある、勝っている。剣を撃つ=撃剣~剣を使う技。放蕩~ほしいまま、わがまま。自由奔放。法度~法律・制度・礼儀。拘らず~は拘らない、関係ない。士~役人。礼す~敬う。付託~身を寄せる、任せる、頼りにする。
 先の読み下し文を解釈してみると、こんな具合である。
 「いかつく、体格と才能に恵まれ、小さいころから学問が好きで教養あり、文才にもあふれていた。青年期に至ると武芸を愛し、剣道にも秀でていた。自由奔放な性格で、些細な物事にこだわらなかったが、目下の人たちにも礼を失わなかったゆえ、多くの人に信頼され、頼りにされていた」。いかにも弱きを助け、強きをくじくヒーローとしての姿が目に浮かぶが、それが災いしたのであろう、悲劇的な最期を迎える。

 683年、天武天皇の死後、叔母だった皇后(後の持統天皇)が擁立する皇太子草壁皇子(くさかべのみこ)に対する謀反の廉で捕えられ、翌日訳語田(おさだ)の家で自殺した(10月3日)。大津皇子が歴史に取り上げられるのは、その悲劇的な最期とともに、姉の大伯皇女(おおくのひめみこ)らの、彼を慕う歌が「万葉集」に残っているからである。
 
  現身(うつそみ)の人なる我や明日よりは、二上山(ふたかみやま)を弟背(いろせ)と我(わ)が見む
  (拙訳 未だこの世に残っている私は、明日からあなたが眠っている二上山を弟だと見なければならないのですね、哀しいことです)
  
  磯の上に生(お)ふる馬酔木(あしび)を手折(たお)らめど見すべき君がありと云はなくに
  (拙訳 岸辺の岩のそばに生えている、この可憐な馬酔木の花を手折って、その花を見せようにも、もうあなたはいないのですね)
  

 いずれも、大津皇子が二上山の雄岳に埋葬されたとき、姉(大伯皇女)が弟を偲んでつくった歌である。 
 また、同じく万葉集に大津皇子の歌も残っているが、そのなかに「相聞歌」という、男女の愛の掛け合い歌が残っている。
 まず、大津皇子が
 
  あしひきの山の雫(しずく)に妹(いも)待つとわれ立ちぬれぬ山の雫に
  (拙訳 大好きなあなたを待って長い間、山のなかの木の下に立っていたら、落ちてくる雫で濡れてしまったよ)
 
贈ったこの歌に、相手の女性石川郎女(いしかわのいらつめ)が、またかわいい歌を返している。

  吾(あ)を待つと君がぬれけむあしひきの山の雫にならましものを
 (拙訳 そうなんですか、私を待ってくださってあなたがぬれてしまった、その雫に、ぜひなりたいものです)

 感性豊かで行動的な大津皇子が歌の才能もにあふれ、女性にも好かれたことがよくわかる。また教養あることが、いかに「粋(かっこいい)」かもわかるだろう。その大津皇子の墓が二上山にある。

パンニングと比重と密度
 竹田川でサファイアやガーネットの粒を集めるのは、お盆のようなお皿を使った図のようなパンニングという方法による。これは川で砂金を集める昔からの方法でもあるが、集めるものの重さが他の不要なもの(砂など)より重い場合に使う方法である。水の流れを利用してお盆を揺らし、浮き上がった軽いものを流し、重いものだけを集める方法である。

 冒頭の地球の構造の説明で、花崗岩質は密度2.8g/立法センチメートル、玄武岩質は密度3.0g/立法センチメートルという説明が出てきたが、そのあと長石の比重2.6、石英の比重2.7と、比重ということばもつづいている。「花崗岩質が陸地側のプレートの中心になり、玄武岩質がそれより重いので海底の・・・」ということから考えると、「軽さ」と「重さ」に関係している術語だとわかるが、それでは軽い・重いとはどういうことどういう意味だろう。また、どうして判断できるのだろう。

 たとえば、君たちが太っている子をデブとか云って揶揄うが、身長145㎝で40kgの子どもより170㎝で60kgの大人の方が、体重は重い。ところがイラストを見ても、この大人の人をデブだとは思わない(言わない)だろう。つまり、「重い・軽いは、単に重量(重さ)だけでは比較できないことがわかる」だろう。それでは、重い・軽いを、どうして判断するのか?
  吉野川の「もち鉄探し」は、川原で最初石を拾ったときの「感覚」が始まりだった。小さい石ころを拾って、「この石は重すぎる」と感じたからだ。それでは重すぎる、とは何に対してだろう? 小さい頃から川原でたくさんの石をつかんでいた経験から、「この大きさの石がこんなに重いわけがない」と感じたからだ。つまり「ものの重さ」を他と比較し、重いか軽いかを決めるためには、そのものの大きさ(体積)を基準に入れなければならない。綿1kgと鉄1kgでは、どちらも同じ重さだから、どちらが重いとは云えない。なお、この1kgの綿と鉄をのせられるような上皿天秤があると、ふつうは鉄の方が下がるのだが、それはどうしてだろう?


  さて、このように重さの比較をきちんとできるように、その体積をきめ、それに応じて重さを考えたものが密度である。つまり、花崗岩の(平均)密度が2.8g/立法センチメートルというのは、花崗岩は体積1立法センチメートルで約2.8gという意味である。
  それでは花崗岩の比重が2.8だと云った場合はどういう意味だろう。このように、ふつう使われている比重は「液比重」のことで、これには『水』の密度が関係してくる。水は一気圧・温度4度Cのとき、密度は1g/立法センチメートルである。(液)比重は物質の密度を、この水の密度で割った数字の比(比の値)なのである。つまり、花崗岩の密度2.8g/立法センチメートル÷水の密度1g/立法センチメートル=2.8.したがって、数値は密度と同じでも単位はつかない。比重には特別なときに使われる空気との比較の『蒸気比重』もある。

 なお、比重は一般的には固体のものに対してよく使われるが、物質は固体・液体・気体と云う三つの状態がある。ふつうは、この順番に同じ質量でも体積が大きくなるので、密度は小さくなる。つまり同じ物質の体積は同じ質量では、固体<液体<気体と大きくなる。したがって、その密度は同じ物質でも状態によって固体>液体>気体となる。
 ところが水だけは体積が液体(水)<固体(氷)<気体(水蒸気)の順になり、その密度は液体>固体>気体と変わることに注意しよう。また、水は温度によっても体積が微妙に変わり、4度Cの時にいちばん体積が小さくなる。したがって、密度も4度Cでいちばん大きく、比重も重い。特殊な物質である。氷が張った池の底でも凍らず魚が生きていけるのは、水の底は、いちばん重い4度Cの水だからである。
 なお、この密度の場合の単位当たりのg数は質量である。gは「『重さ』の単位ではないか」と思うかもしれない。質量とは何か? 重さとどう違うのか? 今度は、それを調べてみよう。

 「重さ」はふつうkgやgと云われるが、正しくはg重、kg重とあらわす。この重さは地球上の高度、高い場所と低い場所では異なるし、緯度によってもちがってしまう。つまり、「はかり」では量る場所やはかりの種類によっても異なってしまうのだ。それは地球の引力が高いところでは弱くなり重力が小さくなるからである。たとえば月にいけば、引力は地球の6分の1なので、同じものの重さが地球の6分の1になる。
 厳密な測定を必要とする場合は、ふつうのはかりでの重さを基準にすることはできない。そのため、最大密度つまり4度Cでいちばん重くなる時の水の量1000mlを1kgと定め、その基準となるkg原器(白金とイリジウムの合金)が1875年各国の条約に基づいて、世界で定められた。

 質量は上皿天秤で量るが、上皿天秤の分銅はこれに基づいてつくられたもので、これによれば、ほぼ正しい質量がはかれることになる。それでは、上皿天秤で、どうして正しい質量がはかれるのかわかるだろうか?
 なお、学習指導内容が多岐に広がるため、手に余る誤謬や誤解があるやもしれません。お気づきのところがあれば、ご指導いただければ光栄です。

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石ころと星・宇宙の誕生と死⑲ ワオ、ワオ、ワオ。耳ダンボ~Ⅱ

2017年09月23日 | 学ぶ

THE SCREENWRITER'S WORKBOOK 
 人生で残された時間も、一日の時間も、ともに少なくなっていく中、やりくりしてシナリオの「勉強」も続けています。今読んでいるのは、「THE SCREENWRITER'S WORKBOOK」と、その邦訳の「素晴らしい映画を書くためにあなたに必要なワークブック」(シド・フィールド著 菊池淳子訳 フィルムアート社)です。

 シド・フィールドのシナリオ本は、とても参考になります。シナリオを書くには「何がたいせつ」で、まず「どうすべきか?」を懇切丁寧に述べていきます。丁寧すぎて、時に諄くなり、「かえってわかりにくくしている」部分はありますが、これも「どうしてもシナリオを書いてみたいのだが、どうしてよいかわからない」という人たちを思ってのことでしょう。お勧めです。

 気に入った映画を「くりかえし」見て、この本を「繰り返し」読んで、そのスタイルを頭の中で辿れるようになれば、シナリオの「習作」は書けるでしょう。その「繰り返し」で、「歴史に残るようなもの」ができるには「才能がものを云う」と思いますが、ある程度のものは、きっと書けるようになるでしょう。「学習はすべて繰り返し」です。
 「本人も作品もレベルが低い指導者やスクールの、訳が分からない」御託を聞いているより、この本を始め、良い指南書を「繰り返し」読みましょう。ポイントは「学体力」です。高い金を出しても、ひとりでできるようにならなければ、結局挫折します。ひとりで、「振り返りながら」続けることです。

 この本を読んでいて、若いころ、ひとりで写真を始めたころを思い出しました。
 表紙の破れた「現像法の本」を古本屋で手に入れ、ダーク・バッグや現像液をカメラのナニワで購入し、中古のペンタックスSPやニコンFEをぶら下げながら、ネオパンやトライXで撮影と現像に向かった日々。開店前の店を暗室に使って、現像液に浮かぶ画像をチェックした日々。
 みなさ~ん、やろうと思えば、自分でできますよ、何でも。必要なのは「学体力」です。逆に、「学体力」がなければ、何もできません。子どもたちに教えたいのはそのことです


 
 さて、たくさんありますが、この本の中の初心者や学習者へのアドバイスのひとつ。
 「脚本を書いている最中にかならず心に留めておくべきこと、それは『ドラマはすべて葛藤だ』ということだ。だがそれを忘れてしまう脚本家は多い。ストーリーを語るには、単にチェスの駒のように登場人物を動かせばいいと思い、葛藤に注目することを忘れてしまう」。(「素晴らしい映画を書くためにあなたに必要なワークブック」(シド・フィールド著 菊池淳子訳 フィルムアート社 p112)

 そして、「葛藤」とは「対立」で、その葛藤を生み出すのは、登場人物である。葛藤を生み出すにはその登場人物にはっきりしたドラマ上の欲求がなくてはならない。その欲求や目的の達成を邪魔する障害をつくると葛藤が生まれる。登場人物が強烈な価値観をもつ人間である場合は、相反する価値観をもつ登場人物をつくると、両者の間に強烈な葛藤が生まれる。葛藤には物理的な葛藤と精神的な葛藤があり、どちらも重要であるが、登場人物は何とか目的を達成しようと努力し、障害を乗り越えていく(そういうストーリー・映画をつくればよい。下線・ 補足は南淵)。

 これができれば脚本づくりは、半分終わったも同然です。いや映画の脚本だけではなく、あらゆるストーリーづくりに応用できます。しかし、そのためには、まずどうすればよいか。シド・フィールドは「登場人物の、生まれてから今までの年表をつくれ。その人生を考えろ」と云います(倉本聰さんもやっておられるはずです)。

 年表のなかでも、特に九歳から十八歳の間に起こった出来事で、ストーリーに大きな影響を与えるものをCircle of Being[CB:トラウマを引き起こす事件 シド・フィールドの造語でしょうか]という。人格が形成されるこの時期に起きた事件―たとえば親や愛する人の死、精神にも肉体にも深い傷を残す虐待、見知らぬ土地へ行くこと等―はトラウマとなって、人生全体に影響を及ぼすことがある。
 登場人物を、パイのような円形(circle)だと仮定しよう。その一切れ一切れ(piece)は、人格形成に影響を与える出来事であり、そういった事件や出来事が集まって一つの円(=一人の人格)が形成される。・・・どんな出来事が、精神的・社会的・政治的・神秘的・知的トラウマを起し、登場人物の人格にどんな影響を与えたのかを考えてみると、人物像に深みや陰影が出る。(前記書 p116)

 創作するにはとても参考になる指南書でしょう。シナリオの指南書は様々見ましたが、約300ページを読み切る学体力は問われますが、この本、初学者にとって、最良の本のひとつです。
 
「ワオ、ワオ、ワオ。耳ダンボ~」に育つのはなぜ?
 さて、先週「子育て」は毎日のことであるがゆえに、感覚の鈍麻(それ以前に基準があやふやな場合も多いかもしれませんが)、「『自分の子どもに限って』というところに感覚が落着いてしまうほど怖いことはありません」と述べました。
 先のシナリオの登場人物の人格づくりは「他人事」ではありません。現実の子どもたちは、日々もっと些細な保護者や周囲の人たちの一挙手一投足を見て、自分の人格形成の「肥し!」にしていきます。礼節から始まり、毎日の出来事や周囲の判断基準をしっかり心に留めながら。ぼくたちは、日ごろ、そういう点まで意識して子育てをしているでしょうか。
 ちょっとひどい例ですが、身近で起きた事件で、「『ワオ、ワオ、ワオ。耳ダンボ~感覚』とはどんなものか」、参考にしてください。
 

 夏期講習の終盤、都合で授業時間が二時間延びることになりました。夕食の用意をしてこなかった子もいるので、「おなかがすくと思う人たちは何か買ってきてもいいよ、もしお金をもってきてなければ、貸してあげるよ」とぼく。
 「夏期講習の期間、教室で勉強してもよいですか」と言っていた中一のOBと小学生の弟が、「何かお腹の足しになるもの」を買いに行くことになって、ぼくが「千円でいいかな」と渡しました。受講している6年生三人と5年生もそばにいました。

 近くのコンビニに行っておにぎりを買ってきた兄が、おつりとレシートをぼくに渡そうとするので、「小銭をもらってもややこしいから、そのまま持って帰って、お母さんに話して千円持ってきてくれたらいいやん」とぼく。
 兄の方が弟に、なぜか、「お前が持って帰ってくれ」と云いましたが、弟が拒否したので、彼はみんなの前で自分の右のポケットに入れました。
 約一週間たってもお金が返ってこないので、4年生の弟に、「この間の千円、お母さんにゆうた?」と聞くと、「まだです」。「じゃあ、お母さんにゆっといてな」とぼく。

 次の日です。
 4年生の弟が、「先生、お母さんがこれもって行って、って」と、レシートとレシート記載分の小銭をもってきました。「あれ、違うやん、兄ちゃんに、小銭ややこしいから、お母さんに全部渡して、千円持ってきてくれたらええやん、あの時、そうゆうたやろ」とぼく。彼は「はい」と、そのまま持って帰りました。
 次の日です。弟は、「お母さんがお兄ちゃんに訊いたら、これでいい、ゆうた」と、また「小銭とレシート」です
 「ちがうやん」(その時ピンときました)。「おつりも渡してんねんから、千円持ってこな、あかんやん」とぼく(問題は金額ではありません)。
 すると、弟は千円を出して、「もし先生がちがうってゆうたら、これ渡しって」。違うも違う、大違いです。
 「いいや、それでは、そのお金受け取れんわ、じゃあ、今日、兄ちゃん、晩来るはずやから、兄ちゃんに理由聴くまで、ここに置いとくわ」、とみんなの見えるところに置いておきました。

 その晩OB教室に件の兄ちゃんが来ました。
 千円出して、「せんせ、これお母さんから預かってきました」。
 そんなはずはありません。お母さんが弟にレシートと一緒に渡しているのですから、二重に渡すはずはありません。どこか(何か)で嘘を言って都合してきたのでしょう。
 「これどこから、もって来たん?」とぼく。
 「えっ、お母さんにもらいました」(きっと嘘はないんでしょうが、その理由は別だったはずです)
 「そんなはずないやろ、弟が今日、お母さんにもらったゆうて、小銭もって来たのに」
 「ええっ? ぼくがもらいました、今日。・・・弟は、いつもってきたんですか!」と大慌てです。
 「だから、今日や、って」
 「・・・」彼の動揺は収まりません。しかし、「云っておかなければならないこと」があります。

 「・・・S(彼の名)な、失敗やまちがいや、ふとした出来心なんて、誰にでもあるんや。・・・だいじなことはそこでそれを認めて、これからの糧にすることや。センセは、基本的に悪人はいない思てる。嘘ついたままやったらナ、それが一生心の澱になって、顔つきが変わってくるんや。写真やってるから、ようわかんねん。目がちがうんや。顔が変わってくる。できればそんな顔にはなってほしいない。そんな人増やしたないから、塾はじめたんやで」
 「だから、やってませんて」
 「だけど、あの時、他にやり取り見てた子、いっぱいいるんやで、FもNも、みんなおったやん、みんな見てたで。正直に言うたらええやん」
 いきなり、「ワオ、ワオ、ワオ~。ダカラヤッテマセンって!」大泣きです。その姿は、中学生の姿ではありません。埒があきません。
 何日か反省すれば、きっと気づいてくれるだろうと、その場を収めました。
 

 数日後、彼のお父さんから電話があり、話があるということ。ぼくは授業後、来てもらえるように、時間を指定しました。しかし、当日授業が終わってからも学習を続ける6年生がいたので、ぼくはその子たちにも残ってもよい、と許可しました。「正しいことを覚えてもらいたい」、という気持ちもありました。

 お父さんは、型通りのあいさつのあと、
いきなり、「S(本人の名)は、あの時のこと覚えてない、記憶にないというんです。記憶にないというのでは叱れません。先生、それを認めてください、覚えてないというんですから
 まるで、質の悪い政治家や官僚と一緒です。
「ここにいる子たちもそばにいて、ずっと見てたんですよ。じゃあ、そのお金は、どこへいったんですか? ぼくが嘘をついてるんですか?」
「いや、そうは言ってません」と、訳の分からない返答です。
「それじゃあ、他の子が盗ったことになるんですか? みんなの見てる前で」。
おとうさん「・・・。いや、彼が盗ってはいない、と云うことをわかってほしいんです」
「それは無理ですよ、とても。他の誰かの責任になりますから・・・」。
「でも、Sは覚えてない、記憶にない、というんですから・・・」と、お父さん。
延々、その繰り返しです。
 このままでは、子どもと同じで埒があかない、そして、このままでは責任をもって指導もできないと思ったので、
「じゃあ、こうしましょう。神様がいるか、いないかわかりませんが、神様が知っているから、もういいじゃないですか。ぼくのことを神様も見てるし、S君も、もし自分がやっていなかったら、神様が知ってるからそれでいいよね。だから、それで卒業してください」。(ぼくは神様がいるとすれば、それぞれの『心の中にいる』と思っています。)
 ちなみに、このお父さんは高学歴で、開業している方です。「信頼がいちばん」の仕事のはずです。S君が団に通っていた5年間、お父さんは、一度も懇談には顔を出したことがありません。
 S君が入団した時、飛鳥の「クワガタ探し」で、こんなことがありました。
 ひとりの団員が川で足を怪我したのですが、動脈が切れたのでしょう、血が止まらないので、偶々車で同行していた団員のお父さんとぼくとで、橿原市の救急病院まで送りました。手当をしてもらい宿舎に帰ると、彼ともう一人の団員が、なんとお風呂(!)に入っていました
 ぼくは「仲間が大変な思いをしているときに、帰るのを待たずに勝手に風呂に入るとは何事だ」とこっぴどく叱りましたが、付き添いのお母さんが、もう一人の付き添いのお父さんにお風呂に入ってよいかを尋ね、そのお父さんが勝手に許可をしたようでした。しかし、その「是非」は、ふつうなら常識で判断すべきこと(できること)だと思います仲間や相手のことを気遣ってあげる、思いやりの気持ちはそうした小さいころからの気の遣い方で身についていきます
 そういうところからはじめて、一生懸命指導を続けて難関校には入れましたが、だからどうでしょう? みなさんは、これらの行動を、どう思いますか? そして、これらの原因になっているものは何だと思いますか。
 先週の例もそうですが、「世の中には、いろんな人がいますからね」で、済ませられる例ですか。

 一人の人間が社会人として身につけておかなければならないことは何でしょう。そして教育とは「だれをどうすること」でしょう。
 いろいろな考え方があるかもしれませんが、ぼくは「同行の仲間が大変なときに、痛い思いをしているときに、自分だけ風呂に入ったり」、あるいは「全然関係のない仲間に、あらぬ疑いがかかるような行動を平気でするような人」は、増やしたくありません。自分のことしか考えられないおとなには育てたくありません。
 「そういう子には育ってほしくない」と考える、世の中のお父さんやお母さんと、自分のことと同じようにヒトのことも考えられるこどもをたくさん、たいせつに育てたいと思って指導しています。いやはや。

 「ワオ、ワオ、ワオ、耳ダンボ~」を育ててしまうのはだれでしょう? 子どもたちの指導は共通理解がないと、うまくいきません。じゃあ、その共通理解はどうして生まれるか? もう、今育ちつつある子どもたち一人一人を、きちんと育てていくしかありません、それぞれがよく考えながら。その「くりかえし」によって共通理解が「みんなのもの」になります。それはだれの責任であり、義務なのでしょう
 

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石ころと星・宇宙の誕生と死⑱ ワオ、ワオ、ワオ。耳ダンボ~

2017年09月16日 | 学ぶ

「あたりまえだけど、とても大切なこと」
 見出しは、少し古い本(2004年6月発行)の書名です。著者紹介の一部を引用します。

 ロン・クラーク。ノース・カロライナ州出身。大学を卒業後、各地を冒険旅行したのち、1995年から小学校教師となる。学習や行動に問題を抱える生徒の多い学校、なかでもハーレムの底辺校から優秀児を輩出し、目覚ましい成果をあげる。2001年、28歳のときに、ディズニー社主催「全米最優秀教師賞を受賞。毎年、うけもちの生徒に教えるルールをまとめた本書は、全米で大ベストセラーとなった。(「あたりまえだけど、とても大切なこと」ロン・クラーク著 亀井よし子訳 草思社)
 
 出版当時は日本でもそこそこ売れたようですが、そのときの書評を検索してみると、なかには「場ちがいな論評」「的外れな反論」も多数あるようです。斜めに見て、「こんなことをルールにして、わざわざ言わなくてはならないアメリカ」というような、「信じられない感想」もありました(高校の先生)。心の中に、「ルールという縛り」に対する潜在的な嫌悪感があるのでしょうが、「ルールという縛り」を嫌っている自分が「つまらないイデオロギー」に縛られていることに早く気付かねばなりません。たいせつな子どもを育てる方法です。著書の感想を自分が聴かれているわけではありません。視点は子どもをどうすべきか、という現実論です。
 また、「売れているもの」「評価の高いもの」に対してよくみられる、嫉妬や羨望からくる拒否感や嫌悪感がみられるものもありました。「若い」いわば「駆け出し」の先生が高評価を受けたからでしょうか? そんなこと、どうでもええやん。育て方で、これからどうとでもなるこどもが大事や。

 アメリカであろうと、日本であろうと、あるいは某国(?)であろうと、「ダメなものはダメ」・「よいものは良い」という「今後子供たちが『社会生活を営む』うえでたいせつになる基本的なことがないがしろにされていることが、現在「おども(責任感のないおとなこども)」を大量に生産している原因の一つであること。それが、現状のような社会的混乱や政治的混乱を形作る一助(?!)になってしまうことに、ぼくたちはもっと反省の目を向けるべきだと思います。
 毎日小さな子どもたちの教育や指導にかかわっていると、彼らの行く末や成長後の社会的影響、また「被」社会的影響を指導の視野に入れなければ、教育は不可能であるということがよくわかります。先述の高校の先生も、一度小さい子の指導に本気で関わってみれば、納得できるでしょう。

 子どもたちを見ていると、心も体も大きく賢く、バランスよく育ってほしい、彼らが活躍できる社会が今よりも良い社会であってほしいと願わざるを得ません。そういう視点で見渡すと、できるだけ客観的な評価をして、子どもたちの成長に役立つものはすべて、率先して取り入れなければならないというポリシーが成立します。そのときは、「腰の重さ」が成否の分岐点になります。
 さらに、その成長に欠かせない、「伝えるべきエッセンス」も見えてきます。「ないがしろ」にされがちでも、世界共通であるべきだろうという、「縛り(?)のルール」も見通すことができます。チンケナ固定観念や、植え付けられた心の狭い指導から、いったん自分を解放し、もっと大きい眼で教育や指導を見直したらどうか、と思う「反論」の数々でした。

ワオ、ワオ、ワオ。耳ダンボ~
 現在も、近隣の精励(頼むからしてくれ!)指定都市の「世間的エリート」が「しょぼい横領」で「情けないデートの小遣いづくり(?)」をしていたようですが、数年前も世界中に破廉恥な話題を提供した「おども」がいました。「四十面さげた、見え見えのマザコン」が行ってもいない「温泉巡り?」の架空計上で政務活動費を横領した事件です。そうです、「ワオ、ワオ、ワオ。耳ダンボ~」です。

 こういう「おども」たちの情けない事件が報道されるたび、既に「立派に(!)育ってしまって、いまさらどうしようもないおども」を罵倒し、嘲笑し、非難しますが、ぼくたちは自らとまったく関係がないように、結局それどまりです。数か月の話題です。「このハゲ~エ」もぼくの心に響きます(ハハ)が、セリフを借りれば「ちがうだろ!」という感じです。
 そして、訳の分からない、こうしたハレンチな事件が、また増え続けます。原因の追究と、その撲滅には、なぜか向かいません。もちろん、教育・子育てへのフィードバックのことです。先述の「一見まとも、実は場違いな」評論者(家ではありません)のように。
 忙しさにかまけて、自らの責任範囲の処理さえ忘れ、そのうち記憶からも消え去り、また次の事件が、今度は仲間を連れて大勢で(!?)現れることになります。「拡大再生産」です。当然です。子どもたちはそのまま大人になり、自分たちの子どもを再生産していきますから。

 「関係ない」と思っていた自らの周辺に、今度は直接関係してくるような事態も起こります。子どもたちを少なくとも良い方向に導く(アメリカでは、それなりに結果が出ています)「ルール」を、それぞれが、もっと自らの環境の中で深く考え、落とし込み、自らのオリジナルな「子育てのルール」にしてしまうような社会感覚が、今こそ求められているのではないか
 それによって、「ワオ、ワオ、ワオ。耳ダンボ~」や「片方には女性の手、もう一方の手には『くすねたお金』」というような「おども」は、少なくとも自らの代表には当選させないという、自覚があり、セルフ・コントロールできる有権者と候補者を育てられる社会に一歩ずつ向かっていくのでしょう。少子化のなか、「おども」がどんどん増えてくるような社会こそ、ぼくたちがいちばん望まない社会のはずです。

 「ワオ、ワオ、ワオ。耳ダンボ~」も、純粋無垢でいたいけない赤ちゃんの時に、お金をくすねることを覚えたわけではありません。そうした行動に導く何十年かの経験、そしてそれらを誰も指導、是正しない日々があったはずです。本人や周囲のために、それらを是正していくのが教育であり、躾ではないでしょうか。またその存在意義だと思います

「日本は外国人にどうみられていたか」
 以前、幕末・明治期に日本人が日本を訪れた外国人にどうみられていたか、を話しました。またしばらく前のワールドカップで、日本人サポーターが自らの座席の周辺をきれいに掃除し、世界に配信され話題になりました。幕末や明治期に日本を訪れた外国人は、日本人をどう見ていたのか?

 そのころ、お世辞を言っても外国人には何の得にもならなかったわけですから、これらの人たちの感想は、当時のぼくたちの曾爺ちゃんや曾曾婆ちゃんの姿をよく伝えているはずです。
 なお、これらは「日本は外国人にどう見られていたか」(三笠書房)よりの引用です。
 
 「私はもう学生達に惚れ込んでしまった。これほど熱心に勉強しようとする、いい子供を教えるのは、実に愉快だ」(「日本その日その日」E・S・モース)
 「これ等の青年はサムライの子息達で、大いに富裕な者も貧乏な者もあるが、皆、お互いに謙譲で丁寧でありまた非常に静かで注意深い」(同上)
 日本の学生たちのことを「アメリカの大学卒を凌ぐほどの学力を身につけています」(「スピリット・オブ・ミッション」J・ヘボン アメリカの雑誌に発表)
 「ユキの息子は十三歳の少年で、しばしば私の部屋に来て、漢字を書く腕前を見せる。彼は大変頭のよい子で、筆で書く能力は相当なものである」(「日本奥地紀行」イザベラ・バード)
 「子ども達は我らの学問や規律をすべてよく学び取り、ヨーロッパの子どもたちよりも、はるかに容易に、かつ短期間に我らの言葉で読み書きすることを覚える」(「日本巡察記」ヴァリニャーノ)
 当時の子どもたちが、いかに優秀だったかよくわかります。そして、当時の人たちの人間性です。
 先述のモースが「私は決して札入れや懐中時計の見張りをしようとしない。錠をかけぬ部屋の机の上に、私は小銭を置いたままにするのだが、日本人の子どもや召使は一日に数十回出入りしても、触ってはならぬものには決して手を振れぬ」((「日本その日その日」E・S・モース)。また、私の外套をクリーニングするため持って行った召使は、間もなくポケットの一つに小銭若干が入っていたのに気がついてそれをもって来た。(同書)
 
 こういう例はまだまだあります。それらから考えれば、「日本から」和製ロン・クラークや「あたりまえだけど、とても大切なこと」がもっと出ていてよいはずですが、話題になるのは「体罰」や「性犯罪」や「いじめ隠し」ばかり。その辺にも、根深い教育問題が横たわっていそうです。その間も、どんどん子どもが「ことな化」し、大人が「おども化」する割合が増えていくのに。
 このロン・クラークの著書が出た時、鼻で笑った(!?)先述の「評論者!」は、約十五年たって、少数ではない現在の授業が成立しない小学校の指導風景を見て、どう思うのでしょうか。
 ルール12 人が読んでいるところを目で追うこと
 ルール15 宿題は必ず提出しよう
 ルール16 教科の切り替えはすばやく
 ルール18 宿題に文句をいわない
 ルール19 代理の先生の授業でもルールを守ろう
 ルール20 授業中は許可なく席を立たない
 
 これらのルールは、どこの国の教室であろうと守るべきルールです。何かおかしいところありますか? 守られていますか? 文句をつけるべきことですか? あたりまえだけど、とても大切なことです。
 

「置いとく方が悪い」の恐ろしさ
 さて、ルールの徹底やしつけや教育的指導(?)を要する、これらの問題について、ぼくが異変を感じたのは、15年くらい前のことでした。当時、始まったばかりのOB教室には4人の女の子がいました。小学校からのOB中学生二人と、伝手で頼まれて指導していた超難関S学園に通っている新人中学生が二人です。
 OB教室は長時間、集中力がかなり要求されるので、少額ですが、休憩時間にお小遣いをわたし、近くのコンビニにガムやジュースなど、自由に買いに行かせる時間をつくっています。ところが、教室の机の上に500円玉2枚を置いて、少しの間目を離したすきに、それが消えうせました。
 20分くらいの間で部外者は教室に入ることができません。驚きましたが、中学生以上のOB教室では、注意をしないと決めていたので、そのときはそのままにしておきました。
 あるとき、一人の保護者(女性です)に、その経緯を話すと、「せんせ、置いとく方も悪いんですよ」。今は、こういう人が増えているかもしれません。みなさんはどう思われますか。
 こうした理解や理窟が一般的になってしまうと、社会がムチャクチャになりかねない、人と人との信頼関係が根底から崩れてしまいかねない、ということがわかりますか。実はこれ、「危ないからナイフをもたせない、使わせない」というような感覚と、深い部分でつながっている事例です。
 「監視がいようといまいと、いくらほしくても、ヒトのものは黙ってとってはいけない」というのが、「あって当然の倫理感」であり、「身につけていなければならないセルフ・コントロール」です。ナイフを持っていても人を傷つけたり、殺めてはいけないということが、「まず身につけておくべきヒトとしての倫理感であり、セルフ・コントロール」です

 それらを教えておかなければ、「ナイフがなくても、他のものを探して人を殺める」ということになります。ルールや人倫の徹底です。「こんなことをルールにして、わざわざ言わなくてはならないアメリカ」、と云ってる場合ではありません。
 つまり、「だれか(警察や他人)が見てようと見てまいと、ダメなものはダメだし、してはいけないことはしてはいけない」と教えるのが、子どもにかかわるすべての親、保護者、指導するぼくたちの責任であり、役目です
 それとも、これらの問題は「道徳だから」「勉強に関係ないから」、放っておいてもよいのでしょうか。そのままであれば、純粋無垢で、いたいけない子どもたちは、そうしたセルフ・コントロールや倫理感をどこで、誰から教えられて育つのでしょう。
 「おいておく方が悪い」という感覚は、その段階で、すでに倫理観が半ば崩れています。こうした感覚が次第に蔓延しつつあるような気がします。
 さらに、数年後、この話をしたとき、「世の中にはいろんな人がいますからね」と、あるお母さん。そういう客観的な問答を期待しているんじゃなくて、やはり、子どもの教育やしつけには注意してくださいね、というつもりだったのですが・・・。無理を承知で、理想ですが、ひとりひとりが自らの子をちゃんと育てれば、何の問題もないわけですから。


 「世の中にはいろんな人がいる」からルールが必要なのだし、子どもたちにそのルールをきちんと伝えることが要求されるのです。「いろんな人がいるのはわかっています、自分の子どもには注意してくださいね」、という思いが通じなかったわけです。
 「自分の子どもに限って」というところに感覚が落着いてしまうほど怖いことはありません。また文頭の、どこかの高校の先生のように、ルールやしつけや道徳に拒否感や嫌悪感をもっている「暇?」はありません。その間も、「ことな」は、結局何も身につけないまま、「ワオ、ワオ、ワオ。耳ダンボ~」と、「おども」に育ってしまうのですから・・・。

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石ころと星・宇宙の誕生と死⑰

2017年09月09日 | 学ぶ

ヌードグラビアと盗人のちがい
 『夜の大捜査線 霧のストレンジャー』。古い映画で久しぶりのDVD批評。
 副題は「霧のストレンジャー」、主演はシドニー・ポワチエ。黒人の名優シドニー・ポワチエの名前に惹かれてアマゾンに頼んだDVDは、「夜」も「霧」も「ストレンジャー」も、ほとんど関係ない代物でした。このタイトルにはエスプリもセンスも奥行きもありません。本家、名作の「夜の大捜査線」にちなみ、集客を図るための命名。それにつきます。
 前にも書きましたが、「タイトルの付け方のいい加減さ!」が映画ファンを裏切りつづけ、「それが今日の低迷のひとつになっているのではないか?」と思えるほどひどい。原題はTHE ORGANIZATION。大掛かりな麻薬組織と警察(政治)組織の癒着を描いたもので、よくあるパターン。

 原題は「当たり前すぎる」ものの、内容と齟齬はありません。まちがってはいません。日本語タイトルは何のこっちゃ!? 「夜の大捜査線」? 「霧のストレンジャー」! 「蜥蜴を見て、蛇を描いてしまい、慌てて蛙の足をつけたようなもの」。
 こういう仕業は、「蛇足」ではなく、「駄即」とでも呼びましょう。シドニー・ポワチエはそれなりに良い味を出していますが、肝心の映画のストーリーの出来も「可もなく、可もなく」というところでしょうか。
 さて、唯一おもしろかったのが、小学生くらいの息子と一緒にいるとき、おもちゃ箱でヌードグラビアを見つけ、黙って息子の顔を見たおやじ(ポワチエ)に、男の子はそれほど照れるわけでも、萎縮するわけでもなく「興味があったから」というような返事で流してしまう。それを聞いた親父も何も言わず、表情も変えないで次の行動にうつる。『うわあ、おやじだなあ』と微笑ましくなりました。

 この場合、「ヌードグラビア」が「AV」であろうと、そのままでは犯罪に結びつきません。みなさんも、見たことあるでしょう? 年頃になった男の子が女性の裸に興味をもつのはすこぶる自然で、男と女がこの世に誕生して以来繰り返されていることでしょう。男の子の成長の過程では当然のことで、取り立てて「目くじら」たてることではありません。
 逆に、それらの行動を「目の敵」にして罰したり、厳しく叱正、抑圧する『指導?』や『しつけ!』が偏向した性意識や性向にいざない、「いびつな」性犯罪を生む可能性も生まれるのだろう、と考えています。今、「しつけの過程」では、どのようにとらえられているでしょうか。
 しかし、例えば、『ぬすみ(窃盗)』はちがいます。「窃盗」や「横領」は犯罪です。ヌードグラビアを見ても、ヒトのものを盗るわけではありません。何もなくなりませんが、「窃盗」や「横領」は「人がたいせつにしているものがなくなる」のです

 『窃盗』は「自然な成長過程」ではありません。人の所有物(または公共の)を黙って持ち帰れば犯罪です。盗人です。また盗癖は、意識してきちんとフォローしなければ繰り返されます。子どもを育てている場合は、その大きな差をきちんと考え、峻別しなければなりません

罪を憎んで、ヒトを憎まず
 ほほえましい「プチ・エッチ」に比べて、「人のものを盗んだり、拾ったお金をそのままポケットに入れたり、目的をもった共同作業に協力できなかったり・・・」という行動は、はるかに問題です
 これらは、放っておけば、いずれも信頼関係を構築できず、社会の根幹を揺るがすものです。「これらのそのまま犯罪につながる行動様式」こそ、小さいころに、厳しく対応しなければなりません。
 その重要性が、子育ての中で、きちんと意識されているでしょうか。子育ての法として確認されているでしょうか。当然のルールに対するこれらの指導やしつけに対する意識、感覚が次第に希薄になり、さらに、近年は恐ろしく鈍麻してきたような気がします。

 そういう行為が露呈しても、流してしまう。一昔前だったら、きちんとしたおやじ(お父さん)は(お母さんも)厳しく叱正し、近所の交番に連れて行ったり、被害者宅を訪れ、自らの指導(しつけ)不足を心から詫び、本人の猛省とともに謝罪させました
 「そういうことが社会(世の中)では通らない犯罪(許されない刑事事件)である」ことを厳しく指導しました。決して「うやむや」では終わらせません。お母さんも何日も(時によっては何ヶ月も)口をきかず、ペナルティを施したり、ということがふつうでした。
 それは「被害者に対して親として申し訳ない」というのももちろんですが、「大事な」子どもですから、何より「犯罪(!)」を犯した当人が一人の社会人として立派に成長し、社会からはじき出されないように、きちんと迎えられるようにしつけます、という「心の底からの親の覚悟と愛情」のなせるわざでした。それが正しい愛情です。また、「世間様」にかけた迷惑を、「自らもお詫びしてけじめをつける」というのが一人前の大人の務めでした

 「『罪を悪んで人を悪まず』という言葉があります。
 これは本来、「罪を犯してしまった人を憎むのではなく、その『心ならずも犯してしまった罪』を憎め」ということが原義です。しかし、それは小さいころからのしつけや指導が行き届いて、「心ならずも犯してしまう罪」と「本人が罪を認め改心するという状況」があった時代(社会)であるからこそ、意味をもった解釈です。残念ですが。
 世情に見られる、「意識して罪を犯し、頬かむりをすることが多くなった時代」にはそぐわない解釈です。現代での、このことばの意味は、『罪を犯したことを反省し、許しを乞う人(!)』に、「いや、もういいじゃありませんか、悪いことだとわかってくれたら。また仲良くやりましょう」という『思いやり解釈』にせざるを得なくなってしまっているのではないか。
 あるいは、もっと、誤解されてはいませんか? 「やった俺は悪くない、罪が悪いんだ!」と。

 「犯した罪を悪いと思わない、反省もしない犯罪者」に、『罪を悪んで人を悪まず』と言いつづければ、その犯罪の助長により、本人と周囲と被害者の、さらなる取り返しのつかない事態」を招いてしまう。そんな時代になってはいまいか? 「罪を悪んで人を悪まず」の本義を、ぜひ取り戻したいものです。 ふぅ。

三年後、そして六年後を思う親の心
 この章の写真は今年出会った「マムシ」シリーズです。ハハ。
 さて、先週のA君とB君の3年後の学力伸長、その能力の「雲泥の差」について補足しなければなりません。子どもたちのようすをよく見、きちんとその姿を捉える必要性です
 子どもたちの学力(勉強の進み方)を見ていると、先週の「学体力の強化」についての父性の問題もそのひとつですが、それ以外に見逃されている(というより、きちんと整理して注意しなければいけない)さまざまな問題があります。
 以前、「学習事項や学習内容の相互の関連」をとらえる「センス」の有無、つまりわかりやすくいえば「頭の良し悪し」の観点のひとつについてお話ししました。たとえば、同一問題や類似傾向に対する「ひらめき」がある子かどうか。「一を聞いて十を知る」まではいかないまでも、「一を聞いて二がわかるかどうか」。この可否が、「頭の良さ」のわかりやすい判断基準のひとつになります。センスです。
 この能力が乏しければ、学ぶこと学ぶこと、すべてが『見知らぬ問題!』になります。学習を続けることによって少しずつ改善していくことはありますが、中にはいつまでも関連をとらえられない子も、かなりいます。

 当然のことながら、「一を聞いて二がわかる『ひらめき』」のある子の方が、速やかに、勉強はできるようになります。その「ひらめき」によって、「わかる嬉しさ」や「手ごたえがある喜び」の量(学ぶおもしろさ)が経験を重ねるとともに大きく変わってくるからです。それにともなって自信も湧いてきます
 たとえば、何人かが、同じようにまじめにやっていたとしても、次第に大きな差になってくるのが、「勉強(学習)」の現実です。「3~4年生時には『そこそこ』勉強ができても、5年生の後半や6年生になると伸び悩む」という子は、みなさんの想いの他、たくさんいます。
 こちらの原因には大きく二つあって、その一つは先述のように、「本来の能力からくる場合」、つまりセンスの問題です。もちろん、これで「人間のすべての能力」を規定するわけではありませんが、「学力向上をはからなければならない勉強面では、やはりセンスの有無による学力差」が存在することは否めません。
 「学習量が増えてきた時、その関連や相互関係がとらえきれないので整理がつかず、脳内に納めきれなくなる」イメージです。つまり、「学習量に対応できるだけのキャパシティがない(十分能力が伴わない)」場合、学習量に成長がついていけない場合、「学習『量』にアップアップ」している場合です。

 ところが、多くの場合、このシビアな現実が周囲に冷静にとらえられないまま、ことは進みます。我が子ゆえに、あるいは情が絡むゆえに、それを認めたくない、認められないことがあるのかもしれません。しかし、そこでたいせつなことは、「その現実を認めて、いかにその差を詰めていくかという手段や方法に、精いっぱい注意と努力を払うこと」です。
 同じようにできるようになりたいのであれば、また「引けを取りたくない」のであれば、(本人が自ら)努力しなければならない、という生きる現実を教える(覚える)良い機会です。それが保護者の役目だと思います。そんな良い機会はありません。

 興奮するばかりで冷静に対処できず、「それが見きわめられないまま、原因不明(!)で放置されること」が、よくあります。そして、そのまま「無闇な詰込み」が始まります。時には「ヒトとしてのいちばんたいせつなこと」も置き去りにされたまま。
 最善・最高の方法は、まず、「学習」を「『日々の生活習慣や努力』に落とし込む生活」の指導やしつけを心がけること。「きれいな字で正しく書くこと」や「正しく計算をすること」をふつうにできるような子どもに育ってくれるように、生活習慣や指導を見直すこと。それをきちんとはじめるだけでも「りっぱな大人」に育ってくれるでしょう
 「大学受験だけが学力や頭の良さの基準にならない」のは十分経験(認識)済みですが、入塾試験もなく多くのふつうの子どもたちに出会い、学習指導を工夫して、その半数が、すばらしい大学に合格してくれましたが、それでも半数です。この結果は、他の要素も当然あるものの、能力差(この場合は学習適応力の差)が歴然と存在していることを示しています。現実です。

 「一生懸命勉強して詰め込めば誰でも賢くなる(!)」と、かんたんに考えられている場合も多いと思いますが、このような「動かしがたい現実」から目を背けることはできません。「原因不明」のままの放置ではなく、「子どもの特性を冷静に見きわめて、それに対して、学習方法や学習内容・学習量の多少についても、適切な方策を講じていくこと」が必要です。「量が少ければ少ないほど、きちんとていねいにやる」という当然の指導も欠かせません。そうでなければ意味がありません。
 「儲け主義による、誇大で無責任な指導に惑わされ、結果的に子どもたちに消耗をもたらす」進め方ではなく、周囲がセンスの有無を冷静に判断し、学習法・進学先を含め賢明に対応しないと、受験は「カツカツ」乗り越えても、進学後本人が大いに困る場合もまれではありません。

 「センスが多少足りなくても、本人の性格が素直で真面目、保護者も賢く懸命に対応するという環境」があれば、中・高受験くらいなら対応できるかも知れません。しかし、「進学先が優秀な子があふれている学校」になればなるほど、さらに、「自分の実力をわかってくれない家庭環境」であればあるほど、子どもたちには「挫折と消耗の学園生活」が待っています
 「生来の能力の差」はあって当然で、それに対して、時期や「『それぞれの症状』に応じて、手当てをしていかなければならない」のが、本来の学習の進め方です。
 ところが夢大きいが故に、その現実を認めたくない。子どもたちに学習を教え、都度の保護者との関係を見ていると、どうもそのあたり(能力判断)については「冷静に見ることができていない(できない)」場合がかなりあるように思います。
 中学生になれば、それなりの判断力も身につき、進学先での彼我の能力の差を実感します。『それを克服するに十分な学体力』が備わっていれば、何の問題もありませんが、そうでなければ、やがて劣等感と失望に苛まれるようになります。特に、最近の子育てや子ども教育事情を見ていると、「学体力を養成できるはずの環境そのものも弱体化してきつつある」ようです。

 中途半端な判断で「コンプレックスや挫折の塊」をつくって、「思い」とは逆に、将来や夢をつぶしてしまうより、「ランクは多少落としても、余裕と自信とプライドある学園生活を送り、捲土重来をはかる」という「賢明な選択」をすることが、その後「大をなす」、とOB諸君の成長した姿を振り返っています。
 『学校』や『塾』が優秀な生徒を育てるのではなく、「『自らで』優秀な生徒に育つ」のです。その指導・成長の原則を確認、再認すること。そして、それをいちばん指導、応援できるのが、唯一保護者です。ついては『学力』や「学習」に対する能力を「できるだけ冷静に見極める」ということが、「子どものよりよい人生」を考えた場合、かなり大切なことだと思います。そこからがスタートラインです。
 このように、学習ができるようになるには、まず「それぞれのセンス」のちがいが当然あります。さらに、本人の「性格(素直さや柔軟性)」等、それ以外に、「(両)親のしつけ、学習に対する考え方・育て方のポリシーのレベル」があり、「日々の生活習慣・生活指導の問題」があり、「学校や塾の指導力の問題」が続きます

 「いいところに入れたい、入ればよい」という判断での進学先や学校選択で、親の見栄やプライドは満たせても、子どもの将来を約束、保証するものではありません。逆に、消耗で完全に夢が途絶えてしまう(夢を持てなくなる)ということも少なくありません。その前に、まず何をどうすべきか、という冷静な観察・判断と指導が欠かせません。「『子どもを思う親の心』をまちがえる」ことはできません。
 
次週は「ワオ、ワオ、ワオ。耳ダンボ?」です。

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石ころと星、宇宙の誕生と死⑯

2017年09月02日 | 学ぶ

「『学体力』指導が成立しない環境」を憂える②
 前回は学習の必要性が見えなくなったことによる「学体力」の欠如について考えました。学習の「必要性が見えにくくなったことによるモチベーションの低さ」を原因のひとつにあげました。

 そして、それらを解決し、学習に対するモチベーションを高めるには、「学ぶおもしろさ」を獲得できるタイミングやシチュエーションを増やす方法がいちばん有効ではないか。そのためには、自らの周囲の学習対象(学習として取りあげられている対象・事象)に対する「環覚の養成」が「鍵」になることを、改めて提案しました。今回は『学体力養成』に関わる、もうひとつの大きな問題です。

「父性不在」
 もうずいぶん前(2013年3月アップ)になりますが、「考えることができない3年生」というタイトルで、「子どもたちの『学体力』が養成されない(!)大きな原因」として、過保護の問題、特に「軟弱(!)な父性」について取りあげました。

 「対社会的判断や行動力をともなう(?)成長」という意味では指導の中心にあるべき(と思います)「父性そのもの」が、近年の子育てを見ていると、さらに減退してきたようです。そもそも存在しているのか、そのたいせつさが家庭レベルできちんと確認されているのか、と思われる例があまりに多く見られるようになりました。
 「その『軟弱さ』こそ、子どもをダメにする大きな原因ではないか」と思われます。「結果としての学力」もそうですが、「学力を養成(獲得)しなければならない子どもたちにとってのモチベーション」さえすり減らしてしまいかねない現状を考察します。
 まず8年前の、「『軟弱パパ』による過保護」がもたらした「学体力不足」の例です。

 塾開設当時、現在の立体授業のアイデア構築の前、団では「腕白大学」という課外授業を開催していました。「友人や恩師、保護者のお父さんらに、仕事内容の紹介やそれぞれの専門分野の興味深いテーマの指導をしてもらおう」という意図でした。それによって、父親たちのふだんとちがう一面を見ることができるし、子どもたちの自らの社会的義務や責任、さらに社会を見る目も少し変わってくれるだろう、という思いでした。

 少し紹介すると、小料理店の板前さんにトラフグや伊勢エビのさばき方を指導してもらったり、ジャズミュージシャンに楽器演奏とリズムの指導をしてもらったり、ぼく自身がアナログカメラで写真撮影やカメラのしくみを指導(タイトル『古いカメラで光を読む・世界を見る』)したり・・・という、自賛になりますが、他では見られないおもしろい指導展開ができました。ちなみに、指導前・指導後の文字が入った写真は、子どもたちに撮影指導した前後を比較した団員三人の作品です。

 子どもたちにいちばん人気があった授業が「君は名ドライバー」でした。
 これは、自動車学校の指導教官をしていた友人に依頼し、動員してもらった教習所の指導員たちに、実際の運転コースで子どもたちが自動車で周回できるまで運転指導してもらうというものです。子どもたちのよい体験になるから、ぜひ全員参加してもらいたい取り組みのひとつ。そのときに遭遇した「異星人パパ(!)」との貴重なコンタクトです。
 
自然体験や外遊びで子どもたちが手にする学びの量と学びの質の深化の程度は、おそらくみなさんが考えている予想をはるかに超えます。団の子どもたちの成長のようすを日々間近で見ていて、そう断言できます
 次は、脳科学者の小泉英明氏の過保護や溺愛についての論考です。

 ・・・保護者が『溺愛』『過保護』『過干渉』だと、子供にとって大事な脳神経回路を作る時期に、刺激が入るのを阻害してしまっている可能性があります。赤ちゃんが口の中に指を入れてしゃぶるのは自分で刺激を身体に与えて脳神経回路をつくろうとしている働きともいえます。赤ちゃんが自分の手で食べ物を口に入れようとしているのを見て、無理にスプーンで食べさせるのも神経科学的に見れば大切な手の働きの神経の発達に対する妨害ともいえます。足が冷たいからと必要以上にソックスをはかせ続けるのも足の裏や足指への刺激の遮断です。赤ちゃんはまず自分で手を伸ばして、食べるときも自分で触って、その感覚や距離感もわかり、次第に上手になり口の中に食べ物を入れられるようになっていく、こうしたことがすべて学習過程(脳の発達過程)です。やってみた刺激の結果で『正しいやり方』だということがわかる。その正しいものが、それから生活していくときに役に立つ『アルゴリズム(問題を解くやり方)』です
(「脳は出会いで育つ」小泉英明著 青灯社から抜粋/文責は南淵)

 「脳は体験と失敗から学ぶ」、ということです。その経験を経て工夫や創造をするという段階に進めるのでしょう。「体験をさせない」ということは、言いかえれば「能力開発の可能性を狭め、能力の発達を阻む」方向になるということがよくわかると思います。
 さらに忘れてならないことは、ぼくたちの身体を支配している「廃用性萎縮」というしくみです。スポーツをやめたり、加齢で身体を動かさなくなったり、頭を使わなくなったりすると、その能力が衰えてくるのは、みんな経験済み(見聞済み)だと思います。「使わない器官は、徐々に衰える」のです。

  「さまざまな体験をさせて、『振幅の大きい日々』から豊かな実りを手に入れる手助けをすることこそ親の役目」です。その体験が「環覚」を育て、子どもたちのさらなる学びや好奇心の礎となっていくはずです。
 「『たいせつに』『苦労させずに』子どもたちを育てようという思い」の多くが、逆に「成長や能力の発達を阻害する方向にはたらくことになってしまう」ことに、もっと注意をはらうべきではないでしょうか。大事な子どもたちのことを思うのであれば、「苦労をさせない方向ではなく、さまざまに『小さい旅』や『冒険』をさせ、自ら考えさせ、やりとげる習慣をつけること」こそ、心がけておくべきことです。それが「学体力」の基礎になります

 これが、現在にも通じている、団の子どもたちを指導するポリシーです。ところが(以下前述ブログより。なお内容を一部改変しています)。

 

 

考えることができない小学三年生

 過保護な発想が子どもの学力に大きな影響を与えた例を紹介しておきます。
 数年前すばらしく潜在能力の高い子が腕白ゼミ(三年生のクラス)に入団してくれました。団は二月が新学期で、左の成績表は彼(A君)が小学4年生になる直前のものです。A君は入って2~3ヶ月、同じく三年生のB君は入団後約一年を経過しています。ごらんのように、一学年上の受験にもかかわらず、表記の点数を獲得し、年上の子たちを圧倒していた彼の潜在能力は相当高かったであろうことはすぐわかっていただけるでしょう。

 しかし、数ヶ月間彼を指導して、将来の学習の進み方・学力の伸長までを考えると、致命的なウィークポイントがあることがわかりました。新しい単元や初めて習うことは、すぐお手上げになるのです。取り組む前にギブアップです。ヒントを与え、考えるよう誘導しても「自ら考えはじめようとしません」。教えてもらうのを待っているのです。典型的な指示待ち・他者依存型に育っています。「分からん!」「これ。どうすんの?」と小さい声を繰り返すばかりで、問題を読み、問題に入っていくことができません。
 入団面接の時、看護師だったというお母さんが誇らしげに、お父さんは「超一流の私立一貫校(OS学院)を卒業した(!)医者(大学は云いません)」だと、話してくれました。それならば、教育環境や学習に対する理解はそれなりに整っているだろうとぼくは予想しました。団の指導方針もきちんと説明し、理解してもらえただろうと期待していました。

 ところが入団後、すぐ首をかしげるようなできごとがありました。
 予定の体験学習「君は名ドライバー」当日、彼が来ません。
 欠席理由を尋ねると、電話口のお父さんの返事は「車の運転を覚えて勝手にひとりで運転したら困るから・・・」。
 びっくり。発想がまったく逆です。子どもたちは「そんなことをしたらいけない、危ない」ということを覚えて帰るのです
 釣り竿や竹とんぼづくりで使う肥後守もそうですが、使ってみて、使い方や威力・怖さが分かれば、子どもたちは手出しをしません。使ってみて、「無闇に手を出してはいけない、遊び半分では危険だ」ということを覚えるのです
 「君は名ドライバー」は十年以上続けていた取り組みで、毎年、子どもたちはその気になれば、家にある車をひとりで運転できる知識を身につけて帰りました。参加した子の中には「やんちゃ坊主」も何人もいました。
 しかし、帰ってから一人で運転をしたり、いたずらをした子は、ただの一人もいません。教習所のおじさんに教えてもらう交通ルール・車のスピード、実際にハンドルを通して自動車の「威力」がきちんとわかれば、隠れて自分で車を運転することなんかしません。それが「父性」の正しい視点です。

「石橋を叩いて壊す」パパ
 参加を禁止したお父さんは、きっと外遊びや男の子らしい体験をあまりしないで育ってきた人なんだろう、と想像できました。小さいころ、自らもすぐ、「危険だからやめなさい」などと止められ、ママゴトかなんかで育ってきたのでしょう。
 「危なくないように、失敗をしないように」と、いつもお母さんに付きまとわれ、「危ないこと(?!)」をしないように育てられてきた人なのでしょう。総べて「そこそこ」で、振幅も反復もない子ども時代、判断力が身につかなかった。そんな「おぼつかない」判断力で、生命のギリギリの判断を下さなければならない、他人の生命を預かる医師が務まるのでしょうか? 

 実際にたくさんの子どもたちを相手にして教える経験でもない限り、子育ての基準は個人の経験に頼るしかありません。しかし、そうであるからこそ、腕白体験や社会的経験が豊富であるお父さんの出番です
 ところが、最近のお父さんの多くは、「石橋を叩いて叩いて、ついには石橋を壊してしまって渡れなかったり」、「叩いたが、渡れるかどうかを判断できず、結局渡らせずに、自分が舟で送る」ような始末になっているような気がします。それは、どちらかといえば、お母さんやおばあちゃんの役目でしょう? そもそも豊富な経験と判断力があれば、木の橋でも丈夫なものがわかります

 よく「頭を切り換えて」といいますが、ぼくたちは生活と仕事を、それぞれ別の頭を用意してやっているわけではありません。発想のパターンや行動の指針は、どんなことをするときにも影響し合う関係になります。子どもたちも、遊びにしろ、体験学習にしろ、勉強にしろ、それぞれ別の頭を使ってやるわけではありません。逆に、それらの体験の数々が、彼らの判断能力や行動基準を養っていくのです
 必要以上に過保護にされ、ひとりで新しいことや経験のないことに立ち向かうことを知らない子たちは、難題に当たったときや難関に立ち向かう時、勇気を出して解決に向かう気概を、いつどこで身につけることができるのでしょうか。やがて彼が関わることになる「どんな問題」に対しても、その発想や姿勢は影響してくるはずです。その姿勢が学習にだけ影響しないというはずはありません

 「何事にも積極的にチャレンジしていく」という姿勢が身につかなければ、いつか大きな壁にぶつかる時期が来るでしょう。低学年の間は問題のシンプルさや本来の素質で乗り切れても、学年が進んでいくほど勉強はできなくなるはずです。「自学」できるようにはなりません。
 みなさんの参考のために、団を退団し有名受験塾H学園に行ったA君と、3年生の時には相手にもならなかった団員B君の、その後の中学入試結果を、当時アップしたブログから紹介しておきます。

当然すぎる逆転劇
 さて、指示待ちの彼のその後です。彼が全国的にも有名な中学受験塾「H学園」に入塾したという噂を聞きました。その頃、たまたま懇談で来られた同学年のB君(上記の二人の学コン成績表参照)のおとうさんと過保護の話題になったとき、「三年後の中学受験の時になれば、ふたりの学力の伸長のちがいがはっきりわかりますよ」と伝えました。

 三年後、難関中学を受験してすべて不合格だったA君の進学先は私立中堅校S学園の標準コース。一方、三年前は彼のおよそ半分しか得点できなかったものの、団で指導を続けたB君は国立教育大附属天王寺中学(もう一校近県の教育大付属も合格)。やはり予想通りの結果で、それまでの過保護の児童のケースと同じです
 団では偏差値を子どもたちの学力の基準においてはいませんが、わかりやすく判断基準を提供するために偏差値を紹介すると、附属天王寺は65、S学園の標準は54です。その差11という大差です(平成23年度・I社偏差値)。A君の力をうまく伸ばせなかったのは誰の責任でしょうか。そして学力とは、指導力とは何でしょうか?

 「父性」の役割を少し了解していただけたでしょうか。学体力の基盤を形作るお父さんの役目、視点や発想を変えなければ、それは「父性」ではなく、『負性』であり、『不性』に堕してしまうものだと思います。
 次週はさらなる「父性の減退」がもたらした「不正」について考える予定です。

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石ころと星、宇宙の誕生と死⑮

2017年08月26日 | 学ぶ

「『学体力』指導が成立しない環境」を憂える①
 今週の写真は今年の赤目渓流教室のスナップです。

ファーブル先生の学体力
 「学体力」とは、もう十五年以上前に作った「造語」です。
 塾を開設し子どもたちの『学力』にふれ、指導経験を積みながら学習指導法を考えはじめて、学力や学習指導以前に考えなければいけない材料・条件がたくさんあることがわかりました。そして、それらが等閑視されたままでは、いつまでたっても肝心の学力問題が解決するはずがないこともわかってきたのです。
 なかでも、「学力」とはまったく別に考えるべき、「学力」を論じるうえでもっともたいせつといってもよい「学体力」の重要性です。「学習することを自らの人生や生活に欠かせないものとして認識し、積極的に学習に向かう力」、「学習過程の困難を乗り越える(られる)力」です

 以前ファーブルの弟への手紙を引用したとき、ファーブルが弟を鼓舞していた一節は、いわば「学習する際の学体力の必要性」です。自ら教員生活をしながら自学した経験をもとに、同じ境遇に悩む弟にアドバイスを贈っています。引用が長文になりますが、「学体力」の展開と、そのしくみのより深い理解に供するため、ご寛容に願います。

 はたして彼はどんな方法で代数や化学を修得したのだろうか。その秘訣は?
 ファーブルはのちに、そのことを弟にわかりやすく報告している。当時、弟は兄の後から同じ道をたどり、教職についていた。(ファーブルの生涯 C・V・ルグロ著 平野威馬雄訳 ちくま文庫 p41)

なにかこまることがあっても、けっして他人の力を借りてはいけない。はたのものから助力を受けたのでは、けっして難問は解けないばかりではなく、困難はまた、ちがったかたちでおまえを苦しめるだけだ。大切なことはじっと耐えしのぶこと。そして自分で考えること。さらに、みずからすすんで学びとろうとすること・・・・・・。これほど役に立つことはない。これが理解への遠くて近い道なのだ」(同書 p42 下線は南淵)

  「・・・私はこれだけは忠告しておく。それは特に科学に関しては観察が第一、絶対にほかのものにたよってはならないことだ。一冊の科学書は、これから解かねばならない“なぞ”なのだ。その解明のキーを他人にもらったら、たちまちに解けるだろうが、なんのプラスにもならない。もしも第二のなぞが出てきたらどうする? いぜんとして最初のなぞにぶつかったときと同様、手も足も出ないだろう。それは第一のなぞが、他人の助言でかんたんに解けてしまったからだ。自分の力で解こうとしなかったから進歩がないのだ」(同書p42~43) 

 自力で問題解決を図ることの利点と有効性、つまり定義する「学体力」の必要性です。赤貧の彼が苦学して教員資格を取り、子どもたちを教える道に邁進すべく努力を積み重ねていたとき。未熟な自らの「学体力」を、まず鼓舞していました。
 
 師範学校を卒業したとき、私の数学の知識などじつに貧弱なものであった。せいぜいのところ、平方根を引き出したり、球の面積(原文まま)を証明しながら計算したりすることが、私にとって、この学科の絶頂点であった。偶然、対数表を開いたとき、あの、数字を積み上げたおそろしい表は私にめまいをおこさせた。尊敬まじりの恐怖から、わたしはこの「計算」の前で立ちすくんだ。(同書 p40)
 

 経済的事情で満足に教育を受けられなかったファーブルは、必要とする勉強をほとんどすべて、『学体力』を駆使して自ら克服していきます。ちなみに、これらの学体力はファーブルの場合は教員としての学習でしたが、どんな職業であろうと、真摯に仕事に対して向かう姿勢については大差ないと思います。「学体力」とは、社会で生きる以上、万人に必要とされる力です。
 どんな状況から、彼は学習を始めたのか。次です。

 代数についていうと、なんの知識ももっていなかった。ただ、『代数』という名称だけは聞き知っていた。だが、その話を聞いただけで、頭の中はモヤモヤしてきて、やたらにむずかしいことだという恐怖がわいてくる・・・・・。そして、とても近づきがたいもののような気がするのだ。そんなむずかしいものにはいっさい手をふれるのもいやだった。(同書p41)

 この一節を読む人はすべて、自らの学習経験を顧みれば、同感の記憶があるだろうし、世の中のあらゆる落ちこぼれ君が、おそらく大同小異の状況であろうということが、はっきり想像できるだろうと思います。つまり、こうした状況から脱出できるか否かが、学体力やモチベーションの存在によって決定される、ということなのです。学力が身につくかどうか、基本の力です。「学力!」と単純にひとくくりにはできません
 「学習困難児」や「勉強に身を入れないという学習問題」の原因解明と解決が、こうした視点をとれば、いかに(社会にとって)おおきな意味をもっているか、理解できるのではないでしょうか。見方によれば、それらの方法の現実化で、ファーブルのような偉人が何人も生まれるかもしれません。ぼくたちが相手をしているのは、教員免許をもつようになった大人ではなく、可能性あふれる子どもなのですから
 受験塾や予備校の、中身のあまりない宣伝文句に目くらましされ、自らの子どもたちの現状や問題点を正視せず、解明できない状況が相変わらず続いているのではないでしょうか。それでは、ファーブルの場合は、この「危機!」をどう乗り越えられたのか。続きです。

 それは食わず嫌いのようなもの、いや食べたこともないのに、栄養満点だとほめあげる不消化な食べ物のようだった。だが、とにかく、私は泣いても笑ってもあとには引けない。代数という学科の担任教師にさせられてしまったのだから。(同書p41)

 この一節を読むと、ファーブルは代数の教師にさせられたので仕方なく勉強を始めなければならなかった(!)と誤解を生むかもしれません。しかし、彼の『学体力』の支えは、そんな下世話で打算的なものではありません。学体力を支えるものは生徒たちへの愛そのものだったのです

 わたしの生徒の多くは、いずれもいなかからやってきている。彼らは早晩、いなかへ帰っていくのだ。そして、大地をたがやし、耕作に没頭するのだ。だから、自分の土地がなんでできているのか、そして植物はなんで栄養をとっているかを教えてやらなければならない。
 また、ほかの生徒たちは工業方面の仕事につくだろう。また、なめし革の職人になったり、鋳金の仕事につく者もいるだろう。さらには、アルコールの蒸留工や、石鹸やイワシの樽漬けをあきなう者もいるだろう。そんな連中には、樽漬けの魚粕(魚肥)や石鹸や蒸留道具やタンニンや金属類についてひととおりのことを教えてやろう。(同書p40)

 ファーブルのこれらの一節を前後させ、こう読みとったとき、彼がどういう思いをもって学体力を鼓舞したのか、よくわかります。自らの『学力不足』を、「教える生徒に対する『愛』」で補っていたのです。愛が彼の教員時代の学体力に大きなエネルギーをもたらしていました。子どもたちの指導にたいせつなことは、何よりも「子どもたちの将来を見つめる目」と「愛」だと改めて自戒しました
 ファーブルの時代と現代を同一視することはできませんが、小学校の一部科目に専門指導の先生が動員されているようです。よかれと、あるいは必要性や要請があった結果でしょうが、そうして単純に分化・専任することが、果たして子どもたちの『学体力』を養成するための良い方向かどうか、ぼくは疑問視しています。

 さらに、ファーブルはひとりで学び、引用のようなさまざまな学科や子どもたちへの職業指導に従事できたことを思うとき、はたして現代の方向性はどうなのか? 一部でも専任に任せてしまうことは、当然のことながら、自らの指導力不足を招いてしまう可能性があります。立体授業の指導スライドやテキストを作成しながら、そうした方向性は逆方向ではないのか。分断によって、指導者自らが環境をとらえる目が『曇らないのか?』 そう危惧します。
 可能性にあふれた小学生の学体力の発現・環覚の養成を目指すとすれば、ファインマンのお父さんやエジソンのお母さんの指導例を見ても、環境を総合的にとらえる視点が、より子どもたちがおもしろく興味を広げる、理にかなっている方向ではないのか
 ファーブルのように、専門知識とはいわないまでも、バランスの良い「環(!)性」をもっている先生(指導者)が必要なのではないか。そう思えてなりません。


 そういえば、以前紹介した灘中の橋本先生の「銀の匙」指導も、腱鞘炎を発症するまで、そうした総合的な方向性を狙い、子どもたちに受け入れられ、成長してからも教え子たちに高い能力と強烈な印象を残していました。参考の余地ありだと考えます。
 さて、ファーブルの学体力を顧みて思うのは、かつて「寺子屋」で学んだ子どもたちの学体力です。彼らの存在はファーブルの時代の子どもたちを彷彿させます。

意識の高さ
 学ぶことに対する「意識の高さ」とは? これは「向上する心」、「向上したい心」といってよいと思います。
 江戸時代に「寺小屋」があれほど広まった理由は、商業経済の浸透による「読み・書き・そろばん」の必要性が実感されたからではないのか? 「字も読めない、計算もできない、字も書けない」では、商業化する社会に適応できません。生活(自立)・生きていくことに対する自他共の「意識の高さ」が必要です。子どもたちがあれほど集まったのは、「学習の必要性」からです。
 この必要性は、「学ぶこと」が生活や将来に直接かかわるもの(と感じられるもの)だったからでしょう。現代の「よい学校に入りたい」という目的とは、大きく異なります。「もっと生活と切り離せない切実感」があったはずです
 「読み、書き、計算」ができるというようなことは、(厳しくレベルを問わなければ)誰でもでき、当たり前すぎて、現代では仕事に即適応できる、というような条件ではありません。また、よい学校に入ったからと云って、それが生活を保証してくれる絶対条件ではありません。

 江戸時代の「読み書きそろばん」に匹敵する職業上の必要性は、現代ではもっと高度な専門知識や技術の習得がそれらにあたるでしょう。しかし、職業の雑多な混在や拡散が目標や目的を見えにくくし、その高度性がさらにそれらに対する学習の必要性を感じなく(!)させているわけです。そこが問題です。
 職業(生きていく手段)に関係なく学習しなければならないとすれば、それに代わる必要性がなければなりません。つまり、子どもたちが「学習したくなる」条件が「別に」必要になります。それがないと、「あえて」勉強する必要は見つかりません。現在のように、学校はたくさんあっても、寺子屋に子どもたちがたくさん集ったようにはいかないでしょう。必要がなければ、「元来怠け者の人間」は勉強しません。
 学ぶ必要性が見つからなければ、それに代わるモチベーションがなければ、学体力は身につかず機能しません。受験はどう考えても一過性で、一生の学体力の必要性の補完はできません

 そこで、頼りになる、学体力定着へのもう一つの、というより最大のモチベーションは「学ぶおもしろさの獲得」です。即ち「学ぶことがおもしろい」という状況をいかにつくりあげるか。その時、その大きなきっかけになってくれるのが「環覚」だと、ぼくは思います
 日々生活している「生活空間」のなかで、学習対象や学習内容、つまり自らの生活空間を「学習内容的側面」から見直す、そのなりたちとしくみを究めていく、という行動や姿勢が「学ぶおもしろさ」を大きく引き寄せてくれると思います
 学習(「した」あるいは「する」)内容が生活や生きていく上で、実は身近なこと・欠かせないものだとわかったとき、学習は『異次元』の存在ではなくなります。ファインマンが幼い頃、お父さんに周囲の事象についてさまざまなレクチュアを受け、世界を探求するおもしろさに目覚めたように。逆に、受験に出てくるもの・試験のためのものという意識から抜けられなければ、永遠に学習は人生のパートナーにならないでしょう。

 ファインマンの場合は、日常生活や生活環境がミラクル・ワールドに変わったのです。それを知りたいから調べる・学ぶ・考えるという経過をたどりました。そこには当然それらにかかわる学習内容や学習事項の習得も伴ったはずです。ファインマンら科学者に限らず、心の底から知りたいことが現れれば、そういう経緯をたどります。そして、科学者になったファインマンは、こんな感じでした。

 「ブラックホール」という名高い用語の発案者でもあり、学生時代のファインマンの指導に当たったジョン・ホイーラーは、「大学に学生がいるから先生連中が学生に教えられるってことはあるもんだが、中でもファインマンは最高の学生のひとりだったね。ひょんな巡り合わせで、わたしが彼の指導を任されることになった。単に数学の経験を積んだだけの多くの人には欠けているものを彼は持っていたんだ。世界を物理的に見るという直観だ」("No Ordinary Genius" Christopher  Sykes / W・W・NORTON p44・拙訳)
 
超天才ファインマンの誕生です。

 生活をする上での必要性や学ぶおもしろさの追求も結局、日々に流されない「意識の高さである」ということもできます。裏にあるものは生命や寿命の一回性の確認です。
 日常性だからといって、すべて単なる物知りで終わるわけではありません。何気ないものに目を留めてこそ、そこから科学の大発見も生まれます。ガリレイ・ニュートン・アインシュタインなど、すべてその結果です。
 興味の対象・学習経験が増えていくにつれ、相互の関連により、さらなる高みや深みに足を踏み入れることができ、おもしろさが増してゆく。その過程では、もはや煩わしい計算や予備知識の習得が苦にならない、当然のことと考えるようになる、という姿が学体力の定着だと考えています。

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石ころと星、宇宙の誕生と死⑭

2017年08月19日 | 学ぶ

「渓流教室」テキスト作成のアイデア
 先々週、『川の変化と人間の営み』。渓流教室のスライドテキストの前半を一部紹介しました。「川が人間に果たした役割や人間の取り組み、川の変化のようすなど、子どもたちに伝えたいことを、できるだけストーリー化して・・・」という意図でした。

 「川にまつわる学習事項」をいくら詳しく解説紹介しても、実際の川がイメージされるわけではありません。逆です。
 子どもたちがイメージできるのは、自らが飛び込み、泳ぎ、網をもって魚を追いかけた流れ。釣り竿を出して注視した浮子の流れるようすや、釣りあげたときの竿の震えや手応えです。また釣りたいと餌の川虫を探して、ひっくり返した川底の石です

 それら個別の実体験が積み重なり、対象が自らに親しい相手となり、さまざまな学習事項に納得でき、理解が深まります。関連がとらえられる「川の立体(?)イメージ」が脳裏に形成されたとき、その学習スキーマがおそらく他の学習事項や学習内容にも転用されていくのだ、と考えています。
 つまり、ある新しい学習対象を学習・理解するときに、こと『川』に限らず、それらの「過去の学習経験」で培われたノウハウや学習内容が大いに役立つだろう。ひとつの対象について、学んだ関連や深さ・奥行き・広がりが、新しく学ぼうとするそれぞれの学習対象や学習内容とリンクを始め、やがて大きな知の体系に集約する。最近は、そう想像しながらストーリーづくりをしています。
 今回の渓流教室のテキストは昨年までと大きく変わりました。まず始めに「方丈記」の序文を紹介することにしました。

 ちなみに、小学校の授業に古典は出ませんが、団の国語の時間には徒然草の一節も紹介したことがあります。終段です。子どもたちも知っている徒然草の作者、吉田兼好の子ども時代、親とのようす(かけあい)が700年以上前でも今とあまり変わらないと紹介することで、吉田兼好その人・古典や歴史が、少し身近になるだろうと考えました。
 
 八つになりし年、父に問ひていはく、「仏はいかなるものにか候ふらん」といふ。父がいはく、「仏は人の成りたるなり」と。また問ふ、「人は何として仏には成り候ふやらん」と。父また、「仏の教へによりて成るなり」と答ふ。また問ふ、「教へ候ひける仏をば、なにが教へ候ひける」と・・・。

 徒然草と同じく、方丈記もみんながよく知っている対象です。進学すれば、まちがいなく訪れる学習内容です。もちろん、原文のまま紹介すれば、「何のこと?」となりますから、ぼくの訳文を添付し、説明は加えます。川の流れに譬えた無常観は、「川のことをよく知っている団の子どもたちにとっても新鮮な感じではなかったか」と感じています。
 その後前々回アップした、川の流れや川の変化を紹介する拙文「川の変化と人間の営み」が続きました。

 前回武田信玄や加藤清正の治水の話で終わりましたが、その後は「アマゾン川の流域と日本の国土の面積の比較」という、おもしろいイラスト(「川遊びから自然を学ぼう」三輪主彦著 フレーベル館より)を見つけたので、紹介しました。また、前回も紹介した「川はどうしてできるのか」(藤岡換太郎著 講談社ブルーバックス)に「ヒマラヤを乗り越える川」の紹介があったので、それも紹介してあります。ヒマラヤを乗り越える川については、インド付近の地図も添付しました。

 後でシルク・ロードについても触れますが、これらも「自らの学習経験からの振り返り」です。
 学生時代、ぼくがいちばん苦手だった(おもしろくなく、まったく勉強しなかった)科目が地理です。畝傍高校一年のとき、ぼくの担任で後に県の地理学会会長になられたK先生が三者懇談で、「おまえ、他の科目は全部すばらしいのに、なんで担任の俺の地理が欠点やねん。勘弁してくれよ」。それほど嫌いでした。

 つらつら考えるに、山の中で、しかも決して裕福ではない家庭で育った小倅に、行ったことも見たこともない地名・特産物や地勢を並べ、一方的に暗記しろ、という地理の学習指導に興味が湧くはずもなく、「『欠点』もやむを得なかったナ」など勝手なことを今思います。打開策は、できるだけ他の学習内容や学習事項・エピソードとリンクさせ、関連から親しみや興味を引き出しておくこと。すべからく学習事項に関しては、その科目に興味をもてたり、関心を引くようなエピソードを紹介することに心を砕くこと、その回数を増やすことだと思います。それによって、「関係や興味のない暗記事項に対する拒否バリア」も、少しは取り除かれるでしょう。立体授業の指導テキストについては、毎回、それらを意識して作成します。アマゾン・ヒマラヤのスライドも地理的好奇心に寄与すれば、という思いからです。

「渓流教室」テキストの後半
 さて、アマゾン・ヒマラヤのあとは、「子どもたちの遊びと学習事項の融和」をはからねばなりません。

 まず20年以上の「赤目渓流教室」で子どもたちと捕まえた魚を紹介します。それぞれの魚に、ぼく自身も思い出があります。当初は落ち鮎も捕れました。またイワナも釣れたことがあり、今のように、「カワムツやヨシノボリがほとんど」などということはありません。ちなみに、今年は、初めてギギ(アカザ?)が釣れ、知らなかったサポーターのお母さんの指が棘の毒の被害を受けました。

 一連の魚の紹介が終わると、カワムツやオイカワ・アユの「縄張り」や「棲み分け」を紹介します。そこでは、『瀬』や『淵』も出てくるので、川の流れの確認もできます。また、実際に捕まえたカワムツが登場すると、内容に対する興味や関心・理解度が大きく変わります。

 学習内容や学習対象は元々、それらが抽象的に、また単独で存在するわけではありません。すべて、関係や関連の中で存在します。教科書は良くなっていますが、それらをほとんど考慮せず忘れてしまっているのが、今の子どもたちの学習指導ではないでしょうか。
 「エジソンが登校拒否・退校になったときとあまり変わらない」、と言えば言い過ぎかもしれませんが、「指導法についてどれだけ進歩しているのか」という日ごとの振り返りが興味深い授業や学習指導を形成することという自戒と、またできるだけ子どもたちの興味を引くように、という原則は忘れたくありません。


 次は川虫です。水質検査の生物紹介を見ると、「清流の釣り餌」がたくさんいます。カワムツがおもしろいほど釣れる虫たちです。また、「蛍狩り」で、子どもたちがティンカーベールのような光に魅了された「蛍」も出てきます。蛍の餌のカワニナやモノアライガイも登場し、それがゲンジボタルとヘイケボタルの生息環境を露にします。他では後々まで傷が残りかゆさが半端ないブユが、きれいな流れでは、指標のトップランクです。こんな忘れられないことはありません。これら指標生物のほとんどは団の子どもたちにとって身近です。

 「水質が受験に出るか」、って?  受験には出ませんが、学ぶことについての必要性やかけがえのなさ・おもしろさを後押しします。学習初期の子どもたちにとってもっともたいせつな条件です。今の子どもたちや、子どもたちの学習環境に欠けているのは、こうした「おおらかさ」です。「その後『学習が大をなす』ためには欠かせないきっかけである」と考えています
 ぼくは、まず川釣りや川遊びが根底にあり、それらの体験を通じて、自然を自然に(!)学んでほしいと思っていますが、単にそれに終わらず、できるだけ多くの『しがらみ』も伝えたい。その中には、子どもたちが驚くようなものがたくさんあるからです。驚きやハプニングは「学習意欲の着火材!」です

 以前、釣りキチ三平でおなじみの矢口高雄さんの「ぼくの学校は山と川」(講談社文庫)という本を読みました。その中に田舎の少年の様々なおもしろい遊びが載っていたのですが、「クリムシのテグス」という一節に目が止まりました。
 聞いたことはあったのですが、ぼくが育った村には、そんな文化がなく、未知のままだったのです。クリムシ、栗の木(ぼくは楠でよく見ました)に寄生する、白い長い毛が生えた大型の毛虫でテグス(釣り糸)が作れるというものです。

 ぼくがおもしろいと思ったのだから、きっと子どもたちもおもしろいはずだ、運良く毛虫が見つかったら、みんなで作るのもいいな。こんなきっかけで資料を追加する、ということもよくやります。
 このエピソードを入れようと思った理由は、もうひとつあります。クリムシ、というのはクスサンという大型の蛾の幼虫で、この蛾の仲間にはヤママユガという蛾がいます。こやつの蛹は超高級シルクをつくる原料のようで、カイコへと話題も広がります。

 カイコの生態にはエピソードがいっぱいです。長い間人間に飼育され改良を続けられたので、自然のなかで生きていくことができなくなってしまったこと、またカイコから生まれる生糸は、「地理」や「歴史」にも登場します。貿易や特産品の必須テーマです。生糸づくりの手軽な方法もネットで検索し、紹介しておきました。それによって、生糸のイメージが近づきます。


 さらに、子どもたちになじみの三蔵法師のエピソードなど、シルク・ロードへの展開まで広がります。これでテキストの川が川のみで終わりません。また、流れからしても、それほど突飛な展開にならなかったのではないか、と感じました。
 先ほど「地理のおもしろくなさ」を嘆きましたが、こうしたエピソードの積み重ねが、少しずつそれらの退屈さを解消してくれるものと信じています。

 こうして立体授業のテキストは最後のテーマに至ります。「食する」。
 黒川虫やヨシノボリの佃煮、サワガニの素揚げ・カワムツやオイカワ・ムギツクの南蛮漬けです。佃煮や南蛮漬けは、ぼくが事前に割り下などを用意し、宿舎に持ち込みます。子どもたちは小さな板前。自らが捕まえた魚を洗い、ワタをとり、下ごしらえをすませます。その後大人が調理し、バーベキューとともに味見をする、という流れです。その過程では、魚のからだのしくみも彼らの脳裏に焼き付いているはずです。


 この話で思い出したことがあります。小学校二年生のとき、川遊びで捕まえたドンコやオイカワを川原で焼き、悪ガキ仲間と食べたときの、うまかったこと。次の日、それを担任にチクったやつがいて、こっぴどく叱られたこと。ぼくをかわいがってくれた先生の宿直の折、大きな食用蛙を「酒の肴」用に捕まえ、もっていって喜ばれたことを、そのとき黙っていたこと・・・。
 「立体授業の味付け!」は、川原のドンコの醤油味から生まれたのかもしれません。 

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石ころと星、宇宙の誕生と死⑬

2017年08月12日 | 学ぶ

渓流教室寸景
 8月4日から6日までの渓流教室。今週の写真は、それらのスナップです。
 今年も、いつもブログで紹介しているOBのK君とM君が手伝ってくれました。よく要領がわかっている彼らの応援と、参加いただいた保護者のみなさんの協力で作業がスムーズに捗り、助かりました。感謝です。

 初日宿舎到着後、すぐ昼食を済ませ、二日間の夕食のバーベキューの準備です。
 コンロや雨よけテントを用意してから、近くの山で女竹を切り、翌日の射的大会の弓用の矢づくり。今回は矢羽用の材料を持ちこんでいなかったので、そのしくみは次回に持ち越しです。
 次は宿舎のバスでキャンプ場下の遊泳場まで。渓流遊びの下見です。飛び込み・川流れ・魚とり・魚釣り・・・初めての子や経験の少ない子に手ほどきして、川遊びを教えます。

 さらに釣りの仕掛け作りから始まり、エサにする川虫捕りからポイントさがし、釣りあげるまでの一連の要領を伝えます。馴れていない子は手先がままならず、仕掛けもなかなかできません。石の裏に潜むカワムシ(黒川虫)の気持ち悪さ(!)も、乗り越えるべき大きな壁です。

 獲物を釣りあげないと、釣りのおもしろさを手にすることはできません。何とか釣りあげられるようになるまで目が離せません。途中、自分でエサを探さないで、人の捕ったものを要領よく使う子もいますが、そういう「手抜き」はきちんと注意します。
 「餌を採る手間の面倒くささ」や「生き物をハリにつける気持ちの揺れ」を乗り越えないと、釣りはできません。それらを乗り越えることで釣り道具さえあれば、日ごろどこへ行っても、気が向けば手軽に棹を出せます。彼らが「環境になじむ=環覚を養う」一助になります

 何かができるようになるには、それに付随する「意に沿わない行動や作業」がつきものです。当たり前のことなのですが、今の子どもたちはすべて「至れり尽くせり」で育っているので、それらの大切さがわかりません。「すべての下ごしらえや準備を自らで知悉してこそ、スキルアップもできること」をもっと教えなければなりません。何事であろうと、用意されたものをほとんど使い方もわからず手にし、工夫もできない状態では、先の進歩も知れたものです
 子どもたちはそれらの過程を通じて、趣味や作業にかかわる一連の流れや約束事も覚えます。さらに、釣りの場合なら、「針がかり」した魚の姿を見ることでも、「ヒトという存在」や「生命の何たるか」を少しずつ理解していきます。もちろん、ことあるごとの言葉でのフォローや口添えは必要ですが。
 「用意されたプール!」で生け簀の腹をすかせた魚を放流し、それを釣りあげたり、歓声をあげて追いかける取り組みと本質的に異なるのは、その過程で手にする「学習内容のみに終わらない、学習以外に学習できることの量」です。

 「石をめくって、カゲロウやカワゲラの幼虫である川虫を捕まえ針につけ」という一連の釣りの流れは、イクラや仕掛けも整った用意万端の釣りとは異質です。「制限なく逃げ隠れする」ヨシノボリやオイカワ・カワムツを、「網をもって追いかける」魚捕りのおもしろさは、「逃げ場を失った養殖魚を手にする」おもしろさの比ではありません。遊びの深さがちがいます。
 さらに、「用意されたイクラ」は釣りの餌に終わりますが、生息する川虫や、釣り場近くに顔を出すサワガニは、「水質の指標」や「生態系の一員」でもある存在です
 行事のスケジュールを企画するとき、「何がどう学習と結びつき、何をどう学ぶかを考え続けること」で、「『単なる遊び!』も絶好の学習指導・授業時間に変化」します。知らぬ間に身につく、学習指導です。

 さて、四時頃まで遊び、川から戻ると風呂に入り、バーベキューの準備にかかります。鶴橋から託送した肉、宿舎で用意してもらった野菜やハム・おにぎり、最後にはスイカのデザートも待っています。
 バーベキュスタイルは、約十五年近く前、現在の宿舎「赤目グリーンビレッジ」さんにお世話になるようになったとき、こちらから提案したので、そのスペースが特別にあるわけではありません。高台の約70平米の駐車場に、先述のように、「不意の雨よけ」テントをしつらえ、周囲の鉄柵に蚊取り線香を大量に巡らせ、「ブユ(蚊はほとんどいません)防止」して、みんなで「木炭の火起こし」からスタートです。

 火起こしの過程では、火つけ材・炭の組み方で、燃焼の学習内容の空気の流通具合も確認しながらすすめます。近くに落ちている、スギやヒノキの枝を拾い集め「火つけ」の一助にする間もエピソードは進み、その燃えやすさ・日本建築・高級木材・間伐・花粉症・フィトンチッド・動物の成育の少なさ・現在『山』が抱えている問題・地滑りや水との関係・・・子どもたちに伝えたいこと、考えてもらいたいことはつきません。それらが日ごろの学習のバックグラウンドになります。立体授業です

「見たことないんか!」の止揚?
 団の日々の課題(宿題)のレベルは、ほとんど基礎的で簡単なものです。その自学方法は「各テキストの見開きページの単元必須事項の紹介・説明を丁寧に三回ずつ読み、確認問題に解答して、答え合わせをしていく」というものです。
すこぶる簡単です。それを指示通り三クールやれば、受験の基礎学力定着は十分です。既習事項ではなく未習の範囲も、まずその要領で進めていきます。

 既習ではなく、未習を先取りする理由は何か? 
 「『わからないこと・新しいもの』に「指示や口添えのないところ」で、「ひとりでもひるまず立ち向かうこと」ができるようになるため」です
 テストや学習で目にする「新しい問題」・「見たこともない問いかけ」に、手をこまねき、音をあげるようでは、「その先はないから」です。とりあえず、書いてあるところ(こと)を、ひとりで丁寧に読んでいけるようになることが、まず目標です。子どもたちが「一通り文字が読めるようになれば、ともかく読むこと(読み進めること)はできるはず」です。どんな学習でも読むことを抜きにしては語れません。前へ進むことができません。

 大学進学に際してまで、予備校の指導を受けなければ合格できず、教えてもらわなければわからない、というような「他力本願?」。依頼心が、社会に出て仕事をする上での様々な弊害の元凶になる、とぼくは考えています。
 小さい頃に「ひとりで学習を進められるようになるかどうか」が、その後の高度な学習を進める上でも、自ら仕事を進めることができるようになるかどうかという意味においても、たいせつな分岐点です

 今回も渓流教室に参加してくれたK君がS学園に合格進学した時、ぼくは、「大切なことを教えてあげるよ、翌日学習するところを教科書で読んでおくこと。それだけでいいから毎日やってごらん」と云いました。
 律儀な彼は6年間、それを続けたようです。その結果が京大から京大大学院、そして就職後神戸大医学部学士入学というわけです。方法には確固とした結果がついています。団のOB諸君の成長の秘密のひとつです。

 未習範囲を先に読んでおくことは、まず「新しいことや難問にひるまず立ち向かえるようになる」ということも大きな理由なのですが、さらなるアドバンテージはわからないところ・新しい学習内容の疑問点がはっきりするということです。それによって授業を受ける心構えや態度が大きく変わってきます。執着度・理解度がまったく異なります。また、その後の記憶の定着度もちがうでしょう

 わからないところを調べておくと、もっと良いのですが、そうでなくてもきちんと続ければ、「先に読むだけ」で大きな効果が生まれます。わからないところ・習っていないところを読むわけです。その習慣によって、「わからない問題でも理解しよう、考えよう、解答しよう」と云うモチベーションが育っていきます。そうした後々役に立つ学習姿勢や態度を身につけてあげたい、というのがもう一つの大きな理由です。

 さて、その宿題ですが、当然のことですが、その遂行具合によって大きな差が出ます。つまり、「日々『指示通り』きちんと解説やまとめにていねいに目を通してから、落ち着いて問題に取り組む子」と、「面倒なので考えないで、右から左に斜め読みし、すぐ答えを写す子」です。それぞれのテキストを、基本三クールやりますから、その記憶や理解・習得レベルは、年を重ねるにつれ大きくなります。その過程でちょっとしたトラブルが生まれます。

 過去のお父さん・お母さんも、「子どもが手抜きしてすぐ答えを写してしまう」という件でよく言い争いになったようです。そんなどこの家庭でも見られるようなタイミングに、「すっかり忘れられている、もっともたいせつなこと」をアドバイスしておきます。
 お母さんは「答えを見ていること」に手厳しく注意し、お父さんは「それを叱ることば」にイライラし、「子どもが見ていることを責める」お母さんを叱る。たとえば、激高して「お前は見たことないんか」、という論理です。

 ちょっと待ってください。
 「お母さんがかつて(小さいころ)答えを見たこと」と、「今子どもが見たこと」はまったく関係ありません。親が襟を正して、子どもをしっかり叱れるように態度を改めることは必要です。しかし、そんな事例を「諍い」に出しても、一向に前には進めません。「子どもを叱れない言い訳」にはできません。そんな行為は厳しく叱るべきですから。
 また、そんな話(論理)のやりとりを子どもが聞いていれば、親の云うことは聞かなくなります。説得力は生まれません。「自分もそうだったから子どもを叱れない」、というのであれば、子どもを叱れる親はいません。そんな基準では躾や教育はできません。「(答えを)見てばかりいる子どもを、永遠に再生産していく結果」になります。

 もう一つ大きな誤謬は、「(正しく)叱ることは、何よりも本人の為である」という認識の徹底、自覚不足です。
 『どこの誰よりも立派に成長してもらいたい(はずの)我が息子や私の娘』が、答えを盗み見るというような『せこいこと』」をしているようでは、一人前になれません。叱って当然のことなのです
 今のお父さんやお母さんと一時代前の親との大きなちがいは、その辺です。「家族単位レベル」の恥ずかしさ・みっともなさの基準が、以前とは大きく変わってきている気がします。核家族になってしまったのが大きな原因でしょう。

 昔は、特に田舎では、「こどものしつけ(『やんちゃ』とはちがいます。もっと「倫理的なレベル」のしつけです)ができていなかったり、手癖が悪かったり」は、何よりも「『親である自ら』や『家』が恥ずかしいことだと云う構え」が生きていました。
 また、そこには、もっと切実な問題が存在します。「頭のトレーニング」という側面の見落としです。団の標語にもありますが、「(『答えを見る』というような)狡をするな」という教えは「狡」をする(本来あるべき姿をごまかす、表面だけ飾る)というような精神構造で育ったときの結果に対する「警鐘」です。そういう精神構造で取り組むパフォーマンスを評価してもらおうというような甘い判断は、きちんとした社会ではあり得ない、と思うからです
 さらに「(『答えを見る』というような)楽をするな」です。「楽をする」という精神構造は、最終的には「手抜きをする」という方向に行きつかざるを得ません。

 ところが、「どんな意味においても、力をつけたり、能力を伸ばすには、少しずつトレーニングの負荷を多くしていかなければなりません」。つまり、「楽をする」のは、「能力を伸ばすこと」と真逆の方向なのです。
 子どもたちは成長を重ね、能力を伸ばすためには、「安易に楽を求めてはいけない」のです。こういう『成長のルール』とでも云うべき原則を自ら考え詰め、納得し、子どもを叱ることがたいせつです。
 単に、「お前が見たとか、見なかった」とか枝葉末節、「揚げ足取り」のような討論では埒があきません。「たいせつな子どもの能力を、より伸ばすためには、何を、どうすることが最善か。どうしなければならないか」という発想と考察が根底になければなりません。感情が勝っている中でも、シビアな原則を忘れると、決して子育ての良い結果は生まれません。堂々巡りです。いつも、何よりも子どもの為である、と自信をもってしっかり叱ってください。「見かけだけ」「形だけ」の叱り方は、百害あって一利(も)なしです。

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石ころと星、宇宙の誕生と死⑫

2017年08月05日 | 学ぶ

 今週は、8月4日からの課外授業「赤目渓流教室」の立体授業テキスト内の一章です、すべてではありません。子どもたちに何を伝えるべきか・教えたいのか。ぼくなりの結論から、スライド学習に組み込んだものです。

 内容については、「川はどうしてできるのか」藤岡換太郎著講談社ブルーバックス・「川は生きている」富山和子著講談社から、多くのアイデアをいただきました。厚く御礼申しあげます。なお、内容の不備や誤謬については、もちろんすべて、ぼくの責任です。また有意義な図版を多数引用させていただきました。重ねてお礼申しあげます。

 川の変化と人間の営み
              
 自然の中では、川が突然始まることはない。川の変化が急に起こるわけではない。いずれも長い期間の目に見えない「しくみとはたらき」が関与している。

 たとえば、川をつくる地下水が工場で作られるわけではない。森や山の腐葉土や落ち葉に蓄えられた雨水が少しずつ地中に浸透し、地層の中で長い時間をかけて湧き出たものである。また、川には、たくさんの小川の水や、田んぼが蓄えた水も地下を通り少しずつ流れ込んでいるはずである。

 このように水のサイクルを見てくると、清水が二度目に清水として再生産されるサイクルは決して短期間ではなく、何百年・何千年ということもあるだろう。一滴の清水を獲得するのにも、そうした時間が必要なのだ。地球の歴史では数えきれないほど、繰り返されてきた時間だろう。私たちが現在と未来を考えるうえでもっとも欠けているのは、そんな視点である。
 ところが、私たちは、自分の生きている時間をはるかに越える営みやはたらきの考察は得意ではない。見たことがないからだ。寿命を超えた営みを考えるには、想像力の助けが必要だが、それも思うに任せない。

 なぜか? あえて云えば、馬鹿だからである。
 そのイメージを補えるものが、過去の研究や実績の学習、つまり勉強を要求するからである。「過去を振り返る」・「調べる」・「反省する」・「考える」という努力、つまりは『勉強する・能力を高める』という「労苦」より、まず目の前の欲求や欲望に向かいがちだからである。「勉強?」めんどくさい、というわけで、それこそ「日々の流れ」に任せてしまう。これが私たちの第一の「愚かしさ」である。
 もうひとつの「おろかしさ」。それは、「そうした努力を積み重ね、想像力や創造力を発揮したとき、自分の一時的欲求や欲望の充足を遥かに越え、世界中の人々や未来の人さえ喜ばすことができる、もっとすごい『快感』が得られる」という、「みんながそれぞれもっている可能性の大きさ」に気づかない愚かしさである。君たちには、ぜひ、この二つの「愚かしさの壁」を克服してほしい
 さて、川のはたらきで、まずよく出てくる述語は次の三つで、上流・中流・下流という区別。上流・中流・下流は基本的に、その傾斜が「急・なだらか・ほとんどない」と区別されるが、いろいろな姿の川があるので一概には言えない。平野部を流れる下流はまだその存在をイメージしやすいが、上流と中流の区別は必ずしも明確ではない。多くの場合、山間から盆地に出てくるところで上流と中流を分けていることが多いが、それも便宜的である。

 ところで、「川の流速は上流ほど速く、下流へ下るほど遅くなる」と云われているが、どうして下流へ行くほど遅くなるのだろう? また、湾曲した川では、湾曲の外側の流速が速くなるが、それはどうしてだろう
 不思議ではないだろうか? 「外側が速い」といわれればそのまま覚え、下流に行くほど遅くなるといわれれば、「ああそうか」と納得する。そんな態度が、勉強がいちばんおもしろくならない、頭が良くならない学習態度だ
 これらの何気ない疑問や不思議に目が止まり考え始めると、君たちの将来はすごいことになる。天才科学者も夢ではない

 川の話に戻ろう。「流れの速さ」の区別も含めて、流れる水には三つのはたらきがある。「削る・運ぶ・積もらせる」の三つである。流れが急で速いほど「削るはたらき」は大きく、角張った大きめの岩石から下流に行くほど、石は丸くなり、小さくなり、海に出る頃には、砂さらにシルトと、ごく小さな粒になっていく。
 川が山から運んできた土砂などは傾斜が緩やかになり川の流速が遅くなると運ぶことができなくなり、山間から盆地(平野)に出るところでどんどんたまり、さらに川の流れの働きが続くことで、山際に放射状に広がる。こうした地形を扇状地という。

 この「つもらせるはたらき」で、忘れられがちなことが「川の流路との関係」の考察である。例えば、川の流れ方、「まっすぐ」・「湾曲」との「流れの速さ」の関係からそれぞれのはたらきを見きわめ、その「川のようす」を理解し、蛇行や三日月湖・河岸段丘・天井川などのでき方を考え、説明することができるだろうか? たいせつなことは「結果を覚えること」ではない。学習は決して、「聞いて覚えること」ではない
 「それを考えること・自分で結論まで導くこと」が、勉強(学習)をおもしろくし、頭を良くするためには、もっともたいせつなことだ。自分の頭で、なりたちとしくみまで考え、自ら結論を導くことがたいせつなのだ。その際は、身近なものに例を取ればわかりやすく、理解も速い

 「積もらせる」はたらきで、よく知られている例は河口にできる三角州だが、それほど知られてはいないが、中流から見られる「意外に身近な地形」がある。「中州」である。
 中州は扇状地よりもっと下流の広くなった川にできる地形で、土砂がたまる場所は川の縁や真ん中である。長い間に大きく成長し、地盤も堅く安定した中州は両岸から橋を架けやすいこともあり、その上に都市や市街が発達することもある。

 公園や大阪市庁がある中之島は、その中州である。また繁華街が密集した福岡県の中州もその代表例である。世界的に見ればもっと大規模な中州がある。アメリカのニューヨークがあるマンハッタン島は総面積が約57平方キロメートルもある中州である。
 さて、地形を変える川と川の水のはたらきを見てきた。教科書の学習内容ではあまり出てこないが、川のはたらきよりもさらに大きな地形の変化をもたらすものがある。「風化」である。
 風化は、「風」「雨」による作用だけではない。厳密な定義によれば、「物理的」または「化学的」に岩石が分解したり、崩壊して粉々になっていくすべての作用を云う。
 物理的原因には強い雨や風による影響はもちろん、温度変化や凍結作用があり、化学的には、水や酸素・二酸化炭素の作用などがある。他にも、生物のはたらき、たとえば岩石に植物の根が入り込んだりミミズや微生物の影響もある。

 2000mを超えるような高山では、一日の温度差が激しく、岩石も膨張と収縮を繰り返す。岩石は以前も見たように様々な造岩鉱物の集まっているものが多く、成分が均一ではないので膨張率や収縮率の差が大きく、次第に割れ目や隙間ができる。そこに水が入り氷結したり、温度変化により膨張すると、岩石はさらに壊れてゆく。物理的原因である。柳生十兵衛のおじいちゃん、柳生新陰流の開祖柳生石舟斎が一刀両断したと云われている、写真の大岩の切断原因はその典型である。

 化学的変化は、たとえば鉱山など、何らかの自然にできた溶液に接触して反応すると、その中に岩石の成分が溶け込んでしまって、崩壊するという経緯をたどる。特に雨水よるものが多く、酸性雨が続いたりすると、石灰岩は融ける。長い期間続くと、それによって鍾乳洞ができたりする。

 硬い岩石は、水の流れによる作用ばかりではなく、こうして、礫・砂・シルトや粘土というふうに粒の大きさも変化していく
 さて、川の変化を見てきたが、次は災害と川の変化におけるヒトの取り組みである。私たちは「洪水が起きれば堤防を強く、高くし」というふうに、自然を「抑え」ようと取り組み、「抑えられるもの」と考えてきたが、それは大きなまちがいかもしれない。
 例えば、輪中や天井川の「経緯」を考えてみよう。

 天井川とは水があふれ、堤防を高くし、というやり取りの繰り返しで、やがて川の高さが家より高くなる、というものである。その経過を考えれば終りがなく、ただ堂々巡りである
 あるいは、洪水が起きれば、また堤防を作り直す。すると、その近くがまた壊れ、洪水が起きるということもニュースで報じられることがある。
 その洪水を古くにさかのぼって、ふるまいと人の営みを振り返ってみよう。
 たとえば「エジプトはナイルのたまもの」という言葉がある。これはどういう意味か?

 

ナイル川が氾濫すると上流から養分の多い肥沃な土壌を運んでくれるので作物が豊富にとれる。また、洪水によってその土地の再生のため区画整理が必要になる。つまり幾何学(数学)が発達する。
 さらに氾濫が毎年ほぼ同じ時期に起きるので、その時期を予想するため、星の動きに注目するようになり、暦や天文学が生まれた。治水するには多くの人手が必要になり、それを組織するシステムが発達し、政治や社会・国家が生まれる。つまり、洪水を自分たちの社会が発展したり科学が発達する「手段」や「きっかけ」としてとらえている言葉である。
 こういう事例はエジプトに限らず、四大文明といわれる他のインダス・黄河・メソポタミアでもほぼ同じで、この考え方からも、昔、人々はもっとおおらかで、自然の災害さえも謙虚に、鷹揚に受け止め、それに対する知恵を巡らせていたことがわかる。あらゆる意味において、こせこせしないで、「大きく頭を使っていた」のである。

 日本の戦国時代にも、私たちが参考にしなければならない偉人たちがいる。
 よく知られているのは、信玄堤(かすみ提)を考えた武田信玄と、越流提の加藤清正である。信玄は山梨、清正は熊本と支配地こそ違うが、それぞれ釜無川と白川という、頻繁に大きな洪水が起こる川があった。

 「かすみ提」は、図のようにとぎれとぎれに堤を築き、大雨の時には洪水をとめるのではなく、下流に流れるその勢いをそぎ、川の外にあふれさせるようにするものである。つまり、「洪水を防ぐ」、「洪水をなくす」のではなく、「洪水することを前提として、その被害を最小にする」という意図の建築物である。「洪水をさせる」のである。

 洪水をするところには人を住まわせず、田畑だけにする。人命は助かり、田畑は定期的に客土される。清正の越流提も、人命を救う基本コンセプトは同じで、上流であふれさせ、下流の平野の被害をすくうものであった。
 つまりエジプトのナイルから始まって、日本の「暴れ川」まで、かつての人類は、川に洪水があることが当たり前のことで、その利点を十分承知し、「自然に対抗するのではなく、自然と共存しようという考え方」であったことがわかる
 これが本来の人間の姿かもしれない、いや、おそらくそうだろうと思うが、キミたちの考え方はどうだろうか? 考え方ひとつ、行動ひとつによって何がどう変わるか? それらを「『考え尽くす!』こと」をいつもわたしたちは問われている。

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石ころと星、宇宙の誕生と死⑪「クワガタを分ける」哲学

2017年07月29日 | 学ぶ

 前回「クワガタ探し」の課外授業の写真を掲示しました。今週は、現在の子どもたちの多くが抱えている問題点とその指導のようすについて紹介します。なお、今週の写真は過去の課外学習のものです。
 

捕ったクワガタは誰のもの?
 自然のもの相手の取り組みは、昆虫採集にしろ化石採集にしろ、欲しいものが、参加者全員の手に平等にわたることはあり得ません。参加者が同年代であれば、日頃からよく参加し要領も会得し、夢中になって探している子の努力が実り、「獲物」を手にすることがふつうです。
 そして、そんな場合は、まず手に入れた子の取得権を認めたいし、認めなければいけないと思います。たとえば、参加者が10人いて、5個(5匹)しか見つからなければ、「平等」は不可能だし、努力し探して手に入れた子、また運良くもゲットできた子の権利でしかたがないというわけです。
 残りの子も、欲しければ頑張って次の機会には何とか手に入れたいと努力する気持ちが必要です。もちろんその場合でも、手に入れた子が「ほしい子にあげる」自主的な優しさは、また別の話です

 かつての田舎のガキ大将がとった行動は、多くの場合そうでした。彼らのそんな行動によって、子どもながら、そのリーダーシップに学ぶべきものがあり、次の世代が育ちました。今は、腕力だけはあっても、そんな「精神作用」がある子はあまり見られません。
 また、運良く参加人数分(以上)見つかった場合、その分け方ではどう見ても不公平感は否めません。みんなで分ける方が自然です。特に今回の「クワガタ探し」のように、小さい子が参加したり、遠路はるばる日本に来た、経験のない外国育ちの、一回限りの子が参加した場合は、捕ったものを一旦集めて、できるだけ平等に分けるべきだと考えました。惻隠の情や思いやりも、そろそろ悟るべき年頃だと考えたからです。

 たとえば8人の参加で10匹以上捕れ、小さな子や不慣れな子がいるのに、持って帰る子と帰れない子ができれば、それはかわいそうでしょう? ひとりで三匹・四匹持つ子がいて、一匹も持てない子がいれば、みんなすっきりしないし、やはり不自然です。思いやるべきでしょう。喜びを分かち合うべきです。そしてみんなで分けるのであれば、平等な方法で分けることも必要です(今年はジャンケンをしたようですが)。
 ところが、こういう分け方をすれば、また問題が発生します。「自分が捕まえたものが自分の手に戻らない」というケースです。本来なら、そういう時こそ、リーダーシップを執れる子(腕白仲間であれば、ガキ大将)の出番なのです。今年は、リーダーに指名していた子が、急きょ病欠したこともあり、分配で少し揉めていたようです。

 こういう機会に子どもたちは様々なことを覚えます。子どもたちの、場面場面に応じたやり取りや問題解決法や判断のひとつひとつが、彼らの人格形成や仲間意識・リーダーシップをともなった成長にも影響し、その糧になっていきます。つまり、子どもたちの成長・人間形成は、こうした日頃の行動のすべてが、その礎になります

「わがまま」がもたらす「軟弱さ」と「せこさ」
 以前、赤目渓谷の川沿いで、躾をきちんとされていない体験参加の小学二年生が、団員が見つけた「カエル(!)」を横から奪い取ろうとして7~8メートル下に転がり落ちた話を紹介しました。

 参加者がたくさんいて、ぼくは別のグループと行動をしなければならなかったので、そのとき近くにはいなかったのですが、幸運なことに、落ちたところが草場で助かりました。マムシの生息域だから、一つまちがえれば、ひどいことになっていたかもしれません。ちなみに、「その時、お母さんは真横にいた!」ようです。
 この事例から学ぶべき教訓は、二つあります。
 一つ目はもちろん、『自分の欲望(ほしいもの)にしか目が届かないように育ててしまっていること』です。もう一つは、「『そういうふうに育っている子が危険な場にいるとき、どういう気遣いをしなければいけないか』に目が届いていないこと」です(自分の子がどういう性格で、どういうふうに育っているか冷静に見ることができていない)。

 おわかりのように、これらの状況は、「どちらも同じ原因」から生まれます。育てる側が、「必要な基準・広角な視点をもっていない(日頃から、様々な問題に対して、しっかり考え自分なりに結論を出していない、したがって判断ができない)という原因です。現在の子育ての大きな問題点の一つはそこではないでしょうか
 老婆心ですが、我が身を振り返っても、子どもの成長は驚くほど速く、待ったなしです。意識しないで済ましている、そのあたりの「あやふやさ」が、全部子どもにかぶさってきます。

 団を始めた二十数年前は未だ少なかったのですが、当然のことを教えられていない子が格段に増えてきているような気がします。「周り」や「足元」には目が配れず、自分の欲求や欲得しか考えない、考えられない。「他の子のもの」も、「隙あらば、自分のものに」というわがまま。考えたくないことですが、子どもたちの間で(も!)、そういう風潮が現在は蔓延しているのでしょうか。
 たとえば、「自ら一生懸命努力することもなく、虎視眈々誰かのすきを狙ったり、横取りしようとする」。一昔前なら(今でも同じでしょう)、「ずるいこと」「こざかしいこと」で、そうした行動は「恥ずかしいこと」・「男の子であれば、プライドにかかわること」です。そうした「振り返り」が見られない。以前、若いお父さんの「男らしさ」にふれましたが、どうもその辺りのバランスの欠如に大きな原因があるような気がします。

 先日、交番に「名前も伝えないように」と、ぼくの財布を届けてくれた「かっこいい人」の話をしました。よくよく考えてみれば、かつての日本人はこういう人たちの方が多かったはずです(明治維新から昭和までの外国人の滞在手記の数々の例をご覧ください)。これは懐古趣味ではなく、ぼくたちは今そんな方向にすすむことを願っているのか、という問いかけです
 時に耳にし、眼にすることがありますが、「落ちていたものは自分のもの(犯罪です)」、「貸してもらったものは返さない」、「黙っていれば自分のもの」などという考え方や判断基準がどんどん「浸潤!」してきつつあるように感じます。
 「小さな『倫理観のほころび』が子どもに伝わり、子どもの人格や将来にも大きく影響するかもしれない、という感覚」をぜひ持ち続けたいものです

 そして、これはお父さん方へのアドバイスですが、子どもが特に男の子が「軟弱」で「せこくなって」しまうことが、「大きくなれば、どれだけみっともないことか」、「陰での嘲笑や非難の対象になることか」、「自らの尊厳や評価を台無しにしてしまうことか」、しっかり伝えるべきだと思います。いわば、自分の「分身」ですから。みっともないでしょ。
 それとも、そんな判断や指導は現在しつけや教育の「蚊帳の外」になってしまっているのでしょうか。「他者の存在を意識する感覚」が磨滅してしまっている、そんな「傍若無人」・「せこさ」が蔓延する時代になってしまったのでしょうか。

 今、「お父さん」といいましたが、それはこういう理由です。
 ぼくは男性と女性という性の区別がある限り、おたがいに役割分担・「ないがしろにできないもの・してはいけないもの」が絶対あるはずだと思います。社会常識やルールを徹底できるのは、やはりお父さんではないでしょうか。男(性)の出番ではないでしょうか。 
 子どもの誕生ひとつとっても、その経過による愛情や感覚の醸成はまったくちがうはずです。その理由を、こう振り返ってみてください。
 「一年近く体内に宿し、その鼓動や動きを自分の体の一部として感じながら子どもの存在を感じていたお母さん(母性)」と、「自分のからだとは別の部分で成長し、その存在を客観的な視線で見られる父親の子どもに対する思い(父性)。はたして同じでしょうか?

  場面による主導権の差はあって当然です。どう見ても、「同じ愛情」と単純に簡単にひとくくりにする方が、愛情を深く丁寧に理解していない、と思います。
 もちろん、だからと云って、女(性)がそういう感覚をもちえない、というつもりは毛頭ありません。また誤解のないように申し添えておきますが、男尊女卑の思想にかぶれているわけではありません。ぼくは女性を人並み以上に尊敬しています

 「男(性)=父性」という存在や意識の崩壊が気になるだけです。男女平等や諸々とは、まったく別次元の判断です。子どもの成長は、感性や社会的意識、あるいは愛情の持ち方も含めて、両性の判断や指導が十分機能してこそ完結するのでしょう。男性女性の愛情を分け隔てなくうけて、健やかな成長が成就するはずです。
 そうでなければ、男性・女性が存在する意味がありません。虫や動物でさえ性差の役割分担は存在します。子どもに対する父親の出番を忘れないようにしたいものです。

それでいいのか? 四の五の言わずやってみなさい
 「クワガタ探し」では、里山の中(整備されているので、それほど危険はありません)をみんなで歩き回り、樹液の出ているようすや木の状態を説明しながらクワガタやカブトの捕まえ方を説明します。

 最初はみんな途方に暮れますが、話をよく聞いている子で自立心のある(できている)子は、自らそんな場所を探し、指導を振り返りながら、丁寧に見て歩きます。ちなみに、今年は「五歳(!)の女の子」が一人で指導通り根気よく見て回り、クワガタを二匹見つけることができました。
 ところが、「依頼心が強く甘やかされて育った子」は、なかなかそんな行動ができません。一人で探そうとしません。できないから手に入らない、「何とか簡単に分け前にあずかろう」とする、そんな堂々巡りです。一生懸命努力しているようすが見られれば、手助けしてあげようと思うのですが、そこまでもいきません。

 こういう性格については「育てる方は緊張感をもって厳しく」対処するべきだと、考えます。五体満足・元気も気力もある子が、がまんも努力もせず、わがままばかりいって「ほしいもの」を手に入れる(ようとする)・・・。そんな子がそのまま大きくなったときのことを考えましょう。
 なかには、それらの行動を叱り指導すべく、頭に浮かべるべき根拠や理由が思い浮かばない場合があるかもしれません。子どもの日ごろのようすを見て、きちんと教えなければならないこと・言い聞かせなければならないことをアドバイスしておきます。
 「自ら積極的に動き回り、頑張って努力を重ねさせる」しつけや指導が必要なのは、「何よりも本人のためだから」です。「どものことを何よりたいせつに考えるゆえの行為」だからです。
 脳やからだのしくみには、「『すべて努力や練習・トレーニングを重ねることによって』向上する、体力がつく、能力がアップする、つまり『自分でできるようになる、さらにその力を維持できる』」という「大原則」があります

 「免疫力」や「老化のしくみ」を考えてもすぐわかりますが、ヒトのからだを支配しているのは「廃用萎縮」の原則です。使わないもの・必要ないものは衰える、機能低下する。できるように、あるいは衰えないようにするためには、不断の練習や努力が不可欠です。つまり、「『使わない方向』・『楽をする方向』は、いずれにしろ成長とは真逆の方向」です。
 かんたんに例を挙げれば、人のまねをしたり、「コピペ」するだけの「手抜き」では、大したものは生み出せません。すぐ底が割れます。それ以外に「努力すること」を覚え、自らの「(行動)哲学」を築きあげてこそ、新しいものは生まれます。自らの成長があります。「真似をする」だけでなく、同時に努力することも教え(覚え)なければなりません

 お父さんなら、「苦労すれば、それだけお前の力になる・可能性が広がる・能力が身につく、だから四の五の云わずに頑張ってみなさい」ときちんと正面から教えるべきです。甘やかしてばかりいれば、「文句(いうこと)は一人前だが、自分では何もできない」、『わがままで軟弱なおとな』にしかなりません。
 「甘やかしているということがわからない」のかもしれませんが、もしそうであれば、手遅れにならないうちに(アドバイスするなら4年生までに)、世間をよく見て、冷静に「子ども」と「日ごろのふるまい」を振り返るようにしましょう。

 「子どもがかわいければ、立派に独り立ちしてほしければ、あらゆる機会を利用して、そちらの方向(自らで努力する方向・がまんして練習する方向)に導く」というのが、親としてもっともたいせつな務めだと思います。「がまんして努力すること」・「自ら率先して行動すること」を通じて、子どもは力をため、自信をつけ、一人前に育っていきます。
 考えてみてください。冷静に見直してください。「上手な人」の後について、その「おこぼれ」にあずかろうというような「せこい」考えで、自立して一人前になれますか? 世の中へ出て活躍できますか

 「先述の崖滑り落ち事件は、それらの基本的しつけの欠如の延長上に起きている」という事実も、ぼくたちは、もう一度次の言葉とともに振り返るべきだと思います。「自分の子をどう育てたいのか?(『どうなってほしいか?』ではありません。それでは今までと変わりません。かかわり方がちがいます)」 
 今の指導やしつけはまったく逆で、「何とか練習やトレーニングや我慢をしないで、『おいしい実り』を手に入れよう、手に入れさせたいという方向」に向かっている気がします(実は、その方向のままでは、たとえ手に入れても、消化できず後で腹を下すようになる方向なのですが)。

 「可愛い子には旅をさせよ」、つまり「『かわいい子』だからこそ旅をさせる」という、子どもに「自立心や力をつけさせようとする」『心の底から子どものことを思う、本来あるべき親心』が、「死語」になってしまった・・・。
 ちなみに、この「旅」は旅行をさせること(だけ!)ではありません。かけがえのない「日々の生活という旅」です。自分の「死後」ではもう遅い、と思うのですが、いかがでしょうか。

 「『金を儲けちゃ悪いんですか』というような寂しいセリフしか云えない大人になる」ことが理想なら、ぼくなんかが偉そうにしゃしゃり出る幕はありません。健やかな子ども、さらに、「心身ともにバランスのとれた人としての成長」を心から願う気持ちは人一倍強いので、ご理解をお願いします。
 なお、話題がそれますが、今週の「男はオトコ」の「写真」をごらんください。 「ぼけたんじゃないの?」のセリフを、「痴呆じゃないの?」に変えてみてください。おもしろくもなんともなく、ユーモアにはなりません。「差別用語」の制限推進意図とは全く逆に、「温かみ」も生まれません。かえって突き放した冷たさになってしまう無作為な差別用の判断や制定は、ユーモアの貧困や表現のやせ細りを招き、ぼくたちの「心の余裕」にも影を落とします。

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石ころと星、宇宙の誕生と死⑩ 夢の教科書再考

2017年07月22日 | 学ぶ

 今週は、クワガタ探しのスナップ・テキストの頁を掲載してあります。虫の写真は、ニューワイド学研の図鑑昆虫・小学館の図鑑NEO昆虫からの引用です。ありがとうございます。なお、今のタイトル「石ころと星~」は『身近な物から』というイメージ・タイトルですが、最近石ころと地球を考えるのに、格好の本を見つけました。「三つの石で地球がわかる」(藤岡換太郎著 講談社ブルーバックス)。藤岡さんの著書はわかりやすくおもしろい本が他にもありますが、これは出色だと思います。

学習指導法についての疑問
 以前何度か、表題のテーマについて問題提起をしたことがありました。先日、エジソンの退校の理由についても考えました。このテーマについては、もう誰もあまり正面から取りあげないようですが、将来の子どもたちの成長や学習指導の根幹にかかわることだと思うので、もう一度考えていきます
 今の学習指導法は、ごくかいつまんで言えば、「教室で、対象や環境の概要やまとめを基にした教科書」を使う方法です。至極当然のように踏襲されています。
 その中で「指導書を基に、上意下達、『各自それなりの工夫』を加味しながら、それでも『枠を越えない』試行錯誤の繰り返し」、そんな指導が小学生だった数十年前から続いているように感じています。
 

つまり、教科書はビジュアルが変わり、きれいになっているけれども、工夫はされてきたけれども、学習指導内容・指導基準がまず先で、子どもの視点・子どもからの視線が考慮されているようで、実は考慮に入れられていない。変化しているようで変わりない。ぼくは子どもと日々付き合いながらそう感じます。
 
「なじみ」の重要性
子どもが学習をおもしろく感じるのは、あるいは子どもに感じさせるのは、今のような学習「改善」の方向性ではなく、もっと単純な視点からの発想の転換に基づくべきだと思うのです。まず、「子どもが学ぶべきもの」、「学ばせるべきもの」に「『なじむ』機会を用意すること」。
 たとえば、ぼくは「ド田舎」のいたずら坊主で、「野っぱらや近くの小川や里山を飛び回る毎日を送っていたこと」は何度もお話ししました。つまり「小学校で教科書に出てくる環境や事象」の「ストーリー!」は、指導される前に(あるいは学習が始まる前、そして学習と並行して)自らの「身体の記録」として、いわば「血肉化」されていました。 

 近くの川沿い・川岸には、きれいな白や青の粘土が顔をのぞかせ、冷たい地下水がチョロチョロ流れ出ていました。「木や草の芽生え」や「成長のしくみ」は「日々の路傍の友」で、通りすがりに笹をちぎれば、その切り口の香りがあたりに漂いました。
 ホカホカ湯気を立てる「たい肥」を作る里山の小屋はカブトムシの幼虫の山、その幼虫の脱皮は遅くなるほどメスが多くなります。「ああ、これは、おそらく後まで残る強いオスを交尾の対象に選ばせる進化だな」。頭の中では、見つける謎が「考えること」を要求します
 家の中では白熱光の灯りをめがけてくる小さな蛾や虫を追ってギンヤンマやカトリヤンマ、庭の片隅の物置、湿った暗がりにはヒキガエルやムカデ・カマドウマが巣くい・・・納戸のふすまを勢いよく開けると、天井の梁にいた青大将が目の前に・・・つまり「学習内容」は、例えば食物連鎖にしろ、小さな生態系にしろ、その周辺のあれこれとともに、日常生活の中に「確実に」存在していました。「ぼくの感覚と自然環境を切り離すこと」はできませんでした

 そんな日々とナイフや大工道具片手の工作三昧。ナイフやノコギリ・金づちという「道具」を手にすると、覚えるのは、その使い方だけではありません。「素材」の採れる場所・その性質も理解できます。竹・柿の木・樫の木・杉の木・藤の蔓・ヤドリギ・ヤナギ・・・。「生物」の「存在」と「ありよう」がわかり、「学習内容的側面」からではないけれど、対象を「熟知」できる体験が続いていきました。
 そして、いわば「遊び」の「職人生活!」とでもいうのでしょうか。その日々の「観察ともいえない観察」や作業の過程からは、さまざまな不思議や疑問が湧いてきます。
 それらを知らず知らずのうちに「体内」に積み重ね、教室での学習に向かうとき、「ああ、そうだったのか」「それでは、これはどうなっているのか」という了解、さらなる好奇心の芽生えと、「学習することの意味の認識」が、おぼろげながら(!)ついてまわったのです
 ぼくは、キラ星の偉人たちのように何事かを成し遂げたわけではありませんが、それらの体験によって、「学習する」・「学び知る」ことのおもしろさの感覚は手に入れられたと振り返っています。

 
エジソンの戸惑い
エジソンが単純な「読み・書き・そろばん」の繰り返し学習(だろう)を嫌がって、ボーっと物思いにふけったり、授業とは関係ない質問を繰り返した意味が、これによって理解できませんか? 「勉強」に集中できなかった理由が。こうした振り返りをすれば、子どもたちの学習に向かう姿勢の軌道修正や、子どもたちが学ぶおもしろさを手に入れるための指導上のヒントが浮かぶ、と思うのですが。

 エジソンの行動が「多動症(?)」とか何とか、精神的な病のように取りあげられることがありますが、ぼくの経験から思い返せば、とんでもない誤解です。自らの周辺の『おもしろいことども』を嫌というほど知り尽くした、頭が良くて好奇心旺盛な少年が、単純な繰り返し演習の学習を、毎日じっと座ってしなければならないのです。「こんな辛気臭いあほらしいことをやってる場合じゃない(小学校2年生くらいの時です)」と思って当然です。そう思いませんか? 
 「それより、『頭に』気をつけなければならないのは、昨今よくテレビに取りあげられているような人たちや取りあげているマスコミではないか」とぼくは思うのですが、いかがですか(笑)?

 エジソンのエピソードをこのように考え直したときに、そしてファインマンをはじめとする科学者のお父さんや幼少時代の家庭環境・親のかかわり方を振り返ることで、子どもたちの学習に対するモチベーションを機能させ、学習することの意味・学習することのおもしろさを認識する(させる)きっかけが生まれると思います。

 
教科書は見知らぬアルバム
教科書を変え、「大人が思う子どもの感覚で」(!)「子どもの感覚」をとらえ、指導法のマイナーチェンジをくりかえしても、明治以来(!?)の学校教育指導法をすぐに変えるのは至難の業です。子どもの教科書はいくら美しく、丁寧になっていても、今のままではかつて「教科書は見知らぬアルバム(正しくは「見知らぬ人のアルバム」)」と問題提起しましたが、子どもたちにとっては「見知らぬ(人の)アルバム」の域を出ません

 低学年の子どもたちは、「よく見たことのないもの・ほとんど見たこともないもの・今別に見たくないもの」を、「今なぜ知らなければならないか」という理由を知らず、そのわけもきちんと教えられないまま、学習を始めています
 そして、やがて「それらの習得具合」を試験や点数で評価され、自分とはまったくちがう価値観の中で対応・選抜されます。その時点でも、「理由」も「わけ」も未だ明らかにはなっていません。自らを鼓舞し続けてはきたが、内からの真のモチベーションは多くの場合、依然として機能しないままです。学びへのギアは入りません。

 子ども時代は、知りたいこと・やってみたいことが山ほどあります。うちの楓(孫です)は、遊びに来ると少ない時間に、ままごと・トランプ・お絵描き・学との面会(!)・カブトムシ・かくれんぼ…と、次から次へと催促します。「『ふだんから一緒にはいられないこと』がそうさせる」という一面もあるのでしょうが、次から次へと「やりたいこと」が思い浮かぶのでしょう。いつもおもしろいこと・夢中になれるものを探しているのでしょう。
 以前も考察しましたが、子どもたちは「自らが生を紡いでいく環境」を一刻も早く、よく知りたいのでしょう。それらを十分に知ることができないと、生きていくことはできません。おそらく、生来的に備わっている、その本能の発露が好奇心なのではないか、ぼくはそう考えています。
 しかし、その子どもたちの切なる思いやモチベーションは、多くの場合ほとんど無視され、みなと同じように、好きでもない(まだ好きになれない!)学習に専念させられる。それが現状の学校教育(もちろん家庭教育も)と、その指導の現実ではないでしょうか。

逆転の発想からはじまる
 こう述べたからと云って、もちろん学校教育そのものを否定しているわけではありません。社会で生きていくには学校教育という指導形態・指導法を避けて通ることはできないし、一番有効な方法だから続いてきたのでしょう。しかし冷静に振り返れば、その方法が延々改善や工夫をされないまま、形骸化しつつあるのも、現実だと思います。

 教科書を使って指導しなければいけないのであれば、子どもたちを、そんな学習にモチベートできるような方法を導入する必要があります。従来通りであれば、子どもたちが生来持っている(はずの)有り余る好奇心を大きく開花させるような結果は生まれません。
 ファインマンがお父さんにめぐまれたように、またマクスウェルなど数々の偉人たちのように恵まれた環境に生まれた人は良いですが、その一方で、その環境の故に天才を発揮できず歴史に埋もれてしまった無数の人がいるのではないか。
 「『実物(!)』をよく見たことも聞いたこともないという、『なじみのない』中で『環境の抽象』を学習する」という指導慣習を逆転する方策。少年時代のぼくのように自然環境に入り浸るという体験は無理ですが、ファインマンのおとうさんが実践したように、機会を逃さず、最大限環境になじむ・触れる企画を実践する、と云うことなら、周囲の意識次第で始められます。そしてみんなで、家庭でのそういう機会も、同じように最大限に生かす、という方法・企画について検討を重ねる。

 
子どもたちが知りたいもの、もっと知りたくなるように、日ごろからの身近なもので抽象されるものの裏付けや原理を周知させる機会を増やす。それによって、子どもたちの「環覚」は立ちあがり、自ら進んでいく、調べる機会はどんどん増えていく。
 あるいは周囲の「謎」を「あぶりだし」、一緒に調べる・考えていく(これがファインマンのお父さんの方法です)。「それが学ぶおもしろさを引き出す」「学びを次のステージに勧める」大きなきっかけになると思います。それが立体授業のポリシーでもあります
 ぼくの立体授業とはまったく別の取り組みですが、以前紹介した灘の橋本先生の実践のように、あらゆる先生が自らの体験や心に問いかけ、「生徒・学生としての学びに対する記憶」を振り返り、「体験」を回想し、「そこで感じていた『疑問』の解決を全力で図る」、ということこそ、今すべての先生が求められているテーマではないかと思います。それこそ「自分が教えられる一番正確なこと」です。「もっとも自信をもって教えられる、たいせつなこと」です
 受験指導より大切な、子どもたちの学び・知りたい心そのものを揺り動かす指導です。「理由もわからず、抽象事項を脳みそにストックさせ、それを数値化して選別する側」の反省からすべて始まります。

 

二時・四時・六時
 クワガタ採集が終わりました。今年びっくりしたのは、夜中の二時・四時・六時にぼくを起こしに来た子がいたことです。「クワガタ捕りに行っていいですか?」
 今までは、朝の六時ということはあっても、真夜中はありません。ぼくは睡眠時無呼吸でCパップを着用しながらの睡眠で、「睡眠不足で翌日みんなと遊べないといけないから起こさないように」という注意をしておいて、この始末です。
 

「クワガタ捕りに行きたかったんちゃうん?」と思うかもしれません。しかし、課外学習は「家族旅行」ではありません。
 団体行動で、もし夜中に何か事故があったり、寝ないで誰か一人でも翌日体調不良になったりすれば、行事を前に進めることができません。ぼくひとりですから、団の行事はそういう制限と隣り合わせです。そんな中、注意と配慮を悟って、セルフコントロールしながら、みんな一人前になっていきます。
 自分の欲望オンリーで突き進むのではなく、自分の欲しいものを手に入れるためにも、相手に対する配慮や気遣いを欠かさない、ということがしばらく前までの暗黙の了解だったのです、良識ある日本人の間では。ところが、そうした了解がドンドン崩れてきてしまっているように思うのですが、いかがですか? 
 ずいぶん前に何とかファンドの何とかが、臆面もなく「金を儲けちゃ悪いんですか?」というセリフを公衆の面前で吐き出したころから、日本は大きく変わってきたような気がします。

 「金を儲けるのは自由ですが、金より大切なものがあることを、あなた分っていますか?」。「いい大人」の発言者に、そう言いたかったのは、ぼくだけではないと信じています
 
 さて、ジャック・ニコルソンの「アバウト・シュミット」を見ていて、途中なんとも辛く、見られなくなって・・・ということを二度繰り返しました。思うとおりに行かない人生に何度か納得・妥協しようとするが・・・。養育援助のボランティアをしているアフリカの子どもの、「自分と手をつないだお礼の絵手紙」を見て涙する・・・いやはや、なんとも「つらい」映画でした、二時・四時・六時です。
 ちなみにクワガタ結構とれました。

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石ころと星、宇宙の誕生と死⑨

2017年07月15日 | 学ぶ

ウォルター少年とキュウリの「旬」
 キュウリの調達に、加工食品以外は『目利き』さえできれば「おいしい野菜」も手に入れることができる激安スーパーを覗きました。目利きが鈍っても、きっと『旬』はおいしい。
 案の定、入り口にキュウリが山積みになっています。ずっと見渡して手頃なものを数本手に取り、「学」の笹身と甲羅カビ掃除用のスポンジを買って帰ることにします。

 「ホンマ、どんだけ手間かけさせるねん」。「学」にぼくの「日頃」の気使いや手間の大変さを、云って聞かせるネタがまた増えました。
 最近、「学」がほんの少しやさしい表情を見せ、仕草に柔らかさが出たと感じるのは、「スッポン」なりに「ヒトの心」がわかってきた(?)のかな。もしそうなら、苦労も少し報われるなァ…とか考えていると、部屋に到着。
 キュウリを洗って、大きめのザク切りにし、器にきれいに盛って手作りのポン酢とラー油を好みの量で散らし、ラップをかけて冷蔵庫におく。夕方には一品の出来上がりです。

 食べるときには、香り高く煎った胡麻を好みでふれば云うことがありません。それに、良い椎茸があれば、あまり焦がさないように注意して焼き、焼きたてに醤油をかけて少しレモンを振りかければ、減退した食欲も元に戻るというものです・・・。
 
 さて、数カ月映画やシナリオの話ができませんでした。
 田植え・蛍狩り・クワガタ探し(今日からです、一泊二日)の立体授業のストーリーやスライド・テキスト作成の構成や画像のセレクト製作に追われ、時間がなくなっていました。

 もう一つの理由、ここ一年半くらいで、おもに海外映画ですが、新旧取り混ぜて700本以上見ました。良い映画が次第に見つからなくなった、中休み(中だるみ?)もあります。700本の評価は花マルシール1個が約150本・花マル2個が約20本。見た映画はほとんどアマゾンのレビュー平均4以上で、アカデミー賞受賞作品も多数含まれています。
 つまりレビュー評価4以上のもので、「まあまあおもしろい(よい)」と思ったものが約20%、「これはいい」と感じたものが約3%というわけです。よい映画というものは、なかなかないものです。

 というわけで、最初花マル2個をつけたものを、時間をやりくりしながら、もう一度丁寧に見ることにしました。まず、「ウォルター少年と夏の休日」。
 やはり、花マル2個の評価は変わりません。自分勝手で、嘘つきで、出来の悪い、尻の軽い・・・という「箸にも棒にもかからない」母親が男と生活するのに邪魔になって、息子を遠縁の一風変わった老人兄弟に預けるという物語です。
 寡聞のゆえかわかりませんが、「佳作」どまりで、それほどすごい評価を聞かないのは、見方によれば、荒唐無稽なバイストーリーが足を引っ張っているのかもしれません。しかし、映画の重要な要素の一つは『ロマンを感じさせることである』と、ぼくは思っていますから、それはあまり気になりません。文句なしに良い映画です。


 子どもたちも結構喜ぶのではないでしょうか。劇画やアニメとはちがったおもしろさを感じてくれると思います。シナリオを学習するにも、このストーリーの進行は参考になるでしょう。
 さて、夏の休日。キュウリやトマトを食べて一番おいしいと思うのは、やはり夏です。「旬」です。
 今はすべて見えにくくなっていますが、『旬』は本来、「ものそのものに備わっている生命力の発揮時期」だとぼくは考えています。「夏の野菜、キュウリやトマトの生命力」を食べているから、それが一番強く発揮される時期のものを食べているからおいしいのだ、という判断です。

 生命あるものにはみんな、やはり『旬』という絶好の時期があって、「子どもたちを成長させる指導や教育」にも旬がある。そう思っています。それは、ぼくの指導経験や手応えでは小学校2・3年から4年生、遅くても5年生まで
 その「旬」に、学習の基本はもちろん、幅広い考え方や感じ方・ルールや気遣いという、「ヒトとしてのかけがえのない成長の基本的なことすべて」を身につけてしまう(が身についてしまう)。
 いつもお話ししていますが、何年間も一緒に過ごしているOB諸君それぞれの成長の姿を見ていると、その実感がますます深まります。お父さん・お母さん・先生方、「旬」を外さないようにしてください。
ちょっとピンぼけ1
 団員のアメリカ在住のいとこの小学生二人(お姉ちゃんと弟)が、夏休みを利用して来日し、今縁あって団で学習しています。当初、指導が通じるかどうか心配していたのですが、日本学校に通っていて、能力も高く、素直で、繰り返して何度か説明すると、十分理解してくれているようです。

 でっかい水槽が鎮座している教室で、「学」やカブトムシの世話にも大いに興味を示し、楽しそうです。心配は杞憂に終わりました。ちなみに今日(15日)からの「クワガタ探し」にも同行します。短い間ですが、ぼくが今伝えられることを一つでも多く伝えたい、と考えながら、付き合っています。忘れられない思い出になってくれれば良いのですが・・・。
 昔、写真をやり始めた頃、写真の歴史を語る本には必ずといってよいほど載っている「ある人の写真」が目に入ると考えることがありました。戦争の写真を現場で撮りつづけていたロバート・キャパのことです。

 「銃を持ちながら血を流して死んでいる兵士」や「巻き添えにあったであろう子どもをかばうように生命を落としたお母さん」・「戦時下の病院のようす」や「銃を両手で掲げ軍装を頭にのせて流れをわたる兵士を間近でとらえたスナップ」・・・。写真を始めた当時のぼくの想像を遥かに超える写真が目にとまりました。
 ぼくならどうするだろう、「人の生死がかかっている一瞬」や「子どもが死ぬかもしれない瀬戸際」にカメラを向けられるだろうか。撮らない、いやおそらく撮れない。カメラなんか放り出して逃げてしまうのではないだろうか。いや、行かないかもしれない、もし行けば、助けるのか。我先に逃げるのか、撮り続けるのか? 

 いつまでたっても結論は出ないまま、ねじ込み式のワイドレンズを装着した、古びたペンタックスSPを構えて周囲を撮り、また風景や人を撮るために街に出ました。モノクロームの世界です。
 数十年たった今は、ぼくなりにその結論が見えています。「ちょっとピンぼけ」という彼の「著作のタイトル」に、その秘密があかされています。この著書は、以前から知っていたのですが、写真を見るときは先入観をもたないように、また良い意味でも悪い意味でも期待を裏切られたくなく、今もってきちんと目を通していません。

 「著作も読まなくて」という感想が出るやもしれませんが、写真を見るときは、その他のウジャウジャではなく、「写真そのもの」を見た方が、知りたいことがよくわかります。感じとれます。
 彼は「ちょっとピンぼけ」の写真しか撮れなかった。それほどの状況下で、生きること・生きていくこと・人が生きている姿を写したかった、撮りたかった。だから『ちょっとピンぼけ』にしか撮れなかった。ギリギリだった、それがぼくの写真だ…。と、云うことなのでしょう。
 「何かに夢中になる」・「一生懸命になる」ということが今はよくわかるようになりました。そして「生きる」ということが、やはりそういうことなのだろう、ということを。
 それなら、ぼくはどうするべきなのか。

 キャパのことについて考えたこと、いくら考えてもかつては結論が出なかったこと、悩んだこと、今もって悩みながら答えを求めつづけていること…。
 結論は出なくても考え続けなければならないことがあること、考えつづけてしまうことが続いていくこと・・・。
 そうした姿を、正直にきちんと子どもたちに伝えていくことが、今までと、今と、これからのぼくの『ちょっとピンぼけ』なのだ・・・と。

ちょっとピンぼけ2
 写真といえば。今小学4年生が三人いて、いずれもよくできます。充実課程(5年生)に特進進級していて、かなりむずかしいことを指導していますが、よくついてきてくれるようになりました。

 左は7月度の学力コンクール、国語のテストの中の一問です。とある新聞に掲載されていた風景写真で、ぼくがどうしても使いたいと思って、かつて作成した問題です。
 問いは「添付の写真を見て、その季節を答えなさい。そして、どうしてそう思ったか、その理由を書きなさい」。
 風景写真に限らず、写真を見ても、ほぼ一目見ただけで脇においてしまい、それについて感じることはもちろん、考えることもあまり経験がないことがふつうです。ものをちゃんと見ない、多くの子はそんなきっかけさえないでしょう。

 それでは考えることは始まりません。モノクロだからわからない? そんなことは決してありません。草が生えているようす、空や雲の具合、感じられる空気感…。すべてが判断の材料になります。
 「何かを見て感じ考えたこと」が集積されて「考えること」が深化します。つまり『環覚』が備わってくるほど「考える機会」が増え、学びが次のステップにすすみ、子どもたちの成長と発達はすすみます。

 写真家になったり、画家にはならなくとも、「ものを見て考えること」がないと、表現者にはなれません。表現できません。そのきっかけになるような機会をたくさん用意すること。
 彼らが何をするか、何になるかはわからないけれど、何になるにしても、まず「日常生活の中で」日々感じ考える子どもに育つよう指導したい、いつもそう考えながら『ちびっ子ギャング!』たちに接しています。

 さあ、暑い中、銃ならぬ、網を携えてクワガタとカワムツに突撃です。

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石ころと星、宇宙の誕生と死⑧

2017年07月08日 | 学ぶ

 立体授業「クワガタ探し」の頁、一部紹介しています。
ドンコの保護色
 休憩時間に学の『でっかい水槽』をのぞき込んでいたF君が、「アレッ、ドンコの色が変わった・・・」と呟きました。ちなみに、ふだんの水槽の微細な変化に気づくのもほとんど彼です。

 「『観察する』習慣が日常化しているので、集積された「データ」との比較(つまり、感じること・考えること)が「知らず知らずに」行われていくのです。もちろん、これらの成長は、本人の資質・小さい頃からの周囲のかかわり方の積み重ねにもよります。子どもたちの「脳の発達」つまり、頭の良さを決定するのは、こうした何気ない日々だ、と子どもたちとの日々を振り返りながら、ぼくは感じ考えています。
 一般的には、『勉強をして(するから)頭が良くなる』と思われがちですが、日々の何気なく「感じ、考える習慣」が「何気ないが故に」見逃され、忘れられ、それゆえ途方もない差になってしまう、ということに、ぼくたちはもっと着目すべきだと思います。

 たとえば、小さい頃からの日々の生活・生活習慣の中で、「蝉のこえ」や「蛙の水の音」や「白妙の衣」を、「そのときの気温や空気感とともに耳にし、目に留める日々がもたらす成長」と、「判別もつかない猥雑な音やがなり立てる音楽の中で日々を送るだけの生活」が、感じることや考える幅・奥行き・深さに、いかに大きなちがいをもたらしてしまうのか。「『自然に』考えてしまっている」ことが日々続いてゆくのです。
 いつも話している『環覚』は、こういう「考える」日々を用意することになります。「無意識のうちに積み重なる(!)こと」で、「テキストとノートと『講義(!)』だけの毎日」とは比較にならない「差」ができてしまうのであろう。
 気づかなければ、それは単純に「生まれつき」や、『あの子は頭が良い』だけで片付けられてしまうことがほとんどだと思います。「頭が良い」のではなく『頭を良くする習慣がきちんと身についている』のです。「『考える環境』がきちんとできあがっている、整っている」のです。

 日ごろから「感じ考える機会が多いこと」以上に、頭を良くする方法は他にありません。それこそ「脳のトレーニング」そのものです。「落ち着いて感じ考えることを続ける(けてしまう)」機会があるから、考えをまとめたり、整理することもできる。自然に生活の中でそれが行われていく、身についていく。こういう視点から考えると、ノートとテキストだけによる勉強は、頭をよくする方法のほんの一部分だとよくわかります。
 こうした視点は、ぼくが学習指導だけではなく、「立体授業や宿泊などによる子どもたちとの生活をそれぞれの子と何年も送ること」で、その成長をトータルに感じ、総合判断もできるからだと思います。
 ふつうは「生活の中で子どもを感じる」親と、「学習指導の中で子どもを見る」先生との『どちらも一面判断』ですが、ぼくの場合は総合する機会、日々が何年も続くわけです(団OB諸君との「付き合い」のリストをご覧ください)。それらがあることで、「生来の頭の良さ」と「指導の結果予測」との総合判断が可能になり、「京大へ行ける子が小学4年生でわかる(見込める)」というようなことができるのだと思います。

 「本来の資質の高さ」があれば(実は、ほとんどそんな子なのですが…環境が潰してしまう場合が多いと、ぼくは感じています)、家庭環境の条件(経済的側面より、お父さんやお母さんの指導に対する理解度・信頼性)が整っていれば・・・と、すべて「見えてくる」わけです。
でっかい水槽の役割
 さて、先日「蛍狩り」で、ぼくが眼鏡を山の中で落とし、F君がすばやく見つけてくれたことを話しました。学力の発達や成長に欠かせない「環覚」は、こうした、周囲の微細な変化や推移に気づく「目」・「気配」を感じる心の発現が、その定着具合のバロメーターになります。 

 今回の「ドンコの色のちがいに気づいたこと」がよい例ですが、そういう変化に気づいてこそ、「考えるきっかけ」や「新しい発想」が生まれます。「それらの継続」の行きつく先がすばらしい大学進学や「天職」・「一生をかけるべきおもしろい仕事の発見」につながっていくとぼくは思います。
 彼はそれからどうしたか?
  「保護色やろ」というぼくの一言で、水槽掃除用の菜箸(!)を使ってドンコの尻を突っつきながら、「水中ポンプの隅の陰」になっているところ、次に「砂の上」に移動させ、その体色の変化を観察するということを「自然に」始めます。
 おもしろいのです。知りたいのです。その結果で自らの判断の結論や解明を求めていくのでしょう。それも「遊び」の一環として

 ぼく自身が、団の教室のど真ん中にある、「学の住まい」のために設置したはずの「でっかい水槽」は、こうしたことにも大いに役立つのだ、と改めて気づきました。団の子どもたちの成長は、日々、こうした行動の振幅とともに進んでいきます。
 繰り返しになりますが、教科書とノートを使っての、いわゆる「学習」は、そんな「頭をよくする成長」の全体に比べたら、些細な一部分であることに、ぼくたちは日ごろからもっと目を向けなければならないのではないか、そんな気がします。今までもおつたえしている、OB諸君の明確に目的意識をもった行動と成長は、そんな中から生まれたことにまちがいありません。そこでY君のエピソードです。

OB生Y君の成長
 奈良の難関校NY学園にすすみ、現役で京大進学、院にすすみ、今「言語の発生」の研究目的で、単身一年間予定のベトナム留学をしている団OBがいます。高校時代の同級生の知人の息子さんから団の話を聞き、という関係で約15年前、小学校4年生のときに入団してくれました。
 彼は課外学習での行動も、日頃の宿題でも、裏表なく真摯な態度が印象的でした。「団の宿題は、以前もお話ししたように、受験学年になっても毎日一時間強ですむ」くらいの量で、日曜日の宿題はなく、完全休日(課外学習があるときは別ですが)です
 今までの実績をご覧いただいてもわかるように、ぼくの判断では、受験するにも必要で十分なボリュームです。しかし集中力は要求しなければいけないので、「やっつけ仕事(!)」ではなく、指示通りに遂行することがたいせつです(別にむずかしい方法を強制しているのではありません。きちんとやるということだけです)。

 それぞれの諸君の学力や志望校を見きわめながら、個別に課題を提案していきますが、Y君はその課題を的確に実行してくれました。ちなみに、Y君の家は両親で散髪屋さんを経営されていて、お母さんも決して『教育ママ』ではありません。小さいころにきちんと、しつけをされていた。そういうお母さんです。
 ところで、塾の宿題と言えば、「毎日寝る時間を削る」という話や、「宿題だけで一日3~4時間」とかいう話を聞くと、「宿題の量を指導の穴埋めやいいわけに使っているのではないか」という疑念が消えません。ぼくの指導経験から、そんな必要はまったく感じないからです。「下手な鉄砲」式の提案ではないのか。そんなにやる必要があるのか。そういう『無理矢理勉強』が大きな原因として、難関校からの大学受験「現役半数」、という状況を招いているのはまちがいないでしょう。

 さて、Y君は「光るもの」はありましたが、6年生のときの偏差値だけでいえば、いわゆる京大・東大への進学率を誇る難関校にすすむ予定の、天狗の面をかぶった子どもたちから見れば、「歯牙にもかけない(!)だろう」レベル(掲示)でした。
 それでは楽に現役合格できた、偏差値では測れない「光るもの。頭の良し悪し!」を何によって判断すればよいのか。「学習」指導の上でも、よく観察していれば確認できる判断基準がいくつかありますまず、関連をとらえられること、類推ができること。いわゆるセンスのよさです。系統立てて整理できること。ポイントを整理し同条件を考え、応用することができること

 これらの条件は、トレーニングによってもある程度鍛錬できますが、やはり、それは一定レベルまでです。周囲がきちんと判断できず、本人も周囲も「誤解したまま」、不確定な小学生時の偏差値でトップ校に進学すれば、悲惨な結果が待っています。
 ところが、一般的には、進学校やネームバリューばかりが目につき、偏差値一辺倒で「頭の良さ」まで判断が追い付かないことが多いのではないでしょうか(この点は、子どもたちのために、周囲は是非もう一度振り返るべきだと思います)。ごり押し・無理押しは、いずれにしろ、そのしわ寄せがどこかに現れます。
 さて、先の条件の芽生えが見られたら、後は「学体力」です。「わからないこと・知りたいこと・解答が見つからない答えを追い詰める力」=学体力です。「学体力」は躾や子育ての中で、家庭で身につけることも十分可能です。甘やかさなければ
 Y君には思い出がたくさんありますが、その「学体力」にまつわる話を。

 小学校五年の時、彼のもっている「算数のセンス」に気づいた僕は、宿題に「計算問題の特訓」(学研)を課しました。やはり5年生では難しく、できなくて悔しく、彼は考えながら机の下の畳をけり続けて脚から血が出てしまったということがありました。あきらめない力、挫折しない力です。
 その後も「特訓」をやり続け、トータル1時間強の宿題量で、彼はNY学園に進みました。「特訓」はNY学園受験の学力レベルから見れば、程遠いレベルに見えるかもしれませんが、「量から質への転化!」は指導力次第だと思います。
 そうそう・・・そうだった。京大に入学してすぐ、彼は一級下で同じOB教室で学んでいた後輩たちの受験のようすが気になり、「得意の数学で応援できないか」と後輩の自宅まで足を運び、学習補助をしていたやさしさがありました。

 彼は、その時、ぼくに「T(私立K大附属から神戸大工学部)とYO(私立N学園から阪大歯学部)では、今は、Tの方が、数学わかっていますね・・・」と冷静に分析できるほど、力がついていました。ちなみにI社の6年時の偏差値では、二人は算数も国語も10以上の差があったのです・・・。Y君は二人の解答を見比べ、ベテランの数学教師のような判断を下せるほど、数学力がついていたということです。
 さて、ついでに、Y君のエピソードをもう少し紹介しておきます。

 京大受験前、英文読解の「苦手」を打ち明けられ、ヘミングウェイを一緒に読むという、「ぼくが英語をもう一度勉強しようと思ったきっかけ」をもらい、彼のきっかけのおかげで「受験勉強ではかなわないままだった原書が一応読めるようになれたこと」。
 渓流教室の手伝いでは、後輩諸君にほんとうにやさしく接してくれたので、お礼を言うと何ともうれしそうに微笑み、ぼくもその心がわかり、お互いに目頭が熱くなったこと…。
 そして、理科系の方が断然いいのに、どういうわけか文学部に進学した理由。
 あとで、おぼろげながら記憶をたどってみると、高校3年のOB教室の英語のヘミングウェイの時だったか、確か「Yは理科系の科目の方が優れているけど、本来は文系の頭かもしれんな…」とつぶやいたことが、ひょっとして・・・。

 京大進学後、何を思ったのか、音楽にはそれほど興味がなかったはずなのに、「アカペラ」のクラブに入り、その発声や発音が「言語の発生」に興味をもつきっかけになったこと・・・。
 ベトナムから、まだ連絡はないのですが、しっかり自らのやりたいことに目を向け、努力を続けている姿に、ぼくはいつも教えられました。どこかY君を彷彿させる「ドンコのF君」をはじめとする諸君たちも、きっとたくましく後を追ってくれるでしょう。「無理矢理勉強」を知らない姿で…。

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