おれはここで生きている

死ぬまで生きる のらりくらりのなんでもありのガクさん
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今月いっぱいでやめます

2006-05-31 08:51:28 | Weblog
彼は今度も突然やめるといった。
来る時もクラス会を遣ってた途中に申し込みを受けた。
まだ17歳。
父親がいない、死に別れだそうだ。
高校を中退してフラフラしてたらしい。
バイクを買うので使ってくださいと言ってきた。
前に飲食店で少し経験があるらしかった。
仕事は嫌がらず言われた事はやった。
ただ頭の出来が良くなくて、言ったことが理解できない。
豊島屋さんが言ってた、子供はあまり怒っちゃいけないよと。
でも僕は自分の子供みたいに思ってたから、
一生懸命心を鬼にして怒った。
僕よりずっと凄い世界を歩いてきたので、
幼い身を守るすべを身に付けていた。
怒りながら自分の両親に感謝していた。
自分の人生に正面から取り組め。
今日一日最善を尽くせ。
高校に行った人達を追い越せ。
やっとスタートラインに並んだのに。
もう一年ぐらいいればも少し何かを伝えられたのに。
申し込みされた時、僕は即答した、アー良いよと。
いないとちょっと忙しいけど、大勢にあまり影響は無い。
それよりも一人前にしなければと思ってたので気が楽になった。
その代わりのバイトが来た。
スロースロー クイックのない人だった。
これから叉元からやり直し。

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夜の薫風

2006-05-30 08:35:15 | Weblog
昨日の昼定食に山菜の玉子とじ柳川風を付けた。
680円で刺身も付いている。
お昼に、季節のスペシャル定食3つ注文が入った。
またぎそばを入れたコースにしてとの注文であった。
3000円の定食に1400円のまたぎそばの値段を取ると、
1600円の差額があった。
またぎ蕎麦は山菜イノシシ汁と天ぷら焼きおにぎり、季節の2品が付く。
他のお客さんも来るので非常に焦り、良く計算せず、
3人で地鯛の塩釜1匹を造り、山菜の玉子とじに千切り焼き豚を入れて造り、
刺身も付けて出した。
後で玉子とじと鯛が美味しかったよと、伝言が来た。
嬉しかった。
とても良い装いの3人のセレブノマダムだった。
この前何かで読んだ川柳を思い出した。
昼ご飯 妻はセレブで 僕セルフ

夜、日記を書いて飲み疲れたので外に出てみた。
優しく高貴な香りに満ちていた。
目を閉じれば数百人の貴婦人に囲まれたのかと思った。
貴婦人はケロケロと小唄を歌ってた。
いつも今頃、川沿いのアカシアが花をつけ、川風に香りを運ばせる。
若い花穂を摘んで天ぷらにしてサービスしようと思った。
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朴の葉

2006-05-29 08:28:59 | Weblog
朴の花が白く目立って来た。
ハム屋のキンちゃんはフウの木と呼ぶ。
始めは奥只見に生活圏がある人達の方言だなと、
軽く聞き流してたけど、
去年、日課の山菜取りをしていて見晴らしの良い崖の先端で休憩していた時だった。
さわやかな緑の沢風が吹き上がってきて、
右横の大きな朴の大木が葉を揺らした。
裏の少し白い葉が風でかえり油絵の筆跡みたいになって、
眺めているとモネの睡蓮の絵に似てくる。
ああ、風の木だ。
キンちゃんのフウは風だと解った。

子供の頃、両親と山に畑仕事に行った。
目の届くところに遊ばせておいて、
休憩の時に今頃は朴の葉の風車を作ってくれた。
葉の付け根を鎌で細工して葉を5-6枚残し葉先を切って、
オランダの風車見たいの形に仕上げた。
五月の風に良く回った。
自分の子供にしてやらなかった様な気がする。
今でも遅くない、機会があったら作ってやりたい。
親父、いつに成っても子供みたいだなと言われると思うけど。

キンちゃんに根曲がり竹の子取りに連れてってと、
頼まれていたので今日行く事にしてた。
1時ごろの約束だったけど奥さんとお昼ごろ来てラーメンを食べて待ってた。
若いのが二人休みなので忙しく待たせてしまった。
田麦山から入って、和南津の方に戻った。
途中までで道が無くなっていた。
激震ゾーンはやはり凄かった。
山や沢がいたるところで切り取られたように無くなっていた。
帰りに泥炭を見つけた。
周りは炭化しているけど中心は未だ木の物も有った。
大昔大地震で埋もれた木の残骸が、この地震で地表に現れてきた物だ。
何万年前の木の香りを探したけど、もう何処にも残っていなかった。  

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カジカ酒 2

2006-05-28 17:10:14 | Weblog
近所の名人がカジカを持ってきた。
産卵が終わって痩せてたり、形が小振りになって来た。
100匹ぐらい数がいて、二日おきに来る。
空揚にしたりカジカ酒にする。
今カジカ酒の注文はなかなか来ないので、
三合ぐらい入る骨酒用の酒器を購入して
酒をサービスする。
注文が来るとピザがまで炙って熱燗を注ぐ。
高木先生は塩を入れない方が良いと言われるけど、
一般には塩を好む方のほうが多い。
似たので鯉の骨酒が竜光地区にある。
鯉の兜を割り塩を振って素焼きにして、熱燗を注いで飲む。
カジカ酒より味は濃厚になり、よく丼に入れて回しのみをした。
今日は板長が長男の運動会で休み。
この前に店に来た時、僕が昼食を食べているの見て、
店長は大変だね4時ごろお昼だもの。
僕が店に就職するよ、店長にしてくれる?
頼もしい申し込みであった。


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カジカ酒

2006-05-27 08:24:45 | Weblog
ユキシロ水が落ち着いてきて、魚野川の水もかなり青さを増してきた。
子供の頃、大人たちは農作業が忙しくてかじか取りを止めてしまうが、
僕は続けていた。
今頃になると、水量が減り水も冷たさが少なくなるのでカジカがいっぱい取れた。
型は小さくなるけどドジョウつづに入りきらないほど入った。
カジカは川のごみと呼ばれるほどいて、
夕涼みに大人達は箸に縫い針を付けて夜突きを楽しんだ、
両親は夜突きのはなしを良くしてくれた。
夕方川原の流れの速い岸辺に石で堰を造り、ドジョウつづを仕掛けた。
夜が明けると急いで上げに行った。
200-300匹ぐらい入って、つづを起こすと入り口からぼとぼとと漏れた。
朝食前にイロリで11匹づつ串に刺して焼き、ひとくし10円で売った。
今の貨幣価値から行くと、五・六千円だったから、貧乏の農家にとっては、
助かる金額だったと思う。
今では一匹二百円もしてる。
たいした宴会が無かったので、山菜取りに行った。
竹の子とワラビをたっぷりとった。
閉店していると広井さんから電話で、
山のコテイジで飲んでいるからつまみのピザとエビフライを持って来てくれと
川口町の山の中のコテイジだった。
いつしょに飲んでいると階段から落ちる音が聞こえた。
始めは皆笑っていたけど、意識があって動けなかった。
救急車を呼んでの大騒ぎだった。
本人曰く、背骨の辺りで何か折れる音がした。
それからブルブルと振るえ出した。
朝電話したら打撲だけとわかって安心した。
カジカ酒の話は叉後の機会に。
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春を追いかけて

2006-05-26 07:47:44 | Weblog
二日続けて夜空を堪能した。
一昨日はこぼれるばかりの星空だった。
北斗七星が北に横たわり満天の星空を見上げて流れ星を待った。
運がいいとすぐ見れるのに、寒さに負けて諦めてしまった。

春がどんどん逃げていく。
少し暇なので蕎麦だけ打って後は若い人に任せて、
今日は少し高いところにフキノトウなどを取りにいく。
十一時ごろ出かけた。
松之山の奥あたりを目指したけど、
出発してすぐ残雪が見えたので山奥にどんどん進んだ。
枯木叉まで行ったけど大してフキノトウが出ていなかった。
これは不味いと思ったが初めての場所に興味が有って先に進んだ。
いたるところに山菜とるなの看板が有り気になって取れなかった。
痩せ尾根を進んだら看板が無くなったから、アザミやコゴミをかなり採った。
明日はAM9.30にnt21で放映されるので、それを見た人が来るかもしれない。
暇だと叉田舎の飲み屋に出かける。
都市で飲んで外に出ると、
焼肉のにおいやニンニクのこげるイタリアンの匂いがするけど
こちらは薫風とかえるの鳴き声に包まれる。

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合歓の木の春

2006-05-25 14:56:28 | Weblog
店の周りには五六本の立ち木がある。
プルーンの木だけはまともで、他の木はほとんど途中から折れている。
地震と二年連続の大雪でやられてしまったのだ。
災害や開店が無ければ冬がこいをしてあげられたのだが、余力が無くて
やれなかった。
根雪が解けたときの無残な姿に自分だけ生き延びて、御免ねと、心から詫びた。
その中に合歓の木がある。
雑木だから切ってしまおうかと小さい木の時思ったが、宮城マリコさんの
ねむの木学園のことを知りそのままにしておいた。
今ではかなりな木になって、去年の夏優しいピンクの花が不安で疲れた心を
抱きしめてくれた。
やさしいね、やさしいね、やさしいことはつらいのよ。  宮城まりこ
マリコセンセイの声が聞こえた。
他の木は新緑なのに、合歓の木だけは枯れ木のように見える。
でも今日、木の下に行って見ると、木は裂けていたけど小さい芽が始まっていた。
嬉しかった。
君は強い、三メーターの雪の下敷きだったのに。
僕にも長ーい冬の時代が続くかもしれないけど、やがて春が来て実りの秋が来る。

これから又あの骨董屋に行く。続く
そこの店の名は、エコハウスごんげん 025799-3957
と名が付いていた。
戦前戦後の頃の小皿や中皿を百三十枚ほど買った。
小皿15センチぐらい100円、中皿500円、今の新しい皿だってこんなに安くない。
中皿は紺色で25センチぐらい、
地元の農家が晴れの日用に大事にとってあった物だ。
中皿は傷が有ったり歪んでいて、あまり豊かでない農家が買えるはねだし品。
紺色の皿に生ハムや山菜を載せて、
習いたてのフランスのソースをアレンジして出せればイイナ。

今酔っ払い探検隊帰還。
居酒屋蛍に行って来た。
近くのラーメン屋の親父と一緒になった。
うちが繁昌してるから暇になったと思っているらしく、離れた席に陣取った。
僕の手招きでしぶしぶ来た感じ。
魚野川のせいではないのに。
旨いものはやがて飽きられる運命にある。
僕だったら今までのごひいきに感謝してもっと喜ばれる商品を作るのに。
それで僕は入り口の石に刻んだ。
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日曜朝市

2006-05-24 07:36:11 | Weblog
駐車場の横に道路に面した空き地がある。
二坪半ぐらいの面積があり、堀之内パーキングに一番近い。
そこに車の事でお世話になっていて、農協を退職した韮澤さんが自分で作った、
アスパラやふきを売る売店を日曜日に出す事になっている。
少し暇になったので、娘と近くの骨董屋にドライブをかねて出かけた。
そこのお店は山の中にあり、地元の古い雑食器を少し安くおいている。
僕達が小さい時に使ってた皿などが沢山置いてあった。
少し暇が出来たので古い小皿を買いに出かけた。
中越地震で家を建て直す友人に沢山頂いて使っていたら、評判が良いので
買いたししょうと思った。
行くと休みだった。
近くの山に行き、天婦羅用の山菜を取った。
カタクリ、シオデ、ジュウモンジシダ、ユキツバキ。
近くの斜面を見ると杉の木に藤が絡みつき、
桐の花の可憐な淡い紫と競演している。
タニウツギノ緑がかったピンクの花が山の裾野を覆っている。
店の前の斜面は、地震で崩れ今はまれにしか花が見えない。
この地方では火事花と呼んで嫌われているけど、
むかし飢饉の時は食用にしたと言う。
朴の花やウワミズ桜の花が咲きそろい、魚沼の薫風今真っ盛り。
去年の今頃は朝暗いうちからひたすら山歩き、
それはそれで楽しく充実した日々であった。



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川鵜

2006-05-23 09:11:10 | Weblog
田植えが終わる頃、魚野川本流からハヤやフナ、ナマズなどが溯上してくる。
他に魚を採る人はいないので、僕の独り舞台だった。
のっこみ時の真ブナの感触が忘れられない。
どんどん釣れて、二三時間ぐらいで十キロぐらい釣れた。
店が再開できて裏の川で釣りをしようかと思って川を覗くけど魚影が無い。
そういえばカワセミもサギもいない、餌が無い為だ。
地震の前ごろから川鵜の大群が飛んできていた。
川魚が食べられて大変だと、話題にはなっていたけどこれほど深刻とは思っても見なかった。
昨日も大沢川を見ていたら川鵜が潜って魚を追いかけていた。
親方に困ったねといったら、
大丈夫、さかながいなくなれば鵜もいなくなるさと。
その前にカワセミもいなくなってしまう、
山古志の錦鯉の池があったころはまだカワセミが食べる餌があったけど、
今は池がほとんどなくなってしまった。
今日のお昼はお客さんがいっぱい来た。
雨交じりの天気なので期待はしていなかったけど、結構来たとこを見るとお客
さんは天気が悪いので山や観光地に足を伸ばさなかったのかも知れない。
又懐かしい方が来て頂いた。
松岡先生だった。
川口の家の修理が出来たので鎌倉から帰ってこられた。
嬉しくてやっと涙をこらえた。
首領とわらび高原の探索に行った。


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山古志復旧の土

2006-05-22 08:40:41 | Weblog
店の周りでは復旧工事と、耕地整理が同時に行われている。
ダンプ十数台が交互に行き違い土砂を運んでくる。
どこからあんなに土砂が来るのかと考えていたら、
朝食の時、親方があの土砂は
竜光から奥の山古志の災害復旧の土を運んできている事を話してくれた。
赤土、黒土、青土いろいろの土砂がやって来る。
前の水田の高さが一メートル高くなるだろう。
あそこは遊水地なのにあんなになれば水の行き場が無くなって店の方まで来てしまわないか心配だ。
でも山古志が出来るだけ早く復興してほしい。
もう少しすると蛍の季節になる。
都会から来た人達を喜ばすために良く山古志に行って蛍見物をした。
沢の中の道に車を止めてライトを消すと、まったくの闇になる。
都会は眠らない。
そんな所から来た人達が驚嘆したような声を上げる、真っ暗の中に光る
蛍が無数乱舞する闇の出現に。
そして街灯が無いと。
高千代で出会った方が、お昼を食べに来てくれた。
大阪の方で山菜とピザ、そして昼蕎麦を食べてくれた。
お土産にフキノトウを差し上げた。
  
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